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66階層―4

 フレアに顎を殴られた誘拐犯の男が、受け身も取らずに頭から倒れていく。――頭が固い地面にぶつかる直前に、フレアは足の甲で受け止めて、勢いを殺した後、頭部をゆっくり地面に降ろす。


「そういえば、さっき言えなかったが、サンマは買うなと言ったはずなんだが……」


 フレアが、ビニール傘に向かって話しかけると、傘に宿っていた火蘭が飛び出して、人型に戻った後、声を上げる。


「うるさいのう。サンマは吾が責任を持って食べるから、それ以上言うな!」


「サンマを焼くのは良いけど、変な所で火を熾したら、警察を呼ばれそうだよね」




 言いたかった事を言い終えて、一息ついたフレアは、地面に落ちている誘拐犯のナイフを拾い上げると、それを使い少女を拘束していたロープを切断する。


「俺達は、お前と一緒に居た男に頼まれて、助けに来ただけだから、そう怯えるな」


 怯えた目で、自分達を見つめる少女にそう告げると、拘束を解いたフレアは、後ろに下がって少女から距離を取る。


 その様子を見たルーラが、少女の近くまで歩き、しゃがんで目線を合わせた後に、笑顔で話しかける。


「ボク達が、家まで送ってあげるから。案内してくれるかな?」


 すると少女は、火蘭を指さしながら、独り言のように呟き始める。


「……傘が喋って……鳥が……人に? 夢……なのかな?」


 傘に宿った火蘭に話しかけたフレアと、それに釣られて、うっかり人前で姿を現した火蘭のせいで、少女を混乱させたと気付いたフレアは、顎に手を当てながら言い訳を考えた。


 ……そういえば、こういう時に使える言葉を教わったな。


「ファンタジーだからだ」と、少女に向かって、フレアは覚えたばかりの言葉を投げかける。


「ファ、ファンタジー!? やっぱり夢なの? でも……、あれ……そんなわけ……」


 余計に混乱する少女を見て、フレアが口を開いた「火蘭! 俺を騙したな!!」




 結局、手品の一種だと説明する事で無理やり納得させて、落ち着いた頃を見計らい、4人で山を下りた。


 山の入り口付近には国道があり、丁度良いタイミングでタクシーが通りかかる。――タクシーを認識しているルーラは、すかさず手をあげて乗り込んだ後、少女に家の住所を聞き出し、運転手に、そこへ向かうように告げた。


