68階層ー4
5/25サブタイトルの誤りを修正しました。
その晩、火蘭は帰る素振りを見せなかった。――そろそろ眠ると告げた二人に対して「火の番はしておいてやるから、安心して眠るがいい」と、返すと一つ薪を投じる。
――――翌朝二人が目を覚ました時、火蘭の姿は既に無く、消えかけの焚火が白い煙を立ち昇らせていた。
ルーラが辺りを見渡しながら「火蘭君、何も言わずに行っちゃったね」と呟くと、フレアが「すぐには、この階層を抜けられそうにないしな、またどこかで会うかもしれないさ」と返した。
二人は、まだ肌寒い早朝の空き地で、毛布を肩に掛けながら、昨夜火蘭が登場した事で、中途半端になっていた話を再開させる。
「ルーラ、俺達がすべき事は、魔術師が作り出した橋を使って監獄大陸を抜け出し、そこで待ち構えているであろうデュアスを倒す。その後、大陸の外にあるゲートを使い階層を抜け出す。……これで間違いないか?」
「うん、間違いないよ。……ただ、無策で挑むには相手が悪すぎるんだ。――デュアスは、戦う相手の身体能力をコピーして、そこに自分の本来の力を上乗せする異能を持っているんだ」
ルーラは、そう言った後、セディーラの書を開きページに視線を向けながら話を続ける。
「その異能が効果を発動するのは、相手と戦っている間だけで、敵が何人いても、コピーできる対象は一人だけ。――相手の異能はコピーできないけれど、異能を使い上昇した身体能力ならコピーできる」
若干複雑な内容を聞かされたフレアは、眉間にシワを寄せながら、ルーラに確認をとる。
「それは、俺がデュアルブーストを使ったら、その瞬間に、相手の身体能力も3倍に引き上げられるって事か?」
「うん、そうだよ。正確には、フレア君からコピーしている部分だけが3倍だね。デュアスが本来持つ身体能力は変化しないはずだよ。――この力があるから、物語の中のデュアスが苦戦するのは、相手が多い時だけで、1対1では必ず圧勝しているよ」
戦闘を行えるのがフレア一人しかいない二人には、最悪の相手だった。身体能力に限って言えば、どれ程鍛えようが、絶対に上回る事はできない。
勝つための方法は、異能で上回るか、技術で圧倒するか、武具の差で押し切る。この三つくらいだろうか。
フレアが戦闘で使用する異能のうち、デュアルブーストと、王から授かった身体強化は、全く意味をなさない。今回役に立ちそうな異能は、時間遡行と絶対防壁くらいのものだ。
武具に関しては、何の異能も込められていない片手剣のみで、当たらない事を前提に戦闘を行うフレアは、鎧を所持してすらいない。――対して相手は……。
「デュアスは、力を入れずとも金属すら切り裂く剣を所持しているよ。異能は転移魔法を持っているみたいだね。使用間隔は3分で、今居る位置から100メートル以内なら、好きな所に瞬間移動できるらしいんだ」
「勝てると……思うか?」
「今のままだと、勝率は高くない……かな……」
――――時間が流れ、その日の昼過ぎ、二人は街の外に出てグリフォンに乗り込んだ後、見えない天井ギリギリの高度まで上昇して、地上の様子を窺っていた。
「誰か向かうみたいだよ!」ルーラの声を聞いたフレアが、街の入り口に視線を向けると、鎧姿の4人の男女が街を抜け出して、山の方へ向かう所だった。
「……しかし、派手な鎧だな。狙ってくれと言わんばかりだ」
フレアが、そう言うのも無理はない。全員、赤や青に塗装された装飾過多な鎧を身に纏っており、実用性よりも芸術性を追求して作られたかのように、見受けられる。
「72階層で見つけた歴史の本で見た事があるよ。あれは、武者って呼ばれる戦士が着る、甲冑って名前の鎧だね。目立つのは否定しないけど、鎧としての性能は意外と高いみたいだよ」
二人は、山へ向かって歩く4人組の少し後ろを、ゆっくりと前進しながら追いかける。高度は、150メートル程で、決して高い位置を飛んでいるわけではないが、歩く4人が二人の事を気にする様子は無い。
二人が、一体何をしているのかと言えば、街の住民が戦闘を行う様子を見学する為に、追いかけているのだ。
あの街は、何かしらの異能を持って世界を上がって来た人間、もしくは『何かしらの異能を持って世界を上がって来た人間』と言う設定で、この階層に生み出された脇役が集っている。
街が存続している事から、ヘアリーフェイスが徘徊する山や平地から、食料や木材を集める人間が居るのは間違いない。そういった人間たちが膂力のみで、戦うとは考えにくいのだ。――恐らく戦闘向けの異能を所持している。
その異能を持つ人間と交渉して、デュアス戦に参加してもらうか、異能を伝授してもらう。それが二人の最終目標だった。
