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東京某所。
薫は、帯留めされた札束の塊が、シートで包まれた状態で保管されている場所にきている。
銀行以外にも札束がこんなに一杯あるんだなぁと、薫は驚いている。この間の100億円が、お小遣いに思えてしまう薫である。
「薫くん、これら全部を納めてくれ。金額を確認できたら、これらを頼む」
今井は、薫にメモ紙を渡す。アナログも使いよう。燃やして粉にすれば証拠隠滅である。電子機器も万能ではないのだ。
「……確かに20兆円ありました。えーと迷宮化防止結界(特)を20個、迷宮化防止結界(極)を1個。合計14兆円分ですね、原価だと」
「そこは、今後も付き合いと緊急時に頼み事をしたいからね」
「範囲が広い物より、(中)とか(大)の方が便利かもしれないですよ?」
「確かに、今は狭い範囲の物の方が使い勝手がいいだろうね。官房長官の案通り事が進めば、何れ大きなものが必要になるだろうからね。だから確保出来るうちに、確保しておきたいのさ」
「うーん、勇者たちが頼りないからおまけしますよ。それに、ここがダンジョン化しても困るでしょうから、おまけを使って下さい。結界の所有権は、全て白紙状態です」
薫は、迷宮化防止結界(大)を1個に迷宮化防止結界(特)を40個と迷宮化防止結界(極)を5個、万病薬(中)を500個出して、今井たちに渡した。
「こんなに!? (極)が5個もあるけど、いいのかい?」
「午前中、あいつらを鑑定したけど、弱すぎて。最初にステータス強化系スキルを習得してないから、現在はダメダメで。まあ、マナコインがあるから今後に期待ですね。それと、万病薬(中)が500個あれば、あのウイルスもすぐに完治します。有効に使ってください」
今井はどうやって有効性を確かめたのか聞きたかったが、言葉にする事はしなかった。
「……約束する、復興に役立ててみせる」
「これは、僕の考えで独り言です。多分、新人族になって7日以上たった時に、ある称号を持っていないとスキルの習得が極端に難しくなるんだと思うんです(僕には全く影響なんてないけど)。だから、新しく新人族になった人には、ステータス強化系スキルを9種全て習得してもらい、集団でダンジョンをクリアした方が良いでしょう。レベル20になれば、スキル習得のペナルティーは受けないと思うので。あくまで僕個人の考えですけどね。間違っていれば、スキルの習得自体が無理でしょうから、すぐに結果は分かりますよ。あっ、レベル20までは最弱のダンジョンコアを45個討伐すればなれます」
「……なるほど」
今度も突っ込みたい所を何とか我慢した今井だった。もしも薫の言った事が本当ならば、有能な新人族を育てられるという事だ。
大勢の視線の中、平気で人を殺せる如月薫が、どうして今は協力的になっているのか、今井には分からない。しかし、現状は自分たちにとって喜ばしい事なので、疑問を口にして万が一にも目の前の少年の気を損ねたりしない様に、沈黙する今井であった。
すると、薫が言葉を発する。
「僕は衣食住には困りませんが、娯楽がないとつまらないんです。高校生活なんてものは、もはや縁遠くなってしまいました。だから小説に漫画、音楽に映画にゲームとか、自分以外の人が作ったモノで刺激を受けたいです。ダンジョンが一番刺激的かもしれないけど、今の僕は衣食住に困ることはないので、進んでリスクを冒したくないです」
「娯楽か……なるほど、君は余裕があるからそういう思考ができるんだね」