 タクシーの中では、フレアが助手席、残り3人が後部座席に座っている。


「お客さーん、あんま、窓をベタベタ触んないでよ」


 運転手の苦言などお構いなしに、両手を窓にベッタリとついて、外を眺めていた火蘭が、誰に対してというわけでもなく問いかけた。


「あの、やたらと大きい建物は、城かなにかかのう?」


「火蘭君、この国に王様は居ないみたいだよ。――店か何かかな?」


 ルーラがそう答えると、助けた少女が、教えてくれる。


「あれは、ホテルだよ。わたしのパパが経営してるの」


 その言葉を聞いた瞬間、運転手がビクッと肩を跳ね上げる。それを察したフレアが、運転手の顔を窺うと、真っ青な顔をして、顔を引きつらせていた。


 ……よく見る顔だ。まあ、戦場でだけどな……。


「……お、お客様……車内の温度は大丈夫でしょうか? も、もし、暑ければ仰ってください。すぐに調整いたしますので」


 それ以降、目的地に辿り着くまで、運転手が横柄な態度をとる事は、一度としてなかった。




 少女が指定した住所に存在したのは、広大な敷地に建てられた住居。高い塀に囲まれており、道路からでは二階の一部と屋根しか視認できない。


 タクシーが門の前に辿り着き、動きを止めると、ルーラが支払いを済ませて車を降りる。


 最初にタクシーを降りたのはフレアだった。――車外に出た途端に、門の前に立つ黒服の二人組が、突き刺さるような視線を向けてくる。


 フレアに、話しかけようと歩み寄って来た男達は、タクシーから降りた少女をの姿を見るなり、その顔を驚きに染めて、口を開く。


「お……お嬢様! よくぞご無事で!!」


 もう一人の男は、慌てて門を開くと敷地の中を駆けていく。――ややあって、敷地の中から、10人ほどの黒服を引き連れた男性が、こちらへ向かってくる。


 その男性は、年齢は60歳程度で、後ろに撫でつけられた白髪の多い頭髪は、遠目から見るとグレーに見える。服装は、シワ一つ無いスーツと、新品同様の革靴。


 周りの人間が、男性に接する態度から、身分が高い人間であることは、すぐに察しがついた。


 救出した少女は、その男性を見るなり「パパっ!!」と、叫びながら走り寄り、足に抱き着く。


 抱き着かれた男性は、少女の頭を撫でながら「無事でよかった……。怖い思いをさせてしまったな」と、話しかけている。


 その様子をみて、フレアは、納得したように一度頷くと、男性に話しかける。


「その娘を攫った男達は、山の中にある廃墟に縛って転がしてある。――詳しい場所は、その子から聞いてくれ。――じゃあ、用も済んだし、俺達は帰らせてもらう」


「君達が、娘を救ってくれたのか? 相手は銃を持っていたはずなんだが……、怪我は、ないようだね」


「撃たれる前に倒したからな。――そうだろ?」フレアが助けた少女に向けて問いかけると、ニッコリと笑って「うん」と、答えた。



「そうだったか、危険を冒してまで娘を救ってくれたこと、心から礼を言おう。――言葉だけではなく、形に残る物で礼をしたいんだが、急ぎでなければ家に上がっていかないかね?」


 3人が、顔を見合わせて目線で合図し合った後、ルーラが代表して男に答えた。


「生憎ボク達は、これから、やらなきゃいけない事があるんだ! それにね、ボク達よりも娘さんと一緒にいてあげなよ! 怖い思いをした後だからね」


 ルーラにそう言われた男性は、再度少女の頭を撫でた後、笑みを浮かべながら話しかけてくる。


「そうか、それは残念だ。――もし何か困った事があれば、訪ねてくると良い。――大抵の事は、解決できるはずだ」


 話を終えた三人は、少女に手を振って別れを告げた後『やらなきゃいけない事(サンマを焼く)』を成し遂げるべく、再び街を歩き始めた。




 ――時間が流れ、66階層に到着して3日目。相も変わらず、やる事がない3人は、街中を無意味に徘徊していた。


 街の中心から少し外れた辺りで、多くの人が足を止めて、斜め上に視線を向けている姿を発見したフレア達は、何事かと人々の視線の先を確認する。


 そこには、6階建てのビルがあり、四階から六階までの窓が全て割れて、窓の周辺が黒く焦げている。


 気にするほどの事でもないと、再び歩き出したフレア達の耳に、野次馬たちの会話が聞こえてきた。


「このビル、裏組織の事務所だったらしいんだけど、昨日の夜、別の組織の襲撃を受けて、この有様らしいよ」


「一目見れば、一生忘れることができないような光景が、ビルの中に広がっていたって噂だよな」


 その話を聞いた火蘭が、横目で爆破されたビルを見ながら呟く。


「平和そうに見える世界でも、やはり争いは存在するんじゃな」


「まあ、人間だからな。――なんにしても、俺達には関係のない話さ」


 火蘭とフレアが、そんな事を話していると、ルーラが肩を落としながら、二人に話しかける。


「ボク達、何かに呪われてるのかな……。ただ平和に時間が過ぎるのを、待ちたいだけなんだけど……」


 ルーラが見てしまった光景は、道路を走り抜ける一台のセダンと、そのセダンを必死に走って追いかける中年の女性。――交差点の手前で、つまずき転んだ女性は、涙を流しながら、車が走り去る様子を見つめ続けていた。




 火蘭は前日と同じく、鳥の姿で車を追いかける。フレアとルーラは、転んだ女性の元へ駆け着け事情を聴きだすが、またしても誘拐事件である。


 昨日と同じ公園で、火蘭と合流した二人は、徒歩で誘拐犯が車を止めたというビルに向かう。今回の目的地は街中で、グリフォンを使うわけにはいかなかった。




 ――火蘭に案内されて辿り着いた場所で、フレアとルーラは、困惑の表情を浮かべながら辺りを見渡している。


「ここで、間違いないのか?」フレアが問いかけると「そうは見えんかもしれんが、間違いない」と火蘭が答える。


 3人が辿り着いたのは、7階建てのビルだった。建物の周りは綺麗に清掃されていて、ビルの中は明るく清潔感がある。フレア達には、誘拐犯が潜んでいるようには、とても見えなかった。


 ――正面の入り口からビルの中に入ると、警戒されるどころか「いらっしゃいませ」と、受付の女性に歓迎されてしまう。


 受付嬢に話しかけようと、カウンターに向かって歩き始めたフレア達は、遅れてビルに入って来た見覚えのある男に声を掛けられた。




 ――7階にある事務所の扉が開き、松葉杖をついた男が入ってくる。――少し遅れて、フレア達3人が事務所の中に入ってきた。


 最初に口を開いたのは、フレアだ。椅子に座り、小さくなっている男を発見するなり怒鳴りつけずには、いられなかった。


「お前は、どうして、ここにいる!! 3000万は、どうしたんだ!」


 フレアの存在に気付いた田口が、ハッとした顔で椅子から立ち上がり「助けに来てくれたのか!」と叫びながら、フレアに縋り付き状況を説明し始めた。


「だってな、3000万返しちまったら所持金が0になるだろ? それなら、返す前に少しでも増やそうと思うじゃないか? 思わないわけがないよな? それにな、今回考えた攻略は、完璧なはずだったんだよ……」


