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孔老人から粗方話を聞いた如月親子は、ファミリーホームの経営者である5人から、改めて話を聞くことにした。薫は両親との念話に集中していたので、話を聞いていなかったし、両親はその場にいなかったので、知っているわけがない。
孔老人曰く、話はまだ途中だったので最初からでも構わないらしい。話すのは爺さんじゃないだろうと薫は思ったが、突っ込みはしなかった。
世間にモンスターが現れてからは、1つのファミリーホームの敷地内でテント生活を送りながら、住環境を整えて来たそうだ。それでも、食料問題は国や県の支援がなければ、解決できそうにないとのこと。非常食も、あと1週間もつかどうかという状況だそうだ。
しかし、食料は孔老人が1週間分くらいは支援できるらしい。仕事柄倉庫をたくさん持っており、ダンジョン化していない場所の物資を売ったり、貧しい者には炊き出しをしたりしているそうだ。璃桜は炊き出しを積極的に手伝っていたそうなので、おそらくそのことが原因で、感染してしまったのだろう。
次の問題が衛生面とのこと。お風呂に入れずトイレも手作りのため、ストレスが相当に溜まっているそうだ。朝晩は冷え込むが、日中は汗ばむ陽気も増えてきたことも原因の1つらしい。さらに、トイレットペーパーの枯渇問題もあるそうだ。
このままでは状況は悪くなる一方なので、アドバイス若しくは新人族へなる手助けを請いに来たことのだと明かした。
「お風呂ですか。庭に穴でも掘って、そこで石を焼いて水を入れれば、それなりに入れる温度になるかも。ん~、でも泥湯になってしまうか? モルタルで固めてから……」
武彦は自分で提案したものの、何やら自分の世界に入ってしまったらしく、独り呟いている。そんな武彦に変わって、美玖が提案してきた。
「やっぱりドラム缶風呂じゃないかしら? あっ、ドラム缶がないから困っているのよね? どこにドラム缶って売ってるのかしらね」
ドラム缶の有無はさておき、薫は簡単に解決できる方法を知っている。資金を出す者が居ればの話であるが。だから、情報を与える事にした。
「食料もお風呂なんかも、お金とある程度の土地さえあれば、解決できるけど。爺さん、売買システムは使えるかな?」
「売買か、使えるぞ」
そこへ、美玖が割って入った。
「薫、他人様を爺さんなんて呼んではだめよ。きちんと孔さん、若しくは孔お爺さんと呼びなさい」
「ええ~」
「薫っ!」
「あ~、奥方。儂は好きに呼んでもらって結構だ。叱らんで下され」
「もう、本当にすみません」
美玖は薫の頭を小突いてから、孔老人へと頭を下げた。薫はちょっと痛かったっが、口応えはしなかった。なぜ痛いのか疑問に思った薫であるが、孔老人へと説明することにした。
「孔お爺さん、【建物】の項目を見てみなよ? すぐに解決できるモノがたくさん見つかるから」
「爺さんでいい。お主に孔お爺さんなんて呼ばれると、落ち着かん」
「わかった」
「仕方ないわね。母さんも【建物】を見てみるわね、薫」
「わかった」
薫は、佐藤女史らへと話かけた。
「皆さんが新人族へなりたいなら、爺さんの取り巻き連中に接していればいいんじゃないかな。さっき爺さんが話した通り、爺さんはもう新人族になっちゃったけど、外にいる連中は丁度罹患中だから、伝染る確率は高いと思いますよ。重症化する人は、持病がある人や高齢者が多いそうですから、薬がなくても死ぬ可能性は低いでしょう。僕の場合は、その低確率を引き当てて死にそうになりましたけど、家の家族は市販薬で治って見ての通り元気です。結局は、死ぬか後遺症に悩まされるかも運次第ってことです。まあ、無理をしなくても、1週間は爺さんから食料援助の約定を得られただけ、家まで来た甲斐はあったでしょう。リスクをとるかどうかは、貴女方が決める事です」
薫の言葉に神妙な顔で頷く5人の女性。1週間分もの食料援助を受けられる事になったのは、如月家を目指し行動したからだ。暴漢たちから襲われるという危険な目には遭ったが、怪我の功名で孔老人との縁もできた。
