授業見学とクレイスの決意
教壇の裏の壁には大きな塗板【※現在でいう黒板】があるが、あまりそれを使わずに言葉とソーニャが持ってきた薄い板に、絵や文字が書かれたものを紙芝居の様に見せて学習させているようだった。
◆◇◆◇◆◇ 授業の時間 その1 ◆◇◆◇◆◇
『魔物』についての基礎
講師 : ソーニャ・アウロ
「今日はクレイスさんもおりますし、皆は知ってるかもしれませんが私達、魔物の基礎知識を学んでいきます・・・。
まず私達、魔物の出自は大まかに『純覚醒型』・『純血族覚醒型』・『眷属型』・『眷属血族型』に分けられます。
まずは『純覚醒型』です。
元々は知能も力も元の生物・・・動物や昆虫や植物などのごく普通の生物の1体が突如、人に近しい知能や魔物が術や変身などを使う際に使用する力、【魔力】を体内で作ることが出来る力を覚醒した。
その様な魔物を『純覚醒型』と呼ばれます。
『純覚醒型』は1つの種族で1体しか存在しないとされていて、強力な魔力を持ち、種族感の『魔王』、又は『始祖』と呼ばれる存在となることが多いです。
そしてその『純覚醒型』の子供や孫にもその魔力が少なからず受け継いでいることがあり
そのような魔物のことを『純血族覚醒型』と呼ばれます。
さらに『純覚醒型』となり『魔王』となった方はその強力な魔力を自分と近しい生物に対して分け与え、知識や力を覚醒させることが出来ます。
そのように魔力を与えられて覚醒した者を『眷属型』といいます。
その『眷属型』の子や孫、所謂子孫の方で魔力を継承された方を『眷属血族型』と呼ばれます。
ちなみに私は『純血族覚醒型』ですね!」
「私も『純血族覚醒型』だにゃあ!」
ソーニャの話を聞いてフーニュイが元気よく答える。
「ふん!どうせ俺は『眷属血族型』だよ・・・」
不貞腐れた様子で呟くシオンにソーニャは諭すように答える。
「シオンくん、『眷属血族型』や『眷属型』だからと言って卑下することはありませんよ・・・最初に魔物の国を全て統一した『魔王キュアモス』は『眷属型』なのですから!努力すれば魔王にもなれるのですっ!」
「ほ、ほんとか!?」
ソーニャの話を聞いてついテンションが上がり、大きな声を出すシオン、直ぐ冷静になって恥ずかしくなったのか顔を赤らめて「コホン」と咳払いをしてツンとした顔に戻るのであった。
そんな様子を見てにっこりとするソーニャは授業を続ける。
「それでは次に魔物の形態変化についてお話します。
魔物が持つ特殊な能力の一つで、『魔物形態』『原点形体』『人型形態』に変形することが出来ます。
『魔物形態』は今、皆がしている姿で、人の姿をしてますが、元となった生物の姿の特徴も入った形態で、『魔物形態』が魔物としての基本の姿となります。
では次に『原点形体』とは元となった生物の姿である生き物姿、そのままの体型のことを言います。
『原点形体』に戻ることはとても簡単で、ほぼすべての魔物がなることが出来、『原点形体』に戻ることで身体の傷や病気などを早く治すことが出来ます。
『魔物形態』や『人型形態』で身体が弱ったりすると『原点形体』に戻ってしまうこともあります・・・ただ、あまり『原点形体』のまま長時間過ごすと体内の魔力が少なくなって行き、『魔物形態』に戻れなくなってしまうと言われています。
最後に『人型形態』」
「マリリンは『人型形態』になれないのだ~~くぅ~~ん・・・」
「にゃあも変身出来ないにゃ~・・・」
『人型形態』になれないことを嘆く犬娘のマリリンと虎娘のフーニュイ、そんな彼女達に対して安心させるように「大丈夫ですよ~」と言い授業の話を続けるソーニャであった。
「魔物が完全な『人型形態』になるにはとても難しい魔力の操作能力が必要となります。
魔力の操作能力を鍛える為には魔物だけが使える、各々の特殊能力、『魔磁回能力』を使いこなすことで出来ます。
『魔磁回能力』のことを細かく説明するととても長くなってしまいますので・・・今はとりあえず魔物ならいずれ目覚める特別な力だと覚えておいてくださいね!
その『魔磁回能力』を使いこなし、更に完全な『人型形態』に変身出来るようになった魔物を『上級魔物』と呼ばれ、一人前の上位種として認められるようになります。
ここに居るみんなはいわゆる『中級モンスター』の部類に入り、魔力や知能が少なく、ほとんど原点形体のままでしか居られない魔物は『下級モンスター』と呼ばれます。」
「じゃあ私達がこの学校で目指すのは『魔磁回能力』を覚えて、『人型形態』を覚えることにゃ?」
フーニュイの問いにソーニャが答える。
「そうですね~、魔物としての目標として目指すのは『上級魔物』ですが・・・みんなには『人』の文化や『自然』、『物』の使い方や『お料理』など、色々なことをここで学んで欲しいですねぇ~うん!
