表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/46

1階層―2

「火蘭、それもおかしいが、重要なのは、そこじゃない。――原初の少女は、絶望だけを描いて、それを打ち破る手段を描かぬまま、物語を投げ出している……」


「そして……、既に、この世界は、作者の意志から解放されているんだ」




 火蘭は、コクコク頷きながら「なるほどのう」と言った後、セディーラの書を指さして「吾はその事よりも、目の前の、これの方が気になるのじゃが」と言う。


 フレアとルーラが、火蘭の指先に視線を向けると、表紙の一部が淡く光を放っている。――その光が示す方向に目を向けると、相変わらず微笑を浮かべたまま、こちらを見ている少女の姿がある。


 ルーラが、手に持った本を水平に回転させると、光は表紙の中を移動しながら、少女を示し続けていた。


「この子は、役目を終えたクリエだ。……でも、こんな状態の子は、物語に登場しなかったよ?」


「……まあ、些細な事だ。作者の意志から解放された世界で、脇役とかクリエとか言っても、仕方ないからな。――それよりも、この世界の住民が何の危機感も抱かない理由が、結局わからなかったんだが」


 ルーラは、公園内を歩くローブ姿の男性を示しながら、フレアに答える。


「それを知りたければ……、試しに、あの人に聞いてごらんよ」


 ローブの男性は、一行の目の前を通りかかる直前だった。――知らない人間に問いただすには、あまりに唐突な質問では無いかと、フレアは思うが、やはり気になる。


「なあ、あんた」呼びかけられた男性が、振り向いたのを確認すると続ける「近くに虚無がいるってのに、なんで皆、平気で暮らしているんだ?」


 男性は気を悪くする様子もなく、フレアの質問に答える。


「虚無は、ブッククリスタルから離れません。だから何の危険もないのです。そして、いずれセディーラ様が打ち倒してくれる。我々は、それを待つだけです」


 それだけ言うと、男性は軽く会釈をした後に、歩き去ってしまった。




 男性が過ぎ去った後、唖然とするフレアに対して、ルーラは寂し気に話し始める。


「原初の少女が描いた、セディーラと住民の触れ合いは、一方的な施しでしかなかったんだよ。そして、セディーラは当たり前のように一人で戦い続けた。――住民は、完全に依存しきっているんだ……」


「施しでしか、人との繋がりを作れぬか……、原初の少女というのは、本当に寂しい人間じゃったのかもしれんのう……」


 ルーラは、ギュッと拳を握る。そして、弱気を吹き飛ばすように語り始めた。


「そんなセディーラに、ボクは助けを求められたんだ! 何があっても諦めたりしないよ!!」


 フレアも、ルーラを真似て拳を握ると、続けて口を開く。


「来るところまで来たしな。……どうやるかは分からなくとも、何をやるかは明白だ。――虚無を倒し、物語世界を救う。――そうだろ?」


「当然さ!!」ルーラが答えた後、火蘭は少し照れ臭そうに「当然じゃ!」と、答える。その様子を見た、フレアは吹き出さずには居られなかった。




 公園から出た3人は、後ろをついてくる黒髪の少女を振り切って宿に入り、一夜を明かした。


 そして翌日、虚無の巣食う空間の前で、フレアは刀を鞘から抜き放つ。


 この日、フレアの服装は普段と違っていた。1階層の服屋で見つけた、フード付きの白いローブを纏い、その上からベルト巻き、鞘を取り付けている。


 フレアの隣には、いつもと変わらぬルーラの姿がある。しかし、フレアの周辺に火蘭の姿はない。――どこに居るのかと言えば、フレアが着るローブに宿っている。


 火蘭が、全身を覆うローブに憑依して不壊化させる事で、顔面にさえ攻撃を食らわなければ、即死する事は無いという作戦だ。




 ルーラは、弓月の待機時間が過ぎるのを待つフレアの、ローブを掴みながら、不安そうに話しかける。


「フレア君、まだクリスタルは染まり切らないから、慌てないでね。――深追いしちゃダメだよ? もし、危なくなったら迷わず逃げるんだよ。また明日頑張ればいいんだから……死んじゃ嫌だからね……絶対だよ」


