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縁をもらって東へ西へ  作者: 赤雪トナ
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10 旅の始まり

 翌日から講義は午後からになった。午前中は引き続き村周辺を歩いて体力づくりを継続した方がいいとクリムロウさんが提案し、俺たちは頷いた。

 登山で鍛えられたおかげかシャーレは一度も休憩することなく散策を終えることができるようになっていた。余裕というわけではないけど、初日に比べたら格段の成長だ。本人も成長を実感し嬉しそうにしていた。

 昼食後、クリムロウさんがくるまで体力を回復するため少しだけ昼寝してからシャーレは講義に臨む。

 講義は順調に進んだ。俺はほとんど知っていたので少々つまるくらいだったが、シャーレはクリムロウさんからの評価がよかった。

 飲み込みが早く、教わったことを特に失敗せず実践する。講義のあと奉納殿に帰って復習もしていたようで、翌朝にはしっかりと身に着けていた。

 才能ある者がやる気を見せると、こうなるという見本のようだった。


「やはりすごいなあの子」


 シャーレが短弓で狩ったウサギを手際よく解体していくのを見て、クリムロウさんが思わずといった感じで呟く。

 クリムロウさんから見てもすごいんだなぁ。


「俺にもすごいってわかります。習ったことをどんどん吸収していってますからね」

「あんなに出来のいい教え子は初めてだ」

「そこまでですか」

「ああ。このまま技術を磨いていくならひとかどの傭兵なり狩人になれるだろうな。まあ、本人にその気はないだろうが。メイドであることが一番だろうからなぁ」 


 講義中でも俺の役に立とうっていう言動が多かったもんなぁ。

 なんというか奴隷とせずに、この鍛錬期間で学んだことを発揮してくれれば、十分霊水の費用がわりになる気がする。成長の余地を考えるとその価値は確実に今以上。奴隷にしちゃあかんのではなかろうか。

 やっぱり奴隷契約はやめようかと考えている俺を、クリムロウさんが真剣な表情で見る。


「お前は注意が必要だぞ。あの子はきっとどこまでもお前に尽くす。使い潰そうと思えば、それができるし、受け入れる。お前の性格だとそれは望まないだろうから、うっかり道を踏み外して無茶をさせることがないようにな。あの子は止めることなく、その道を良しとして一緒に転げ落ちていくぞ」

「うっす」


 クリムロウさんの言うように使い潰すのは俺としても嫌だ。まして人の道を外れることは勘弁だ。忠告をしっかりと覚えておこう。

 そして講義最終日になり、実際に野宿してみることになる。夕方になって村を出て、一時間くらい離れたところをキャンプ地と決める。

 シャーレが手際よく夕食の準備を進めていく。俺が手を出すと邪魔にしかならなさそうだし、見張りなどできることをやる。

 夕食ができるまでに、見張りをしながらクリムロウさんから再度野宿の注意点を聞いていく。そうしているうちに夕食ができて、呼ばれた。


「主様、クリムロウさんどうぞ」


 木の皿に載せられ差し出されたのは小麦粉の薄焼きにゆでた野草とウサギ肉をまいたもの。見た目トルティーヤに近い。ほかにスープもあるらしく、小鍋から湯気が上がっている。

 俺が薄焼きを手に持つと、期待した目が向けられる。視線を受けながら噛り付く。塩コショウの味が真っ先に感じられ、次に肉の味。よく噛むとわずかに野草のほろ苦さが感じられ、味を引き締める。美味と称賛するほどではないけど、十分以上な味に仕上がっている。野宿でこの品質の料理が出てくるなら文句などない。


「いいと思う。少なくとも不味くはないよ。俺はここまでできないんじゃないかな」


 そう言って食べ進める俺をシャーレはほっとしたように見て、スープを注いだ器を俺たちの前に置く。そして自分も食べ始めた。満足といった表情にはならず、小さく頷いているのは、改良点を見つけたからかな。

