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 世界にモンスターが出現し始めてから20日目。


 両親は再びダンジョン籠り中で、春人は1人でダンジョンへ行っている。春人には従魔が7体もいるため、両親からの許可も下りたからである。


 そんな如月家に、市役所から3度目の使者が訪れていた。応対しているのは、息子の薫である。

 市役所からの用件は、3つである。


 重要度3位は、病院施設の奪還。・・・必要な機材や設備がないので、死者や持病が重症化する者が増加しているそうだが、後進国はそれが日常なのだから現実を受け入れろと思う薫。


 重要度2位は、市役所の奪還。・・・役所が機能していないせいで、必要な手続きや支援が出来ないからというが、取り戻したからと言って結局は避難所になるのだろうと思う薫。


 重要度1位は、食品工場DXの販売。・・・食糧不足が深刻らしいが、肝心の金も用意せずに強請られても、利益なしで1000億円なのだから売るわけがない。


 なぜ、市役所が食品工場DXの存在を知っているのか?


 原因は孔老人であるが、新人族は他にもいるのだから、知っている者は知っているので、孔老人を責める気はない薫である。


 孔老人は、迷宮化防止結界の販売と生活困窮者の支援を継続して行っている。資産のある者にはそれなりの値段で販売して、幸いにもダンジョン化していなかった浄水場や発電所や変電所などには、無償で迷宮化防止結界を設置した。


 この行為に感謝する者が大勢いる中で、一部の新人族には怨みを買っていた。金儲けをしたい新人族にとって、格安で物を販売し無料で施設を貸したり炊き出しをする孔老人たちは、疫病神であるからだ。

 しかし、彼我の戦力差は明らかなので、邪魔をしたり敵対行動を取ったりしないだけの知恵はあった。用心スキルで悪意があるのはバレていると承知しているので、自分たちから近づくことはしなかったのだ。



 市役所が食料工場DXを欲しているのは、深刻な食糧不足があるからだ。農地はあっても、出来る量などたかが知れている。食料自給など不可能だし、作物も実るまでどれほどの人間が餓死するか分からない状況だ。人口が減れば当然ながら税収も減る。困るのはお互い様なのだ。税収が減れば、ライフラインの維持や必要な事業に支援なども、どんどん削っていかなければならなくなるのだ。

 いま対応策を打ち出さなければ、市民の怒りは市役所へ向けられかねないのだ。


 銀行は軒並みダンジョン化しており、成長したダンジョンや融合したダンジョンばかりと、現在の新人族には死にに行くような凶悪さのダンジョンばかりである。

 孔老人の言っていた億単位の金も、銀行から引き出すことが前提であった。流石に10億単位の通貨を、自宅に保管したりはしていなかった。


 現在は、孔老人の篤志とくしのおかげで何とか持ち堪えているが、キャンペーン期間が終了すれば、流石の孔老人のスキルを持ってしても無理である。何せ、現金がないのだから。ダンジョンコアの討伐で得られるSPを人数で補おうとしても、やはり焼け石に水なのだ。


 薫が雫を新人族にしてから、10日間以上は経っている。あのウイルスはかなり感染力があるので、それなりの人間が罹患しているだろうし、治っている者だって相当数いるだろうと、薫は思っている。


 実際、新人族は誕生しているのであるが、それでもダンジョンコアの討伐に至らず死んでいる者、モンスターと戦闘することが怖くてダンジョンを避ける者、死ぬ気で得た報酬を他人へ恵む気になれない者と、まさに個人やグループでもそれぞれ対応が異なるのだ。避難場所でのテント生活では協力していたが、力を手に入れモンスターと戦えるようになった者の多くは、自分たちだけで生活するようになっているのだ。


 新人族が死に難いように、ダンジョンの情報やモンスターと戦う時の注意点など、かなりの情報を提供してきた薫。これ以上、自分や家族に助力を求めるのは怠慢だろうと、そのように薫は考える。

 そんなに人助けがしたければ孔老人に協力すれば良いのに、協力もせずに窮状を訴えて他人に頼るだけ。そう思うと、目の前の人物たちは自分を煩わせる害虫である。薫の心が徐々に不快な気持ちに覆われる。


「話は聞いたので、帰って下さい。リスクを冒して新人族になるか、このまま座して死ぬか、誰かの情けに縋るのか、自由にすれば良いけどさ、今後旧人類が家に来て帰れると思わない事だね。ぶっちゃけ、新人族になってから出直して来いってこと。だから、こんど新人族以外の奴が来たら消すんで、そこのところちゃんと伝えてね」


「「「そんな!」」」


 薫に追い払われた使者たちは、皆が一様に項垂れて如月家を去る。市長のいる避難所への道で、1人が呟く。


「こっちが下手に出てるのに、子供ガキが何様だってんだ。くっそムカつく~」

「そうだな。だがなあ」

「もしかして、あいつの肩でも持とうってんじゃないでしょうね?」

「いやなあ、昨日まで近くで暮らしてた奴等が、今朝いなくなってたんだよ」

「? それと何の関係が?」

「3日ほど前に新人族とか話してるのを聞いたんだよ。もしかしたらと思ってな」

「あ~、私も避難場所から家族単位でいなくなる話、何回か聞きましたよ。ダンジョンへ自殺にいったって噂ですけど」

「自殺じゃなくて、新人族になったからダンジョンコアの討伐へ行ってたりしてな。それで自宅で生活してたりな。ははは、はぁっ!」

「どうしたんですか、大声出して」

「吃驚させないで下さいよ、主任」


 男性が指さす先には、自宅と思われる庭で楽し気に遊ぶ、ある家族の姿があった。窓は開け放たれており、壁には脚立が立て掛けられていて、掃除休憩中のようにも見える。


「俺がさっき話した、今朝いなくなったのってあいつ等だよ。どう思う?」

「家の窓が開いてるってことは、換気中って事じゃないですか?」

「そうか、あの家には結界があるんじゃ」

「奴らが新人族かどうかは分からないが、迷宮化防止結界はありそうだよな。そうでなければ、ダンジョン化する危険を冒してまで掃除なんてしないだろ。でもな、奴ら貧乏で食い物や他の物も碌に持ってなくて、俺ん所からも非常食を分けてやったんだよ」


 そう話していると、対象の家族の1人がマジックでも使ったのか、シートを地面に敷くと、お重箱やお茶やジュースのペットボトルを並べたのだ。


「すっげ。主任、あいつら新人族確定です」

「あれって、空間収納っていうんですよね。手品じゃないですよね?」

「ちっ。心配したこっちが馬鹿だった。さっさと報告するために戻るぞ」



「新人族。俺がかかっても死なずに済むのかなあ~~」

「「……」」


 主任と呼ばれた男の呟きに、部下の2人は無言であった。


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 3人の頭の中を、薫の言葉と先ほどの幸せそうな家族の映像が、リフレインする。3人の心の中では、新人族になりたいという思いが強くなっていた。

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