68階層―8
火蘭を仲間として迎え入れた、フレアとルーラは、68階層のゲートへ向かうべく動き出す。
セディーラの書を開き、地図を確認したルーラの動きがピタリと止まり、数舜の後、ゆっくりと顔を上げ、火蘭とフレアの方を見つめる。
何事かと、フレアが近付き地図を覗き込むと、監獄大陸の全域にゲートを示すマーカーが複数存在していた。それは、数えるのが億劫になるほどの量だ。――さらに、監獄大陸の外にも2個のマーカーが存在している。
「ルーラ、最初に見た時は、こんなにゲートが表示されていなかったよな?」
問いかけられたルーラは、監獄大陸の外に存在するマーカーを指さしながら答える。
「最初に表示されていたのは、この一か所だけだよ。――なんで増えたんだろう?」
「それは鍵のせいじゃろ? 先程の鍵を吾に渡してみよ」
火蘭にそう言われたルーラは、デュアスが持っていた金色の鍵を取り出すと、火蘭に持たせる。――すると……。
「あっ! マーカーが消えた! 一個しか残らなかったよ!」
火蘭は「ほれみよ」と言いながら、受け取った金色の鍵を光に当てて、眺め続けている。――ルーラが「ありがとう」と言って手を差し出すと、名残惜しそうに鍵を渡した。
ルーラは、鍵を再び魔法のポケットに仕舞った後、二人に提案する。
「このまま進むよりも、増えたゲートを確認した方が良いと思うんだけど、どうかな?」
フレアは、暫しデュアスの物語を思い浮かべながら黙考する。――そして、自分の考えを話し始める。
「デュアスは、偽のゲートを回避した奴を追って、狩りを行っていたんだよな……。もしかすると、67階層よりも上の階層に出られるゲートが、存在するかもしれない」
その言葉を聞いた火蘭は、鳥の姿に変身するとグリフォンに飛び乗り、そのまま溶け込んでいく。
「さあ、決まったのなら早速向かうとしよう。吾が宿っておるから、多少の投石など避ける必要もない。最短距離で、向かうのじゃ」
手近かなゲート目指して、監獄大陸内を飛行するグリフォンに飛来した石が『ガンッ!』と、音を立てて命中する。
「大丈夫だと分かっていても、気が気じゃ無いな……」
グリフォンのハンドルを握るフレアがそう言うと、後部座席のルーラが、グリフォンに向かって話しかける。
「火蘭君が一緒に来てくれて、本当に良かったよ! この異能は工夫次第で、凄い事が出来そうだよね!」
「ふむ。そうじゃな……、糸に憑りついて、針孔に通す時に、先が解れないようにしたり、嫌な奴が使おうとしている、割り箸に憑りついて、割れずに慌てる様を見て、嘲笑う事とかも出来るぞ」
「地味すぎるよっ!!」「なんじゃと!?」
――偽のゲートは、監獄大陸に満遍なく分布している。さほど時間は掛からず、一つ目のゲートに3人は辿り着いた。
セディーラの書で、ゲートの位置が間違いない事を確認したルーラは、魔法のポケットから、金の鍵を取り出す。
「うーん。使い方が分からないけど、こうかな?」
そう言いながら、指で摘まんだ鍵を前方に差し出す。すると、前方の景色が陽炎のように揺らぎ、金属製のドアが現れた。
艶消しで光を反射しないドアには、ドアノブが付いていた。それをフレアが握り、ゆっくりと回す。――何の抵抗もなくドアノブが回り切り、そこでフレアは動きを止めた。
「開けるか?」その問いかけに、ルーラは否定で答える。
「止めておこう。ドアの右上を見てよ!」そう言いながら、指をさした。
指が指し示す先には、文字が刻印されている『69階層-87界』
「ふむ。数ある69階層の物語世界の内、87番目の世界という意味かもしれんのう」
それを聞いたフレアは、ドアノブから手を放す。するとドアは再び陽炎のように揺らぎ、その姿を消してしまった。――ドアノブを握っていた手を見つめながらフレアが、口を開く。
