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68階層―3

5/25サブタイトルの誤りを修正しました。

 ――時系列を示す赤の文字列は、瞬く間に次の文章に移り続けていた。このままの速度で、赤文字が移動し続ければ、完結に辿り着くのに二日と掛からないだろう。


 その時、世界は作者の意志から解放される。この現象が一体何を意味するのか、ルーラはセディーラの書を読み進めた。




 ルーラは普段と比べ、半分ほどの速度で物語を読み続けていた。その様子から、僅かな手がかりも逃さないと言う、強い意気込みが伝わってくる。


 フレアは、グリフォンに腰かけたまま、黙ってルーラが作業を終えるのを待つ。


 ――日の高さが低くなり、辺りが朱色に色付き始めた頃、急激に気温が下がり始めた。――ルーラは、無言で毛布を2枚取り出すと、一枚をフレアに渡し、一枚を自分の肩にかけて、さらに物語を読み進める。


 夜目が効かない人間であれば、すでに文字を読むのは難しい程に暗くなった頃、パンッと本を閉じる音が響いた。


「フレア君、どうやらボク達は、この階層に誘き寄せられたみたいだよ。……ただ、今すぐ、どうこうなるっていう話じゃ無いから、まずは今日の宿を探した方が良さそうだよね。……どんどん気温が、下がっているみたいだし」


「物語の内容は気になるが……ルーラの言う事も、一理あるな」


 そう言うと、フレアはグリフォンのエンジンに火を入れる。地上から1メートル程まで上昇したグリフォンは、人が少なくなり始めた街をゆっくりと進み始めた。




 暫く街中を飛び回った二人は、途方に暮れていた。どれだけ探し回っても宿らしき建物が存在しないのだ。それ以前に、店と呼べるような建物すらない。精々自宅の軒先に何かを並べて、物々交換をする人が居る程度だ。


 そんな物々交換を行う民家の一軒で、暇そうに小石を放っては受け取る動作を繰り返している、年配の女性を見つける。女性の後ろには、手頃なサイズにカットされた薪が積み上げられており、それを他の物品と交換しているのは、想像に難くない。


 フレアは、その女性に近付き、グリフォンから降りて話しかける。


「すまないが、宿のある場所を教えてくれないか?」


 フレアの言葉を聞いた女性は、眉を寄せて顎を前に突き出しながら、二人の様子を窺う。――やがて、何か納得したように話し始めた。


「……新人かい? この街に宿なんてありゃしないさ。自分で木材を搔き集めて小屋を建てるか、野宿しかないよ。――まあ、この街じゃ犯罪なんて無いに等しいから、寒さ対策ができるなら、野宿でも問題ないと思うけどね」


「そうか。――それにしても、これだけ貧しい街で、犯罪が無いってのは意外だな」


「そりゃ、協力しなきゃ生きていけないからね。それに、万が一盗みでも働いて、それがバレたら街から追放さ。――それは死と同義なのさ」


 フレアと店主の会話を黙って聞いていたルーラは、魔法のポケットからフルーツの缶詰を2個取り出すと、それを女性に差し出しながら話しかける。


「おばちゃんは、薪を売ってるんだよね? これと交換してくれないかな?」


 缶詰を受け取った女性は後ろを振り向くと、両腕で大量の薪を抱えて、二人の前に差し出しつつ、ルーラに答える。


「まあ、このくらいかね。これで、どうだい?」


 差し出された大量の薪に驚いたルーラが、自分の手の中にある缶詰と、薪を交互に見比べながら問いかけた。


「ええ!? こんなに一杯くれるの? もちろん交換するよ! ありがとう!」


 その様子を見た女性は、暫し笑った後に、口を開いた。


「いや、むしろこっちが、礼を言うところさ」そう言いながら、缶詰に視線を移した後に続ける「この街で手に入る食料なんて、野草か、獣の肉くらいのもんさ。こんな、人間らしい食べ物は、滅多に手に入らない貴重品なんだ」