――暫くは、暇な時間が続いた。地上の人間たちは、森の入り口付近で野草を摘んでは、カゴの中に放り込んでいる。時折、森に向かってナイフのような物を投擲して野兎などの小動物を仕留めると、一か所に積み上げていく。
その様子を見ていたフレアには、気になって仕方がない事があった。戦士でもないルーラに聞いても仕方ないと思いつつも、暇潰しがてらに問いかけてみる。
「なあ、あいつらは常に柄を握っているが、何か意味があると思うか?」
フレアの言う通り、武者達は右手を柄から絶対に離さない。ナイフを投げる時は左手を使い、その際も右手は柄を握ったままだった。
「うーん。何か意味はあるんだろうけど、ボクには分からないな。――ただ、草集めをするのに、片手しか使わないとか効率が悪すぎるよ。――草集めマイスターのボクからすると、見るに堪えないね」
草集めに関しては一家言ありそうなルーラが、語り始めようとした時、それを遮りフレアが声を上げた。
「どうやら、始まりそうだぞ。――あっ、草むしりの話は、帰ってからな」そう言いながら、徐々に高度を落としていく。
先制攻撃をしかけたのは、ヘアリーフェイスだった。フレア達の位置からは視認できなかったが、森の中から岩石が投じられる。――武者たちは、慌てる様子も無く、横に一歩移動する事で、それを回避した。
攻撃を回避した武者たちは、各々剣を抜き放つ。――鞘から引き抜かれた刀身は、片刃で若干反りがあり、これも鎧と同じく装飾品のような美しさがある。
武者が構えてから数秒後、森を抜けて一頭のヘアリーフェイスが、草地に姿を現した。――ヘアリーフェイスは、緩慢な動きで首を左右に振りながら、4人の様子を確認している。
やがて目標を一人の武者に定めた、へアリーフェイスが動き出す。両手を地面に叩きつけ前進を始めた刹那、狙われた武者が、剣を上段から斜めに振り下ろし「弓月!!」と叫びなら空を斬る。
フレアには、一見無駄な動作に見えたが、それは間違いだった。振り切った剣の軌跡が円弧状に青く光り、ヘアリーリーフェイス目掛けて、風を切りながら突き進む。
しかし、へアリーフェイスも黙って食らったりはしない。刀身から解き放たれた斬撃を視認するや、進路を直線から斜め前方に変更して回避をはかる。
それを見たもう一人の武者が、剣を振りかぶり叫ぶ「弓月!」放たれた斬撃は、へアリーフェイスが回避に向かった先に猛進する。
2発目の斬撃を躱す事が出来なかったヘアリーフェイスが「グヴァァァァァ!!」と苦痛の声を吐き出す。――宙を舞う斬撃は、ヘアリーフェイスの右肩から入り込み、胸の辺りまで切断していた。
その様子を上空で見ていたフレアが、感嘆の声を漏らす。
「あの弾力のある筋肉を切り裂いただけでなく、骨まで断つか……」
「あれなら刀身も痛まないし、相手を選ばず使えるよね。……それに、遠距離攻撃が出来るようになるのは、大きいと思う!」
――二人が話している間も、戦闘は継続している。苦痛でのたうち回るヘアリーフェイスに3人が駆け寄った。そして、弓月で切り裂かれた傷口を狙って、刀身を突き刺し続ける。――その間、攻撃に参加しなかった武者は、新手を警戒して辺りを見回している。
戦闘開始から2分が経過しようと言う所で、ヘアリーフェイスが完全に動きを停止した。――敵の死を確認した武者たちは、見張りが居た方へ歩き始めるが、その後方から風切り音を鳴らして岩石が飛来する。
「ぐぁ!!」武者の一人が岩石を右肩に食らい、吹き飛ばされた後、地面を転がっていく。――手から離れた剣が回転しながら宙を舞い、地面に突き刺さるのと同時に、新たなヘアリーフェイスが森の中から現れた。
フレアはこの時点で、さほど心配していなかった。当たり所にもよるだろうが、一撃で敵を行動不能にできる、異能を持った人間の集まりだ。一人負傷した程度で、負けるとは思えない。
しかし、その予想は間違っていたと気付く事になる。最初の戦闘で弓月を使っていなかった二人が、それぞれヘアリーフェイスに向けて放つが、飛翔する斬撃の速度が遅く、簡単に回避されてしまう。
最初の戦闘で、弓月を使った武者に至っては、異能を使う素振りすら見せず、敵に肉薄して接近戦を行っていた。
グリフォンの後部座席に座るルーラは、フレアの背中をバシバシと叩きながら予想を述べる。
「フレア君! 待機時間だよ! きっと連続して使う事が出来ないんだ!」
「ああ、それだな」そう言った時には、すでにグリフォンから飛び降りていた。ルーラは慌てる事も無く、運転席に体を移動させると、ハンドルを握って叫んだ「がんばってね!」
