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67階層―2

 フレアの暴走で、ペルーダの街を逃げ出さざるを得なくなった3人は、近くで見つけた見晴らしの良い丘の上に着陸していた。


 フレアとルーラは、グリフォンを背もたれにして、地べたに座り、物語を確認している。


 ――そこに、火蘭の姿はない。どこに居るのかと言えば、ルーラのブラウスの中に宿ったきり、一度として出て来ない。何度か声を掛けたが、反応は一切なかった。


 気まずそうな顔で、地面を見つめるフレアの横で、ルーラがパラパラと音を立てながらセディーラの書を捲っていく。




 ――少し時間が流れ、ルーラがパタンと本を閉じる。


 ルーラは、フレアを肘で突いて、自分の方を向かせた後に話し始める。


「この物語は、サンダーバードの亜種と、ヨルムンガンドの亜種の物語だよ」


「それは、どんな幻獣なんだ?」それを知らずに先を聞いても、理解できないと判断したフレアは、ルーラの言葉を遮り疑問をぶつける。


「同種が複数いるのは珍しいけど、幻獣自体は、わりと有名だよ。――サンダーバードは、雷を操る大きな鳥で、ヨルムンガンドは、毒を持つ大蛇だね。主人公は、雷を落とせないサンダーバードで、悪役は、人の姿になれなかったヨルムンガンドなんだ」


 フレアは、思わず『火蘭と同じか』と、言いそうになるが、何とか言葉を飲み込み、押し黙る。――そして、ルーラの説明は続く。


「メインストーリーだけ、簡潔に話すよ。主人公は異界に旅立ち、雷を司る神の元を回って、雷を操る術を探し求めるんだ。――一方ヨルムンガンドは、海に捨てられて、一人海底で生き続ける」



 ――――ルーラの説明を纏めるとこうなる。


 主人公は、各世界で三柱の神と出会い、教えを乞うが、結局身に付ける事ができたのは、雷を落とす技ではなく、自らを帯電させる技だけだった。


 一方ヨルムンガンドは、人と幻獣を恨みながら、成長を続ける。――海底で暮らし始めてから、一度も地上に出ようとしなかったヨルムンガンドだが、ふと外の世界を見たくなる。そして、海岸線まで浮上したヨルムンガンドは、海辺で遊ぶヒュドラの子供を発見した。


 幻獣に対する憎しみが、一気に溢れだし、衝動のまま、子供に食らい付いたヨルムンガンドに異変が起こる。――成体になっていたはずの体が、更に成長して巨大化したのだ。


 その時は、気付かなかったが後に理解する。体の成長だけでなく、ヒュドラの持つ、再生能力も同時に手に入れていた事に。


 このヨルムンガンドは、人になれぬ代わりに、食らった幻獣の力を奪う異能を、生まれつき持っていたのだ。


 そこからは、ひたすらに食らった。次々と幻獣を襲っては、力を蓄えていく。――そして、復讐が始まる。陸に上がったヨルムンガンドは、次々と街を襲い、全てを破壊し続けた。


 そんな中、主人公は、ヨルムンガンドを恐れて異界に逃げ出した、兄と出会う。――主人公は、人も幻獣も恨んでなどいなかった。即座に、ヨルムンガンドと戦うべく、故郷を目指す。




 戦いの結末は、外からの攻撃を、ほぼ無効化してしまうヨルムンガンドの、口の中に飛び込んだ主人公が、自らを帯電させる能力で、打ち倒す。――しかし、主人公もヨルムンガンドの毒で命を失う事になる。


