吸血鬼娘・テスタロッサ
モンスター小学校、建物には教室以外にも図書室や客間があり、クレイスとソーニャは客間で今後の授業についての打ち合わせや賃金の話しなどをしている。
「ここの寮に僕が?」
話の流れでこの施設にある寮でクレイスが暮らさないかということになった。
「はい!クレイスさんがよろしかったらですが・・・」
「南区からここまでは遠いし、そこから通うのは骨が折れそうだから僕としてはありがたいのだけど・・・その寮ってもしかして、この土地にある大きなお屋敷のこと?」
この小学校がある土地には現在居る建物の他に、生徒達が外で遊ぶための広い庭と大きな屋敷がある。
「そうです!」
「じゃあソーニャさんもその寮に住んでるの?」
「いえ、私はここの学園長でもある祖父と学校近くのお家で暮らしてます」
「じゃあ、その寮には他に住んでるのは?」
クレイスの問いにソーニャは神妙な顔になり、手に持っていた紅茶の入ったカップを受け皿に置いて答える。
「実はこの学校は孤児院も兼ねていて、生徒の何人かは色々な事情で家族を亡くした・・・または家族と離れざる負えなかった子供達がいて・・・」
「つまり何人かの子供達がその寮に住んでいて、そこからここに通ってるってことか」
「はい、今は生徒3人と『上級モンスター』の寮監さんがあの館で暮らしています」
「なるほど・・・」
クレイスはソーニャから出された紅茶を一口飲んで思考する。
今後先生としてやって行く中で人間とは種族の違う魔物Wの子供達のことを少しでも理解するには、教師として教壇に立つだけでは不足してるのではないか・・・。
一つ屋根の下で生活することで『教師』と『生徒』だけでは分からないあの子達の一面を見てなにか相談に乗ったり仲を深めることが出来るのではないかと・・・。
そして何より、教師ということで家賃を払わなくて生活出来るのではないかと――――。
「うん、住みます・・・住ませてください!」
こうしてクレイスの寮での生活が決定した。
ソーニャとの今後の打ち合わせが終わり、コートを着て帰り支度を始めるクレイスにソーニャは右手を差し出し
「今後ともよろしくお願いします・・・クレイス先生」
と笑顔で握手を求める・・・そんなソーニャの右手をしっかりと握り返し
「うん、よろしく・・・ソーニャ先生」
クレイスも笑顔で応え、『モンスター小学校』を後にした―――――。
建物から出ると外は日が沈みかけで、茜色の光と建物の影のグラデーションの地面を歩いて『第一区』から『南区のスラム』へと帰路に付くクレイスであった。
中央区の関所で『銀の通行所』を『魔術兵士』に見せて第一区から第二区に来たクレイスであったが
(このまま南区まで行くと夜になってしまうな・・・)
と思い、せっかくなので庶民の憧れの地である第二区で夕食を済ませて、少し散歩をして見回ってみようと思い立つのであった。
キレイに整地された石畳の道を歩き、第二区の大きな屋敷や背の高い家々が肩を寄せ合う高級住宅地を流すように見回った後、夕食を取ろうと商店が多い繁華街へと移動したクレイスであったが、どのレストランもとても値段が高く、今の彼がそこで食事を取ることは出来なかった・・・。
仕方ないので小さなパン屋にあったチーズと燻製肉ときゅうりのピクルスが入ったサンドイッチを一つ買うと、どこか外でゆっくりと食べられる場所は無いかと探し始めるクレイス・・・、しばらくウロウロと繁華街を歩いていると、中央に大きな噴水、その周りにベンチがあり、その区間を植木でいい感じに目隠しされた広場を見つけた。
「んっ、ここはすごく良い所じゃないか・・・こんな時間帯なのか人も居ないし、静かだなぁ」
既に薄暗くなりかけた噴水広場のベンチに座り、目の前の噴水を眺めながらモチモチとサンドイッチを頬張るクレイス、そんな目線の先に3人の小さな影が近づいてくるのが見えた。
「ん?あれは・・・たしかテスタ」
ベンチのクレイスにゆっくりと近づいて来た3人の子供、1人は魔物小学校の生徒である吸血鬼の少女・・・テスタロッサ・ザンジーラであった。
「あらぁ?これはこれは、キノコ頭の下男じゃございませんこと!こんな所で油売ってないで、学校の床でも掃除していたらどうでございますことぉ?オホホホホ」
目の前に来て煽りと高飛車な笑いをするテスタを無視してサンドイッチの残りを口に含んでごくりと飲み込むクレイス、その視線はテスタでは無く彼女の一歩後ろでお付きの様に棒立ちをしている2人の少年の姿に向いていた。
