茜色に染め上げて
首都クルルカン、第二区の裏路地で向かい合うクレイスと魔術兵士の男、魔術兵士の男はクレイスを睨みつけながら問う。
「『先生』ぇだぁ?・・・まさかこのガキの守衛を任された魔術兵士かぁ?」
「いや、僕はテスタが通う『小学校』の先生さ・・・」
「『小学校』だぁ?・・・クックックック、魔物のガキが小学校!?アッハハハハハハ!!救いが無いなこの国はよォォォ!!!」
魔術兵士の男は凄惨に笑う。
「ガキのお守りしてる『共魔派』の魔術兵士かと思って焦ったが・・・ただの先生かぁ、どうせ南区から安い賃金で雇われて魔物の奴隷仕事してんだろぉ!?あぁん?」
「まぁ、半分は正解だけど・・・」
ポリポリと頭をかくクレイス、その様子を腰が抜けてうまく立つことすら出来ないテスタはクレイスに忠告する。
「あ、貴方、何しに来たのですわッ!?貴方に関係の無いことですから、今すぐお逃げになって!」
「関係無くは無いさ、僕は君の『先生』なんだから、もう夕方なのにいつまでも遊んでる生徒をお家に帰さなきゃな・・・」
「貴方、この状況が分かってまして!?」
クレイスとテスタのやり取りを見ていた魔術兵士の男は凄惨に笑いながら、ブツブツと独り言を言い始める。
「余計なもんが増えちまったなァ、・・・いや待てよ、一人ぐらい人間がぶっ殺された事実があった方が、そのガキの悪名が更に高まって更においしくなると思わねぇかァァァ?えぇ?先生さんよォォォ!なァ!?」
語尾を荒げた魔術兵士の男は杖の先をクレイスに向ける。
その状況にテスタは怯えていたが、クレイスはため息交じりに右手をコートの裏側に突っ込むと、腰のホルスターに携えてあった『杖』を取り出した。
「『媒体』!?て、てめぇも魔術師かッ!」
杖を取り出したクレイスに対し、一気に警戒度を上げる魔術兵士の男にクレイスは問いかける。
「あんたはなぜそんなにも魔物を憎むんだ?家族や友達を魔物に殺されたのか?」
「あぁ!?知るかよ!俺は折角覚えた攻撃魔術を魔物どもにぶち込みてぇだけだ!その為に作られた魔術だろうがッ!俺は魔物を殺して殺して殺しまくって『英雄』になるんだ・・・あの大英雄『パラーディオ・シエロ』の様になァ!!」
「パラーディオ・・・」
その名を聞いたクレイスの表情が険しくなる。
「なんだァ?パラーディオも知らねぇのか、やっぱ野良魔術師かッ!いいかぁ?パラーディオは人類では討伐不可能と言われていた化物、『パンドラの五将軍』の三体もぶっ殺した人類最強の魔術師だ!覚えとけ間抜け!!」
「・・・」
意気揚々と話す魔術兵士の男、クレイスは無言で聞くだけである。
「おっと覚える必要は無かったな・・・これからてめぇは死ぬんだから、一応てめぇを魔術師と見積って、俺の最強の魔術をぶち込んでやるッ!」
そう言った魔術兵士の男は杖をグルグルと回し始め、ブツブツと魔術の詠唱を始めた。
しかし、クレイスはその様子を黙って見ているだけで、杖を持った右手もダラリと降ろしていた。
そうしている内に魔術兵士の男が杖で指し示した空中に六つの光の玉が出来上がる。
「クックククク!戦いで詠唱もせずに棒立ち・・・やっぱてめぇはド素人だ!食らえ!『六連魔術矢』」
六つの光の玉から青白い光線、魔術矢が発射される。
一撃で樽を破壊し、壁に穴を開けた魔術矢がクレイス目がけ六発も放たれたのを目の当たりにしたテスタは最悪の状況となることを確信し、渾身の力で叫んだ。
「クレイス先生ぇ!!!逃げてえぇぇぇぇぇ!!!!!」
しかし、既に六つの魔術矢がクレイス数歩前まで迫り、テスタは絶望した表情となった。
(また私の前で・・・誰かが死ぬの・・・?)
