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雪降る町の消失簿-3-

「私は高瀬春たかせはる。あなたは?」

「山鳥紗菜です。……仕事、良かったんですか?」


 和菜が雪になった場所から、五分ほどの場所にある公園。小さな子供たちが遊ぶ遊具から少し離れたベンチに座った紗菜は、怖ず怖ずと隣の春に尋ねた。


「親戚が雪になったって言ったら、休んでいいって」

「……すみません」

「代わりの人がいるから大丈夫。いつ誰が雪になるかわからない世の中だし、一人や二人いなくても何とかなるようにできてるから」


 春はそう言って、大げさに肩をすくめた。

 世の中は、人が雪になることに適応している。紗菜の大学でも今までに何人かの教授や職員が雪になっているが、それでも大学はいつもと何も変わらない。当たり前のように、代わりの教授や職員がやってくる。それが、明日も明後日も、すべての人が雪に変わるまで続いていく日常だ。

 しかし、和菜も両親も失った紗菜には、変わらずに続いていく毎日をこれまでと同じように生きていくことは耐えがたいことに思えた。

 紗菜は空を見上げる。舞い散る雪が頬に触れ、消えていく。


「雪、やみそうにないね」


 春が静かに言った。

 

「そうですね」


 人が初めて雪になって消えた日から降り続く雪は、生活に馴染み、傘をさす人もいない。この先、雪がやむことはないだろうと紗菜は思った。


「山鳥さん」


 ぽつり、と名前を呼ばれる。紗菜が視線を春に移すと、彼女は鞄の中から何かを取り出した。


「さっきの小瓶、私とお揃い」


 春の手の中には、小瓶があった。

 中には、小瓶の半分にも満たない透明な液体と赤い何か。

 液体は、雪だろうと予想が付く。だが、もう一つが何かわからず、紗菜がじっと春の手の中を見つめていると、小瓶を渡される。


「ピアス?」


 小瓶の底に沈んでいるものは、赤い石が付いたピアスだった。紗菜は、コートのポケットにしまった小瓶とネックレスに触れる。


「そう、ピアスと雪。これが私の恋人」

「……雪になったんですか」


 問いかけた、というよりは独り言のように呟いて、紗菜は春に小瓶をそっと返す。


「一年前、雪にね。仕事でトラブルがあって、待ち合わせに遅れていったら、目の前で雪になっちゃって。家族は雪にはなっていないって言ってたから驚いた」


 春の長い髪が風に揺れる。

 誰が調べても、人が雪になる原理はわからなかった。しかし、雪になる確立が高い人間については、統計によってすぐに導き出された。雪になった親やきょうだいがいると、高確率で雪になる。

 だから、紗菜も春が驚いた理由を理解できた。


「私の家族もね、山鳥さんと同じで二年前のあのときに雪になった。だからね、雪になるなら自分が先だと思ってた」

「……私も、いつか雪になるんでしょうか」

「家族が雪になったんだったら、きっとあなたも雪になるだろうね」

「だったら、今すぐ雪になりたい」


 紗菜は、空から降ってくる雪を捕まえる。手を開くと、捕まえたはずの雪は消えていた。


 いつも、和菜より先に雪になりたいと願っていた。

 ずるいとは思っていたが、一人残されることが怖かった。

 

 そんなことをずっと考えていたから、罰が当たったのかもしれないと紗菜は思う。

 ぽたり、とジーンズに涙が落ち、紗菜は慌てて頬を拭った。


「雪になりたい人に限って、なかなか雪にならないものだから」


 春が空を覆う雲のような重い声で言った。

 

「神様って意地悪ですね」

「もう、神様も死んで雪になったのかも」


 春の言葉に、紗菜は鉛色の空を見上げた。

 空から、わふわと地上へ向かって落ちてくる白い雪。

 それは確かに、雲の上で役目を終えた神の残骸のようにも見えた。


「私、帰るけど一緒に来る?」


 紗菜は、のろのろと視線を春へと向ける。春の手は、小瓶を握りしめて白くなっていた。紗菜もポケットの中の小瓶に触れると、こくんと頷いた。

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