 返事をする間も与えず、続けざまに声を掛けるルーラの言葉を、手を上げることで遮ると、フレアは出来る限りの笑顔を作って話しかける。


「心配するな。運だけは自信があるんだ。――78階層ではなく、今ここに居ることが、その証明だ」


 フレアの言葉が終わると、すぐさま、火蘭の声が響く。


「ふん、運など要らんわ。吾が守るのじゃ、死ぬわけがなかろう? だからな、ルーは、安心して待っておれ」


 ルーラは、ローブを掴む手を離しながら、二人に話しかける。


「そうだね。フレア君の力と、火蘭君の守りがあれば、絶対に戻って来れる!! 待ってるから、早く帰って来てね」


「ああ、任せておけ。勝つ約束はしないが、死なない事だけは約束はする」


 その言葉を最後に、フレアと火蘭は漆黒の空間へと這入り込んだ。




 空間の中に這入ると、途端に辺りが薄暗くなる。――まずはブッククリスタルに目を向ける。


 ……違いが分からないな……まあ、一日ならこんなものか。


 その後、ゆっくりと辺りを見渡すが、倒壊した大理石の建造物以外、目に入る物は無い。


 昨日は、空間に這入り10メートル程進んだ所で、虚無らしき者に襲われている。ゆっくりと、その辺りまで足を進めていく。


「フーよ。最後の言葉じゃが、もう少しマシな事は、言えんのか?」


 火蘭の呆れたような声が、頭に被ったフードから聞こえてくる。フレアは、周囲の警戒を続けながら、小声で問いかけに答えた。


「俺は、守れない約束はしないんだ」


「そうか、ならば吾も、無事にルーの元へ戻れそうじゃな」


 慎重に足を進めながら「ああ、それも約束するさ」と、火蘭に誓う。




 目指す位置へと辿り着いたフレアは、息を殺して待ち続ける。――周囲に動くものは皆無で、耳の機能を疑いたくなる程に静まり返っている。


 周囲の警戒を続けるフレアの前を、上空から落ちてきたと思われる、黒い物体が通り過ぎる。


 ……虫? ……いや、黒い雪か?……


 その物体は、ゆっくりと落ちていき、地面に接触した刹那、一瞬で膨張する。――それから、人型になるまで1秒も掛からなかった。


「くそっ!」警戒していたにも拘らず不意を突かれた事に、苛立ちがつのる。――そうしているうちにも、虚無はフレアに向かい腕を伸ばす。


「デュアルブースト」唱えるのと同時に、伸びてくる虚無の手目掛けて、ローブを纏った右腕を押し付けた。――逆の手は時間遡行のサインを作り、万が一に備える。


 虚無の手がフレアの腕に触れ……無に帰す事ができず、そのまま握り込む。――フレアの腕からミシミシと、今にも砕けそうな音が鳴り始める。


 ……ああ、くそっ、最悪だ! 『戻れ!』


 ――時間が3秒巻き戻る。戻った先は、虚無が人型になった直後。


 火蘭の力があれば、肉体を削り取られない事は分かった。同時に、凶悪な握力を持つ虚無に掴まれてしまえば、どのみち破壊される事も理解する。


「弓月!!」次は、接近される前に、遠距離攻撃を試みる。青の光を放つ弓月が、薄暗い空間を照らしながら飛翔する。


 それを、虚無は躱さなかった。――虚無の体に触れた瞬間、弓月が掻き消える。そのまま襲い来る虚無に、再度腕を掴ませて――待機時間の3秒が過ぎるのを待ち『戻れ!』また3秒時間を戻す。




 ――戦闘が始まる前に、ルーラがフレアに話した事。『虚無は、全ての攻撃を無効化してしまうんだ。剣を打ち込めば、剣が掻き消えて、拳で殴れば、拳が消滅してしまう』――




 3度目の挑戦。刀を地面に落とし「デュアルブースト!」虚無の手が伸びる角度は既に分かっている。――スレスレで躱すと、がら空きの顎目掛けて、ローブを纏った右肘を叩きこむ。

 

 『ガッ』打撃の感触が、フレアの肘に伝わる。――虚無の足が、地から離れて、横方向に吹き飛ばされてった。


「今ので、何度目じゃ?」その間を使い、火蘭が問いかけてくる。


「3度目だ。――そして、4度目もありそうだな……火蘭! 刀に移動しろ!」


 フレアの目には、何事も無かったかのように立ち上がろうとしている、虚無の姿が映っていた。


 ――デュアルブーストを使用した渾身の肘で、平然としている相手を、これ以上殴った所で、フレアには、どうなるとも思えない。


「フーよ、分かっておるのか!? それをすれば、汝が無防備になるのじゃぞ?」


「守ってばかりじゃキリがないだろ! 急げ!」


 フレアのローブから飛び出した火蘭は、すぐさま刀に憑依する。それを拾い上げたフレアは、逆手に持ち替え、虚無の動きを待つ。


 ――立ち上がった虚無が、フレアに向かい突進してくる。その様子を、微動だにせず見つめ続ける。――虚無が右手を伸ばし始める。その手が狙うのは、フレアの頭部『戻れ』それを確認しだい即座に時間を巻き戻す。