「その可能性が高いな。――それ以前に、69階層じゃ逆戻りだし、潜るわけにはいかないか」
「うん。潜った先で、もう一度ゲートが開けるか分からないし、下手に通り抜けない方が良いよ」
その後、再びグリフォンで空に舞った3人は、各所に存在するゲートを順に確認していった。
結果は、『69階層ー108界』『69階層ー18界』『67階層―99界』『67階層ー155界』『67階層―253界』監獄大陸内に存在する、全てのゲートを調べたわけではないが、確認した限りで発見できたのは、一つ下の69階層に続く扉と、一つ上の67階層に続く扉のみだった。
その日のうちに、68階層から抜け出す事を断念した一行は、監獄大陸内の街に戻り、二晩を過ごした空き地に戻っていた。
焚火の前に座ったフレアが、右隣りに座るルーラに問いかける。
「運任せで、67階層行きの扉を開くか、大陸外にある正規のゲートを潜るか。……もしくは、大陸外に増えたゲートを確認しに行くか。――どうする?」
「ボクは、運の良さに関しては、結構自信があるんだよ! 数えきれない人の中から、フレア君と、火蘭君に出会えた! これ以上の幸運は無いよね。――とは言っても、運に任せて良い内容じゃないよね……」
何か意見は無いかと、フレアとルーラが火蘭の方を向くが、返事はない。火蘭が何をしているかと言えば、ルーラから借りた宝石袋を開いて、中に入っている黄金や宝石を磨いては眺め、磨いては眺めを繰り返している。
それを見たフレアが、疑問に思っていた事を口に出す。
「火蘭。お前は、やたらと地味な恰好をしている割には、宝石とか黄金とかが好きなんだな?」
火蘭の服装は、薄茶色のブラウスに、同じく薄茶色のスカート。派手どころか、地味を極めたような服装だった。
火蘭は、ギロッとフレアを睨むと、何も答えず宝石磨きを再開する。
「フレア君……鳥類にとって、抗えぬ『さが』なんだよ。きっと、魂が光る物を求めているんだ」
黙っていると、好き勝手に言われると判断した火蘭は、ようやく口を開いた。
「まずは、大陸外に出現したゲートを確認、その後、正規のゲートを潜る。――汝らも、結局は、そうしようと思っているのじゃろ?」
「うん! そうだね。それで決まりだ! ――ところで、そんなに光るのが好きなら、もう一個あげようか?」
ルーラの問いかけに、火蘭は少し悩む素振りをみせたが、やがて首を左右に振り「吾には、似合わんよ。――それに、これがある」と言いながら、ガーネットを取り出して、焚火の光にかざし、赤い輝きを見つめていた。
――翌日の昼過ぎ、火蘭が宿ったグリフォンに乗ったルーラとフレアは、大陸間に渡されたパイプの中を飛行していた。
擦ったところで、傷一つ付かない事が分かっているフレアは、高度を限界まで下げて、底面スレスレを進む。
間も無く出口に差し掛かるという所で、ルーラが叫ぶ。
「フレア君!! ハンターだ!!」
パイプの出口を塞ぐように立つ6人のハンターが、フレア達が接近するのを剣を構えながら待つ様子が見える。
「まあ、ハンターがデュアス一人って事は無いよな。――6人相手は、面倒だ。突破するぞ!!」
フレアは、速度を限界まで上げると、ハンドルから一度手を放し、刀の柄を握りしめ「弓月!!」鞘から引き抜く勢いそのままに、水平に振り切る。――連技が発動して、3分の待機時間を待たずに、横薙ぎの斬撃がハンター達に向かい飛翔する。
「くそっ! 躱せっ!!!!」ハンターの一人が叫ぶ声が聞こえてくる。
放たれた斬撃は、ハンター達を怯ませ、グリフォンの進路が開かれた。瞬時に刀を鞘に戻したフレアは、アクセルを全開、ハンターの隙間を通り抜け大空へ舞い上がった。
――新たな大陸に辿り着き、少し進んだ所で、グリフォンから声が聞こえる。
「ふん、それにしても、酷い格差じゃのう。――下を見てみろ」