目の前に座る少年に、直接何かをしてもらったわけではないが、行動を起こしたことで状況は良くなったのだ。しかし、現状は付け焼き刃であって、根本的な問題は解決していない。やはり、《《あの》》ウイルスに罹患するという、リスクを冒す必要性を感じている5人である。
対して、2人の少女はやや不満そうな表情をしている。だが薫は、2人を無視して言葉を続ける。
「僕は、話し合いの場と情報を提供したので、貴女方の要求には十分に応えられたと思いますが、どうでしょう?」
薫に問われた5人は、ハッとなりそれぞれの顔を見合って頷くと、薫に頭を下げて感謝の言葉を口にした。しかし、2人の少女は納得いかないらしい。
「如月先輩、どうしてお義母さんたちにお薬を売ってくれないの? 意地悪しないで下さい」
「如月君、私が身の回りのお世話をするから、お義母さんたちに薬を売って下さい」
「ちょっと、お姉ちゃん!? 私が先輩のお世話をするんだから、もう間に合ってまーす」
「みかんこそ何を言ってるのよ。お子様のみかんには、如月君のお世話なんて無理に決まってるでしょう」
「あらあら、モテモテじゃないの薫」
「茶かさないでよ、母さん」
「うふふ、息子がモテるって嬉しいものね。さてと、2人のお嬢さん。お薬はとっても高いのよ」
美玖は、朝日奈姉妹に対して薬が高価なものだと説明する。
「「話を聞いてましたから、知ってます」」
今まで口論していたのに、この姉妹双子でもないのにハモッたと、薫は妙なところで感心していた。
「いいえ、分かってないわ。私が薬の値段について文句を言ったこと、覚えてるかしら?」
「「はい」」
「ケチだと思った? 思ったみたいね。うふふっ、いいのよ。でもね、それは大きな勘違いなのよ」
美玖の言葉を聞いて、頭に疑問符を浮かべているのは、朝日奈姉妹だけでなく5人の保護者たちも同様である。
「分かり易いように例え話をしましょうか。貴女たちが好きな服や小物を購入するために、販売前日から寝泊まりして並んで手に入れたものを、見知らぬ誰かに原価で譲ってほしいと頼まれたとしたら、譲るのかしら。それも、1度や2度ではなく何度もよ」
朝日奈姉妹には、今一ピンと来ていない様だが、保護者達には理解できたようだ。姉妹が理解していないと見た美玖は、話を続けることにした。
「貴女たちが手に入れるために費やした時間と労力、交通費なんかも入れましょうか。欲しい物を手に入れるために、お金を貯めた時間も入れましょう。原価で譲ると言う事は、それら全てが消えてなくなるってことよ」
ここまで言われて、ようやく気が付いた朝日奈姉妹。それでも、美玖の話は終わらない。
「今度は現実の話ね。新人族になれば、誰でもSPで売買が可能になるわ。でもね、肝心のSPを持っていなければ、当然購入することはできないの。空間収納スキルを持っていれば、日本円をSPに替える事も出来るようになるけど、それが出来ない多くの新人族は、死のリスクを冒してモンスターやダンジョンコアを討伐して、SPを稼いだりスキルを習得したりしてるの。そんな苦労をして手に入れたSPで買える物を原価で売るなんて、貴女たちにできるの? それでも、意地悪だケチだって思うのかしら? 無知故に先ほどの言葉は流すけど、次に同じことを薫に言ったら、薫が許しても私が許さないわよ」
「ああ、そこは俺も同感だ。しかし、威圧が漏れてるから止めてあげなさい。皆の顔色が悪くなってるから」
「あら、ごめんあそばせ。気を付けてたのに、熱くなっちゃたみたいで、おほほっ」
「今回は仕方ない。相手が男なら、俺が打ん殴ってただろうからな」
笑顔の母親と苦笑している父親、顔色の悪い者たちと、明暗がくっきりとしていた。
いやいや、おほほじゃないでしょと薫は思うが、両親の言葉は嬉しかった。しかし、顔色の悪くなっている全員(孔老人も含む)に、薫はHPMP回復薬を混ぜたお茶を配って落ち着かせることも忘れなかった。