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最初の有識者会議から数日たった。
今はキャピトルへと場所を移し、多数の部屋で多様な話し合いが行われている。内閣総理大臣補佐官の今井も例に漏れず、働き詰めとなっている。
現在今井は、〝魔石の有効利用と確保〟をテーマとした議題に参加している。
魔石は、ダンジョンに巣くうモンスターを倒すことでしか入手することが出来ず、そのモンスターを倒せるのは、現在は新人族だけである。これが、現在の世界における認識である。
今や魔石は、新たなる資源として日本のみならず世界中で注目を集めているからだ。あの有識者会議後に、研究目的で魔石の買取りを、国や企業に大学などが行っているため、10SPの魔石が最低価格2万円で取引されている。
これには、如月薫が広めた『ダンジョンクリア講座』の影響が、大きく関係している。多くの新人族が『ダンジョンクリア講座』を参考にして、ダンジョンをクリアすることに成功し始め、迷宮化防止結界や各種の薬、及び魔石の提供が増えてきているからだ。ただし、新人族の数が極端に少ないため、その供給量は需要に対して圧倒的に不足している。だからこそ、最低価格2万円の取引が成立しているのだ。
ちなみに、医歯薬学会などから薬の販売を止めさせろといったクレームは一切ない。それどころか、自分たちへ提供して欲しいといった要請が、大量に政府へ送られているのが現状であったりする。
現在判明していることは、最低価値の10SPの魔石でさえも、100kwhもの膨大なエネルギーを秘めていることである。魔石に電源タップを複数つないで、地道な検証を行った結果である。如月薫が言っていた、12時間経っても動いていたというのは、嘘ではなかったのだ。電力会社だけでなく大手の影にいるGPIF、蓄電池を販売・改良・研究している関係者らが、大混乱に陥る事は間違いない。そのため、政府はこの事実をまだ発表するかどうか決めていない。
ちなみに、20SPの魔石は210kwhである。
会議で出された案は、差し込みプラグの材質を変えることで、取り出せる電力に変化があるかどうかの検証や、電力以外の用途を研究しようといった曖昧なものである。しかしそのためにも、魔石の継続的な確保がより一層重要であると、その場の全員が改めて認識することになった。
こうなると、須田官房長官の任意でダンジョンを管理するという案は、かなり有効な策に思えてくる。しかし、それ以外のダンジョンを全て抹消出来たらの話である。現在進行形で増え続けるダンジョンへの対策としては、須田官房長官の提唱したジョン化を防ぐための建物破壊策は有効かも知れないが、すでに成長し場所によっては融合までしているダンジョンを、討伐できるのかという大きな問題があるのだ。
しかし、時が経てば、今のマンパワー不足も解消され、人々の生活も安定し始めるだろう。その時には、今とは違ったライフスタイルが増えている事だろう。だがそうなる前に、ダンジョン及びダンジョン資源について、きちんとしたルールを作っておかなければ、激しい反発が起こることは容易に想像できる。だからこそ、魔石に関する今回の会議は、今後のダンジョン政策に大きく関わる事なので、かなり重要な案件であるのであった。
ここ東京には、深度153kmを超えるダンジョンが出来ている可能性が高いのだ。断言できないのは、如月薫以外に確認した者・出来る者がいない為である。だが、如月薫と関わった政府関係者は、彼の言葉を信じても疑ってはいないのだ。なぜなら、高校生の彼には政府を騙すメリットもないし、逆に政府へ協力してくれたからだ。彼の気まぐれとはいえ、薬の提供を受けていなければ、現在の勇者たち3チームは解散していたかもしれないし、人々の心はもっと荒んでいたかもしれないのだ。彼がダンジョンは討伐できるとモノであると示したからこそ、人々の心には希望の灯が生まれたのだから。
中東のある国では、モンスターに対し戦車を投入したが、傷を負わせることも出来ずに敗退。日本の近隣国では、ダンジョン化した建物ごと破壊を試みたものの、ダンジョン化した建物を残して周囲が瓦礫だらけの惨状となった。そのような動画がSNSには上がっているし、フェイクではなくリアルである事が、関係者の証言で明らかとなっている。
須田官房長官の案である、ダンジョン化していない建物の解体は、思うように進んでいない。理由は、建物を調査するマンパワー不足に、もしかしたら迷宮化防止結界が手に入るかも知れないといった希望が、都民の間に広まっているからだ。
その原因は、主に勇者たちである。
勇者の佐倉綾は、他者から注目され評価されることが大好きな為、ダンジョンを1つ討伐するたびに、迷宮化防止結界(小)を1個1千万円で8つ販売しているのだ。これは、パーティーメンバーも賛同しているからこそできる事である。如月薫のいう、最弱のダンジョンに対して、十分すぎる装備を整える事が出来たからだ。
販売方法は、佐倉が作った1枚200円の抽選券を購入した者の中から選ばれるのだ。しかし、当選してもその場にいなかった場合は無効となるので、それなりに資産を持つ者が多数参加している。
