祖母と、花火の思い出
祖母の家に行くと、ユノは毎朝6時過ぎにチーン、という高い鐘の音で目が覚める。薄い覚醒の中で耳を澄ませば、細くしわがれた祖母のささやきが聞こえる。すこし遅れて、線香の香り。
ユノが眠る客間は、仏壇のある和室の隣にあるためだ。
早朝に仏壇に手を合わせるのは、祖母のずっと昔からの習慣なので、大学生のユノは気にも留めない。それなのに夏休みのこの日、体を起こしたのは、祖母の声が濡れているように感じたからだ。
「おばあちゃん……?」
タオルケットを脇に除け、畳に敷いた布団から這い出して、ふすまを遠慮がちに開けた。
「ユノちゃん、寝とってええが」
夏の日の出は早い。障子を透かした日光が、祖母の着る綿のワンピースの柄から線香の煙まで、柔らかく照らしている。
振り返った祖母の目元が、やはり赤い。
「おばあちゃん、泣いてる?」
はっと祖母が息をのんで、人差し指でそっと目元を拭いた。
そして静かに仏壇の前を辞したので、意図を汲んだユノは体温の残る座布団の上に座り、仏壇に線香を立てた。チーン、と鐘を鳴らし、短く手を合わせて、座布団から降りて祖母と向かい合う。
「おじいちゃんのこと?」
祖母が毎朝手を合わせているのは、ユノが生まれるずっと前、母がまだ子供だった頃に祖父が事故死してからだ。
頷いて、祖母が仏壇の脇に飾っている写真の一枚を振り仰ぐ。
写真は白黒で、黒い紋付の男性と白い着物に角隠しの女性が並んで映っている。祖父母が結婚した時の写真である。
「夏にね、一緒に花火を見た時のことを、思い出したの」
「今日が花火大会の日だから?」
「うん。おじいさんとお見合いをして、初めて二人きりで出かけようとしたんが、花火大会の日だったけど」
祖母が肩を震わせて、おかしそうに笑う。
「夕方から、土砂降り!」
「えー!?」
「二人とももう浴衣に着替えとったのに、出かけられんねって言ったら、おじいさんはわたしを外のひさしの下に連れ出して」
シワの寄った細く節くれだった指で、ひょい、とつまむ動作をした。
ピンときてユノはなんとなく嬉しくなる。
「線香花火?」
「当たり。持ってたことにも驚いたけど、無口なひとが、顔を真っ赤にして、花火ならある、というもんだから。それから、おじいさんと線香花火よ」
バケツをひっくり返したような雨を間近に、真っ暗な外の屋根の下で並んで線香花火をした。ババババ、と微かな音を立てながら火花を散らす線香花火よりも、花火に照らされた若い婚約者の顔が、しじゅう緊張していたのをよく覚えている。目があった瞬間、それこそ火花が散ったように、ドキドキして、見つめていたことが急に恥ずかしくなった。
少女に戻ったように頬を上気させて語る祖母の瞳が、また潤んでいる。
ユノが見ていることに気づいて、彼女は膝に手を当てて立つ。
「さあ、おしまい。朝ごはんをつくらんと」
「あ、手伝うよ。恋バナのお礼」
目を丸くした祖母は、照れ笑いを浮かべる。
祖母の後ろに廊下に出かけたユノは、思いついて祖母と祖父の婚礼写真を振り返った。
若い祖母は柔らかく微笑んでいて、隣に立つ祖父は生真面目に口を結んでいる、と思っていた。それはきっと、綺麗に着飾った妻の隣に立って、緊張していたのだろう、と思えた。
診断メーカーのお題を元に小説を書いています。
使用している診断に「恋愛」タグがついていることに最近気づきました。
どうりで、恋のお題が多い……ぴえん。
名無しのAのこれから作る作品は
■世界が変わる瞬間
■色褪せない恋
■浴衣と線香花火
です。
~http://お題.com~