2人の少年は身なりから察するに第二区に住むお金持ちのおぼっちゃんと思われるが、まるで生気の無い表情と瞳の奥が赤く光っているのが見えて取れた。
「催眠能力か・・・」
そのクレイスの呟きを聞いたテスタは少し驚いた顔をしたが、また人を小馬鹿にした表情に戻り
「私の催眠能力を知っているのぉ?・・・フフンどうせソーニャから聞いたのね」
クレイスは少し険しい表情になると、ベンチから立ち上がりソーニャに問いただす。
「その子達に同意を得てチャームをかけたのか?・・・」
「アッハハハ!同意を得てチャームをかけるお馬鹿さんがどの世界に居るのかしら!」
クレイスの問いに嘲笑で返すテスタ
「いくら条約があるからって、この辺の子供にチャームなんてかける行為は・・・大きな問題になるんじゃないのか?」
「さぁ?どうかしらぁ~こいつらが高貴な私に石を投げつけて来やがったから、ちょ~とお仕置きがてらにチャームをかけて下僕にしてあげただけですわよ~」
「そうか・・・だがもう気は済んだだろう、もしこんな所を魔術兵士に見られたら君は拘束されて尋問されたりするんだぞ」
「フン!魔術兵士だろうが人間なんかにこの私が負けるはずが無いですわ!」
「魔術兵士を甘く見ない方がいい・・・それに君だけの問題じゃなくて君の『家族にも』・・・」
「家族・・・?」
クレイスが『家族』という言葉を発した途端、テスタの顔が余裕のある見下した表情から見る見ると目を吊り上げ・・・眉間にしわを寄せ・・・強い怒りの形相へと変わって行った。
「何が家族ですってッ!?なにもッ!!!なにも知らないくせにッッッ!!!ふざけないでよッ!!!」
テスタの怒号と共に太陽が完全に沈み切り・・・一筋の夕日の光が消えて、完全なる『夜』の時間へとなる。
吸血鬼・・・『鬼』と呼ぶに相応しいような怒りの表情を見せるテスタにクレイスの表情は変わらず、強めの口調でテスタに放つ
「今すぐに彼らのチャームを解除するんだ!」
テスタの表情が怒りの形相から無機質な人形のような表情になるが、瞳の奥の赤い輝きはより一層強くなり、背中の大きな蝙蝠の翼を広げ、ふわりと、とても静かに・・・だが不気味に身体を浮かせた。
「貴方・・・いい加減煩くてよ・・・顔も見たくないですわ・・・そうだ!いいことを思いついたわぁ~・・・貴方にも私の催眠能力をかけて、自分で服を脱がせてから、スッポンポンで街中を走らせてあげるわぁ!貴方こそ魔術兵士に捕まって学校の下男クビ確定ねぇ!!!覚悟しなさい!!!」
人とは違う異形の姿とテスタの身体から溢れる魔力のプレッシャー
何も力を持たない普通の人間ならば腰が抜けてもおかしくはない状況だが、クレイスは表情一つ変えることなくテスタの前に立ちはだかっている・・・。
「余裕ぶってるのも今のうちですわ!直ぐに血を吸ってチャームをかけてあげますの!私の『魔磁回能力』からは逃げられませんのよ!!!」
テスタの周りに黒い霧が立ち込めると同時に、テスタが指でパチン!と鳴らすと、彼女の姿が一瞬で消えた・・・。
「こっちですわよ!」
クレイスが声のする方向に目線をずらすと、テスタは広場にある魔力で光らせた街灯の柱の真上に立っている。
「ンフフ・・・」
不敵な笑い声と共にまた指をパチン!と鳴らし・・・姿を消すと今度はベンチの上へ・・・そして指を鳴らすと今度は植木の上へと次々と移動をしてはクレイスを煽る言葉を投げかけた。
「どうかしら?私の『魔磁回能力』は・・・誰も捉えることが出来ない瞬間移動!私を怒らせたことを後悔しなさい!!!」
次々と現れては消えるテスタ・・・だがクレイスは全く微動だにせずに無表情で、目線だけを動かしてテスタを見ているだけであった。
「あらあら?恐れおののいて身体が固まってしまってるのねぇ~、そろそろ噛みついて血を吸ってから哀れな操り人形にして差し上げますわよ!」
噴水の縁に立つテスタは再び指を鳴らすと、クレイスの背後にある街灯へと移動すると、今度は無言でクレイスのうなじ目がけて飛び掛かった。
クレイスはテスタの『移動先を捉えることが出来ない』と思い、テスタがクレイスのうなじに噛みつくことを確信した瞬間、クレイスが呟いた――――――
「しょうみが無いなぁ・・・」
その一言と同時にテスタは自分の身体が全く動くことが出来なくなったことに気づいた。
クレイスが右手で自信のうなじの付近で何かを握り絞めている・・・。
それは人の手のひらよりも少し小さな『蝙蝠」・・・それは紛れもなくテスタ自身――――『原点形体』の彼女であった。
(え!?何?・・・私掴まれて・・・確実に視覚外から狙ったのに・・・どうして!?)