「さあ! 来やがれ!!」


 再び虚無が動き出す。――「デュアルブースト!」――頭部に迫る右手を、体を逸らす事で躱すと、右手をフックの軌道で振り切る。――フレアの手は、虚無の肩の上を素通りしたが、逆手に持っていた刃が虚無の首に直撃した。


 刀を握り込んだ右手に強い抵抗を感じる。――押し戻されてなるものかと、左手の時間遡行のサインを解き、両手で刀の柄を持ち、全身の力を刀身に込める。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 『ガリッ!』と、とても生物を斬ったとは、思えぬ硬質な音が鳴った後、刀を押し戻そうとする力が消えて無くなる。そのまま右手を振り切ったフレアは、体ごと振り返り、虚無の姿を確認した。


 虚無の首は切り離され、胴体は地面に伏していた。――虚無の体が、温められたガラスに張り付いた、雪のように解けていく。




 ――ほんの数秒で、虚無は染みすら残さず消滅して、再び静けさが戻ってくる。


「あっけないな……、これで、世界は救われたのか……」


「意外と、そんなもんじゃよ。終わるときは…………フー! 逃げるのじゃ!!」


「なに!?」そう言いながら、辺りを見渡したフレアは、火蘭の言わんとしている事が、すぐに分かった。――漆黒の空間に黒い雪が降り始めている。


「くそぉぉぉぉ!!」叫ぶと同時に、空間から脱出するべく走り出す。――舞い落ちた黒い雪が、次々と膨張して、人型に変化し始めていた。


 フレアの体を削り取ろうと、虚無の手が伸びる「絶対障壁!!」フレアは、障壁を纏った手で、それを跳ねのけた。――進行方向に落ちた黒い雪が、人型になり前方から襲い掛かってくる。