 ルーラは、笑い返しながら「それじゃ、ウィンウィンって、やつだね!!」こう答えたのだった。




 すっかり暗闇に包まれた空き地に戻った二人が、薪を並べて火を熾す。ルーラは冷たくなった指先を、焚火にかざして温めながら、この階層の物語について話し始めた。




「この世界の元になった物語は、物語世界が題材になっているんだ。――ある時、平和だった物語世界を脅かす異分子が生まれる。――その異分子って言うのは、本来越える事の出来ない物語世界の壁を越えて、世界を行き来する存在だよ」


 フレアは、その意味を悟った時、苦笑いを止める事ができなかった。


「はは、物語世界を守ろうと、旅を続ける俺達が異分子扱いか……」


「なんか、悲しくなっちゃうよね。――そして、世界を崩壊させかねない異分子を排除するために、物語世界の神が、一人の作者に命じて世界を創らせたんだ」


「それが、この世界ってわけだな?」フレアがそう問いかけると、ルーラは、頷く事で肯定する。


「この世界はね、物語世界の各所に偽のゲートを設置しているらしいんだ。間違ってそのゲートを潜ると、監獄大陸と呼ばれるところに転移してしまう。――そこは、顔まで毛に覆われた、ヘアリーフェイスって名前の強力な魔物が徘徊する大陸で、抜け出そうにも大陸全土が、破壊不能の見えない壁に覆われていて、脱出できないらしいんだ」


 フレアは、空に存在した見えない天井を思い出しながら「あれか……」と呟く。


「そんな大陸に、転移してしまった一人の魔術師が、大陸を覆う壁を穿ち、絶対に破壊できない魔法の橋を架けて脱出する。――ここまでが、プロローグだよ」


 それを聞いたフレアは、思わず「はっ?」と声を漏らしてしまう。今までの説明は、序章に過ぎなかったのだ。


 ここからが、メインストーリーだよと前置きしてから、ルーラが続きを話す。


「主人公のデュアスは、監獄大陸を抜け出した存在や、トラップゲートを回避した異分子を探し出して、倒す事を生業とするハンターなんだ。――デュアスは、監獄大陸を抜け出した魔術師と対峙して、戦闘を行う。――そして、魔術師が使った次元を切り裂く魔法に飲み込まれて、異界へ飛ばされてしまうんだ」


 そこで一旦区切り、ルーラはフレアの顔を窺う。――質問は無さそうだと判断したルーラは、そのまま続きを話し始める。


「ここからは、簡潔に話すよ。――デュアスが飛ばされた異界は時間が加速した世界だったんだ。一年の時を経て自分の世界に辿り着いた時、元の世界では二日しか時間が経過していなかった。――そして、すぐさま魔術師を追った主人公は、再戦して勝利を掴みハッピーエンドさ」


 これが、時系列が高速で進む原因だった。二人がこうして話している間にも、異界に飛ばされているデュアスは、何日もの時を戦いに費やしている。




 ここまで、話を聞いたフレアの胸に何かが引っ掛かる。暫く目を瞑り、その正体を探る。――――やがて、ゆっくりと目を開いたフレアは、ルーラに問いかけた。


「……元の世界に戻るのに1年かかれば、魔術師が階層から去ってしまう……。だから、時間が加速した世界という設定にした……。辻褄はあうが、どうにも強引な気がしないか?」


「もしかしたら……この物語世界は、ボク達を標的にして、作られているんじゃないかな? 設定のせいで偶然巻き込まれたわけじゃ無く、巻き込むための設定を作った。……わかるかな?」


「巻き込んだ時に物語が完結していなければ、デュアスは俺達に接触できず、排除する事ができない。――そのために、どこの時系列に迷い込んでも即座に物語が完結するように仕組んだ。……そう言う事だろ?」


