0640 母乳チーズ完成
「我々は断じてギルド銀行などではありません。ソントック銀行です」
やっとおでましか。
プレオープンの1週間(6日)前になってとうとう銀行の人間が現れた。
普通なら1カ月ぐらい前から準備するもんじゃないの?
エマたちは金庫警備のリハーサルを開店の3週間前からやってるってのに。
こいつらどんだけやる気が無いんだって話だわ。
いや、もともと1年の契約を更新する気すらなくて、詐欺同然に撤退するつもりだったんだ。ギルドに借金だけが残る形でな。マジ許せん。
「銀行なら二階ですよ。それともギルマスに何か御用ですか?」
「開店準備でギルドビルに出入りしますのでマスターに挨拶に来ました」
「そうでしたか。わたしが当ギルドのマスターを務めるラムン・トラップです」
「はぁ、貴方がそうなの・・・ジェシカ・ノートンよ。宜しくお願いするわ」
呆れ顔でため息をついて失望を1ミリも隠そうとしねー。良い性格してるわ。
「ちょうど良かった。私はデイリー・アトレブの記者トーヤ・ブンメルです。お宅の銀行の広告を請け負っていますので、少々お話を聞かせてもらえますか」
「私から話すことは何もありません」
「え、しかし、ギルド銀行の記事も書かせてもらうので是非コメントを、」
「ソントック銀行です!」
怒鳴られたトーヤが目を丸くして唖然としていた。
長い記者生活の中でもこんな女はお目にかかったことがないのかもしれん。
「銀行のためなんですよ。どうして取材ぐらい受けてあげないんですかねえ」
ギルマスが皮肉っぽい口調で横やりを入れた。いいぞもっとやれ。
「我々のやり方に口を出さないで下さい」ジロリ
「な、そんなに悔しかったんですかねえ。一括で借入金を返済されたことがぁ」
それで詐欺計画がパァだもんな。まったく同情はできんが。
「あれだけの現金をどうやって準備したのかしら?」
そこツッコんできたか!
滞納野郎から回収した裏金は絶対に悟られるわけにはいかん。
特に今ここには記者のトーヤがいる。ラムンには任せられん。
「僕が用意させて頂きました」
「貴方が?」
「荒井戸幾蔵です。極東の島国ジャパンから来ました」
「アレー・ド・イクゾーですって・・・」
「このお方は司祭の神判によって立証された正真正銘の貴族であらせられます」
ナイス注釈。都会の人間は署長といい役に立つな。ラムンとトレード希望。
「何故そのようなお方がギルドに肩入れを?」
「ギルマスには何くれと世話になっているのでただの恩返しですよ」
「そうでしたの」ギリッ
余計なことをと唇を噛んで睨んできた。本音を隠す気がサラサラない。
「これでギルドからは利息も何も取れなくなりましたね」
「・・・何が言いたいのかしら?」
「貴方の立場では、もうこの銀行を繁盛させるしかないのではないですか」
ラムンを騙して借金させた銀行マンはこいつじゃない。
この女は詐欺の当てが外れた地方の町の銀行に仕方なく飛ばされてきた中間管理職といった立ち位置だろう。
「もとより私は好収益を上げるつもりです」
「それなら銀行の宣伝に一役買うのは当然ですよね」
誰の尻拭いをさせられてるのか知らんが、ちっとはやる気出せ。
「はぁ、仕方ありませんね」
それはこっちのセリフじゃい。
「アレー様は今後も当銀行を支援してくれますのよね。乗りかかった船ですもの」
俺を利用して成績を上げて都会に返り咲こうってか。
ま、それで本気になってくれるんなら全然OKだ。
「貴方の働き次第ですね」
銀行が成果をあげてギルドにも恩恵があれば俺もアメを与えてやる。
「承知しました。今後とも宜しくお願いしますわ、アレー様」
ニヤリと挑戦的な笑顔を向けてきた。金づるとしてロックオンされたな。
「期待してますよ、ジェシカさん」
ウェラウニはこの俺が発展させる。
その町で唯一の銀行がダメダメだと困るんだよ。
店子として賃貸契約した1年で結果が出ないようなら逆にコッチから切る。
銀行は何もお前のとこだけじゃないんだ。それを忘れるなよ。
「また滞納野郎アーク・ドイルと縁ができるのかぁ」
ソントック銀行のジェシカと記者のトーヤが取材がてら二階の銀行に移動したので、俺たちは下見に行ったエマ道場候補地の購入の検討を始めた。
そしてその土地の所有者があの男だと判明したところだ。
「イクゾー様は、この方をご存じなのですか?」
ミスった。心の声が漏れて隣に座るエマに聞かれちまったよ。
「ギルマスから成功報酬を支払わない悪質な客がいると聞いてたんだ」
「そんな神をも恐れぬ非道な人間はワタクシが成敗致しましょう」メラメラ
待てーい!
