68階層―5
5/25サブタイトルの誤りを修正しました。
言われるがままにフレアは、師匠の前まで歩み寄る。――師匠の手がフレアの肩に置かれて、そこから顔を顰めたくなる程の熱が伝わってくる。
熱が肩から腕を伝って降りて行き、指先まで達した時、手の甲にフレアでは読み取れない文字のような物が浮かび上がった。
その文字を見た師匠は、フレアの肩から手を離すと、椅子の背もたれに体を預けながら話しかける。
「どうやら四十段は、あったようだな。――後は、実際に使ってみれば、全て分かる。――行くぞ!」
師匠がそう言い終わり両手を持ち上げると、男性の武者が師匠の前に背を向けて座り、背中におぶる。
その様子を見ていたルーラは「フレア君、行くよ!」と言って、両腕を肩の高さまで上げて、フレアが動くのを待っている。
「……ちょ、ルーラ…………」
フレアは、笑いを堪えている武者たちの顔を見て、少し顔を赤らめながらルーラの前にしゃがみ、背負った後、小屋を抜け出した。
街を歩いていると、すれ違う人々が、武者たちに頭を下げては、感謝の言葉を述べている。その様子を見ていたフレアは、隣を歩いている凛音と呼ばれていた女性に声を掛けた。
「随分と、街の住民に好かれているようだな」
「街の外へ出て、食料を確保できる人間は少ないですから。――とは言っても、それぞれ役割を持って暮らしていますし、私達ばかりが礼を言われるのは、心苦しいのですが」
その言葉に、シンパシーを感じたフレアだが、あえて同意の言葉は述べなかった。
「まあ、命を懸けているんだ。胸を張っていれば良いさ」
少し時間は経過して、一行は街の外壁に辿り着いた。街の外壁は、外側へなら何もしなくても素通りできる。しかし、今回は直ぐに戻る予定なので、門番が居る所までやって来ていた。
先日、話をした門番に事情を告げてから、外壁を通り抜けて街の外へ出る。壁から少し離れた所で、先頭を歩いていた師匠を背負った男が立ち止まり、フレアの方へ体を向ける。
師匠が凛音に「渡してやれ」と、言うと、凛音は鞘に収まった一本の剣をフレアに差し出した。
それを受け取ったフレアは、鞘から刀身を半分だけ引き抜きながら「これは?」と一言問いかける。
「おぬしに、くれてやる。――弓月は直刀でも使えるが、飛翔速度が落ちる。最大の威力を引き出すなら刀を使うしかない。――恩に着せるようで、あまり言いたくないが、それを作れる職人は滅多にいない。貴重な物だから大切に扱えよ」
普段、何かを渡されると、遠慮の言葉を述べるのが癖になっているフレアだが、この時ばかりは、素直に受け取り感謝を述べる。
「感謝する」そして、刀身を全て鞘から抜き放ち、陽光を反射する刃を眺めながら「必ず使いこなして見せる」と決意を述べた。
フレアは、腰から片手剣を鞘ごと外すと、ルーラに差しだし、代わりに刀の鞘を腰に佩く。その様子を確認した師匠は、凛音に顎をしゃくって合図した。
「それでは、使い方を説明します。まず準備として、柄を3分間握り続けます」
「そう言う事か……」フレアは、言われた通り柄を握ると、そのまま3分が経過するのを待つ。――――――時間が経過した時、手の甲が熱を帯び、文字が浮かび上がった。
「それで、発動準備は完了です。あとは、弓月!!」凛音は、叫びながら空を斬る。宙に描かれた青の円弧が、地面と水平に発射される。
「斬撃を繰り出した速度に比例して、威力と撃ちだされる斬撃の速度が上がり、射程も伸びます」
説明を受けたフレアは、早速試そうと刀を構えるが、そこで凛音から声が掛かる。
「片手でも、使えない事は無いですが、両手で握った方が扱いやすいと思いますよ」
フレアは、柄を握る右手に視線を向けてから「ちょっと訳ありで、左手は使えないんだ」と答える。
左手は、何かあった時、瞬時に時間遡行を行えるように、空けておかなくてはならない。何かを握り込んだ状態だと、発動できない事は既に確認済みだった。
話を終えたフレアは、一度大きく深呼吸した後「弓月!!」叫ぶと同時に、刀を左から右へ水平に振り切る。
……なんだこれは!? まるで、水中で剣を振るうようだ。
素振り感覚で、刀を振るったフレアは、抵抗の大きさに眉を潜める。そのせいで、想定していたよりも、斬撃の速度は数段遅くなってしまったが、刀の軌跡に合わせて青く色付いた斬撃が、水平に放たれた。