剣聖の伊藤刀児は、女性にモテる事が趣味なので、勇者の佐倉を真似た独身女性限定版をやっている。しかし、伊藤の販売する迷宮化防止結界(小)は、伊藤以外のメンバーが拒否しているため、勇者の佐倉と比べると2個と少ない。それでも、迷宮化防止結界(小)を欲する者は多いため、それなりの人気を博している。
魔王の後藤巴は、薬や食料衣料雑貨などを扱う万屋を、家族で行っている。特定のごく少数しか得られない迷宮化防止結界ではなく、多くの人を対象とした商売のため、1番人気があったりする。
3チームの魔石は政府が買い取っているので、今の所は一般人に流れる状況にはなっていない。
政府としては、3チームのおかげで都民のストレスはかなり抑えられているので歓迎している。しかし須田官房長官は、勇者と剣聖の行いのせいで建物破壊の障害となるだけでなく、迷宮化防止結界(極)を使う際の障害にもなる為、あまりよく思っていない。それでも現実問題として、勇者たちは政府の役に立っているので、特に口を出したり等はせず、注視するに留めている。政府による新人族部隊育成には、必要な戦力であるからだ。
◇◇◇ 某ダンジョン
ここは東京某所にある成長したダンジョン。そのダンジョン内で、15名からなるグループが活動していた。その内の4人は、近年なりたい職業で人気のYouTuberである。残りの11人は、4人と協力関係にある新人族である。
YouTuberたちは、話題沸騰のダンジョンで、人気を継続ないし上昇させるため。片や新人族の方は、YouTuberの動画で自分たちの知名度を上げる腹積もり。お互いにとって、利害が一致した結果である。
ライブ配信をしながら、賑やかにダンジョンを進む15名。ダンジョン浅層は、彼らでも倒せる低レベルのモンスターしかいないことを確認済みであるため、喧しいほど喋っていても平気なのである。しかも、それほど遠くない先に壁があるので、進む距離が目に見える事で、気持ちも楽になっているのだ。
時折、ウサギやヒツジのモンスターが襲い掛かってきたが、新人族たちは危なげなく倒し、護衛としての力量を見せつける。護衛としての役割を果たせることに感心したYouTuberたちは、彼ら新人族を褒め称える。対する新人族は、その言葉に気分がよくなり、魔石をバッテリーとして譲ったりと、気前がいいことをカメラに向かってアピールしていた。
3階層へと到達した一行は、林から森と呼べるほど木の密度が増えた地形を移動する。彼らが此処まで来た目的は、モンスターがモンスターを食べる瞬間を撮影するためである。
ダンジョンは、下層へ行くほど広くなっていくことを、ダンジョン内で現在進行形で体験している彼ら。それに、地面は落ち葉がある地形のため、滑らないように気を配って進んでいるため、歩く速度が低下している。
ここに至るまで、ライブ配信のためにかなり喋っているYouTuberたちは、見た目にも疲労が見て取れる。そのため、森の中で開けた場所を見つけた彼らは、一旦小休憩をすることになった。
「このくらいのダンジョンだと、BBQしたりキャンプとかに使えていい感じじゃね」
「俺もそう思ってたんだよ。良いよな、空気は美味いし……」
「おい、どうした?」
1人のYouTuberが喋っている途中で、突然地面へ突っ伏した。それとほぼ同時に、残りのYouTuberたちも横に寝転がったりひっくり返ったりする。4人とも、まるで石になったかのようにピクリとも動かない。
冗談はよせよと、軽い口調で近づいた新人族の1人が、ひっくり返ったYouTuberの呼吸を確かめると、息をしていない。慌てて、脈や鼓動を確かめるも、どちらも反応がない。そのYouTuberは息絶えていたのだ。
すぐに残りの3人のYouTuberたちの生死を確認したが、全員が息絶えていた。残された新人族たちには、4人のYouTuberたちが突然死んだ理由がわからない。それは、目に見えない恐怖となって心を侵食してくる。
「慌てるな」「落ち着け」
混乱に陥りそうになった新人族たちだったが、彼らを率いる2人のリーダーの一喝により、なんとか混乱状態になることを避ける事に成功した。だが、4人が亡くなった理由がわからないこの場所に留まっていては、すぐに再発する確率が高いと判断した2人は、撤収することに決めた。
原因を探るにしても、彼らは捜査や調査の専門家ではないし、2人の用心スキル持ちから周囲にモンスターはいない事を確認しているので、モンスターの仕業である可能性は低いのだ。
空間収納スキルをまだ習得していな彼らは、4人を寝袋に入れて運ぶことにした。寝袋を持ち歩いていたわけではないので、わざわざ売買システムから購入したのだ。4人の死体を背負う役は、公平にくじ引きで決めた。残りは、死体を背負う4人の周囲を固めながら、早足でダンジョンの3階層の最奥を目指した。
撤退途中、数度モンスターと交戦したが、相手は雑魚であったため転移陣から1階層最奥へ移動し全力で1階層を駆けて脱出し、彼らはなんとか生還することが出来た。売買システム様様である。これが使えなかったら、回復薬を使用することも出来ずに途中で力尽きていた可能性が高いのだから。
ダンジョンの外に出た彼らは、そのまま近くの交番を目指したのであった。好き好んで死体を背負っていたい者など、誰もいないのだから。