テスタロッサの過去
吸血鬼ザンジーラ一族
魔法国ポポル2000年の歴史よりも古く、3000年もの間、魔物でも名門貴族である。
そんなザンジーラ一族の12代目当主、『アルバ・ザンジーラ』
4人兄弟の長男として育った彼は、容姿・知性・力を全て持った誰もが認める実力で当主に選ばれ、一族の長として順風満帆な人生を歩んでいた。
しかし、そろそろ跡取りを考える上で妻を迎えねばならない時期に彼はある女性に恋をした。
その女性はただの人間であった―――――
彼女の名前は『イリアン』
どの様な出会いがあったのかは分からないが、アルバとイリアンは愛し合い、結婚を誓った。
だが、吸血鬼からしたら餌か手下である眷属の素材としか見ていない人間・・・ましてや『苗字』すら持てないような平民以下の人間などとの結婚をアルバの兄弟、親戚達は猛反対する事態になったが、アルバによる懸命な説得によって何とか結婚へと持ち込めた・・・。
アルバはイリアンと出会ってからは彼女の血しか吸うことを拒み、イリアンもアルバが魔力が必要となると、自ら進んで首元を差し出して血を吸わせた。
そんな結婚生活を続けてゆく中でイリアンはアルバとの子を妊娠し、一人の女の子を出産した。
二人はその赤子に『テスタロッサ』と名付け、この可愛い自分の娘との幸せな家庭になることを信じていた。
しかし、ほどなくして妻の『イリアン』が不治の病で倒れる・・・。
アルバは自分が毎日血を吸い続けたせいだと思い込み寝たきりとなったイリアンを付きっ切りで介護する。
だがアルバの『血への渇き』を察したイリアンはやせ細った身体で夫に自らの血を吸わせようと首筋を差し出すのであった。
「もう君の血は吸えない・・・」
「でも、貴方は吸わなきゃ生き残れないわ」
「これ以上吸ったら君が死んでしまう!」
「いいのですよ、他の方の血を吸っても」
「君を愛してるんだ、だから君のしか吸わない!でも吸ったら君が死ぬ!どうしていいのか分からない!私が私で無くなりそうだ!!」
「ウフフ…貴方の何でも出来そうで不器用な所がとても大好きです…アルバ」
「イリアン…」
「・・・・・・私はもう長くない・・・みたい・・・最期に貴方に、血を・・・吸って・・・もらいたいです・・・・・・」
「イリアン・・・分かったよ・・・イリアン・・・うぅ」
「テスタを・・・よろしく・・・お願い・・・します・・・・・・」
イリアン・ザンジーラ死亡―――――
テスタがまだ1歳の時であった・・・。
イリアンが死んだ後、アルバはイリアンの血しか吸わないという己の誓いを守り抜いていたが、一人娘のテスタのことを考え、鶏の血を吸おうと思ったが身体が受け付けず・・・どんどん魔力が下がって行き、身体もやせ細り衰弱していった。
5~6百年生きると言われている吸血鬼、34歳のアルバは己の死期を悟り、テスタを自分の部屋に呼ぶ、アルバが養生しているベットに4歳となったテスタがよちよちと近づいた。
「おとーさま、きょうも絵本よんでくれるのぉ?」
「今日は・・・お父さんと一緒に・・・お散歩に行こう・・・」
振絞り出すかのような擦れた声のアルバ、ゆっくりとベットから起き上がると従者達の制止を無理してテスタと屋敷の外へと向かう。
「テスタ・・・お父さんがおんぶしてあげよう・・・おいで」
「わぁ~、おとーさまにおんぶしていいの?わ~い」
1歳の時にイリアンを亡くしてからまともに父と遊んだ記憶が無いテスタは喜んで腰を降ろしたアルバにおんぶする。
アルバは痩せた身体ではあるがしっかりとした歩みで庭内を歩き始めた。
「テスタはいいなぁ・・・日の光に浴びても平気な身体で・・・」
「おとーさまはお日様ダメなのぉ~?」
「あぁ・・・私は純血だらね・・・日に浴びすぎると魔力が吸い取られちゃうんだ・・・」
「でも、まだお日様出てるよぉ~」
「いいんだ・・・私はテスタに何をしてあげれなかった・・・そしてママを助けられなかった・・・私がしてあげられるのはこれぐらいだから・・・」
「じゃあこれから毎日おとーさまとお散歩するぅ~」
