51
板張りの廊下から襖を開け、部屋へと入った春人たち。畳の上を歩くことで、足音も格段に静かになった。
春人は一旦立ち止まると、6人に注意事項を伝えることにした。
「この2つ先の部屋に、ゴブリンが2体いる。あいつらって、めちゃ臭いから覚悟しとけよ」
6人は、襲われないように注意しろとか言われると思っていたら、まさかゴブリンの臭さについて注意しろと言われ、頷きながらも苦笑するしかなかった。そう、この時の彼らは春人なりの冗談だと勘違いし、ゴブリンの臭いを甘く見ていた。
何事も、実際に体験することでしか分からない事もあるのだと、すぐに身をもって知ることになるのだった。
襖1枚向こうにモンスターがいる。春人には一切緊張は見られないが、6人はめちゃくちゃ緊張していた。玄関から移動すること3分ほどであったが、6人は10分間くらいに感じている。会話もしていないのに、喉がとても渇いて仕方ないのだ。握りしめた手は、べっとりと汗をかいている。
スマホで、モンスターの画像はそれなりに見ている。現在では、ゴブリンはかなりポピュラーな存在として、世界中で認知されている。見た目はかなり醜悪であり、その性質は凶暴で残忍であると。
春人は円陣を組むと、小声で話す。
「トシが右、勇気が左の襖を全開にしてくれ。開けたらその場を動くなよ。大輔、ブクマ、カズ、藍は、俺の後ろから見てろ」
「わ・わかった」
「僕、がんばる」
「俺がいるんだから、そんなに緊張すんじゃねえよ。まっ、お前らの気持ちも分かんなくもねえけどな」
6人は、自分たちの気持ちが理解できるのかと言いたげな視線を春人に向ける。
「んだよ。俺だってな、最初のダンジョンは結構ドキドキしてたんだよ。肝心の兄貴は別行動だったし」
「カオルくん抜きでダンジョンを攻略したのか? やっぱハルもすげーんだな」
「ハル、悪かった。カオルくんに寄生レベリングしてもらってたとばかり……ほんとにごめん」
「しおりは、ハルが守ってくれるって信じてるよ、本当だよ」
「ハルっちも大変だったんだね。私もがんばる」
「いや、俺は」
「マジでハルはすげー。俺、一生ついてく」
「大輔は男だから無理だ。僕がハルといいい・一生」
「ちょっと、勇気。なに抜け駆けしようとしてんのよ。さっさと襖の所に行きなさいよ」
「ほんと。ハルっち、勇気は緊張しすぎて寝言を言ってるだけ。気にしなくていいから」
春人は皆のキラキラな視線を受けて後ろめたい気持ちになるも、この状況で、自分がダンジョンに初めて挑戦した時のレベルなんて、絶対に言えないし絶対に知られるわけにはいかないと思った。両親や薫たちに、口止めの必要性を覚えた春人であった。
なお、女子の会話には突っ込まないに限ると学んでいる春人は、スルーした。
「よしっ、モンスターとご対面だ。トシ、勇気、しっかり頼むぜ」
俊樹と勇気が頷き合って、せーので襖を開ける。アイコンタクトだけでうまくいくほど、まだ2人の絆は深くない。
部屋の中には、2体の異形がいた。黒に近い深い緑色の肌を持つ、ゴブリンと呼ばれるようになったモンスター。鑑定スキルではゴブリンと出るので、呼び方は間違っていない。
人間同様に個体差があり、頭に1~2本の短く小さな角が生えている。服に類するものは、一切身に着けておらず、小さな棒切れを握りしめたまま眠っている。この2体は意外と図太いようだ。
春人の後ろから部屋の中を見ている4人は、襖を開けた俊樹と勇気の2人が、揃って顔を顰めていることに気が付いた。否、片手で口と鼻を覆っている。
「なっ、めちゃ臭えーだろ? 清浄。でもって、先ずは2体っと」
春人は清浄スキルを使って、ゴブリンの臭気を一掃すると同時に、目にも止まらぬ鞭さばきでもって、眠っていた2体のゴブリンを魔石へと変えた。