その様子を眺めていたルーラは「おー!!」と感嘆の声を上げているが、フレア的には納得がいかない。再挑戦すべく、柄を握りしめたまま3分が過ぎるのを待つ。
間も無く3分が過ぎようという頃、地平線を眺めていた凛音が、口を開いた。
「どうやら、気付かれたようですね。1体こちらへ向かってきます。――中断して、街に戻りませんか?」
「いや、ちょうど的が欲しかったところだ。――俺に、やらせてくれないか?」
そう言うとフレアは、全員の顔を見渡す。――誰一人首を横に振る者が居ない事を確認した後、刀を構えヘアリーフェイスが接近するのを待ち続ける。
敵が100メートルまで接近した時、フレアが吠える「デュアルブースト!!」
「いけません! 遠すぎます!!」その様子を見た凛音は、慌てて警告した。
だがフレアは、止まらない。「弓月!!」叫ぶと同時に、地面を陥没させる勢いで踏み込み、横薙ぎに振り切る。
視認が難しい速度で描かれた青の円弧が、余波で砂煙を巻き上げながら、ヘアリーフェイスに襲い掛かる。
「――――ギュアァァァァァァァァァァァァァ」
断末魔が聞こえた後、へアリーフェイスの上半身がズルリと滑り落ち、数舜遅れて、下半身も草むらに倒れ込んだ。
唖然とする武者4人組と、パチパチと拍手するルーラ。――師匠の反応は、それら5人とは違っていた。――真剣な表情で、フレアの姿を見つめ続けている。
思い通りの結果に満足して、鞘に刀を収めたフレアを師匠が呼び寄せる。
「……どうした?」と言いながら、師匠の目の前に立ったフレアは、再び肩を掴まれた。
「くっ……」また、肩から耐え難いほどの熱を感じる。歯を食いしばり、それに耐えていると、熱は右手では無く全身に広がっていく。
耐える事1分。足の先まで熱が広がった時、師匠はフレアの肩から手を放しつつ、説明を始めた。
「……七十段位の技、習得してしまったか」
それを聞いた武者たちは驚きに言葉を失う。――ルーラとフレアは、なにが凄いのかさっぱり分からないので、訝し気な顔をしてるだけだが。
「……人に伝授できるって事は、あんたも習得しているんだろ?」
「儂以外で、習得した人間を見るのは、今日が初めてだがな」
二人が話していると、ルーラが駆け寄って来て、質問を投げかける。
「それで、今教えてくれた異能は、どんな効果があるんだい?」
「……それ単体では、何の役にも立たない技だ。――その技の名前は『連技(れんぎ』一日に3回だけ、技の待機時間を無視して連続で使用できるようになる」
聞いた瞬間、フレアは頭の中で唱える『戻れ』「無視して」『戻れ』「一日に3」『戻れ』「その技の名前は『連技(れんぎ』一日に3回だけ、技の待機時間を無視して連続で使用できるようになる」
……9秒巻き戻った……いや、唱える時間があるから9秒弱だが。最大で12秒弱、時間を巻き戻せるって事か。
すっかり、自分の世界に入り込んでしまったフレアだが、師匠の話は終わっていなかった。
「儂らの世界で生まれた技以外に使えるかわ分らんが、試してみるがいい」
「ああ、もう試した。――これで、勝利への道筋が見えてきた。この恩は、今返させてもらう」
「気にするな。誰に伝える事もできず、儂で途絶えると思っていた技だ。こうして、伝授できただけで満足している。――だが、それでも恩を返したいと言うなら、この街に残って敵を狩る役目を引き受けてはくれんか」
フレアは、一瞬として迷うことなく即答した。
「すまないが、それは引き受けられない。――だが、俺なんかが残らなくても、あんたが狩れば何の問題も無いだろ?」
「……見ればわかるだろ。儂はもう戦える体じゃない」
フレアは「ルーラ」と名を呼ぶ。それだけで全てを察したルーラは、師匠の横に回り込み、手をかざした後「ヒール!!」と唱えた。
師匠の本来足があった部分に、光が集まり足の形を形成していく。足の形を作り出した光は徐々にその光度を弱め、完全に光が失われた時、そこには、肌色の足が存在していた。
「こ……これは……まさか…………こんな事が、あり得ると言うのか……」
師匠は、自分の足を何度も何度も触っては、その感触を確かめ続ける。――ルーラは、その様子を見て、自分の事のように喜び、笑みを浮かべた。