 なお、その戦いがあった事を、この世界の人々が知る事はない。結局誰からも認められるまま、主人公は一生を終えることになる。――――




 話を聞き終わったフレアが、感想を述べる。


「どうにも、複雑な心境になる物語だな……。主役、悪役ともに救いがなさすぎる」


 ルーラが、それに答えようと口を空けた時、ブラウスから声が聞こえる。


「……ルー。不死鳥の街は、どうなるの? 構わないから、聞かせて」


 ルーラは、少しためらったが、やがて覚悟を決めたように話し始める。


「滅ぼされるよ。……でも作者は、不死の力をヨルムンガンドに手に入れされるわけには、いかなかったんだろうね。――不死鳥だけは、全て逃げ延びるんだ」


 フレアは、ルーラのブラウスを見つめながら「家族の事か?」と、問いかけた。


「父は、父だと思っていないし、母は、もう死んでいるから。それよりも……隣接するカーバンクルの街は、どうなったか、書いてあるの?」


「まとめて、滅ぼされるみたいだね。戦う力の無い、カーバンクルは、それでも果敢に向かっていって、全滅するって書いてあるよ」


 火蘭は、姿は見えなくとも、表情が容易に想像できるような、震えた声で言葉を紡ぐ。


「……そ、それじゃ……誰も助けられないね……」


「助けたい人が居るのかい? 絶滅じゃなくて、全滅だから連れ出しても問題ないと思うよ?」


 フレアは、それを聞くと、勢いよく立ち上がりルーラに手を差し伸べながら宣言する。


「じゃあ、助けに行くか! そのつもりだろ?」


 ルーラは差し出された手をとって「当然さ!」と答えると立ち上がる。


 火蘭は、慌てた声で「いや、私の我儘だから、聞かなかった事にして」と言うが、フレアとルーラは、聞こえぬふりをしてグリフォンに乗ると、大空へ飛び立った。




 火蘭の故郷は、海辺に存在していた。隣接するカーバンクルの街は、ペルーダの街と似たような街並みだが、不死鳥の街は一風変わっている。


 木造建築で、屋根の上には、石板のような物が、鱗のように設置されている。興味を惹かれたフレアが、火蘭に尋ねると「瓦って言うんだよ」と、返事が返って来た。




 海岸線に着陸した一行は、徒歩でカーバンクルの街を目指す。そんな中、ルーラは、火蘭に故郷へ行く気はないかと尋ねていたが、即座に否定されていた。


 街の入り口に辿り着き、中へ入ろうとしていた一行は、入り口の直前で足を止めた。……正確には、止まった、と言うべきかもしれない。


 ルーラが「嫌な予感がするかも」と、言った後、火蘭に問いかける「助けたい人の名前を教えてくれるかい?」


 今もルーラのブラウスの中に居る火蘭は、恐る恐る、対象の名前を口にする。


「……ラミヤ・リルータ」


 それを聞いたルーラは、フレアに手招きして、入り口から少し離れた外壁に移動すると、セディーラの書を改めて確認した。


「その子、名前が載ってるよ。――死が明確に描画されているんだ……」


 ルーラの胸元から「うっ」と、短い声が聞こえる。――フレアは、そんな火蘭に話しかける事も無く、ルーラの方を向くと、指を二本立てる。


 それを見たルーラは、右手を目線の高さに合わせると、虚空から一本の鋏を取り出す。――黄金に輝く鋏、それは『運命の書を断ち切る鋏』だった。


 それが、何の為の道具なのかを、すでに知らされていた火蘭は、慌てた声で二人を止める。


「それ、あと一回使うと、次の階層で使えなくなるんだよね? もし、次で何かあったらどうする気なの!?」


 その質問に、ルーラとフレアの声が重なる「「その時、考える!」」言った時には、すでに鋏は閉じられる間際だった。


 音もなくページをすり抜けた鋏は、金色の線をページに描きだし、それが広がりページ全てを覆いつくす。


 フレアは、満足そうに頷くと「まあ、主人公も幸せな最期とは、言い難かったしな」と、話す。すると、すかさずルーラが同意する。


「そうだね。良い事ばっかりさ!!」


 この時、火蘭がルーラのブラウスから抜け出して、姿を見せる。すぐに人の姿になると、二人に話しかけた「二人とも、本当にあり」が、途中でフレアに遮られる。


「とりあえず、その変な喋り方を止めろ。違和感がありすぎて、落ち着かない」


「あの喋りは、一人前の幻獣にしか許されていないから……」


 俯いてしまった火蘭の背中を、バンッ! と叩いてルーラが語りはじめる。


「ボク達は、これから67階層を救うんだよ! いいかい? ボク達の力は、火蘭君の力、火蘭君の力は、ボク達の力なんだ! 世界を救う幻獣が、一人前じゃ無かったら、誰が一人前だって言うんだい! ――いや、違う。これから火蘭君は、幻獣の頂点に立つんだ!」


 火蘭は「私が……」と、言ったところで、言葉を止めて、咳ばらいをしてから言い直す。


「……はは、そうか、吾が頂点に立つ日が来たか。……思えば、少し遅かったくらいかもしれんのう。――二人とも、心から感謝するぞ!」


 ルーラは「そうと決まったら!」と言うと、火蘭の手を引いて、入り口と反対の方向へ走り出す。――思い出したように振り返ると「フレア君は、そこで待っててね! 10分で戻るよ!」と、言って駆けて行った。




