67階層―3
物語の主人公に代わり、ヨルムンガンドを討伐すると決めたフレア一行は、カーバンクルの街に滞在し、準備を進めつつ、時が来るのを待っていた。
3人が寝泊まりしているのは、火蘭の友人であるラミヤの自宅で、そのラミヤを背もたれにして座っていたルーラが、時計を確認してから皆に伝える。
「もし、今も物語通りにヨルムンガンドが動いているなら、今日、カラドリオスの街が襲撃されたと思う。――そして、次は不死鳥の街と、カーバンクルの街が同時に襲われることになるよ」
火蘭は、ラミヤから渡された、銀に輝く指輪を指先でクルクルと回し、反射する光を眺めながら言葉を紡ぐ。
「だとすれば、明日じゃな。――今回の敵には、多少同情するが……だからと言って、何かが変わる事はない」
ルーラの背もたれがモゾモゾと動いて、赤い瞳と、それ以上に赤い額の宝石を火蘭に向けて話しかける。
「火蘭ちゃん、本当に戦うの? 身を危険に晒してまで、街を守る義理なんてないのに」
「吾は、街などどうでもいいわ。――守りたいものは、他にある」
☆☆☆
不死鳥が住む街の、中央に鎮座する豪邸に、炎を帯びた一羽の鳥が飛び込んでくる。その鳥は、即座に人間の男性に姿を変えると、街の長である火宮 炎司に、ヨルムンガンドの襲来を知らせた。
――少しの時間が流れ、街の門を抜けた先に存在する草原に、炎司は人の姿で立っていた。炎司は、後ろを振り返り、そこに並ぶ人々の姿をねめつけた後、苛立たし気に声を上げる。
「何故、これしか集まらんのだ! 他の者は、どこヘ行った!!」
炎司の後方に居る不死鳥の数は、精々30人、街に住む不死鳥の半分にも満たない。他には、武器を持った普通の人間が、300人程度だ。
問いかけられた人間の男は、恐る恐る口を開く。
「敵の襲来を聞くなり、街から飛び去ったと、私は聞いております……」
「あの、役立たずどもが!! 我の子供等は、どうした! 早く来るよう伝えてまいれ!!」
「あの……ご子息も、すでに街には……」
炎司には、四人の息子と、三人の娘が居た。一人は、この世界から逃げ出し、最初から街に居なかったが、残りの6人は、つい先程まで街の中に居たのだ。
それが、揃いも揃って、戦う前に逃げ出したと聞かされた炎司は、怒りで我を忘れそうになる。
炎司は、自らの足に拳を強く叩きつける。――少し離れた所に並ぶ、カーバンクル達は、戦う力が無いに等しいと言うのに、大半が街の前に集まっていた。
それは、不死鳥こそが、幻獣の頂点と信じて疑わない炎司にとって、許容できない光景だった。――抑えきれぬ激情を声にのせて、後方の不死鳥たちに叫ぶ。
「汝ら! 少しでも情けない姿を見せてみよ!! その時は、我がその者の心臓を抉りだし、喰らいつくそう!!」
その言葉に、肩を跳ねさせる不死鳥たち。――怒りに冷静さを失う炎司は、気付かなかったが、更に士気は低下していた。――このまま戦闘になれば、物語通り、全員が散り散りに逃げ出す事になるだろう。
☆☆☆
――そして、時は訪れる。海の存在する方角から、土煙を巻き上げながら這い寄る巨大な蛇。まだ、はっきりと姿が見えぬ程、離れているというのに、威圧感で幻獣たちの体が震え始める。
炎司は、大きく息を吸い込み、怯える不死鳥たちに怒声を浴びせようと、口を開く。――しかし、言葉が発せられることはなく、代わりに黙って空を見上げた。
炎司の目に映っているのは、緑色の鳥だった。――7人の子供のうち、唯一出来損ないとして生まれてきた存在。――そして、この戦場に現れた、唯一の子供。
「火蘭、何をしに来おった。汝のような出来損ないが来た所で、邪魔になるだけじゃ!!」
炎司のように罵声を浴びせる者こそ居なかったが、他の不死鳥たちも、近くの者とヒソヒソ話はじめ、空気が険悪なものへ変わっていく。
火蘭は、着地すると同時に人型に戻り、炎司と向き合う。そして、不遜な態度で、言葉を放つ。
「黙らんか! 有象無象が!」
ただでさえ、苛立っていた炎司は、その言葉に我を忘れて怒鳴り散らす。
「汝は、誰に物を言っているか、分かっておるのかぁぁぁぁぁぁ!!」
「はっ! 当然じゃ。――不死の身に頼り切り、鍛錬を怠った愚物達では、荷が重そうじゃからのう。吾等が倒してやろうというのじゃ!!」
炎司は、再び拳を足に打ち付けながら「出来もせぬことを!!」と叫ぶ。