フレアは、ヘアリーフェイスの近くに着地するように飛び降りたが、落下する間に敵が移動してしまい、随分と離れた所に足をつくことになる。
ハッとした顔で、こちらを見やる武者に、フレアは「俺がやる! 怪我人を守れ!」と告げ走り出す。
その時、ヘアリーフェイスは一人の武者を捉まえて地面に叩きつけた後、拳を大きく振り上げて、頭部目掛け、振り下ろさんとしていた。
「デュアルブースト!! ――――殺らせるかぁぁぁぁぁぁ!!」
3倍に増幅された脚力が、地面を抉り土を撒き散らす。――ヘアリーフェイスの拳は、既に頭部目掛けて動き出している。
脚力を100%前進の力に変えられない、柔らかい地面が煩わしい。――このままでは間に合わないと判断したフレアは、歩幅の調整を投げ出して、全力で土を蹴る。
結果、ヘアリーフェイスに辿り着く前の最後の一歩が、あまりに敵に近すぎた。既に拳を振るう間合いでは無い。
「ならぁぁぁぁ!!」殴る事を諦めたフレアは、最後の一歩を踏み切ると、ヘアリーフェイスの顎目掛けて、下から突き上げるように飛び膝蹴りを叩きこむ。
「ゴキィッ!!」と、骨が砕ける音が響き、ヘアリーフェイスの首が可動域を超えて捻じ曲がる。――そのまま宙を舞ったヘアリーフェイスは、背中から地面に落ちた後、暫し痙攣していたが、やがて動きを止めた。
戦闘が終了した事を悟ったルーラが、グリフォンの高度を下げてフレアの元に向かってくる。それと同時に、無傷の武者二人もフレアの元に駆け寄って来た。
ルーラよりも先にフレアの元に辿り着いた男の武者が「助太刀、感謝する。しかし、これ程の武人が、街に居たとは……。」と告げると、女性の武者が「この恩は、必ずお返しします」と頭を下げた。
フレアは、数舜考えたすえ、二人に対して言葉をかける。
「こちらも打算があっての事だ。少し相談に乗って欲しい事がある。……が、その前に、ルーラ! 治療を頼む」
「任せてよ!」フレアの指示を受けたルーラは、グリフォンから飛び降りると、投石を食らった武者の元に駆け寄って、ヒールで癒しはじめる。
その様子を、横から眺めていた武者たちが、目を見開きながら「……このような術が、存在するのか……」と、述べた事から察するに、街で治療術を使う人間は居ないか、極少数のようだ。
――治療を終えた一行は、それまでに収穫した荷物を抱えて、街まで戻っていた。そして、武者たちが住まうという小屋に案内される。
背もたれ付きの木製の椅子に深く腰掛けた、50代くらいの男性が、最初に口を開く。
「弟子たちが世話になったようだな、感謝しよう。――して、何か相談があるらしいな。出来る限り応じようと思っているが、内容にもよる。まずは聞かせてもらおうか」
男性が椅子に座ったまま話す理由は、考えるまでも無く理解できた。男性の両足は、膝から下が欠損していたのだ。――あまり見るのも失礼だと考えたフレアは、出来る限り視線を向けないよう気を付けながら、男の問いに答える。
「俺達は、力を必要としている。――彼らが使う技、確か弓月と言ったな。あれを俺に教えてもらう事は、出来ないだろうか?」
それを聞いた、男性はフレアの足元から頭まで視線を動かした後に、問いに答える。
「あの技は、修練で習得するような類のものではない。条件さえ満たしていれば直ぐに使えるようになるが、少々条件が厳しい。……習得するのに必要な段位は、四十だ」
「だ……段位?」フレアは、そう呟きながらルーラの表情を窺ったが、無言で首を左右に振られてしまった。その様子を見た、女性の武者が説明を始める。
「申し訳ありません。師匠は適応能力が低くて、新しい世界の常識に馴染めないのです」
そんな事を言って大丈夫なのかと、心配になったフレアが、師匠と呼ばれた男の顔色を伺うが、少し眉を潜めただけで口を開く様子は無かった。
……自覚ありってところか……。
フレアが、そんな事を考えている間も、女性の言葉は続く。
「段位というのは、魔物を倒すうちに自然と上がっていく、強さの目安です。私達の世界では、誰でも段位を認識できるのですが、他の世界の方の場合、習得できるか実際に試してみるしかないと思います」
女性が話し終わった後、師匠が頷きながら話し始める。
「凛音の言う通りだな。伝授してやるから、儂の前に来い」
言われるがままにフレアは、師匠の前まで歩み寄る。――師匠の手がフレアの肩に置かれて、そこから顔を顰めたくなる程の熱が伝わってくる。
熱が肩から腕を伝って降りて行き、指先まで達した時、手の甲にフレアでは読み取れない文字のような物が浮かび上がった。