大地には、収穫を控えた田園が、黄金色の絨毯を敷き詰めたように広がっていた。――少し先には、牛が草を食む牧場が見えて、牧歌的な雰囲気を醸し出している。
三日とはいえ、監獄大陸の生活を目の当たりにしたフレアとルーラは、その様子に苦笑いしか出ない。
それでも、何か答えようとルーラが口を開く。
「師匠も、狩りに参加できるようになったし、あの街も少しは楽になるんじゃないかな……。――あっ! そろそろ、着くよ」
田園地帯の真ん中に、円柱状の巨大な塔が建っていた。ルーラは、その塔目掛けて指をさしている。
フレアは、目を細めて塔の様子を眺める。――塔を囲む敷地の中には、武装した警備兵らしき人間が何人も歩き回っており、何かしら重要な施設である事は、想像に難くない。
「塔の周辺は警備が多いが、上空は、そうでもなさそうだな」
フレアはそう言うと、一度限界まで高度を上げて、塔の真上まで移動する。そこから下を覗き込むと、塔の屋上は円形の庭園になっており、人の姿は見えない。
フレアが「行くぞ!」と言うと、ルーラがフレアの体に強く抱きついた後「良いよと」答える。――それを聞いたフレアは、エンジンを停止して、自然落下で塔の頂上を目指す。
『ゴオォォォォォォォォォ……』風切り音が、二人の耳朶を叩く。
落下する二人の髪が風で逆立ち、小皿程の大きさに見えていた塔の屋上が、どんどん大きく見えてくる。
――――残り100メートルという所で、再度エンジンを始動。落下速度を一気に殺し、ゆっくりと屋上に機体を降ろす。
二人がグリフォンから飛び降りると、すぐに火蘭がグリフォンから抜け出し、人型に変身する。
息つく暇もないまま、グリフォンを魔法のポケットに仕舞った一行は、庭園の中央にある扉に向けて、歩き出そうとして――――すぐ足を止める。
ルーラが腕を伸ばして、動きを遮ったのだ。そして、セディーラの書を開き話し始める。
「マーカー光具合から見て、ゲートは屋上にあるみたいだよ! やったね! もう着いちゃった」
屋上の庭園一面に咲き乱れる、色とりどりの花。その花を切り裂くように一本の道があり、その道の終点は、石畳が引かれた円形の広場。――そこが、ゲートの存在する場所だった。
ルーラがゲートの鍵を取り出して、ゆっくりと腕をあげる。――景色が揺らぎ、出現した扉は、薄っすらと青みを帯びた白色で、黄金のドアノブが取り付けられている。
フレアとルーラの視線が、ドアの右上に注がれる。――直後、ゴクリと唾を飲む音が、3つ重なった。――ドアに刻印された文字は『1階層』――それは、3人が目指す原初の世界の一つ手前。――原初の少女が作り上げた世界。
「これって……」唖然とした顔でルーラが言うと「あれだよな……」フレアが、刻印を見つめたまま答えた。「この輝きは純金じゃ」火蘭がドアノブを見ながら答える。
「火蘭……」「火蘭君……」「なんじゃ?」
フレアとルーラの肩がストンと落ちて、良い感じに緊張がほぐれた所で、フレアが話しはじめる。
「ここで戻るって選択肢は、存在しないよな」
「当然さ! 行こう、セディーラの故郷へ!」
三人で顔を見合わせて、頷き合った後、フレアがドアノブに手を掛ける。――その時、ルーラが声を上げた。
「あれ!? 鍵が……鍵が無くなってる……」
ルーラが握っていたはずの黄金の鍵が、その手から失われていた。辺りを見渡すが、地面に落ちている様子はない。
「使用回数に、制限があったのではないかのう? しかしじゃ、今更必要な物でもあるまい。もう1階層は、目の前じゃからのう」
「火蘭の言う通りだ。――さあ、開くぞ!」
フレアがドアノブを回し、手前に引くと、音もたてずにドアが開く。――その先は、暗闇の中に浮かぶ光の橋。――その奥に、もう一枚の扉が見える。
フレアを先頭に光の橋を渡った一行は、一階層への扉を開き、扉の奥へと姿を消した。