 フレアの回答を聞いたルーラは、大きく頷く。――そして、フレアの目を真っ直ぐ見た後、自分の考えを話した。


「この物語に書かれている『物語世界の神』は、実在するんだと思う。――そして、その神はボク達の行動を快く思っていない。――もし、これが正解なら、神に作られたデュアスとの戦いは、きっと避けられないよ」


 そう言いながら、ルーラは、再びセディーラの書を開く。時系列を示す赤い文字は、すでに終盤へと差し掛かっていた。


「今すぐ出発すれば、間に合わないか?」


「そうすれば、きっと完結後に追ってくるよ。……上の階層で、世界の崩壊に怯えながら戦うよりも、完結したこの世界で、決着を付けた方が良いと思う」




「「……………………………………」」


 ―――暫し沈黙が続いた。


「うおっ!?」そんな暗い空気をフレアの叫びが霧散させる。続けて、「えっ!?」「なんじゃ!?」と二つの声が続いた。


「お前は、いつからそこに居た! 全く気付かなかったぞ……」


 フレアとルーラは、隣り合わせに座っていた。その向かいに、街の外で会った火蘭が座っていたのだ。――フレアは、警戒していなくとも、誰かが近付けば大抵は気付く。しかし、今回は、何の気配も感じなかった。


 二人を驚かせたうえに、何故か自分まで肩を跳ね上げた火蘭は、悪びれもせず、苦言を呈す。


「あまり驚かすでない。焚火に当たりたくて来ただけじゃ。いいじゃろ? 減るもんでなし」


「……ボクは全然かまわないけど、近付いてきた時に話しかけてくれたら嬉しかったかも……って! 手! 火傷するよ!!」


 火蘭が、炎の中に手を入れている事に気付いたルーラが慌てて叫ぶが、火蘭は、素知らぬ顔で答える。


「吾の生まれた世界では、極々普通の事じゃよ。――ルーとフーも、別の世界から来たのなら分かるじゃろ? 色々な種族が居て、それらが思いもよらぬような異能を身につけ、皆、好き勝手に暮らしておる」


