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春人が喋り終わったときには、ゴブリンたちの姿が消えていた。俊樹と勇気は春人を振り返り、大輔・しおり・智一・藍の4人は俊樹と勇気に目が行き、ゴブリンが狩られる瞬間を見逃した。
6人が慌ててゴブリンたちが居た場所へ視線を移すと、そこには、薄っすら青い小石だけが転がっていた。
「あれ? ゴブリンが一瞬で消えてる」
「ハルがやったのか? もしかして、カオルくんと同じ能力なのか?」
「すっごーい。ハル素敵っ!」
「ハルっち、最高! でも、どうやって倒したの?」
「「うぐぅ」」
大輔と智一は、しおりと藍の2人から脇腹へ肘鉄をもらい、春人の側から物理的に追いやられる。しおりと藍それぞれが、春人の腕に抱きついて、春人を称賛し媚びを売る。
大輔と智一の2人は、いつものことなので、大人しく引き下がるが、そこへ勢いよく勇気が飛び込んでくる。
「ハル~、頑張った僕を褒めて~」
勇気は勢いそのまま、正面から春人に抱きつき、春人の胸に顔を埋めてクンクンと匂いを嗅いでいる。
しおりと藍が文句を言うよりも早く、春人は勇気の頭にチョップを見舞った。もちろん手加減スキルを使用して。
「痛~い。もうっ、臭かったんだから臭いくらい嗅いでもいいよね? 僕、頑張ったんだし」
両手で頭頂部を抑えて屈み込みながらも、不平を漏らす勇気。そこへ、俊樹が混ざってきた。
「いや、マジでありゃヤベー。ハルが言ってた以上に臭かった。次は誰か代わってくれ。連続はマジでキツイから」
「だろ。俺が清浄スキルを使わなかったら、もっと地獄だったんだから、感謝しろよ。多分、冗談くらいに思ってたんだろ」
「マジで助かった。サンクハル」
俊樹が照れながら春人にお礼を言っていると、勇気が割って入る。
「僕の方がもっと感謝してるよ、ハル~。お礼にハグしてあげる~」
勇気は懲りずに春人の胸に頭を擦り付けている。
春人は深い深いため息を吐く。
春人の雰囲気が急に変わり、ピリピリと肌を刺すような幻痛に、6人は背中に冷たい物を感じて身震いする。
「はあ~。全員、そこに正座しろ。返事っ!」
春人の静かだが有無を言わせぬ言葉をうけた6人は、ビクッと震えるも、返事を返した。1名ほど、噛んでしまったようであるが。
「「「はい(ひゃい)」」」
6人が正座したのを確認した春人は、それぞれへ問いかける事にした。
「俺は言ったよな。カズ、覚えてるだろ。俺の言ったことを言ってみろ」
「え? 俺? えっと……痛っ」
春人は智一の頭に拳骨を落とした。
「次っ! 大輔、言ってみろ」
「ハルが言ったこと、ハルが言ったこと、痛っ」
大輔もカズ同様に拳骨を貰って呻く。
「トシ。答えろ」
「ごめんなさい。うぎっ……痛い」
俊樹はすぐに謝ったが効果はなかった。
「ブクマ」
「ハル、ゆ・許して……いひゃい」
しおりは上目遣いで許しを請うたが、結果は変わらなかった。
「藍」
「ゴブリンは臭い!? でしょ? ちょっ止めっ、はぐぅ」
胸を張って答えた藍であったが、春人の雰囲気は変わらず、不安が的中し、皆と同様に拳骨を落とされた。
「勇気」
「御免さない。ダンジョンだってことを忘れてました。反省してます。だからどうか拳骨は止めて、テヘッ。 あうっ」
勇気のあざとすぎる行為が、皆を慮っての事だと分かってはいても、ここは厳しくいくと決めた春人には、無意味であった。
「最後にふざけるからそうなる。3度目だ、ここはダンジョンだってことを忘れるな。お前ら、ダンジョン舐めてるとマジで死ぬぞ」
6人は春人に対して謝罪の言葉を口にする。本当に反省しているようなので、春人は魔石を回収すると、俊樹と勇気の2人へ渡した。
「襖を開けた危険手当ってことで、とっとけ。全員、売買画面で確認してみろ。20SP入ってるはずだ」
叫び声や大声は出さないまでも、6人はガッツポーズをしたり音を立てないハイタッチをしたりと、喜びを表現した。
「んじゃ、さっそく買い物だ。HPMP回復薬(微)を購入して使え」
各自、無事に購入を済ませて、ゴクリと飲み干す。途端に、体が軽くなり思考がクリアになる。
「今日のハルは鬼軍曹役なのか?」
智一の問い掛けに春人は頷き返す。
「ああ、お前らが死なないように、ガンガン鍛える。だから、泣くんじゃねえぞ」
「泣かねえよ。しっかし、ダンジョンは想像以上だ。ここに入ってから、ほんのちょっとしか時間が経ってないのに、俺らめちゃ疲れてたんだな」
カズの言葉に黙って頷く大輔たち。
「まっ、慣れだな。このタイプのダンジョンなら、6個もクリアすれば今日中に慣れちまうだろ」
「「「ハル(ハルっち)、手取り足取りご指導お願いしま~す」」」
しおり・勇気・藍の3人は、春人の前でモジモジとしながら、右手を差し出している。誰かを選んでその手を取れという事だろうか?
