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「ここの景色も実に良いものだな。家族で花見でもするか」
「それいいわね。春人や春香さん、雫ちゃんに会うのも久しぶりって感じだし。薫、皆元気かしら?」
「春人は同級生の6人を鍛えるのに張り切っているよ。雫がこっそり夜食をしてた件がばれて、春香さんに叱られてたね。でも、叱っている春香さんの顔は緩みっぱなしだったけど」
「「夜食!?」」
「雫いわく、寝ている春香さんを起こしたくなかったから、自分で売買システムで購入して食べてたみたい。甘いものばっかり」
「雫ちゃん、思いやりの心も育っているのね。賢くて可愛いだけじゃなく本当に良い子ね」
「くぅ~、雫ちゃんに会いたくなってきたぞ。話は粗方済んだんだろう? もう解散するか」
武彦の言葉に、孔老人が待ったをかける。
「済まんが、ちょっと待ってくれんか。この【建物】にある物は、素晴らしい物ばかりだが、今の儂には1つも手に入れる事が出来ない。どうやれば、購入できるようになるか、教えてくれぬか」
「爺さん、情報はきちんと集めておきなよ。今の爺さんはレベル1。レベルを上げてスキルポイントを貯めて、空間収納スキルを手に入れれば、日本円だろうと外国の貨幣だろうと、SPへ替えられる様になるよ」
「なるほどの。それで、どうやればレベルを上げられるのだ?」
「そこから!? 爺さん写真は撮れたのに、スマホで情報収集とかしてないの? ダンジョンへ行って、モンスターなりダンジョンコアを討伐すれば良いよ」
「ほうほう、なるほどな。スマホはキチンと連絡手段として使っておるぞ」
「まあいいや。ところで、爺さんが空間収納スキルを覚えるのに、スキルポイントはいくつ必要なの?」
「ん? ちょっと待ってくれ、今調べてみるから……1000Pとなっているぞ」
「マジか。爺さん、鑑定スキルの方はどうなってる?」
「鑑定鑑定っと、これか。500Pだ」
鑑定スキルと空間収納スキルを習得するのに、如月一家や天野母娘、春人の受け持つ6人でさえ、孔老人のような大量のポイントは必要としなかった。確か今井から聞いた話で、勇者らのメンバーでも3万Pが必要だったはず。やはり、スキルには向き不向きがあり、習得に必要なポイントもバラバラであるようだ。
空間収納スキルを習得不可な新人族が居た場合、人生ベリーハードモードになるのではと薫は思った。
「これか。爺さんの持ってる【固有スキル】艱難辛苦のせいだね。初期ポイント使用済みだから、最低ランクのダンジョンコアを17討伐すればいけるか。他のスキルを一切取らなければだけど」
「うむむ。なかなかに骨が折れそうだが、気張るしかない。目標数が分かっただけでも良いことだ」
「ところでさ、爺さんが目を付けたのってどれなの?」
「食品工場DXとウルトラ温泉DXに、1万戸が暮らせる平民タワーDXの3つだ」
「それって全部、迷宮化防止結界使用の建物だよ。割引の今でも、1つ10億SPするんだけど。日本円に換算すると1000億円なんだけどさ、爺さんってそんなに金持ちなのか?」
「なんと! そんな金あるわけなかろう。1つ10億ではないだと。はぁ~、30億では買えぬのか」
孔老人の発言に、皆が目を見張る。金は持ってそうな雰囲気だったが、孔老人は紛れもないセレブだった。それなのに、璃桜にはボディーガードの1人もついていなかったのは、何故だろうか。薫はそんなことを思いはしたが、特に問い質したりはしなかった。
「もっとさ、小さい物で良くない? 予算はどのくらいあるの?」
「組織の今後も、会社の今後もあるから、35億くらいか」
孔老人の言葉に対して、誰もがどっちに突っ込めばいいのか分からないといった表情である。なお、薫はスルーすることにした。