 そこで、言葉を区切り。火蘭は二人の様子を窺う。何か言いたげな顔で自分を見つめるフレアに対して、火蘭は「何か、吾に聞きたい事でもあるのか?」と問いかけた。


「なあ、どうして手紙だと普通の口調なのに、話すとそんな変な喋りになるんだ?」


「フレア君、それ本気で気にしてたんだね……」


 呆れているルーラとは対照的に、火蘭は顔を真っ赤に染めると、声を上ずらせながら、弁明し始める。


「そ、それはじゃな! そう、あれじゃ! 汝らにも分かりやすいように、簡単な言葉を選んでやった……っていうか、変な喋りって言うな!!」


 火蘭は、すっかり機嫌を損ねてしまったようで、ブツブツと文句を言いながら、ポイポイと薪を放り込んでは、火力を上げる作業に勤しんでいる。




 大量の薪を一晩で燃やし尽くさん勢いで燃え盛る焚火から、少し離れたフレアとルーラは、額に浮いた汗を拭いながら小声で会話し始めた。


「なんだか、良く分からん奴だが、グリフォンの件で世話になったし、邪険には出来ないよな……」


「そうだ! グリフォンが魔法のポケットに入らない理由が、結局わからなかったけど、火蘭君なら何か分かるかもしれないね!」


 そう思い立つと、ルーラは即行動に移る。相変わらず薪を握りしめたまま、一人で口を動かしている火蘭に向かって声を掛けた。


「火蘭君! さっき直してもらったグリフォンが、魔法のポケットに収納できなくなってしまったんだけど、なにか思い当たる節はないかな?」


 話しかけられた火蘭は、手に持った薪を火中に放った後、答える。


「その、魔法のポケットなるものが、どういった物か分からんから、答えようがないのう。仕舞える物の条件は、どうなっておるのじゃ?」


「ボクの目線まで持ち上げられるもの限定で、極端に大きい物は収納できないよ。……あとは、命がある物も収納できないね。……そんな所かな?」


 火蘭は一瞬渋い顔をしたが、すぐに取り繕うとルーラに答える。


「……ふむ。さっぱり、分からんのう。調子が悪かっただけではないのか? 試しにもう一度、仕舞ってみてはどうじゃ?」


 納得が行く答えは返ってこなかったが、言われてみれば、一度しか試していない事に気付く。


 ――ルーラがグリフォンの前に座ると、フレアが目線の高さまで持ち上げる。――ルーラの手がグリフォンに触れた時、支える重みが突如無くなった事で、フレアは蹈鞴を踏んだ。


 それを見ていた火蘭は「ほれ、吾のせいでは、なかったじゃろ?」と、呟きながら焚火の中に手を差し入れた。




 収納作業を終えて、再び焚火の前に座ったフレアは、火蘭に問いかける。


「火蘭も、この世界に迷い込んだ一人だよな? これから、どうする気だ」


「ふむ、この世界は、どうにも居心地が悪いからのう。直に出ていくつもりじゃよ。――まあ、吾の事は気にするな。群れるのは苦手じゃからの。一人でなんとかするつもりじゃよ」


 もし、火蘭が望めば、連れて行こうかと考えていたフレアだったが、提案する前にやんわりと拒否されてしまい、そこで口を噤んだ。――代わりにルーラが火蘭に話しかける。


「それじゃ、せめて修理のお礼をしたいんだけど、何か必要な物とかないかな?」


「あれは、助けられた事の対価として行った事じゃから、改めて礼など必要ないわ」


「火蘭君を助けたのはフレア君で、ボク自身は、修理のお礼をしていないからね! 遠慮なんて要らないよ!」


 その提案を聞いた火蘭は、すぐに口を開いて何かを言おうとしたが、そのまま口をパクパクさせるだけで、肝心の言葉が続かない。


 ルーラは、急かすでもなく、黙ってその様子を窺っていた。やがて意を決したように火蘭が希望を述べる。


「……もしかすると、やった事と、望む報酬が釣り合わんかもしれんが、あの……その……赤いやつ。キラキラした赤いのが欲しい。………………のじゃ」


 ルーラは、物品の名前が述べられていない返答に、暫し悩む素振りを見せたが、拳でポンと掌を叩くと、魔法のポケットから宝石袋を取り出した。


 ルーラは、袋の中から真っ赤に輝くガーネットを取り出すと、それを火蘭に見せつつ問いかける。


「火蘭君に見せた覚えは無いんだけど、もしかして、これの事かい?」


 火蘭は身を乗り出して、ガーネットを見つめた後、壊れた人形のように、頭を上下に振りはじめる。


 その様子を見たルーラは、必死に笑いを堪える事になる。――やがて湧き上がる衝動が収まり、再び火蘭に話しかけた。


「ボク達にとってグリフォンは、お金に変えられないくらい、大切なものだからね! このくらい安い物さ!」


 そう言いながら、火蘭の手にガーネットを握らせる。それを受け取った火蘭は、シャツの裾で何度も磨いた後、焚火にかざして、深紅に輝くガーネットを見つめ続ける。


 その様子を見ていたフレアが、緩んだ顔で火蘭に話しかけた。


「売るとかじゃなく、自分で欲しかったんだな」


「売ったりするものか! これは一生大切にすると決めておる。……ああ、まるで炎のようじゃ……」


「それだけ、大切に思ってもらえるなら、きっと宝石も喜ぶよ!」




 その晩、火蘭は帰る素振りを見せなかった。――そろそろ眠ると告げた二人に対して「火の番はしておいてやるから、安心して眠るがいい」と、返すと一つ薪を投じる。


 ――――翌朝二人が目を覚ました時、火蘭の姿は既に無く、消えかけの焚火が白い煙を立ち昇らせていた。

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