しかし、春人は誰の手も取らずに静かに言った。
「最初に言ったと思うが、録画してんだぞ。ダンジョンでこんなことをしてると兄貴が知ったら」
3人の中で薫と一番付き合いの長いしおりは、土下座して謝罪する。
「カオルくん、しおりはもっともっと頑張ります。だから、育成メンバーから外さないでください。この通りです、どうかお願いします~」
「ちょっ、何やってのブクマ?」
「ハルっち、ブクマが壊れた」
「いーや、ブクマが正しい。勇気と藍はカオルくんの事をよく知らないから、教えてやる」
「「どゆこと? トシ、詳しく(話せ)」」
俊樹視点での薫は重度のブラコンで、春人に近づく者は選別されるそうだ。もちろん、春人本人に、智一・大輔・しおりが少し違うと弁護した。そう、少しだけ違うと。
その後もゴブリンを狩り続け、7体目のゴブリンを魔石へと変えた春人は、次の赤い反応へと向かう。途中、6体目のゴブリンを倒した時に、6人ともレベル2へと上がっている。2桁に足りないステータスには、新たに入手したスキルポイントでステータス強化系スキルのレベルを上げて対応したことで、1桁ステータスの者はいなくなった。ちょっと羨ましい春人であった。
トラップについても、きちんと6人にレクチャーしている春人である。最弱ダンジョンの罠は子供だまし程度であるが、1ランク上のダンジョンになると、殺傷性が高く危険な罠になっている事を伝える。
春人のダンジョン講義は続く。
まず、最優先すべき対ダンジョンスキルとして、地図スキルと用心スキルの2つだ。
地図が見れると自分の居場所が分かり便利であると。地図スキルはダンジョンに限らず使用できるので、とても便利なスキルであるのだ。
また、用心スキルがあると、モンスターや敵意・害意を持つ者を発見できる。
両方あれば、モンスターなどの発見が非常に容易になり、曲がり角での遭遇戦回避に視界不良時や物陰に潜んでの不意打ちなどを防げ、自身やパーティーの安全度が格段に高くなるのだ。
6人は、なるほどと声に出したり頷いたりと、理解を示している。
鑑定スキルがあると、そのダンジョンが強いか弱いかの見極めに非常に役立つ。対象のダンジョン内にいるモンスターのレベルが判れば、無謀な戦いをしなくて済むし、生存確率が上がる。
清浄スキルがあると、体や服など奇麗に出来て、嫌な臭いも消す事が出来る。清浄については、みんな大きく頷く。個室にいたゴブリン戦で、その効果をいかんなく発揮したスキルだからだ。扉を開けた時のあの臭気は、とても不快で堪らなかったのだろう。涙目で嘔吐くのを我慢していたくらいだから。
ダンジョンコア討伐時に護衛のゴブリンを倒してレベル3になった6人。しかし、ダンジョンコアを討伐しても、レベルは10止まりだった。
それでも、6人全員が悶えたのは言うまでもない。
完全に失念していた春人は、みんなに頭を下げて謝罪した。春人は薫という失敗例を知っていたのに、ミスをしてしまったからだ。謝るなと言われていたのだが、こればっかりはスルーするわけにはいかなかった。理由を聞いた6人は、笑って許してくれた。しかし、春人は家に帰ってから薫に突っ込まれるだろうなと、ブルーになってしまった。
それでも、6人には力加減には十分注意するようにと、アドバイスするのを忘れない春人であった。物であれば壊れても済むが、人と接する時に加減を誤れば大変に事になるのだからと。
春人の真剣な表情と言葉を受けて、6人は確りと忘れない事を心に刻んだのであった。
獲得したマナコイン(小)は、すでにくじ引きで決めた通り、順番に使用していく。地図スキルと用心スキルの併用に慣れるまで、眩暈に嘔吐いたりする6人。そんな彼らに対して、1対1の状況とは言え、モンスターを相手どらせる春人。鬼軍曹は伊達ではなく厳しかった。
その日の内に、合計6個のダンジョンコアを討伐し終えて、6人全員がレベル17へと至り、1人1枚マナコイン(小)を使用した。
春人へ負債の返済をしても、軽く50万SPを超える資産と強さを手に入れた6人は、暗くなった夜道を大変満足気な表情で足取り軽く帰って行った。
HPMP回復薬を使用することで、疲れ知らずとなった6人であった。
その日のダンジョン攻略動画を、春人の了承を得た薫はSNSにアップした。
なにせ、薫のアドバイスに対する報酬は、春人の友人たちがダンジョン攻略を通じて強くなる成長動画の提供だったのだから。
薫がアップした動画のタイトルは、『実録。スキル習得ペナルティー!? 全八日間の記録 其の1』であった。
新人族の誕生から、6つのダンジョンコア討伐の様子が、ダンジョン攻略講座も踏まえた動画となっており、その日だけで再生数は1千万を超えた。