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1階層―1

 フレア、ルーラ、火蘭の3人は、68階層で発見した1階層へ続く扉を開けて、新しい世界へ降り立った。


 フレアは、刀の柄を握りつつ辺りを見渡す。――まず、目に付くのは、大理石で作られたと思われる、白色の建物群。


 一般的な住宅が4軒は収まる程の土地を使って、建てられた建造物が規則正しく並んでいるが、どの建物も壁に穴が開いていたり、屋根が吹き飛んでいたりと、無傷な物は見当たらない。


 足元を見れば、正方形に切り取られた白い大理石が、一面に敷き詰められている。――建物から地面まで、どこもかしこも真っ白な街だった。


 しかし、180度回転すると、白一面の景色が大きく変化する。――そこに存在するのは、漆黒の空間。ある一点を境に、黒い靄が壁のように立ち塞がっていた。――見上げても、その終わりが分らぬ程の高さがある。


 フレアは、足元に落ちていた大理石の欠片を拾って、漆黒の空間に投げ入れる。――何の抵抗も感じさせず、大理石の欠片は空間に入り込んだ。――待つ事、数舜『カツンッ』と、地面に落ちる音が響く。


 続いて、手を差し入れようとするフレアに対して、ルーラが「フレア君! 危険だよ。もう少し慎重に行動した方が……」と、不安そうな顔で告げる。


 フレアは、笑顔を見せた後「何かあっても、ルーラが治しくれるだろ? 心配は要らないさ」と、言って、手を差し込んだ。


 ――3秒後、手を引き抜いたフレアが、指を握って開く動作を数度繰り返す。


「――火蘭は、ルーラのブラウスに憑依して待機、ルーラは、何かあったら大声で障壁を発動さてくれ。――それが聞こえたら直ぐ戻る」


「フーよ。無理をするでないぞ……」


「フレア君、少しでも危険を感じたら、すぐ戻ってね」


 二人の言葉に手を上げることで答えると、漆黒の空間に入り込んだ。




 外から見た感じで、中は暗闇に包まれていると予想していたフレアだったが、その予想は外れていてた。決して明るくは無かったが、薄暗い程度で辺りを見渡す分には全く問題が無かった。


 黒い空間の中にも、外と同じような建物が規則正しく並んでいる。違いがあるとすれば、外よりも建物の損傷が激しい事くらいだ。


 手近な所から確認していたフレアの視線が、一か所でピタリと止まる。


 恐らく、この空間の中心だと思われる場所に、青く光を放つ柱が立っている。目を凝らして見ると、その柱は、本の形をした透明なクリスタルを、円柱状に並べて作られている事が確認できた。


 件の柱が青一色かと言うと、そうではなかった。上から三分の一程が、黒く染まっている。


 非常に気になる光景ではあるが、この空間に入り込んだのは、靄の向こうに敵が潜んでいないか確認する為だった。その確認作業は、すでに終えている。


 ……ここから先は、物語を確認してからにするべきか……。


 そう考え、引き返そうとしたフレア視界が、黒一色に染まる。


「なっ!?」バックステップで、距離をとりながらフレアは見た。視界を塞いだ物の正体は人型の影。


 飛び退るフレアの右腕に向けて、影の手が伸びてくる。――僅かに回避が間に合わず。フレアの指先と影の指先が触れる。――影に触れた部分が消滅して、血が噴き出し、激しい痛みが走る。


 フレアは、加速した意識の中で、敵の様子を探る。――身長180センチ、人型のシルエットをしているが、鼻も無ければ口も無い。顔にあるのは二つの目だけで、血走った目が、恨みがましくフレアを睨みつけていた。武器は所持しておらず、素手で襲い掛かってくる。


 ――飛び退るフレアを追って、影が走り寄ってくる。不完全な体勢からの飛び退きで、万全な回避とは言い難いが、それでも、そうそう追い付ける相手は、いないはずだった。


 しかし、一瞬で追い付かれる。――影が伸ばす左手が、フレアの右肩に触れて、腕の付け根まで消滅し、胴から離れた腕が地面に落ちていく。


 さらに、フレアの頭部目掛けて、右腕が伸びる。


 ……ああぁぁ!! 『戻れ! 戻れ! 戻れ!』


 フレアは、残りの連技2回を使い切り、9秒時間を巻き戻す。――戻った瞬間、フレアは周囲を見るが、まだ影は出現していない。


 ……コイツは駄目だ……早く離れないと!!


