初授業は普通
朝―――――。
『モンスター小学校』での教師としての初勤務を迎えるクレイス
真っ白いシャツを着て紐ネクタイをキュッと絞めて出かける準備をする。
少し考えてから牛皮のバックにしまってある『杖』を取り出し・・・ズボンのベルトに付いている『ホルスター』に携えると、『杖』を隠すように上からコートを着込んで寮をでた。
(生徒に使う分けじゃないけど・・・まぁ念のためにね)
寮から直ぐ隣にある学校へと行き、授業が始まる時間まで学校の客間居ようと行ってみると、そこにソーニャが居た。
「クレイス先生おはようございま~す」
「あ、ソーニャ先生、おはようございます」
クレイスに笑顔で挨拶するソーニャに、『先生』という響きにどこか照れ臭さを感じるクレイス
「クレイス先生、いよいよ今日から先生として初授業ですね!打ち合わせ通りに出来そうですか?」
「えぇ~と今日は『文字』と『数え(さんすう)』の授業だよね」
「はい!『文字』も『数え』も人間で言ったら10歳ぐらいに学ぶぐらいのものなので・・・教えるのも難しくないと思いますので、頑張ってください!」
「うん、なるべく分かりやすく教えれるようにがんばるよ」
そのまま客間でソーニャとクレイスは紅茶を飲みながら雑談をしているとクレイスは、テスタのことについて色々と尋ねようとしたが・・・。
「そろそろ生徒達が学校に来て授業が始まる時間ですね!」
「あ、そっかぁ・・・ソーニャ先生」
「はい?」
「今日授業が終わって時間があったら、お話を聞いてもらってもいいかな?」
「はい!いいですよぉ~、ではお昼過ぎにまた」
「ありがとう・・・じゃあ授業に行って来ます」
「はい~ではでは~、クレイス先生、がんばってください!」
「はい!ソーニャ先生、ではまた・・・」
ソーニャと別れて客間から教室へと向かうクレイス
「あ、あれ?なんか静かだなぁ」
教室へ向かう廊下を歩いているが、普通だったら教室で騒いでる生徒の声が聞こえて来てもおかしくはない・・・。
「もしかして・・・僕が人間だから皆が授業を受けるのを『ボイコット』したのか!?」
そんな最悪な予感をしたクレイスだが教室の扉を開くと――――――――――。
「「「ワーーー!!!」」」
「「「ギャーーーー!!!」」」」
ドタドタドタ!!!
教室の中にはちゃんと生徒が居て、ちゃんと騒いで居た・・・。
クレイスが無言で扉を閉じると、全くの無音になる・・・。
(壁もそんなに厚くないし、ガラスもあるのにここまで音が消せるのはおかしい・・・きっと誰かの『能力』が関係するんだろうなぁ・・・。)
この疑問は先送りにして「ふぅ」と一呼吸入れて仕切り直し、教室の扉を勢いよく開けるクレイス
「皆、おはよう!席について!」
教室に入り、元気よく挨拶をした人間の新米教師に対し生徒達の反応は様々で
「おはようにゃ~!」
「おはようなのだ!」
元気よく笑顔で挨拶を返してくれる虎娘のフーニュイと犬娘のマリリン
「おはよう御座います・・・」
静かな声で上品なお辞儀で返す半身蛇のクシナ
「ブブブ・・・ブルブルブル」
身体を震わせて妙な音を出すぬるぬる液体のスラコ
「ぉ…は…よ…ぅ」
耳を澄ませないと聞こえないような小さな声で返す甲羅を背負った虫少年アルマ
「へっ!…」
腕を組んで悪態を付く蟹の手男の子シオン
「・・・・・・」
そしてクレイスの方を一切見ずに、窓から外を眺めている吸血鬼のテスタ・・・。
そんなテスタを心配そうな様子で見るクレイスだが直ぐに気持ちを切り替えて
「皆、席に着きましたね・・・じゃあ授業を始めます」
こうして、人間のクレイスが魔物の子供達に教育を施すという・・・この世界でも『前代未聞』の試みが始まった――――――。
しかし、種族が違う魔物への教育だが教えることはソーニャが言っていたように、この世界の10歳ほどの人間が学校で学ぶ様な・・・例えば『文字』の授業ではクレイスが木の板を見せてそれが何の文字かということを聞いたり、教科書として配られた本を読ませる・・・。
『数え(さんすう)』の授業ではクレイスが持ってきた林檎を使っての足し算、引き算というような、ごくごく普通の授業をクレイスは順調にこなして行った。
恐らく、クレイスはまだ初日で、教師としての基礎的な経験を積ませる為に本格的な人間世界への順応教育や外交教育や道徳よりも簡単に教えられると思ってソーニャが気を利かせたのだとクレイス感じ取ったのであった。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