状況に理解できずに羽根を震わせている小さな蝙蝠にクレイスは静かに語り始める。
「君のそれは『瞬間移動』じゃなくて、魔物本来の変身能力を利用した擬態だな・・・目くらまし用に魔力で砂煙をたたせてから『原点形体』に変身し・・・夜の闇や影に乗じて移動してまた『魔物形態』に戻って瞬間移動に見せかけただけだ・・・。」
クレイスの『完璧』な考察にゾッとするテスタ、クレイスが只者では無いと確信したテスタは先ほどまでの勢いは無く、蝙蝠の姿のままプルプルと震えて泣きそうになっていた。
そんな掴んだテスタをそっと解放すると、テスタに対し忠告するように言葉を発する。
「2人のチャームを解除するんだ・・・」
「ひぇ!」
クレイスの静だが迫力のある声に慌てて『魔物形態』に戻って2人の少年に向けて指をパチン!と鳴らす。
すると瞳の奥に輝く赤い光が消え、人形の様な硬い表情も生気のある顔に戻った。
「・・・あ、あれ?ここどこ?」
「ん、んん・・・僕達、なんで噴水公園にいるんだ?」
意識を取り戻した少年達にクレイスが強引に取り繕う。
「あれれ?君たちこんな所で寝てたら風邪引くよ~、もう暗いし、いつまでも外で遊んでないでお家帰ろうねぇ~」
「えぇ~!?おじさん、僕達寝てたのぉ?」
「うわぁ!もうこんな夜だよ!早く帰らないとママに叱られちゃう!!!」
少年達はクレイスの言うことに腑に落ちない感じではあったが、疑念よりも親に怒られるのを回避することを優先した様子で走って帰路につくのであった。
「おじさんって・・・僕はもうそんな年に見られちゃうのか、まぁいいけど、テスタもお家に帰・・・ってもう居ないか」
少年を見送ってテスタの方を振り返ると、既にどこかに去った後であった・・・。
「ふぅ・・・先生って難しいんだなぁ」
頭をポリポリとかいてため息交じりで呟くと、クレイスもそのまま噴水広場を後にして帰路についた――――。
しかし、先ほどのクレイスとテスタのやり取りの一部を覗いて居た人物が居た――――。
「くくくっ・・・見たぞ見たぞォ~汚らわしい魔物のガキが人間を襲う所をよォ!!!」
下卑な笑いを浮かべるその男は年齢は30歳ぐらいで背が低く、わし鼻でギョロリとした大きい目で、濃い青色のフード付きコートを着ている・・・その服はこの国では誰もが知る職・・・そう彼は魔術兵士である。
「そら見たことか!無能な教皇めがッ・・・魔物なんぞと交流を持ち始めるばかりか・・・神聖なるクルルカンに住ませるなどと!正気の沙汰ではないわい!!!」
男は癇癪を起しながらガンガンと石の塀を拳で叩く
「やはり奴らは根絶やしにしなければならねぇよなァァァ!その為に魔術兵士は攻撃魔術を学んだはずだァ!なのにどうしてこの街で魔物をぶっ殺したら人間様が罪に問われなきゃならねぇんだァ!?おかしいじゃねぇかよアァン!?」
「・・・そうだ、そうだよ・・・また戦争になればいいんだァ・・・俺は英雄になりたくて魔術兵士になったんだ・・・くっくっくっくっく・・・こないだは梟女を仕留め損ねたが、あの蝙蝠のガキを利用して再びクルルカンを・・・ポポル国を人間だけの世界へする為の第一歩を踏み出してやるッ!!!」
人間と魔物が共存しようとしているクルルカンの街の中・・・そんな街の静かな路地裏の闇の中で一人の男の薄暗い笑い声だけが響いていた――――。