顔を歪めて目をつむるテスタだが
「しょうみが無いな・・・」
クレイスが小さくそう呟き、杖を真上に掲げた。
――――― パパパパパーーーンッ!!! ―――――
「え!?」
「なにィ!?」
確実にクレイスを捉えた六つの魔術矢がクレイスの目の前で『見えない壁』にぶち当たったかの様に大きな音を出して、バラバラと砕けて消え去った―――――
自身渾身の魔術をあっさりと破られた魔術兵士の男は何が起きたか分からない状況でうろたえる。
「ば・・・バカなッ!ありえない!!俺の六連魔術矢を、『無詠唱』で消し去った!?なんなんだ・・・おめぇはいったい何なんだよォォォォォ!!!!!」
驚愕する男にクレイスは表情を変えずに、掲げている杖を『縦に一本線』を書くように降ろす。
するとクレイスの周りに旋風が突如として現れ、旋風の強烈な風圧に当てられた魔術兵士の男は
「ぐっ!」
と唸り、思わず目を閉じ、両手で顔を隠した。
そんな身動きが取れない魔術兵士の男にクレイスはブツブツと呟きながらゆっくりと近づく
「前衛無しでの詠唱魔術、偽術無し、連撃無し、属性符度無し、防壁陣無し、身体強化無し、探知術式無し・・・」
旋風が収まり、魔術兵士の男が目を開けると、直ぐ目の前にはクレイスの姿があった。
「ひぃ!」
クレイスの只ならぬ雰囲気に恐怖した魔術兵士の男だが、クレイスは直ぐにスッ、と後ろを振り返り、すたすたとテスタの元へと歩き始める。
「お、おい・・・」
思わず引き留める様な声を出した魔術兵士の男だが、目の前の視界が歪んで見えるのに気づく、男の目の前の空間には光の渦がグルグルと回転していて、どんどん一つの圧縮された玉となって行った。
「なんだ・・・これは?」
男の疑問を他所に、クレイスは男に背を向けたまま呟いた。
「うん、解術出来ず・・・0点!」
クレイスは素早くホルスターに杖を締まう、その瞬間―――――
―――――――― バン!!! ―――――――――
巨大な風船が破裂したかのような轟音と共に魔術兵士の男の鼻が内側にめり込み、まるで大きな鉄球が顔面にぶち当たった様な衝撃を受けた!
「ぶべっ゛!」
と唸り声をあげながら魔術兵士の男はぶっ飛び、そのまま縦に回転しながら第二区を囲んでいる壁に衝突した。
薄れゆく意識の中、魔術兵士の男は目の前に現れた男は一体何者だったのだ?と考えた。
(な、なんなんだ・・・こいつは、たしかさっきあのガキが叫んでた名前は・・・ッ!?)
「ク…クレイス・・・パラーディオの右腕・・・ハァハァ・・・『震爆』のクレイス・ディーネ・・・・・・ガハッ!」
魔術兵士の男はそのまま前のめりに倒れ、気絶した。
呆然して見ているテスタにクレイスは何事も無かったかのように声をかける。
「テスタ、怪我は無いかい?」
「あ・・・貴方何者ですの?」
「昔ちょっと魔術師をやってただけさ、さぁ、暗くなる前に帰ろう」
「・・・」
「ん?どうしたんだ?」
「そ、その腰が抜けてしまいましたの・・・魔力も尽きて上手く体が動かせないですわ・・・」
「猫目印の薬は持ってきて無いのかい?」
コクンと頷くテスタにクレイは両膝を付き、前かがみになって自身の首元をテスタに差し出した。
「え?」
そう疑問に思うテスタにクレイスは
「僕の血を吸ったらいい」
「何を言ってるの貴方は?」
「魔力が不足してるんだろ?『チャーム』のことを気にしてるなら大丈夫、解術出来るから僕には効かない、あっ、でも貧血になるまで吸わないでくれよ」
「そうじゃなくてっ!なんで私にそんなことまでしてくれますの!?色々と酷いことを言ったり、したのに・・・」
それを聞かれたクレイス自身にも何故そこまでする理由が分からなかった。
テスタの過去を聞いて同情したから?