「余裕があるから刺激が欲しいんですよ。生活が安定しなければ、楽しい考えや突拍子もない発想とか、なかなか生まれないと思うんです。ストレスだけだと精神や身体まで病むってききますし。だから、皆さんにも期待してますよ」
「分かった。だが、君が手伝ってくれるともっと早いんだけどね」
「だから、進んでリスクを冒したくないです。僕は、悠々自堕落に生きて行きたいので、そこは大人のみなさんで何とかして下さい」
薫の返答に、苦笑を浮かべるしかない今井らであった。本来なら彼も、学業やスポーツや恋に忙しい年頃の少年なのだ。ダンジョンだ新人族だと色々とありすぎて、忘れがちだが。
我々大人がしっかりしなくてはと、今井らは心を新たにした。だが、[寛ぎの温泉宿・海]での食事と休憩では、しっかりと薫にお世話になった今井らであった。
午後の会議開始から遅れる事30分、薫たちは午前と同じ椅子に座った。どうやら激論が交わされていて、薫たちが目立つ様なことはなかった。
「破壊された建物の補償を政府がしないとは、どういう事だ! 国民は到底納得できないぞ」
「前代未聞の非常事態につき、超法規的措置を適用します。建物があれば、ダンジョン化の危険性は増すばかりですから。ダンジョンが成長するのも午前の報告でお判りのことでしょう。成長したダンジョンは、出現するモンスターも強力になり中の作りが変化してとても広くなるのです。そうなると、ダンジョンコア討伐も非常に困難となるのです」
「だからと言って、補償しないのは暴論だろうが」
「これは、あくまで可能性の話ですが……ダンジョンがさらに成長すると、モンスターがダンジョンから出てくるという説もあります。もしそうなった場合、持ち主が責任を持つのですか? 国としては、未然に防ぐプランの提示をしたのに、持ち主が拒否してダンジョンからモンスターが出てきた場合は、持ち主に責任が発生することになります」
「ふざけるなっ! ダンジョンは災害であって、個人に責任転嫁するなっ!」
「何も知らなければ災害でした。しかし、建物を壊してしまえば、少なくともその建物がダンジョン化する事は防げるのです。管理できない建物を放置してダンジョン化してしまった場合、持ち主がダンジョンを討伐するとでも?」
「「「ぐぬぬぬぬぬ……」」」
声を荒げる数人の男と、それを淡淡と追い詰めていく官房長官だった。マッチポンプであるが、薫はそのことを知らない。
するとそこへ、別の人物が参戦してきた。数人の大男に囲まれたグレーの髪をオールバックにカチッと固めた白人男性だ。
「我々の大使館には、もちろん結界を優先して融通してくれるのだろう? ミスター須田」
白人男性にたくさんの注目が集まる。薫の記憶にはない人物である。
官房長官は、1度目を瞑り、一拍おいてから、目を開き返答する。
「貴国の軍隊は、同盟国の我が国を見捨てて、全て撤退しましたね。よって、貴国の大使館も他国同様に破壊します。これは、我が国の国防に係わるので優先的に破壊します。貴重な結界を他国に使用するなど論外です」
「おいおい、そのジャパニーズジョークはつまらないぞ。今すぐ我が国の大使館に結界を譲るべきだ。そう思わないか、キサラギボーイ?」
白人男性は、須田を睨んでから、薫を指差し問いかけてきた。
「あいきゃのっとすぴーくいんぐりっしゅ」
薫のボケに笑いは起こらなかった。ダダ滑りである。白人男性は、薫の返しに目を丸くしたが、笑顔で言葉を紡ぐ。
「我が国でもボーイのタクティクスのお陰で、ストロングなニューオーダーが育ち始めた。ニュークリアボムもすぐに量産できるようになる。そうなれば、この国はまた悲劇を体験する事になる」
ニヤリと悪役張りの厭らしい笑みを浮かべる白人男性。
――ッ!!!