 それを聞いたルーラが額に手を当てて、俯きながら田口に尋ねる。


「具体的には、どういう作戦だったんだい?」


「3倍に掛けて、負ける度に掛け金を3倍に増やす方法だ。どんなに負けても1回勝てば取り返せるはずだったんだよ……」


「ええっ!? どうして、そういう発想になるんだい!! それ、普通は2倍でやろうとするんだよ! そして、それでも勝てないようになってるの!!」


 男は、納得がいかないと言わんばかりに、ルーラに話しかける。


「いや、理論上では負けな」それをルーラが遮って話す。


「そんなの、ちょっと運が悪かったら、資金の上限か、ベットの上限に達するじゃないか! む・り・な・のっ!!」




 そんな会話を黙って聞いていた、オールバックの男が口を開く。――この男は、攫われた少女の父親だった。


「また会えて嬉しいよ。改めて礼を言わせてもらう。――ところで、その男は、君達の知り合いだったのか?」


 その言葉に田口は頷き、フレア達は首を横に振る。


「一度会った事があるだけの他人だ。――ただ、興味本位で聞かせてもらうが、田口は、この後どうなる予定だ?」


「難病で苦しむ人の為に働いてもらう予定だよ。――仕事の期間は、さほど長くないし、それで借金が無くなるのだから、良心的な対応だと私は思っているよ」


「良かったな。借金が返済できるみたいだぞ」フレアが、そう田口に告げると、血の気の引いた顔で「そう言わずに助けてくれよ! 柔らかく言ってるだけで、そんな生易しいもんじゃないんだよ!!」と懇願してくる。


「ルーラ、どうする?」フレアが問いかけると「約束を守らなかったおじさんの為に、もう一度払う気はないよ」と、ルーラは答える。


「そ……そんな……」そう言いながら、崩れ落ちるように座り込む田口だが、ルーラの言葉には続きがあった。


「昨日使わなかったお礼を、今使わせてもらうよ。――借金の利息を0にして、無理のない範囲での、分割にしてあげてくれないかい? それが、娘さんを助けた報酬って事にしてくれるかな」


 ルーラの願いを聞いた少女の父は、肩をすくめて少し困った様子で、答える。


「……私は、君達の利益になるような事を、頼んでくれた方が嬉しいのだが。――しかし、それが君達の望みだと言うのなら、そのようにさせてもらおう」


 田口は、フレア達だけに聞こえるように「どうせならチャラに……」と、話しかけてくるが、フレアはそれを無視して口を開く。


「それすら返さないようなら、何の遠慮も要らないから、好きにしてくれて構わない」と、フレアが補足する事で、この話は決着をむかえた。




 ――時間は流れ、フレアとルーラは、水面に仰向けで寝ころんでいた。


 その様子を見ていた、水着姿の火蘭が、不思議そうに問いかける。


「のう、プールというのは、泳ぐものではないのか? 寝転がるなら普通にベッドで横になればよかろう?」


「これ、意外と気持ちいいんだよ。火蘭君もやってみるかい?」


「泳ぐのとか、もう飽き飽きだしな。――水上は、1日に1時間までだから、まだ新鮮味がある」


 3人は、タクシーの中で見たホテルの最上階に居た。事務所で話をしている過程で、泊まる場所がない事を知った少女の父親が、部屋を手配して、現在この場所に3人は宿泊している。


「まだ使命の途中なのに、こんな贅沢してても良いのかな?」


 プールサイドに座り、アンクレットを外しながらルーラが呟くと、プールから上がり、横に腰かけた火蘭がそれに答える。


「偶には休まんと、心が擦り切れてしまうからのう。これも必要な事じゃよ」


「俺も、火蘭と同じ意見だな。……二人は良くやっている。休んだって誰も責めやしないさ」


 火蘭とルーラは、プールの中から言葉を投げかけたフレアの方を見ると、声を揃えて、フレアに話しかける。「「三人!」」




 ――サッカー部の合宿が終わるまで、ホテルに滞在したフレア達は、誰も居ない合宿所に忍び込こんでいた。


 建物の中に入る時、ドアを破壊しているが、それは火蘭が修復して新品同様になっている。――住居などの極端に大きい物は、全体に宿るわけではなく、部品単位で宿る事になるらしく、建物全体が修復されて、新築同様になるような事はなかった。




 ――間も無くゲートが開くというタイミングで、フレアはふと思い出す。


「なあ、そうえば結局サンマはどうなった?」


「「あっ!」」


 ゲートを開く光が消えた時、ルーラと火蘭の叫びが、誰も居ない室内に反響していた。

お読みいただいている皆様に感謝申し上げます。


諸事情により、1週間(±3日)ほど更新をお休みさせていただく予定です。

万が一、期間が伸びそうな場合は、活動報告でご連絡いたします。

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