「迷宮化防止結界(小)・(中)くらいを購入して、ダンジョン化していない家や工場に販売すれば良くない? 爺さんのスキル、デメリットだけじゃなく半額で購入できるってメリットもあるんだから。今は、小が100万円、中が1千万円で購入できるけど、爺さんは半額で購入できるから、100万円や1千万円で販売しても利益も出るし感謝もされて、差額で得た利益は本当に助けたい人たちに与えてやれば?」
「お主、その結界とはなんだ?」
「それって、冗談じゃなくてマジで言ってる!? はぁ~、建物のダンジョン化を防ぐための魔道具だよ。それがあれば、爺さんもテント暮らしから解放されるよ」
「そうなのか。そうと分かれば、璃桜のためにももっと頑張るとするか」
「おっ、さっきの人がちょうど戻ってきたみたいだよ」
「そうか。ならば急いで戻って、璃桜にも薬を与えてやらねば」
孔老人とは対照的に、ファミリーホームの関係者たちの表情は曇っている。
「爺さん、この人たちはどうするの? 新人族になるかどうかで、迷ってるみたいだけど」
「ん? おお、そうだった。儂に任せてくれ、面倒はみる。今日は、自宅まで送らせる」
「トイレットペーパーはどうするの?」
「水洗いだ」
「そ・そうなんだ」
「む。璃桜にはきちんと与えておるからの」
「別に聞いてないし」
「俺も一肌脱ぐか。明日、1つだけダンジョンクリアを手伝うとしよう。レベル10になれば、そうそう死にはしないだろうから」
「これはかたじけない。ご厚意に甘えさせていただくとしよう」
「いえいえ、社会に貢献しようという貴方の心意気に心を打たれたからです」
武彦と孔老人は、がっちりと握手を交わした。
「朝日奈」
「「はい」」
「あっ、妹は呼んでない。朝日奈、夢は叶いそうか?」
元気よく返事をする2人。しかし、薫の言葉は姉のももへ対するものであるため、素っ気ない対応をする薫。しゅんと項垂れたみかんを視界から外して、ももの目を見つめる薫。対するももは、自分の夢を覚えていた薫に感動したが、嬉しさを表情へ出さないように気を付けながら答える。
「い・今は、とてもじゃないけど無理。だけど、あきらめたりはしないよ」
「なら、今のうちに投資しておこうかな。食料は爺さんから貰えるから、トイレットペーパーがあればいいのか?」
「え? ……うん、ありがとう」
薫からの突然のサプライズに戸惑いながらも、感謝の言葉を述べたもも。そこへ、早くも立ち直ったみかんが、手を挙げて薫へと追加注文する。
「はい如月先輩、生理用品もお願いします。ボディソープとかもあったらもっと良いです」
「みかん!」
「生理用品ってなんだ?」
「えっとね……」
薫の問い掛けに顔を赤くして口ごもる朝日奈ももに、美玖が助け船を出した。
「薫、母さんがそっちは見繕うわよ。ところで投資ってどういう意味なの」
「将来の娯楽創造者への先行投資」
「まあ、そうなの。あっ、はいこれよ」
「ありがとう、母さん」
目の前に大量のトイレットペーパーやボディソープなどが、5か所に均等に積まれている。薫は見た目極小のコンドーム、膨らむ前の空気の入っていない風船のようなものを取り出した。そして、風船の口を1つの塊に向けて広げた。
すると、トイレットペーパーなどの形がぼやけて、薫の持つ物に吸い込まれた。薫は同じことを繰り返して、5つの水玉風船くらいに膨らんだ物を作り出した。それらを、朝日奈ももへと手渡した。
「使い切りの魔道具だ。中身を取り出すときは、針とかの鋭利なもので刺せば簡単に割れる」
「~~~~。如月君ありがとう。いつか、この恩は必ず返すから」
「朝日奈なら、いい作品を創造ってくれると期待しているよ」
孔老人が物を運ぶときに便利だから売って欲しいと強請ってきたが、売買システムでも購入できない物なので、薫は突っぱねた。空間収納スキルを持つ者にとっては、無用の長物になるものではあるが、宝箱からしか出ないレア物なので、今回のような気まぐれでも起こさない限り、今後も薫の空間収納へ死蔵される物である。




