いざ、街の中央区へ
クレイスが一羽のフクロウを助け、そのフクロウが魔物の女性だと判明し、彼女に仕事の斡旋を頼んでから2日後の朝――――
クレイスは首都クルルカンの『南区のスラム』から『中央区』へと向かっていた。
「まさか本当に仕事を貰えるなんて思ってなかった…なんだか情けないが、言ってしまって受け入れてくれた分、しっかりと働かなくてはな」
普段スラムで仕事をする時に着てる染みだらけの皮の服ではなく、おろしたてのパリッとしたシャツと紐ネクタイをして、中央区で働くことの期待と不安を抱きながら歩くクレイスである。
「いったいどんな仕事なんだろう、中央区だから結構賃金いいんだろうなぁ・・・」
中央区に近づくにつれどんどんと景観が栄えた町へと変化し、南区のスラムから歩いて30分・・・遂に有力者や富豪しか住むことを許可されていない中央区通称『第二区』の入り口に付いた。
首都クルルカンの『第二区』からは区間の『町』ごと丸々、水堀と3mほどの壁にぐるりと囲まれており、中に入るには水堀に掛かる石橋を渡った後、区間の入り口にある『魔術兵士』が常駐する『関所』で『通行許可書』を見せなければ一般の民は入れないのである。
「え~と、『第二区』南側関所の前で・・・待っておけばいいんだったよな」
約束の時間よりも少し早く来てしまったクレイスは暫く『関所』前の橋の上でソーニャを待つ、関所の門の前では4人の『魔術兵士』が門番をしていて2人は『第二区』へ入る人間の対応、2人は不審な人間が入り込まないかと橋の方へ睨みを効かせていた。
『魔術兵士』とはこの国直属軍の兵士である。
戦争時の出撃だけではなく治安管理など、警察のような仕事もこなす。
彼らだけが着ることを許される『青色のフード付きコート』が制服で、当然全員が兵士としての最低限の戦闘訓練と下位~中位の『魔術』を使うことが出来る。
(あまりここに居ると怪しまれて『魔術兵士』に職務質問されてしまうかも・・・)
クレイスがそんな危惧を感じた丁度その時、門の奥からソーニャが小走りでクレイスに向かってやって来た。
ソーニャは完全な『人間の姿』で修道服の様な格好をしている。
「クレイスさ~~~ん、お待たせしました~~~~!」
元気よく登場したソーニャにホッとするクレイス、『第二区』から出る分には自由なのか警備の『魔術兵士』達は特にソーニャを止めること無く職務をこなしている。
「いや、僕が早く来過ぎただけだよ・・・所で僕は『第二区』にはどう入るんだい?」
「はい、こちらの銀で出来た『通行許可板』をお渡ししますので」
ソーニャが袖から銀で出来た薄い板をクレイスに渡す。
「こちらを関所の『魔術兵士』さんに見せると自由に通行できますよ、なんでも『魔術』が込められていて複製は出来ないみたいです」
「銀製とは凄いな・・・以前仕事で来た時は『魔術』が込められてたけど『皮』製だった気がするが」
「『第二区』までは今でも皮のやつみたいですね・・・・」
「え?『第二区』までならって・・・ん???」
「私達がこれから向かうのは『第一区(最重要区間)』ですよ」
「えぇ!?」
・・・・・・
・・・
・
関所の『魔術兵士』に『銀の板』を見せると、髭の生えた中年の『魔術兵士』が「ふむふむ」言いながら銀の通行板に刻まれた文字を読み、人差し指を板に向けて差し出す。
すると『魔術兵士』の人差し指から豆電球の様な小さな光が浮かびあがり、その指で板の文字をなぞり始めた。
どうやら魔術で板が本物かどうかを確認している様である。
光った指で文字をひとしきりなぞると『魔術兵士』は
「よし、通っていいぞ!」
と通行の許可を受け、2人は『第二区』へと入って行くのであった。
『第二区』に入ると、壁の外の『第三区(一般市街)』とは明らかに違う豊な街並みで、人々も『魔術兵士』の他に高そうなスーツやドレスを着た人間がツルツルの石畳に整地された道を歩いたりオープンテラスのカフェで談笑をしている様子が伺えた。
(請け負う仕事は『第一区』!?)