そんなことされたら全てが明るみに出てしまう。
止めないと。暴走司祭をなんとしても止めないと。
「いけましぇん!」
「え、何故お止めになるのでしょうか?」
むぅ、確かに止める理由がない。
それでも口八丁手八丁で止めてみせる。この俺がっ!
「エマは今週中にママになるんだよ」ニッコリ
「そ、そうなると良いのですけれど・・・」
「邪悪な人間の血で汚れてしまうとお腹の子に良くないと思うんだ」
「あぁ、気付きませんでしたわ」
「僕たちの子には非道な男の怒声や悲鳴を聞かせたくないんだ」
「ワタクシたちの子のことをそこまで深く慮って下さるなんて・・・」
「当然じゃないか」ギュウ
「嬉しいですわぁ」ギュウ
しばし無言で抱き合っているとティアから物言いが入った。
「じゃあイクっちがこの滞納男から土地をせしめて来てよね~♪」
「可能な限り値切ってくるよ」
「あ、イクゾー様、そろそろ牧場に向かいませんと遅くなってしまいますわ」
そうだった。母乳チーズを受け取りに行かないと。
エマは夕飯の支度で家に帰るから俺が運転しないといかん。
初めての山道ドライブだから余裕をもって出発するべきだろう。
俺はエマたちに暇を告げて護衛のローラと共にスチームカーに乗り込んだ。
「これがフレッシュチーズ? まるで真っ白いおからじゃないか・・・」
チーズに疎い俺は初めて見るボロボロに崩れた乳製品に驚かされた。
「お兄さん、チーズは黄色いブロックだと思ってましたね」
「その通りだよ」
「ふっ、半日でそんなものができるわけないじゃないですか」
あぁ、鼻で笑われた。
素朴な牧場の少女を嫌味な女に変えてしまった。俺も罪な男だ。
「僕が知ってるチーズを作るにはどのぐらいかかるのかな?」
「ハードチーズは最低でも3カ月、普通は1年以上寝かせますよ」
そんなにかかるのか。
ドワーフの源さんが、この真っ白いそぼろのようなチーズで満足してくれたら良いんだが、もし固形のチーズしか認めん男だったら3カ月待ちになってしまう。
「肝心の出来具合はどうかな?」
「ヤバイです」
んんん、リーゼちゃんの顔から脂汗が!
人間の母乳で作ったチーズはそれほど危険な味になってしまったのか。
「味見すれば分かります」
差し出された小さなスプーンに乗ったエマチーズを恐る恐る口に入れた・・・
「なるほど」
エマさん事件です。
貴方の母乳で大変なことが起こってます。
「どうですか、本気でヤバイですよねこれ」
「早くしまってくれ。このまますべて食べ尽くしてしまいそうだ」
「分かりますよその気持ち。私もずっとその誘惑に耐えてきたんですぅ」
リーゼちゃん、誘惑に耐えてよく頑張った。感動したっ。
俺は誘惑に負けちゃいそうだから、ビンに詰めてくれたエマチーズを直ぐにローラへ渡して事後を託した。
「これをドワーフの源さんに頼む!」
「了解なのデ~ス」
む、いまいちやる気が感じられない。晩飯前で肉ライフがゼロになってるな。
ここは鼻先にエサをぶら下げておくべきだろう。
「取引に成功したら褒美は思うがままだぞ」
「お婿様、それは間違ってますヨ」
なぜだ!?
お前が考えうる最高最良の肉をやろうと言ってるんだぞ。
「私は考えるのが苦手なのデス」
たしかに!
しかし、俺もこの世界の肉のことは良く分からん。あ、そうだっ。
「ここの牧場の特上肉の定期購入をプレゼントしようと思うんだがどうだ?」
「セクスエルム・シスターズの家には、私が既に特上肉を収めてますよ」
さすがリーゼちゃん商売上手。
だが困ったな。どうやって闇エルフのモチベを上げればいいのだ・・・
「お婿様が私に相応しい肉を考えて選んでくれるのが尊いのデス」
こいつ、何か良いこと言った感じになってるけど、出てるぞ。ヨダレが。
でもまぁ、それでお前がやる気になってくれるのならOKだ。
「必ずお前が満足する肉を見つけてこよう」
「フフフ、肉仙人の私を満足させるのは難しいですヨ」
とんだ仙人もいたもんだ。禁欲するどころか肉欲まみれじゃないか。
だがそれでいい。肉欲に突き動かされチート装備をゲットして来い!
明日には取引してくるというローラの言葉に夢を膨らませながら家に帰り、ドラゴンのシッポ肉の夕食に舌鼓を打つと、エマと楽しく妊活して眠りについた。
その翌朝未明、ゆさゆさと揺すられ起こされた俺は、目をこすりながらボンヤリしていると、闇エルフの言葉で一気にドパッと覚醒させられた。
「もらってきましたヨ。お婿様の言うチート装備というやつデス」