 食器の片付けを手伝って、残りは朝まで過ごすだけになる。

 見張りはシャーレと交代で、先に俺が寝る。シャーレにはまだ徹夜は無理だろうとクリムロウさんと話した結果だ。

 すぐに布を敷いただけの硬い地面に横になって目を閉じる。眠くはないが、こうして目を閉じていれば眠れるだろう。

 風の音、草木の揺れる音、虫の音といった周囲の音を聞きながら眠れるのを待っていると、シャーレがクリムロウさんに野外料理のレシピを聞いていた。その会話を聞いているといつのまにか眠ることができた。

 体を揺らされる。眠たげなシャーレに起こされて、寝床を交代する。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


 すでに眠りかけているのか小さな声で返事されて、すぐに寝息が聞こえてくる。

 起きているクリムロウさんの隣に行き、なにかあったか尋ねる。

 魔物の接近などなく、平和な時間だったらしい。そしてクリムロウさんも寝るということで、一人で見張りと火の番をする。俺は旅の経験があるということになっているので、付き添いはいらないだろうということだった。

 暇で眠りそうになりながらも警戒は怠らず、夜明けを迎えた。遠くの物音でも魔物のものかと過剰反応しつつ、なんとかやりとげた。

 どんどん白みを増していく空を見ながら思う。一日だけなら大丈夫だけど、野宿が連続すると辛そうだ。本当に旅に慣れるまではあまり野宿はしないでおこう。

 太陽の姿が見えて、顔を洗ってすっきりしてから二人を起こす。二人にも魔法で水を出して、顔を洗ってもらう。シャーレはついでに霊水を飲んでいた。

 シャーレが朝食を作り始め、俺はクリムロウさんに教わりながら荷物をまとめていく。


「これで講義は終わりだ。普通に旅をするだけなら、教えたことを守っていればなんとかなるだろう。まあ、シャーレの体力が不安なんでしばらくは連続した野宿はやめておいた方がいいだろうな」

「それはわかります。無理せずやっていくつもりです。十日間ありがとうございました」

「ありがとうございました。教わったことを忘れず、主様のため生かしていきたいと思います」

「シャーレはもっと自由に生きていいと思うぞ?」


 シャーレはゆるりと首を振る。


「誰かに仕えることが喜びと親から教わりました。しかし命を救ってくださった主様に仕えることは私自身の意思で決めたことです。そしてそれを私自身嬉しく楽しいと思っています。自由に決めたことがこれなので、すでに生きたいように生きています」

「そうか」


 これ以上は無粋と感じたのか、クリムロウさんはなにか言うことなく仕方ないなといった笑みを浮かべた。

 村まで一緒に戻り、残りの報酬である銀板を渡して、クリムロウさんと別れる。

 ある程度離れたクリムロウさんからシャーレは視線を外して、こちらを見上げてくる。綺麗な赤い瞳に期待感を含ませて。


「いよいよ出発ですか?」


 期待しているところ悪いけど答えはノーだ。


「ひとまず昼前まで休んでから、そのあとファーネンさんに挨拶して出発かな」


 このまま出発もできるけど、二時間くらい寝たい。急ぎの旅じゃないし、そのくらいの余裕はある。

 あとで奉納殿に行くからとシャーレと別れて、宿に帰る。

 宿の主人に昼前には出ると告げてから部屋に戻ってベッドに寝転んだ。すぐに寝て、ふと目が覚めて窓から太陽の位置を確認する。寝過ごしたということはなさそうで、まとめておいた荷物を持って部屋を出る。

 宿の主人に鍵を返して、宿を出る。この宿には一ヶ月世話になり、愛着が出始めたところだった。今後はどんな宿に出会うのかな。

 宿から奉納殿への道を歩く。依頼などでちょっとした顔見知りになった人に挨拶されながら村の様子を見ていく。氾濫での被害はほとんど消えていて、この村に来たときと同じような風景に戻っている。