「それは・・・いいな・・・少し、疲れた・・・休もう」
テスタを降ろすと、庭園にあるベンチに持たれかかるアルバ、時刻は夕方で目の前には茜色に輝く、沈みゆく夕日が2人を照らしていた。
「わぁ~!お日様きれいだねぇ~~~」
「・・・・・・あぁ・・・きれい・・・だな・・・・テスタ・・・イリアン・・・・」
「イリアンっておかーさま?どこ?いるの~?」
「・・・テスタ」
「なぁにぃ?」
「・・・生きてくれ・・・どんなことが・・・あっても・・・」
「んん?うん~」
「・・・・・・」
「・・・」
「ねぇねぇおとーさまぁ?寝ちゃったのぉ?ねぇねぇ」
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アルバは眠るように息を引き取った。
猫目印の薬が開発されたのは彼の死から2年後である。
彼の人生が幸せだったのか不幸だったのかは彼自信にしか分からない・・・。
しかし、アルバが死んでからのテスタの人生は不幸としか言いようがないものであった。
若き当主が死んでからザンジーラ一族は、家督をめぐり泥沼の争いを始め・・・叔父に引き取られたテスタだったが、前当主の一人娘ということで家督争いの道具としか見られず、人間とのハーフ、更にはザンジーラ一族では恥とされている『チャーム』の力を持つことが知られたテスタを叔父とその家族、さらには従者も含めて仲良くしようとする者は居なかった・・・。
陰気な家督争いが終わり、テスタを引き取った叔父が13代目当主として選ばれると、いよいよテスタは用済みの存在となったが、叔父は少しでもテスタを利用し尽くそうとテスタに二つの提案を迫った。
一つは遥か辺境の吸血鬼一族との『婚礼』・・・テスタが人間とのハーフで、尚且つチャームを持っていようとも名門ザンジーラ一族との繋がりを求める弱小一族は多い、叔父は少しでも一族を大きくする為に不要となったテスタを差し出すことを希望した。
二つ目は人間の最大勢力『魔法国ポポル』との同盟を示す為の『人質』要因とし、テスタをポポルの首都クルルカンへと表向きは『外交研修員』として派遣することである。
いくら吸血鬼にとっては『餌』の人間であっても、ポポルの魔術師の強力な力を無視出来なくなり、さらには『猫目印の薬』が開発されたことにより人間との外交がしやすくなったということでテスタを『人質』として差し出し、関係を深めることを叔父は考えたのであった。
テスタにはこの二つしか選択肢は無かった・・・断ったら秘密裏に処理されることは、散々家督争いでの薄暗い闇を見て来たので、まだ11歳のテスタでも理解することが出来た・・・。
テスタは即決で後者を選ぶ、見ず知らずな吸血鬼との婚姻がおぞましかったという気持ちもあるが、彼女は吸血鬼、『魔物』という存在に嫌気がさしていて、自分自身の中にあるもう一つの種族・・・
「『人間』とならもしかしたら分かり合えるのでないか・・・」
と言った期待も大きく、『人質』として・・・自由に行動できるように従者を付けることも拒み、たった一人でクルルカンへと赴いたのであった。
だが、クルルカンに来た彼女の願いは裏切られるこになる―――――
街で生活するテスタに向けられた人間の視線はザンジーラ屋敷で叔父達がテスタに向けたいた冷たい視線そのものであった・・・。
『恐怖』・『憎悪』・『疑念』・『好奇』・『侮蔑』・『逃避』
人間の大人たちは国の『条約』がある為、表立った暴力などはしてこなかったが、わざとテスタに聞こえるかのようにブツブツと嫌味を言い・・・テスタと同じ歳ぐらいの子供からは石を投げられたりもした。
テスタは『魔物』と『人間』両方の血を持ちながら・・・両方に対して心を閉ざすのであった・・・。
そんな様子に見かねたソーニャの祖父が自らの運営する『モンスター小学校』に通わせ、『寮』に暮らすことをテスタにさせたが、彼女が積極的に話しかけて来たソーニャにも、学校の生徒にも心を許すことは無かった――――――――。