 そう考えつつも、力強く大理石を蹴り、空間の外へ向かい飛び退る。――――数舜の後、フレアの体が、光の差す空間へと舞い戻った。――結局、空間を抜け出すまで、影が姿を現す事は無かった。




 ルーラの姿を見たフレアは、ルーラに駆け寄り無言で抱きあげると、全力で逃走を開始する。


「ちょ!? フレア君、どうしたんだい!!」


 その問いに答える事無く、肩越しに後方を確認しながら、走り続ける。――走るごとに、倒壊した建物が減り、無傷な建物が増えてくる。


 ――やがて、破損した建物が一切なくなり、住民が存在する一角に辿り着くと、フレアは徐々に速度を緩めていく。――ようやく立ち止まったフレアは、粗い息を吐きながら、ルーラをそっと地面に降ろすと、その場でしゃがみ込んだ。




 肩で息をするフレアを見たルーラは、魔法のポケットから水筒を取り出して、フレアに手渡す。――水筒にゆっくりと手を伸ばすフレアに、ブラウスに憑依した状態の火蘭が話しかけた。


「デュアスとの戦いでも、冷静さを失わんかった汝が、そこまで取り乱すとは……あの中で、どれほど恐ろしいものを見たのじゃ?」


 フレアは、水筒に口を付けて、水を喉に流し込み、残った水を頭からかぶる。――そして、空になった水筒をルーラに手渡しながら、火蘭の質問に答えた。


「触れるだけで、身体を欠損させる影だ。――それだけなら、デュアスの剣と大差ないが、速度が全く違った。……気付いた時には目の前に居て、戻した時には、どこにも…………あいつは……、あいつは、どこから現れた……」


 ルーラは、びしょ濡れになったフレアの頭をクシャクシャと撫でながら、優しい声で話しかける。


「何にしても、フレア君が無事で良かったよ。――どこか、落ち着ける場所を探して、少し休もう? ね?」


 ――――暫く座り込んでいたフレアだが、自分の頬を叩いて気合を入れると、差し出されたルーラの手を取って立ち上がる。


 その様子を見た火蘭は、ルーラのブラウスから飛び出すと、人型に戻り、3人揃って、影が居た方とは逆に向かい歩き始めた。




 辺りを見渡しながら、歩くフレアには、不思議でならない事があった。


「化物が直ぐ近くに居るってのに、なんで、この街の住民は平然と暮らしているんだ……」


 ――道端ではしゃぐ子供たちに、買い物帰りと思しき女性。喫茶店らしき建物の前に設置されたテーブルに座り、お茶を飲みながら何かを書き記すローブ姿の男。その横では、質素な服装の女性が本を読んでいる。


 街の住民は、見た目で二つに分類できた。道行く人の7割は、質素な服に身を包む、平凡な容姿の人間達。残り3割は、金糸が所々にあしらわれた白のローブをまとう、容姿端麗な人間。


 どちらの人間達も、危機感を全く感じさせぬ素振りで、道を行き交っている。




「その答えは、物語に記されているかもしれないね」ルーラは、そう言いながら、右手の指輪と左手に持ったセディーラの書に、視線を行き来させる。


 その視線の意味を察したフレアは、少し悩んだのち、問いかける。


「セディーラは、指輪に宿ったままなのか?」


「うん……。まだ原初の世界に辿り着いたわけじゃ無いからね。きっと、次のゲートを潜れば、話し始めるさ!」


 二人の少し前を歩いていた火蘭が、街の一角を指さしながら、口を開いた。


「ほれ、あそこに見えるのは、公園ではないかのう? 休むのに、丁度良いのではないか」


 3人は、火蘭の指さした公園内に足を進める。――転移してから、ずっと大理石の道が続いていたが、公園の中は一面が芝生で覆われていた。遊具の類は一切無く、中央に虹を作り出す噴水と、それを囲むように、ベンチが幾つも並べられている。


 ベンチには、本を読む人々と、文字を書く人々が座っている。――そんな中で、誰も座っていない4人掛けのベンチを見つけた一行は、そこに座り、物語の確認を始めた。




 隣で、本を読むルーラを、フレアは横眼で眺める。――表情を確認したフレアは、空を仰ぎながら思う。


 ……これは……、楽しい話は聞けなさそうだな……。


「平和そのものじゃのう」楽し気に、本を読む住民達を眺めながら、火蘭が呟く。それを聞いたフレアは、思ったままを伝えた。


「ああ、気持ち悪くて仕方ない」


 フレアの言葉が終わるのと同時に、ルーラが本を閉じる音を響かせる。


「その理由は、わかったよ。――じゃあ、この階層の元になった物語について……ん?」


 キョトンとした顔で言葉を止めるルーラ。その視線が、一点に釘付けになっている。――フレアも、そちらへ視線を向けてみると、一際豪華な刺繍を施した、黒のローブを纏った少女が、こちらへ歩いてくるところだった。


 黒いロングヘアーで、前髪は眉の高さで真っ直ぐに切りそろえられている。肌は白いが、若干の黄色味を帯びており、下の階層で出会った作者に近い印象を受ける。


 それだけなら、さほど気にするような事では無いのだが、少女の行動と表情がおかしい。一歩進むたびに、上体が左右に大きく揺れる。微笑を浮かべた顔は、仮面であるかのように微動だにしない。