少しの時間が流れ、冷静さを取り戻した師匠は、自らの足で地面を踏みしめ感触を確かめている。
それが終わると、凛音から受け取った刀を構え「弓月」と叫びながら、空を斬る。瞬時に切り返し再度「弓月」そのまま流れるような動作で更に2回繰り返す。――それぞれが別の角度で描かれた斬撃が四つ、一塊になって前方へ飛び去って行った。
「うむ……少し、鈍ったか。――だが、この喜びは、言葉で表しようも無い。これは、お嬢ちゃんにも何か礼をしなくてはならんな」
ルーラは、ヒラヒラと手を横に振ると、笑顔で答えた。
「そんな、お礼合戦を繰り返してたらキリがないよ! 喜んで貰えたなら、それだけで満足さ!」
その言葉を聞いた一同は、顔を見合わせながら暫し笑い続けた。
――弓月を習得した日の夜、武者たちの小屋に宿泊を勧められたが、小屋の広さを知っていた二人は、それを断り、昨夜と同じ空き地に戻って来ていた。
フレアは、焚火に薪をくべながら「ついに明日だな」と呟いた。
ルーラは、口に含んでいたレーションを水で流し込んだ後「緊張しているのかい?」と問いかける。
「俺は、王に力を授かった後も、城の警備が仕事だったからな。――力を得てから、一度として格上と戦う機会がなかった。――正直、少し緊張している」
「……実はね、ボクも少し緊張しているんだ。――だって、作者に名前すら知られていない脇役が、主人公を打倒する物語が幕を開けようとしているんだよ。――それを間近で見られるんだ! 緊張しないわけがないよ!」
フレアが何と答えようかと考えていると、焚火から『パチッ!』と、音がして火の粉が舞う。――飛んできた火の粉を左手で払いつつ、そちらを見たフレアは「うおっ!」と叫ぶ。続けて「えっ!?」「なんじゃ!?」と二つの声が続いた。
「お前は、いつからそこに居た!!」驚きのあまり声を荒げながら、フレアが問いかけるが、火蘭は、手を炎の中に差し込みながら平然と答える。
「いや、焚火があったから入ろうと思ってのう」
「そこは、当たるだろ!? 入るって、お前は夏の虫か何かなのか!」
「うら若き乙女を捉まえて虫あつかいとは、フーは失礼な男じゃな」
そう言いながら、火蘭は薪を一個焚火に投げ入れると、言葉を続けた。
「明日、行くんじゃろ? 恐らく、厳しい戦いになるぞ……一歩間違えれば命を落としかねん」
「それは、戦いを避ける理由にはならないさ。ここで止まれば、遠からぬ未来、全ての命が消える事が確定しているからな」
火蘭の薪を握った手に力が入り、表情が曇る。――様子がおかしいと気付き、フレアとルーラが声を掛けようとした時、火蘭が口を開いた。
「もしじゃよ? もし、不老不死の体が手に入るとしたら、汝らはそれを求めるか? 何をおいても、手に入れんとするか?」
何を聞かれているかは理解しているが、何のために聞かれたのか、フレアは全く理解できない。ルーラの顔を窺えば、不思議そうな顔で火蘭を見つめている。――しかし、答える事自体は、簡単な質問だった。
「俺自身は、永遠の時を生きたいとは思わないが、俺達の目的達成に役立つ力なら、どんな物でも手に入れたいと思っている」
フレアが答えた後も、答えを探している様子のルーラだったが、やがて自分の考えを述べる。
「ボクは、置いて行くのも嫌だし、置いて行かれるのも嫌だな。もし手に入るなら二人分がいい」
「……まあ、要らぬと言う者は、おらんよな。――――さあ、フーとルーは早めに寝ておけ。少しの疲れも残してはならんぞ。――また吾が、火の番をしておくから、ゆっくり眠るがいい」
少し寂し気に見える火蘭の様子が気になりつつも、問いただす事も出来ず、言われるがまま二人は眠りについた。
――――翌朝、目を覚ました二人の目に映るのは、予想通りの光景だった。
消えかけた焚火が白い煙を上げ、火蘭の姿はどこにも見当たらない。ルーラは、細く長い息を吐いた後、フレアに話しかける。
「やっぱり、どこか行ってしまったね。――火蘭君は、無事にこの階層を抜け出せるかな……」
「あいつが、大陸から無事に抜け出せるよう、俺達が道を切り開いておくか」
ルーラは力強く頷いた後、セディーラの書を取り出しページを開く。
「フレア君、この世界は昨夜、作者の意志から解放されたよ」
「さあ、始めようか。――駄作に堕とす後日譚を!!」