では、これで『魔物』についての基礎授業を終わります!」
◆◇◆◇◆◇ 授業終わり ◆◇◆◇◆◇
その後は数時間ごとに長い休み時間を入れながら、この世界の子供が学校で学ぶ様な『言葉』や『文字』の授業、『物の数え、数字』などの(いわゆる算数)や、外に出て植物を観察するなどのことを昼過ぎになるまで行った。
その様な授業風景を研修として見学していたクレイスは
(基本は人間の子供が行く学校と変わらないんだな・・・これなら僕でも教えられるかもしれない)
「それでは今日の授業は終わりとなります!明日お休みを挟んで、明後日からクレイスさんが授業をしますので、みんなクレイスさんと仲良くしてねぇ~!」
「は~~~い!」
ソーニャの締めの挨拶に元気よく反応したのはマリリンとフーニュイだけで、他の生徒達はそそくさと帰り支度を始めるのであった。
「それではみんな、さようなら~!暗くならないうちに帰るんですよ~~~!」
「先生さようにゃら~~~!キノコ頭のおにーさん先生も今後よろしくにゃ~」
「う、うんよろしく」
元気よく教室を出るフーニュイに戸惑いながらクレイスは手を振って送り出した。
その他の生徒達もクレイスに一礼、又は目も合わせずに教室で後にする中、モジモジと恥ずかしそうにクレイスに近づく生徒が居た。
半犬半人の犬娘、マリリンである。
「あの・・・クレイスせんせい」
「ん?どうかしたのかい」
「もしよかったら・・・その・・・この後一緒に街をお散歩して、欲しいのだ・・・」
そんなマリリンに対して何やら照れ臭いような、どうしていいのか分からないような反応をクレイスがしていると・・・「フフ」と笑顔をこぼしたソーニャが
「クレイス先生、マリリンちゃんに懐かれていますね!羨ましい~なぁ、でもマリリンちゃんごめんね・・・クレイス先生はまだこれから色々とお話しがあるので、帰れる頃は遅くなってしまうのです。」
「あ・・・そ、そうなのだか、クゥ~ン・・・」
「大丈夫ですよ!明後日からずっとクレイス先生に会えますから、いっぱいお散歩してもらいましょう!だから泣かないで、ねっ!クレイス先生」
「え!?あっ!う、うん・・・」
半泣きのマリリンに対してフォローの言葉を返すソーニャ、突然のフリに対して慌てて空返事を返すクレイスであった。
「分かったのだ~、クレイスせんせ~、ソーニャせんせ~またなのだ~~~」
クレイスの言葉で笑顔になったマリリンは元気よく尻尾を振り、スキップをするように教室を後にした。
マリリンが帰り、教室に生徒はもう誰も居ないと思ったが・・・クレイスは教室の隅の影となっている薄暗い場所に居る1人の少女の姿に気づいた。
フリフリのドレスを来て不気味に瞳が赤く光る吸血鬼・・・テスタロッサ・ザンジーラがクレイスを見て微笑を浮かべていた。
「ん?君はたしか・・・えっと、『タツタ』」
「テスタロッサですわ!頭キノコ!これだから人間の雄は低俗で頭が悪いですわ!」
「ごめんごめん、テスタロッサ・・・君は家に帰らないのかい?」
「言われなくても帰りますわ!フンッ・・・」
頬を膨らませ不機嫌な様子で教室を後にするテスタ、そんな様子を苦笑いで見送るクレイスは
(キノコ頭かぁ・・・まぁ当然皆が皆、いい好感度では無いわなぁ)
などと思いながら頭をポリポリとかく、そんな様子を見たソーニャは少し暗い表情をして話す。
「テスタちゃんは私にもあまり心を開いてくれなくて・・・休み時間も他の子供達と遊ばずにずっと一人で居るので心配です・・・。」
「そうなんだ・・・僕が先生になったら、なんとか仲良くできるといいんだけど・・・。」
「フフ・・・」
「ん?」
「いえ、クレイスさんはもしかして突然先生になることを頼まれて、迷惑されてると思ったのですが・・・とてもやる気になってくれてよかったです!」
「う、うん」 (最初は若干断ろうと思ってたことなんて言えない・・・)
「私は信じてました―――。あの時の夜、魔術で攻撃されて怪我をした私を助けてくれ、もしかしたら自分も襲われるかもしれないのに・・・『原点形態』の私の治療をしてくれて、魔物の姿の私を見ても普通に接してくれた貴方なら・・・頼れる人になってくれると!」
クレイスの右手を両手で包みこんで、真っすぐな瞳で見つめてくるソーニャにクレイスは男としての感情でドキドキした部分もあったが、それ以上に彼の心を揺るがせた感情は
(こんなに誰かに頼られるなんて・・・いったい何時ぶりだろうか)
と言うものであった。
『南区のスラム』で仕事をしていた時は、どんな仕事をしていても「金は払ってやってんだから!」と言わんばかりの冷たい態度・・・普段の生活でもどこから流れ付いて住み着いたか分からないクレイスに対して誰も仕事や金の無心以外で話しかけて来ず、あるのは無関心と疑念だけであった。
そんなクレイスにソーニャは『一人の人間』としての人格として頼ってくれている・・・。
そんな誰かに『頼られる』という、誰かに『求められている』ということが彼の心を温かく、そして強く決心させた―――。
「魔物の先生か・・・うん、やってみるさ!」
同盟、不可侵条約が結ばれても今だ火種くすぶる人間と魔物
別な種族の子供達を教育すること、交流すること
当然一筋縄ではいかないし、数々の波乱の渦がクレイスを待ち受けているだろう・・・。
だが今の彼には魔物の先生になることに迷いは無かった。
どん底に落ちた自分の人生を・・・暗闇から抜け出す一つの鍵としてその手を握り返した――――。
次回、第一章 吸血鬼、テスタロッサ編