 警戒するフレアなどお構いなしに、一行が座るベンチの前まで来た少女は、空いているスペースに腰を下ろして、ゆっくりと3人の方を向くと、そのまま動かなくなる。


 流石に無視できないと判断したルーラが、恐る恐る少女に声を掛けた。


「こ、こんにちは。――ボク達に何か用かな?」


「………………………………」


 少女は、何も答えず、表情も一切変化しない。――フレアは、ゆっくりと右腕を持ち上げた。――相変わらず、反応はゼロだ。――その手を、少女の顔に向けて伸ばしていく。――それでも少女は、反応しない。


 フレアは、少女の顔の前で掌を左右に振るが、反応が得られないと分かると、その手を少女の頭に乗せた。


「……気にせず続けるか。――この娘は、身体は動いているが、心が動いていないようだ」


「……そうだね。はじめようか。――実際の所、ここの階層の住民に話を聞かれても、何の問題も無いんだ」




 少女から眼を逸らしたルーラが、物語について語り始める。


「この物語は、小さな空間で孤独に生きていた上位神が、寂しさを紛らわすために、一つの世界を創り出す事から始まるんだ。――まず神は、世界を支える柱、ブッククリスタルをこの世界に創り出した。その柱は、神の命そのものらしいよ」


「あれか……」漆黒の空間で見た、本の形をしたクリスタルを思い出し、フレアは思わず独り言ちる。――火蘭が「なんじゃ?」と言ったのを聞いたフレアは「後で話す。続けてくれ」と言って、話を戻した。


「――次に神は、自分の世界創造の力を分け与えて、下位の神を複数作り出したんだ。――それがローブを着た人たちだね」


「その次が、一般市民である人間じゃな?」火蘭が先を予想して質問すると、ルーラは、頷く。


「下位神は、物語を紡ぎ、新たな世界を創る。――世界創造の力を、全ての人に与えてね。これが階層世界の始まりだね――やがて、上位神は己の分身を1階層に生み出すんだ。――柱を形成する、ブッククリスタルの一つが剥がれ落ち、人の姿をとった者。それがセディーラだよ」


 3人の視線が、ルーラの指輪に注がれる。指輪は、いつもと同じように光を反射するだけだった。――目線を上げるとルーラが続きを話しはじめる。


「セディーラは、今までの孤独な時間を埋め合わせるように、人と触れ合い、自由に生き始める。――けれど、その時間は長く続かない。下の階層から『虚無の化身』後に略されて『虚無』と呼ばれる者が、上がって来たんだ」


 フレアは、自分の右肩を見ながら、黒い影に触れられた時の事を思い出す。――まるで、最初から無かったかのように、肉体が消えてしまった、あの惨状を。


 ルーラの話は、まだ続く。


「虚無は街を破壊しながら、ブッククリスタルを目指す。――やがて、ブッククリスタルに辿り着いた虚無は、それに取り付き、浸食を始めるんだ。――クリスタルは、上部から少しずつ黒く染まり始める。――このクリスタルが黒く染まり切った時、世界を支える柱は、役目を果たす事が出来なくなり、全ての物語世界が崩壊してしまう」


 得てして、世界を救う物語は、一度絶望的な状況に立たされる。ここまでは、大きな問題ではない。ここから、どう物語が展開されるかが重要なのだ。それを、すでに悟っているフレアは、ルーラに問いかける。


「まさか、バッドエンドとかじゃないよな?」


「違うよ……」と、言うルーラの顔は冴えない。なぜバッドエンドでは無いのに、暗い顔で話すのか、その理由は、これから語られる事で明らかになる。


「ここからが、おかしいんだ。――ボクには、原初の少女が何を考えているのかさっぱり分からない……」


 火蘭が、ルーラの脇腹を肘で突きながら「勿体ぶらんで、早う続きを話なさんか」と告げると「そうだね」と言った後、続きを話す。


「一度、虚無に敗れたセディーラは、虚無を創り出した作者が、1階層に居ると情報を掴んで、その作者を探して旅にでる。――そして、その作者の居場所を知っているという人物に出会ったセディーラは、情報の対価として、希少な鉱石を探す事を依頼されるんだ」


「ありがちな、お使い物語じゃな」自分で先を促しておきながら、要らぬ茶々を入れる火蘭を、フレアが小突く。ルーラは、その様子を見て、クスッと笑った後、話しを続けた。


「ここからが酷いよ。セディーラは、鉱石を取りに洞窟に行って、最初に襲い掛かって来た魔物と戦おうとした直後に、上位神に召喚される。――上位神に、下の階層から、邪悪を討つ戦士を探しだし、連れて来いと命令される。――言われるがまま本に宿り、階層を降りた直後に、この物語は終わるんだ。――作者が執筆を投げ出した事による、打ち切りエンドでね」


「洞窟のくだりは、何の意味があったのじゃ?」


「火蘭、それもおかしいが、重要なのはそこじゃない。――原初の少女は、絶望だけを描いて、それを打ち破る手段を描かぬまま、物語を投げ出している……」


「そして……、既に、この世界は、作者の意志から解放されているんだ」

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