雪降る町の消失簿-1-
人が雪になって消える。
そんな事件が世間を騒がせた日に降ってきた雪は、あれから約二年たった今も降り続いている。
積もってもすぐとけ、また新たに降ってくるそれは、厳密に言えば雪ではない。雪に似ている何かだ。冷たくもなければ、地面を厚く覆ってしまうこともない。ただとけていく。しかし、人々はそれを“雪”と呼んでいた。
秋から冬に変わる頃、街には今日も雪が降っている。
そして、街は雪を降らし続ける雲に覆われている。
そんなありふれた日常の中、山鳥紗菜は雪になって消えていく和菜の姿を呆然と見つめていた。
春も夏も秋も雪が降るようになってからというもの、どんな人でも週に何回かは雪になって消える人間を見る。世間は、それを当たり前のこととして認識するようになっていた。
繁華街から離れた住宅街で、紗菜の姉、山鳥和菜が雪になって消えようとしていることも人々にとってそう珍しいものではない。だから、昼下がりの街、人から形を変え、雪になっていく和菜を見つめる紗菜に声をかける者はいなかった。道行く人々は、哀れむような目で紗菜を見つめ、通り過ぎていくだけだ。
降り続く雪は冷たさを感じないのに、人の心を凍えさせているようだった。
しかし、今の紗菜の目にそうした人々が映ることはなかった。紗菜の瞳は、和菜だけに向けられている。
和菜だったはずの雪はふわふわと歩道に舞い落ち、綺麗に並べられたレンガ調のタイルを濡らす。
足が雪になり、スカートが落ちる。
体が少しずつ雪に変わっていく。
それでも、和菜は笑っていた。
紗菜は、呆然と雪へと変わる和菜を見つめる。
和菜と同じ大学に通うようになって半年。まだたった半年だった。これから和菜が卒業するまでの一年半、紗菜は一緒に大学へ通うつもりでいた。しかし、別れは思っていたよりも早かった。
紗菜の目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「約束でしょ、笑って」
肩から下が消え、もうほとんどが雪になっている和菜が言った。
紗菜は、笑おうとする。だが、頬も口も思うように動かない。
和菜の輪郭は消えていき、長い髪が雪になる。
流れる涙を止めることができないまま、紗菜は最後の家族を見送った。
残ったものは、和菜だったはずの雪と服。
人間一人分、それなりの量になった和菜だった雪がゆっくりと液体へと変わろうとしていた。
紗菜はジーンズが汚れるのも気にせずに膝をつき、和菜だった雪に触れる。
冷たくはない。けれど、人のような温かさもなかった。
「……和菜ちゃん、ごめん」
紗菜は、二人で決めた約束を守れなかったことを謝った。
ぽつり、と落ちた涙が歩道に染みを作る。
和菜ほど長くはない髪が風に舞い、視界を遮る。
紗菜はこぼれ落ちる涙を止めようと、目を閉じた。