(今の僕が政府の中枢で仕事をするとか・・・いったい何の冗談だ・・・。)
クレイスに期待の文字が一切消え、不安だらけになりながら第二区を都市の中心部へ目指して歩いていると、ついに『第一区』入り口にたどり付いた。
『第一区』は『第二区』よりもさらに高い壁で囲まれており、関所の警備も厳重で、『魔術兵士』も第二区の関所より倍の人数は居る。
「クレイスさんはお気づきかと思いますが・・・『人魔不可侵条約』があっても今だ私達、魔物はあまり一般の方が住む地域に足を踏み入れることは難しいのが現状です・・・。」
「そういえば『第二区』でも魔物の姿は見なかったな」
「もしかしたら先ほど第二区を歩いたときに『人に化けた魔物』とすれ違ったかもしれません・・・」
「そういえば魔物は完全な鳥や獣とかの原点形態と半鳥半人などの魔物形態・・・そして完全に人の姿に化ける人型形態になることが出来るんだっけ?」
「はい・・・ですが完全な人型形態になれる魔物は力の強い『上級魔物』だけで、人型形態になれない下位や中位の魔物が半人体のまま政府の守護が行き届いた『第一区』以外の街へ行くと、魔物をよく思って居ない人や攻魔派閥の方に狙われる危険があるのです・・・。」
「そうか・・・まだ人間と魔物が完全に共存できる環境になるのは難しそうなんだなぁ」
そんなこの世界の人間と魔物の情勢の話をしながら『第一区』の関所へと向かう。
第二区の関所と同じく警備の『魔術兵士』が銀の通行証明板をチェックし、暫くジロジロとクレイスを見た後、他の『魔術兵士』にも二重のチェックをさせ「通ってよし」と言い道を開けた。
『第一区』は政府機関の者しか入れず、建物も全て国管轄の施設しか建っていなく、歩いてる人間もほぼ青いコートを着た『魔術兵士』・・・さらには『魔術兵士』の上位の存在で、彼らを教育、指導、指揮をする者・・・・。
濃い紫色をしたフードつきコートを着た『魔術騎士』も『魔術兵士』を数人引き連れて歩いてるのも見かける。
「・・・」
「クレイスさん、あの方は『魔術騎士』ですよ、偉い魔術師の方が紫の服を着れるらしいですね・・・この国では100人ぐらいしか選ばれてない凄い魔術師なんですよ~」
「・・・へぇ~」
得意げに『魔術騎士』の説明をするソーニャに少し俯いた表情で空返事をするクレイス、そんな話をしながら歩いているうちに周りの景色が、日が当たらなくなるような政府機関の高い建物の羅列から、まるで田舎町にでも来たかのような緑豊かな町並みへと変わっていった。
「すごいな、中央区にこんな緑が多い区間が?」
「この辺の区間は全て世界各地から『外交員』として来た『魔物』の住居や施設があります、みなさん開けた都会な町並みよりも植物が多い場所が好きですからね~・・・きっと長期滞在する私達の為を考えて『教皇』様がこの様な地区にしていただいたのだと思います!」
「なるほど・・・第一区の一角を全て提供するのは、凄く思い切ったことだ・・・それほど『教皇』は魔物との関係を重要視してるってことか」
クレイスとソーニャが会話をしながら第一区の魔物居住区を暫く歩いていると、ソーニャはツタがこれでもかと絡まった鉄柵で囲まれた広い土地・・・奥には教会の様な建物と屋敷がある場所の門で止まった。
「こちらがクレイスさんにお仕事をして頂きたい施設となります」
「施設?住居では無いのか・・・たしかに盟主の住居としても大きすぎるか」
「はい!この施設も各地から出張に来た私達にはとても重宝する場所だと思います!長期滞在する魔物の外交員の家族のことも考えた・・・『女性』である現『教皇』様ならではのナイスアイディアですね♪」
(家族?・・・女性?・・・いったい僕の仕事って・・・何をやらされるんだろう・・・。)
ソーニャとの会話の中で意味深なワードから自分の仕事を推理するが、全く見当がつかないことを憂慮するクレイス・・・そんな憂慮を他所にソーニャは門の方へと進み、門の柱に付いている小さな鐘を「カンカン」と鳴らす。
すると門に絡みついた植物のツタがウネウネと蛸の足の様に動き出し・・・門が自動で両開きに開いた。
ソーニャに案内されるがまま門から中に入るクレイス・・・この土地の広さと、木々の多さに、まるで『山の中にある貴族の別荘』に来たかの様な感覚になる。
(門に絡まったツタと施設を囲む木々がいい感じに外からの目隠しになりつつ・・・ちゃんと日光が入り込むようになっている絶妙な配置だなぁ・・・。)
クレイスが庭の造りに関心しながらソーニャの後について行くと、緑生い茂る庭の先にある、教会の様な建物の扉の前でソーニャは立ち止った。
「こちらがクレイスさんが働いて頂く職場になります!」
(いよいよ職場か・・・最初は不安だったけど、とても奇麗な施設、静かな場所での仕事か・・・うん!これは南区でやってた皿洗いや芋の皮むきよりも断然いいぞ!)
「みんなも待ちくたびれちゃってるかもしれませんね、まずは自己紹介しないと!」
(みんな?あぁ・・・同じ職場で働く魔術兵士か外交員の方のことかな?)
優良な環境で働けることを期待し、少しニヤケ顔で襟元の紐ネクタイをキュッと締め直すクレイス
ソーニャが建物の扉をゆっくりと開けると―――――――。
「んぎゃにゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「ひゃん!ひゃん!ひゃん!ひゃん!」
「ちょっとうるさいですわよ!あなた達!!!」
「お前もうるさいブース!!ブース!!」
「何ですって!?この暴力カニ男め!!!」
「ブルブル・・・・ブブブブブブ・・・ブルブル」
「騒々しいですわね…」
「お腹空いた!お腹空いた!お腹すーいたーーー!!!」
「「「ギャーギャー!」」」
「「「ワー!ワー!」」」
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・
思わず自ら扉を閉じてしまうクレイス・・・。
扉を開けた瞬間小さな魔物達がドタバタしながら騒ぎ立てる様子を見たクレイスは悪い夢でも見たかのような唖然とした表情でソーニャに問う・・・。
「・・・・・・・・・なんですか、ここは?」
そんなクレイスに対して慈愛溢れる満面の笑みでソーニャは言った。
「ようこそ!モンスター小学校へ!!」