「デュアルブースト!」使用後に時間を巻き戻さなかったデュアルブーストは2回、そして、これが3回目、最後のデュアルブーストだ。


 ――フレアの体を掴もうと、虚無の両手が抱きしめるように伸びてくる。――その手を躱すべく、右前方に前転し地面を転がる。


 まずは、地面が目に映る。やがて視界が反転し、後方の景色が逆さに見えた時、そこには、フレア目掛けて駆け寄る、虚無の群れが存在した。


「……無理だろ!!」


 ――反転していた天地が、元に戻るのと同時に、即座に地面を蹴りつけ、頭から空間を飛び出した。




 薄暗い空間に慣れていた目に、明るい光が差し込んでくる。


 うつ伏せの状態で、空間の外に飛び出したフレアは、身体を回転させて、仰向けになると「ハハハハハ……ハ……ハァ…………なんだよあれ……」力なく笑った。


「フーよ。気持ちは分かるぞ。もう笑うしかないわ。なんじゃあれ……おかしいじゃろ……」


 そう言った後、火蘭は刀から抜け出して人型になると、寝転がるフレアの横に腰を下ろす。


「フレア君!? 火蘭君!? 一体何があったんだい?」フレアと火蘭の様子を見た、ルーラが駆け寄って来て問いかけた。


「「いっぱい居た」」その言葉を聞いたルーラは、状況が飲み込めず「えっ!?」と、言ったきり固まってしまう。


 そのまま一息ついた、フレアと火蘭は、ルーラを連れて近くの建物の前まで歩き、壁に背を預けると、中で起こったことを詳しく語って聞かせた。




「物語には、虚無が沢山いるなんて、一言も書かれていないよ……」


 ルーラの言葉を最後に、一行は口をつぐんで、可能性を模索する。――答えがでぬまま、数分が経過した時、思わぬ方向から声が掛かる。


「それは、虚無の眷属である。――セデラが世界を捨てた後に、虚無が生み出した存在であるから。物語に書かれているはずもないのだ」


 その声に3人は肩を跳ね上げる。――何者かと振り返れば、黒いローブを纏った初老の男が、3人の真横に立っていた。


 実際に機嫌が悪いのかは、分からないが、やたらと気難しい顔をした男で、積極的に関わりたいとは思えないタイプだ。しかし、今はそうも言っていられない。


「お前は、一体何者だ? 何を知っている?」


「何者かと問われれば、原初の救済を望む者であると答える。何を知っているかと問われれば、今のおぬしらでは、何の役にも立たぬ事を知っている」


 フレアは、拳を強く握ったが、軽く頭を左右に振ったあと、ゆっくりと手を開く。


「……返す言葉も無いな。――それで、何をしに来た? 煽りに来たってわけじゃないんだろ」


「何をしに来たかと問われれば、おぬしらを送り返しに来た」


 黒ローブの男は、そう言うと、右手に持った金色の鍵を虚空にかざす。空間が揺らぎ、金のドアノブが付いた白色の扉が現れる。――扉の右上に刻まれた刻印は『68階層―378界』


 それを確認したルーラが、戻されてなるものかと、慌てて訴える。


「君は、原初の救済を望むって言ったよね? ボク達は、その為にここまで来たんだ! それを送り返してどうするのさ!」


「虚無の眷属にすら、苦戦する者が何を言う。――気付かぬか、ここに直接辿り着けた事、それこそが罠だと」


 男の言葉を聞きながら、フレアは刀の柄に手を掛ける。――ゆっくりと切っ先をローブの男に向けて、自らの意志を述べる。


「悪いが、ここで諦めて帰れるほど、やりきっちゃいないんだ! もう少し足掻かせてもらう!」


 ローブの男は、切っ先を向けられても動じる事無く、フレアを睨みつける。その視線が徐々に移動し、ルーラ右手に辿り着いた時、おもむろに言葉を発した。


「セディーラやれ」


「「「……………………!?」」」


 フレア達の目が驚きに染まる。体を動かそうとしてもピクリとも動かない。セディーラに解除を求めるため、口を開こうとするが、それすら叶わなかった。


 この時、3人が動かせたのは眼球だけで、ローブの男が68階層へ続く扉を開く様子を、見つめる事しかできない。


「よく聞け。虚無は世界崩壊の序章でしかない。――虚無を討ち、原初へ向かったその先に、物語世界の何者にも討てぬ敵が待ち構えている。――下の階層に戻り、小さな力を搔き集めながら、再びここへ戻って来るのだ。――それが唯一、世界を救う手立てである」




 フレアの耳が足音をとらえ、そちらに眼球を向ける。――そこには、建物の隙間から現れて、こちらへ向かってくる白ローブを着た3人組の姿が見えた。


 白ローブたちは、フレア達の体を抱えると、開かれた階層の扉の奥へ運んでいく。――そのまま暗闇に浮かぶ光の橋を渡り、その先にある扉を開く。


 そこは、68階層に存在する塔の屋上。3人が、1階層を目指し扉を開いた、あの庭園だった。




 3人の白ローブと共に、1階層への扉が消え去ってしまう。それと時を同じくして、フレア達を拘束していたセディーラの力が解かれた。


 むせ返るほど花の匂いが漂う、庭園に転がされた3人は、拘束が解けているというのに、口をつぐんだまま誰一人立ち上がろうとしない。


 相変わらず、寝ころんだままのルーラが沈黙を破る。


「罠かあ。――デュアスを倒した相手が、それ以上強くならないうちに、1階層に送り込んで始末するって事なのかな?」


 フレアも起き上がる素振りを見せぬまま、空を仰ぎつつ、その問いに答えた。


「まあ、正直なところ、今の俺達じゃ勝てなかったかもな……、しかし、悪意はないのかもしれないが、流石に説明不足ってやつだろ。――何を勿体ぶっているんだ、あの男は……」


 次は自分の番かと、首を回して二人を見渡した後、火蘭が所見を述べる。


「実に、物語的では無いか。――ふむ、物語世界の住民らしくて、実に…………腹立たしいのう」


 全く同じ意見だったルーラとフレアが、笑い声をあげた。




 笑い声が途絶えた時、ルーラが、勢いよく上体を起こして「行こうか?」と問いかける。


「ページを捲らなきゃ、物語は進まないしな」


 フレアも、そう言いながら上体を起こす。――それを見た火蘭が、鳥の姿になってから答えた。


「ふむ、二人と一羽の物語は、まだまだ続きそうじゃのう」


「物語っぽいセリフを選んだんだろうけど、打ち切りエンドみたいになってるよ!?」




 その後、一行は正規のゲートを目指して空を進み、既に家主を失った、デュアスの家に存在するゲートを潜り抜けて、新しい物語のページを開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