 ――それから、少し時間が経過して、フレアとルーラは、黒いドレスを着た火蘭を連れて、カーバンクルの街を歩く。


 ドレスは、ショッピングモールで確保しておいた物らしく、スカート丈が若干短めで、動き易そうな印象を受ける。


 なお、幻獣たちは皆、目鼻立ちが整っており、火蘭もそれに漏れず、優れた容姿をしていた。以前の地味な服装よりも、今の方が余程似合っている。




 門を抜けて少し歩いた所で、フレアの手が刀に向かって動く。――フレアの前には、体長1メートル程の巨大な蜘蛛が存在していた。


 その様子に気付いた、火蘭が慌てて声を掛けた。


「フ―! それを斬ってはならん! 街で飼育している益虫じゃ!」


 そう言われれば、斬る事などできない。フレアは、刀から手を離すと、こちらへ向かい歩み寄る蜘蛛の姿を見守る。――やがて、フレアの横まで来た蜘蛛は、その体をフレアの足に擦りつけてくる。


「……正直、気持ち悪いんだが……、こいつは、何の目的で飼われているんだ?」


「それが出す糸は、粘着力がない代わりに、並々ならぬ強度を持つのじゃ。並みの刃物では、切断する事など出来んぞ」


 蜘蛛に近付かれないよう、火蘭の背中に張り付いているルーラが、問いかける。


「その糸で、服でも作るのかい?」


「もし作れば、優秀な防具になるじゃろうが、一本切るだけで、相当な労力を使うからのう。普通は撚り紐にして、防壁代わりに張り巡らせたりするんじゃよ」


 フレアは、鳥肌が立った腕を擦りながら「必死に生産中ってとこか?」と、予想を述べる。


 火蘭は「じゃろうな」と、告げると、再び歩み始めた。




 蜘蛛と出会ってから、数分進んだ所で、フレアの手が刀に向かって動く。


 それを見た火蘭は、蜘蛛の時など比にならぬ程に慌てて、フレアを止める。


「待て待て待て待てぃ!!!! 何でも斬ろうとするでないわ!! 目の前に居るのがラミヤじゃ」


 フレアが斬ろうとしたのは、体長1メートル程の白い獣。額には、ガーネットによく似た石が存在している。何に似ているかと言えば、耳が垂れたウサギ、ロップイヤーが近い。


「火蘭ちゃん……帰って来てたんだね。何も言わずに行っちゃうから、心配したんだよ!」


 そう言いながらラミヤは、ピョンピョン飛び跳ねて火蘭に近付き、そのまま押し倒す。――そんなラミヤの体を撫でながら、火蘭が話しかけた。


「すまんのう。言えば止められると思ってな。――しかし、ラミヤは相変わらずじゃのう。無意味に獣の姿で歩き回るのと、純血でありながら人間言葉、何も変わっておらんな」


 ラミヤは、火蘭の顔に、自分の顔を擦りつけながら、楽し気に話す。


「火蘭ちゃんは、変わったね。昔よりたくましく見える。――それに、そのドレス、良く似合ってるよ」




 二人の再会を邪魔せぬように、フレアとルーラは、少し離れた所で話し始める。まず口を開いたのはルーラだった。


「フレア君、最初は倒す予定じゃ無かったから、言わなかったけど、敵の情報は必要だよね?」


 フレアは、火蘭に視線を向けたまま「頼む」と、ルーラに答える。


「敵の異能は、再生能力、毒液、遠距離攻撃の無効化、炎と水と冷気に対する耐性だよ。倒す術は、主人公と同じく体内から雷撃で攻撃するか、鎌首を一撃で切り落とす。この二つかな」


「一撃か……体の太さは、どの程度あるんだ?」


「物語では、直径6メートル位あったみたいだけど、今回は、それより前の時系列だから、もう少し細いかも」


 フレアは、刀が収まった鞘を見ながら考える。――巨大な蛇を一撃で切り裂くには、あまりに刀身が短い。


「今の武器じゃ、一撃は厳しいな……」


「すぐに、戦いが始めるわけじゃないからね。3人で考えれば、きっと打開策も見つかるさ!」

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