「あの程度の相手、倒せぬと思った時点で、汝らの程度が知れると言うものよ」
火蘭は、50メートル程先に転がる、巨石を指さしながら続ける。
「あの石を越える前に、しとめよう。――どうせ、自ら距離を詰める気などないのじゃろ? ならば、そこで吾等の戦いを見ておれ!!」
火蘭は、その言葉を最後に、手に持っていた銀の指輪をヨルムンガンドが迫る方向へ、高く放り投げる。同時に鳥の姿になると、空へ舞い上がった。
――高度を上げた火蘭が「これだけ言えば、助ける気も起こらんじゃろう……」と、呟いた言葉を聞き取れた者は居なかった。
――数分後、火蘭は、ヨルムンガンドの目の前を旋回していた。
「今すぐ海の底へ戻り、二度と顔を出さんと誓うなら、吾等は戦わずにすむんじゃが、その気はないかのう?」
火蘭が、言葉を喋った事で、ただの鳥ではないと気付いたヨルムンガンドが、聞く者の、鼓膜を破らんばかりの勢いで声を上げる。
「嫌いだ! 嫌いだ! 嫌いだ! 死ね、死ね、死ね、死ね、死ねぇぇぇ!」
それを聞いた火蘭は、胸にチクリと痛みを感じ、敵の前だというのに、思わず考え込んでしまう。
……そうか……子供の頃に海の底へ捨てられて、心が大人になれぬまま、体だけが成長したという事じゃな。
そうしている内にも、ヨルムンガンドが火蘭に向けて牙をのばす。それを、火蘭は、高度を上げて躱す。
……この事は、吾の胸に仕舞っておくか。
火蘭は、高度を再び下げて、ヨルムンガンドの前方を飛び回る。――空に逃げれば、攻撃を受ける事も無いのに、あえて低空飛行を続ける火蘭に対して、疑問すら抱けないヨルムンガンドは、執拗に火蘭を追い続けた。
順調に、ヨルムンガンドを街に向けて誘導していた火蘭だったが、幾度目かの噛みつきを躱そうとした時に、異変に気付く。
火蘭に向けて開けられた口が、そのまま閉じようとしない。――代わりに、口の中から、酸の匂いがする黄色の液体が、吐き掛けられる。
「これかっ!」火蘭は、咄嗟に旋回して回避するが、僅かに間に合わず、翼の羽に毒液が掛かり、焦げるように腐り落ちていく。
毒液が掛かったのは羽だけで、痛みは感じないが、飛行速度と安定性が大きく損なわれてしまう。――その時、火蘭が、炎司に指定した巨石は、あと一歩のところまで迫っていた。
その様子を街の前で見つめていた炎司は、眉を顰めながら独り言ちる。
「……でかい口を叩いた割に、その程度か。……しかし、真っ向から向かって行った勇気だけは、認めんでもない……」
炎司が、その言葉を言い切った時、火蘭は巨石の線まで辿りついていた。大きく開かれた、ヨルムンガンドの口が火蘭を飲み込まんと、向かってくる。
火蘭は、即座に高度を上げるが、その上昇は不完全で、ヨルムンガンドが鎌首を持ち上げれば、容易に届く高さだった。
――火蘭が飲み込まれると、見ている誰もが思った時、ヨルムンガンドの横から、フレアが駆けよる。――そして、その少し後ろをグリフォンに乗ったルーラが追従していた。
全力で走るフレアは、ヨルムンガンドが口を閉じる直前に、火蘭の下まで辿り着く……しかし、火蘭を助ける事無く、鎌首を持ち上げたヨルムンガンドの下を走り抜けた。
――バタンッ! と、音がして鳥の姿をした火蘭が、ヨルムンガンドの口の中へ消え去った時、ザザザザザザザザッ! と、土煙を上げながら、フレアが急停止する。
直後「デュアルブースト!」叫んだフレアは、元来た方向へ向き直り、ヨルムンガンドの鎌首を、飛び越える勢いで跳躍する。
――――ヨルムンガンドの首の上で、グリフォンに乗ったルーラと、フレアが交差する。
「ルーラ! 全力で回せ!!」「任せてよ!」
言葉と同時に、グリフォンが一気に加速する。着地したフレアは「絶対障壁!」10秒間持続の、障壁を張った後、グリフォンと真逆に向かい全力で走る。
――ルーラとフレアの距離が、ある一点を超えた時、ヨルムンガンドの首に赤いリングが出現する。――それは、滲み出る血液で描かれたリング。
降り注ぐ太陽の光が、その攻撃の正体を教える。ルーラが乗るグリフォンの後部と、フレアの右手に、糸が光っていた。――その糸は、ヨルムンガンドの首に巻き付き、食い込んでいる。
フレアは、肩越しに光る糸を確認しながら、ヨルムンガンドの上部で糸がクロスするよう、進行方向を微調整して、走り続ける。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