それとも誰かに頼られたいという自信の欲のため?
色々な思いを頭の中に巡らせた結果を答える。
「友達になりたかった・・・それだけじゃ、ダメかな?」
「え?・・・友達・・・」
自分の言ったことに急にテレ臭くなったクレイスは頭をポリポリとかくと、話の流れを急かす。
「んん~~もういいからさっさと血吸って帰ろう、テスタは血を吸うのが怖いのかい?」
「こ、怖くないですわ!・・・・・・んんん!もぉ!どうしてもというなら吸ってあげますわ!」
クレイスに挑発されたテスタは勢いのまま、クレイスの首元にかぶり付くと、血をチューチューと吸い始めた。
「ん・・・ちゅ」
しかし、クレイスもテスタも知らなかった・・・自ら望まれて血を差し出した人間を承諾して血を吸う行為は一種の『特別な契約』であるということ・・・そしてその血を吸った時の『快楽』は性行為に等しい物を吸血鬼に与えるということを―――――
「んぐぅ!?・・・はひぃっ!」
身体が火照り、今までに味わったことの無い気持ちが沸き上がるテスタ、思わず口を首元から放し、クレイスの顔を見つめる。
「ん?どうした、もういいのか?」
クレイスの顔がとても愛おしく感じるようになったテスタは、胸の鼓動をドキドキさせながら、クレイスの唇に自信の唇を重ねたい欲求が沸き上がる。
「ハァ…ハァ…せ、せんせい」
しかし、何も経験の無い子供のテスタは頭の中で想像しただけで顔が真っ赤になり、鼻血を垂らし
「んへぇ~~~~~~」
と言うような間抜けな声を荒げてそのまま気絶をするのであった。
「え!?テスタどうした・・・テスター、おーーーい」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
・
クレイスはテスタをおんぶをして家路につく
「テスタは大丈夫かなぁ?僕の血が食あたりでもするような血だったりして・・・」
クレイスが心配していると、テスタがもごもごと動きだし寝言を呟く
「おとーさま・・・」
「・・・・・・」
家族の夢でも見てるのだと、テスタはまだ小さくて、とても弱い子供だと実感するクレイス
「夕日が奇麗だねぇ~テスタ」
「・・・・・・うん、そうだね・・・先生・・・」
「・・・」
テスタの父が死んだあの時の様な美しい夕日が2人を照らす・・・
まるであの日から全ての『色』が無くなったテスタを
茜色に染め上げるかの様に―――――――
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
・
翌日の朝―――――
クレイスは学校へ行く準備を進めると、寮の広間へと向かった。
するとカバンを持ちながら広間でウロウロするテスタを見かける。
「おはようテスタ、もう体は大丈夫なのかい?」
クレイスの顔を見たテスタは一瞬顔を緩めたが、またツンとした表情になると
「あ、当たり前ですわ!私がそんなにヤワに見えまして?」
「そっか、ならよかった・・・」
「貴方は、今から学校ですの?もももももしよろしかったら、一緒に学校に行って差し上げてもよろしくてよ!!!」
生徒が学校へ行くにはまだ早い時間ではあるが、クレイスは野暮なことを聞かずに
「うん、一緒にいこう」
とテスタと一緒に学校に向かい始める。
そんな登校中に顔を赤らめたテスタが小さな声で呟く
「なんでお父様がお母さまの血だけに拘っていた理由が分かりましたわ・・・」
「え?なんて?」
「フフッ、なんでもありませんわよ!クレイス先生!!!」
太陽のような笑顔でテスタは答える。
まるでどんな暗い闇でも茜色に変えてしまうかの様な――――――
―――― 第一章 吸血鬼娘テスタロッサ編 ―――――――
―――― 完 ―――――
誰も読んでないっぽいので一時休載します。