昼過ぎ―――――
「はい、では今日の授業を終わります!」
授業中に寝てたり、机に落書きをして遊んでたりしていた生徒も居たが(主にシオンとテスタ)
順調に打ち合わせ通りに仕事を進め、終業の時間を迎えた。
「ふあぁ~あ、人間の授業だから何かあるかと思ったけど、普通過ぎてつまんなかったなぁ~帰ろ帰ろ~~~」
大あくびをしながら背伸びついでに小言を吐いてそのまま教室を出るシオン
「はは、次は楽しい授業を心がけるよ・・・ばいばいシオン」
苦笑いをしてシオンに手を振るクレイス
「クレイスせんせー、普通でよかったにゃよ~ばいば~い」
「せんせー、普通で楽しかったのだ・・・今日はお散歩、・・・ソーニャ先生とお話し?・・・そうなのか・・・ばいばいなのだ」
「先生、お先に失礼します」 ペコリ
「バぃ…バぃ…」
「ブルルル」
次々とクレイスに挨拶をして教室から出る生徒、そんな中でテスタは一切クレイスに顔を向けずに早歩きで教室を後にした・・・。
「・・・まいったなぁ」
そう呟くと立ち仕事でこった首をトントンと叩きながら学校の客室へと向かうクレイスであった。
客室へ入ると既にソーニャが紅茶を用意していてクレイスの帰りを待っている。
「あっ!クレイス先生、お疲れ様でしか・・・どうでしたか?」
客室のソファーに座り、ソーニャが炒れてくれた紅茶を一口飲んでから口を開くクレイス
「特に問題無かったっと思う・・・ソーニャの打ち合わせと僕が子供の頃に受けた教え方をそのままやっただけだけどね」
「それは良かったです!・・・このまま続けられそうですか?」
「うん、それは大丈夫だよ・・・皆割といい子だし・・・ただ」
「ただ?どうかしましたか?」
「うん・・・テスタについてのことなんだが」
クレイスは一昨日と昨晩に起きたテスタとのこと・・・町での昏睡事件、そして今日の休み時間、他の子供達は誰かとペアで遊んでいたが、テスタはずっと一人ぼっちで居たことをソーニャに話した。
「そんなことが・・・」
「テスタを疑いたくはないけど・・・僕はあまりにも彼女のことを知らなすぎる・・・テスタは本当に人を襲って血を吸ってないのだろうか・・・」
その話を聞いたソーニャ立ち上がると、客間にある戸棚を開け、一つの瓶を取り出してクレイスに見せた。
「それは・・・?」
その瓶には菱型に縦に一本線が入った模様が刻まれていて、中には赤い液体が入っている・・・ソーニャはその瓶について説明を始める。
「魔物の中にはどうしても人の生気や血などを得ないと魔力を保てない種族がいます・・・でも人と交流する中でそれはタブーです。昔は生贄という形で人が人を差し出すこともあったようですが・・・」
「・・・なるほど」
「しかし現在はポポル王国の魔法技術や錬金技術でそのような魔物の方々が人を襲わなくても魔力や精神を保てる薬が開発されました・・・それがこの猫目印の薬です」
クレイスはテーブルに置かれた猫目印の薬とやらの瓶の蓋を開けると
匂いを嗅いだり、軽く振って液体の様子を眺めた。
「確かにこれは血そのものでは無くて薬品のようだ」
「クルルカンに住むこれが必要な種族の方々は国から何本でも支給されるようです・・・もちろんテスタちゃんも」
「そういえば昨晩は寮で瓶に入った液体を飲んでいた・・・これだったのか」
「はい・・・ですからテスタちゃんが町の人を襲ってまで魔力を得てるとは、私は思えません!」
ソーニャの話を聞いたクレイスは少し俯いて考えてから、紅茶を一口飲んで答える。
「わかりました、僕はテスタを信じてみます」
「クレイスさん・・・テスタちゃんをお願いします」
クレイスの言葉に安心したような笑顔になるソーニャ
「もう1つテスタについて聞きたいことが・・・」
「はい?どうぞ!」
「テスタの『家族』についてなんだけど」
「!?」
ソーニャは一瞬驚いた表情を見せ、また深刻な表情に戻ってしまった。
しかし、クレイスの真剣な表情を見て、決心した表情で語り始めた・・・。
「これは私のお爺さんが『外交員』として働いていた時に聞いたテスタちゃんの家族についての情報です・・・。クレイスさんには話しても大丈夫でしょう。」
吸血鬼の少女、テスタロッサ・ザンジーラの過去へのページが開かれる――――――――