ルーラとフレアは共に、後方から聞こえる、魔物とは思えぬ悲鳴を聞いていた。
「すまない……」「ごめんね……」それぞれ呟いた時、ピンと張った蜘蛛の糸が、二人の間を直線で繋ぎ、ドスンと音を立てて、ヨルムンガンドの頭が地面に転がった。
「――――早く、行ってやらないとな」
右手に巻き付けた蜘蛛の糸を即座に手放したフレアは、ヨルムンガンドの遺体に向かって走る。――ルーラも、急旋回してヨルムンガンドの元へ向かった。
フレアとルーラが辿り着いた時、切り落とされてなお、口を微かに動かしていたヨルムンガンドの動きが完全に停止する。
フレアは、ヨルムンガンドの切り離された頭部に近付くと、口に手足を掛けて、強引に開かせる。
――中を覗き込んだルーラは、喉の奥に光る小さな指輪を見つけると「行ってくるね」と、言い残し、恐る恐る口の中に入っていく。
――――口の中から戻って来たルーラが、指輪を掌にのせて高く掲げると、指輪から緑色の鳥が飛び出して、地面に着地する。
「火蘭、よくやったな!」「頑張ったね火蘭君!!」
二人の言葉を聞いた火蘭は、煙を上げながら人の姿に戻ると、ルーラの手から指輪を摘まみあげ、自らの指に嵌めた後、口を開いた。
「フーとルーも、ようやってくれた。――これで吾は、幻獣の頂点に立てたかのう? ――――――まあ、正直なところ、そんなちっぽけな称号、ちっとも嬉しくないんじゃが」
フレア達が、笑いながら話していると、街の方で炎を纏った鳥が舞い上がり、火の粉を引き連れながら、3人の元に向かってくる。
火蘭は、その様子を見ると笑顔を引っ込めて、炎司の到着を黙って待ち続けた。
着地した不死鳥は、男性の姿になると火蘭に向き合い。難しい表情で、語り掛ける。
「……悔しいが、認めざるを得んな。火蘭と、その友のお陰で、不死鳥の街は救われた。……礼を言おう」
「吾は、街を救おうとしたわけではない。――吾を対等な存在として認め、接してくれた、一人の幻獣を救いたかっただけじゃ」
「そして、ボク達は、火蘭君の願いを叶えたかっただけさ! 街は、ついでだよ!」
この時、炎司の気難しそうな表情が崩れて、小さく笑う。――それが、終わると再び火蘭に話しかけた。
「それだけの為に、命を懸けて戦うか」
「長よ、それは違うぞ。――その為だからこそ、命を掛けれるのじゃ。高い地位を与えられていながら驕る事なく、種族や身分を越えて、人の本質を見極めようとする、あの者は、どんな幻獣よりも尊く見える」
「――我も、本質と言うのを見極めなければ、ならん時じゃな。目を掛けていた子供等があれではな……」
炎司は、空を見上げながら、今なおこの地に現れる事のない、他の子供たちを思い浮かべる。――――目線を火蘭に戻した炎司は、不死鳥の長としての顔に戻り、宣言した。
「不死鳥の街では、亜種として生まれた者達の身分を、幻獣と同じに引き上げよう。――火蘭、お前もじゃ。――戻ってくるがよい」
火蘭は、考える素振りも見せず、首を左右に振ると、炎司に答える。
「汝の娘は、世界を救いに行かねばならんのじゃ」
この世界のゲートは、不死鳥の里から少し進んだ海岸線に存在した。――そこは、本来なら主人公とヨルムンガンドが、死闘を繰り広げる場所。
ルーラは、右手の指輪を額に当てて、ゲートを開く準備を始める。フレアは、その後ろで、ルーラの肩に手を回し転移の時を待つ。
火蘭は、ゲートを潜る異能が生まれつき存在するので、二人の横に並んで立っていた。
一度として人の姿を見せなかったラミヤが、相変わらず獣の姿で、火蘭に話しかける。
「せっかく認めてもらえたのに、本当に行っちゃうの?」
「ラミヤは、しっかり者じゃから心配ないが、こっちの二人はのう……」
そう言いながら、火蘭はフレアとルーラの顔を見る。――再びラミヤの方に向き直ると、続きを話し始めた。
「放っておいたら、明日にも死にかねんわ。――じゃから、吾がついて行って守ってやらねばならんのじゃ。――ラミヤ、達者でな」
指輪から溢れた光が、フレアとルーラを包んだ後、少し遅れて、火蘭の体が発光し始める。――転移する間際、火蘭が呟いた。
「フーよ。あの時、言えんかったが、嬉しかったぞ」
こうして、火蘭の故郷を救った3人は、新たな物語のページを開き、66階層へと旅立っていった。