 すぐに奉納殿に到着し、掃除を手伝っていたシャーレに気づかれる。気配を覚えたのかってくらい、すぐに気づいたな。


「主様!」


 シャーレは嬉しそうだけど、周りの人たちの視線は微妙なものだ。すでに俺の趣味じゃないって説明してあるんだけど、やはり長年ここで暮らしていたシャーレのあの言動には思うところがあるのだろう。でもその文句はシャーレの両親に言ってほしい。


「出発ですか」

「うん。ファーネンさんに挨拶しよう」

「はい」


 シャーレの荷物が入ったキャリーバッグを渡す。体力的な問題で、リュックよりもこっちの方がいいだろうとキャリーバッグを購入したのだ。

 二人でファーネンさんのいる部屋に入る。


「こんにちは、出発の挨拶に来ました」

「いよいよ出るのですね。しっかりと準備をしていただいてありがとうございます」

「必要なことでしたから」

「必要なことでもしっかりとやってくださったおかげで、シャーレの今後に不安が減りました」


 ファーネンさんは俺からシャーレに視線を移し呼びかける。少しだけ心配だという感情が声に含まれているように思えた。


「シャーレ、はりきりすぎないように。ついこの前まで常に不調だったのだから、はりきりすぎたら反動がでます」

「はい。体調管理に気を付けます」

「これからいろいろなものを見るでしょう。楽しいこともあれば、悲しいこともあるはず。それらを糧にして、満足できる人生を送るようにね」


 シャーレは頷く。


「いつかまた顔を見せてちょうだい。私も皆も再会を望んでいるわ」

「頻繁にとはいきませんけど、約束しますよ。シャーレを連れてきます」


 そう言うとファーネンさんはほっとしたようにありがとうと言ってくる。

 ファーネンさんは餞別だと、銀色のヘアピンをシャーレに渡す。透き通った小さな青い珠が三つ横並びについている。


「大精霊様の力の欠片を加工して作ってもらいました。奉納殿で過ごすほどではないけれど、あなたの体調を少しは整えてくれます。霊水をもらえる現状必要ないかもしれませんが、お守りと考えて」

「ありがとうございます。大切にします」


 シャーレはすぐにヘアピンをつける。笑みを浮かべたシャーレに、ファーネンさんも笑みを返す。

 見送るためかファーネンさんが立ち上がる。

 一緒に部屋を出て、建物の外に出るとシャーレの出発を察したか、子供たちも集まっていた。


「いってらっしゃい。素晴らしい旅になることを祈っていますよ」


 ファーネンさんに続いて子供たちも口々にいってらっしゃいと言ってくる。寂しそうな表情の子が多い。それだけ慕われてたということか。彼らにシャーレは頷き、いってきますと告げて歩き出す。何度かシャーレは振り返り、そのたびに子供たちに手を振っていた。

 奉納殿が見えなくなって少し寂しげになったシャーレは、両の頬を叩いて気分を切り替えた。

 屋台で昼食を購入し、シャーレと一緒に村を出る。馬車の出発の時間に間に合わなかったので、歩きで隣の村まで移動するのだ。そう遠くはないようで、ゆっくり進んでも夕方には到着できるようだ。

 村を一歩踏み出すシャーレは少しだけ動作が鈍った。

 いよいよ故郷から出ると思うと、いろいろと感じることがあったんだろう。だがすぐに二歩目を踏み出し、キャスターのゴロゴロという音とともに俺の隣に並ぶ。


「この先なにがあるんでしょうか」


 それは俺も聞きたい。


「さてな。ファーネンさんが言ったようにいろいろとあるんだろう。願わくは楽しいことばかりだといいが」

「はい。私もそれを願います。そしてどこになにがあるのか、この目で見るのが楽しみです」


 シャーレの旅の始まりであり、俺の旅の始まりでもある。

 互いに得た生を後悔なく生きていきたいものだ。

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