会議場にいる者たちの顔が、恐怖や悔恨に染まる。
「好きにすれば良いんじゃない? 僕には関係ないし、核だろうと絶対安全だし。でもさ、僕の好きな娯楽(提供・創出者)を奪ったその時は、あんたらを国ごと滅ぼすから」
薫は、さらりととんでもないことを口にする。耳にした多くの者は、大言壮語だと思っている。しかし、薫は思ったままを口にし、実際に可能であると理解しているからだ。国を潰すのに、何も住民全てを皆殺しにする必要はないのだから。
事実、薫にとって多くの見知らぬ日本人がいくら殺されようと、知ったことではない。だが、自分の楽しみ(娯楽提供・創出者)を奪った相手には、報復するだけのことなのだ。
白人男性も、薫の言葉は予想外だったのだろう。驚きよりも呆れているようだ。
「ワッツ?」
「体験させてあげるよ。ここまできなよ」
僅かに躊躇した白人男性だったが、表情を変えず素直に薫へと近づく。そして、薫と某国大使とそのボディーガード達は忽然と姿を消した。その後、10分ほどして彼らは再び現れた。
白人男性は先ほどとは打って変わり、現在は物凄く興奮しており両手を合わせて拝み倒す勢いで、薫に強請っている。
「アメイジング。アンビリーバボー。キサラギボーイ、そのミラクルアイテムをぜひ譲って下さーい」
「その胡散臭い喋りをやめろ。流暢な日本語を喋れるって、もう知ってるんだから」
「いやー、日本人にはこの喋り方の方が受けが良いんだけどね」
大使のマイクは、薫に笑いかけながらウインクする。薫にとっては、おっさんのウインクなんて不要で不快なので、スルーする。
「ところで、これが何だかわかる?」
薫は、掌の上に青味の薄いゴルフボールくらいの石を持って、大使のマイクに問い掛ける。
マイクは大仰に頷くと、立てた人差し指を左右に振りながら答える。
「シュアー。魔石と呼ばれているモンスターのドロップアイテムだ」
「おお、正解。正確には、1番低品質の10SPの魔石。じゃあさ、こういう風に使えるって事も知ってたりするのかな?」
薫は、何処からともなく扇風機やドライヤーを取り出した。そして、徐に魔石へドライヤーの差込プラグを突き刺した。
風力を最強にすると、音がなる。そう、電化製品のドライヤーが動いているのだ。
静寂から一転、会場が騒然となる。
魔石にプラグが刺さったことや、電化製品が作動したためだ。
薫はそんな空気に構わず、扇風機の差込プラグも同じ魔石に突き刺した。最低価値の魔石なので小さいが、プラグがクロスする感じで突き刺さっている。
そして、扇風機も動き始めた。
さらに、会場の騒ぎが大きくなる。
薫は誰に問うでもなく言葉を紡ぐ。
「従来の発電所って必要なのかな? これを見ても、科学の発展には必要とかいう輩はいるんだろうね。場所と労力と環境汚染にしかならないのに」
マイクと今井が薫に尋ねる。
「キサラギボーイ。これはどんな魔法なんだ」
「薫くん、これは一体」
薫はこてんと首を傾げて、何を言ってるのといいたげな顔で、マイクと今井を見る。
「自分の目で見てるよね? 寝ぼけてるなら平手打ちでもしてあげようか? 今井さんにはさ、魔石あげてたよね? あれから研究とかしてないの?」
「忙しくてね。……分析とかしてると思うんだけど、報告はまだ受けてないんだ。場所の確保も難しくて」
「10SP。現在の日本円に換算すると1000円の価値。これ1個でどれくらい持つと思う? 僕が試した時は、12時間経っても動いていたよ。それ以上はやってないから不明」
今や会場中の注目は薫へと集まっている。超自然災害のダンジョンから、エネルギー問題の1つが解決するかもしれないのだ。
「テント生活でも冷蔵庫とか使えると、かなり生活が楽になるんだろうね。電気車両も動くかどうかは知らないけど。あと、僕はもう魔石の提供はしないけどね。これからダンジョンに対抗する人が増えるんだから、その人たちから購入してね。彼らにしても、ダンジョン用の装備やらでSPを使いたいだろうから、食料なんかは魔石で稼いだお金で購入しようと考えるだろうし。それに、大掛かりな工場や施設だと魔石も相当必要になるだろうから、需要はありそうだよね。それじゃ、バイバイ」
そう言い残すと、薫の姿は会場から消えた。
薫から迷宮化防止結界(中)を密かに譲り受けたマイクらは、急いで設置するべく大使館へ取って返した。せっかく有効な道具を入手したのに、肝心の大使館がダンジョン化してしまっては、堪らないからだ。
その日遅くまで、会場から熱気が薄れる事はなかった。
某エネルギー資源大国が、この情報と映像を見て意気消沈したとかしなかったとか。