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69階層ー3

「――下の階層に進むほど、原始的な物語になってしまうんだよ。それを嫌った何者かが、高度な文明を知る作者を所々に送り込んでいる。――俺はそう予想しているんだ」




 その話を聞いたルーラは、深く頷く。男の言う事は理にかなっている。一度古い時代をモチーフにした物語世界が作られれば、その下に連なる世界は高確率で、その時代か、それよりも古い時代の物語になっていく。


 しかし、一番の問題は、誰がそのような操作を行っているかなのだが、目の前の作者は、それを知らないようだ。やむなく話しを戻し、続きを聞く事にする。




「そして、物語世界の仕組みを知った俺が、次に考えたのが、自力での帰還だ。それに必要な異能は後二つ。世界を越える異能と、クリエを破壊しても69階層が崩壊しないようにする為の異能だ」


 そこで、フレアは疑問を感じた。先程の物語で一つは手に入ったのではないかと。そして、その事を作者に問いかける。


「『造物主の世界へ向かう鍵』も、瞳と一緒に手に入ったんじゃないのか?」


 その質問に、作者は、渋い顔で首を左右に振った後答えた。


「その時は、まだ物語世界のルールを知らなかったからな。ただの鍵じゃ面白くないと思って、主人公の右腕を鍵にしたんだ。使うと壊れるって設定付きでな……」


 ルーラが冷たい目で「悪趣味だね」と言うと「それが作家ってもんだ」と悪びれもせず作者は答える。


 そんな様子を見ていたフレアが、逸れかけた話の軌道を修正する。


「それで、さっきの女が持ってきた『運命の書を断ち切る鋏』ってのが、69階層を抜ける為の異能って事か?」


 作者は、デセナから受けとった、細かな刻印が施された金色の鋏を二人に見せながら、その問いに答える。


「最初は、『帰還の扉』ってアイテムが登場する話を書いたんだが、それは、どういうわけか届かなかった。――そして、次に試したのが、この『運命の書を断ち切る鋏』ってわけだ。――まあ、届いたは良いが、完璧なものじゃないけどな。物語を書くときに悪い癖が出た」


 作者は、淡々とデセナの物語の概要を語り始める。



 ――――デセナの住む世界は、ある日、空間に亀裂が走り、そこから湧き出た魔物の侵略により、滅びの時が間近に迫っていた。それを防ぐべく、デセナの元に舞い降りた神が、一冊の本と、一本の鋏を与える。


 本は破滅に向かう世界の、未来が書かれた預言書。――鋏は改変不可能な予言を断ち切り、未来を変える為の道具。


 しかし、鋏には制限があった。一度使うと、その先、全ての予言が消えて、自由に未来を改変できるが、本来あった預言の一段落分の期間が過ぎると、新たな破滅へ向かう予言が浮かび上がる。


 そうなれば、もう一度鋏を使って、預言を断ち切ればいい。――しかし、3度目の予言は断ち切れない。鋏の異能が回復して再度使えるようになるのは、今進行している段落が終了した時。


 二つの予言を断ち切った後、一つの予言を受け入れなくてはいけない。だから、多少の犠牲には目を瞑り、本当に危機的状況に陥る預言まで、鋏を温存しておかなくてはならなかった。――デセナは、多くの命を見捨てながら、旅を続ける。――――




「それで、どうして、その鋏が作者の元に届くんだ?」


 フレアの疑問は尤もだった。今聞いた話では、デセナが作者の元に訪れる理由がないのだ。――その疑問に、忘れていたとばかりに作者が理由を話す。


「デセナの世界の造物主である作者が、上位の預言書に支配されて、破滅の予言を書いているって、後から分かる設定なんだ。だから、デセナは俺に鋏を届けて、預言を断ち切らせた後、ハッピーエンドを描かせようとしているんだ」


 今度は、ルーラが疑問を投げかける。


「なんで、無駄に制限を付けたんだい? 使用回数なんて無限にしておいた方が、便利だと思うんだけど」


「それじゃ面白くないだろ? ……それが悪い癖って奴だ」


 なぜそんな当たり前の事を聞く? と、言わんばかりの作者に、ルーラは非難の感情を目一杯乗せて、言葉を投げる。


「……それだけ、過酷な道を歩ませたなら、せめてハッピーエンドにしてあげればいいのに。――それで、階層を上る鍵は受け取れたのかい?」


「物語的に鍵を渡すのは、違和感があったからな。完結した後に受け取るつもりだったが、その前に逃げられた」


 フレアとルーラの口から深い溜息が漏れる。そんな事などお構いなしに、今度は作者が二人に問いかける。


「お前等は、上層に上る鍵を持っているんだろ? 聞くばかりじゃなく、俺にも話を聞かせてくれ」




 渋々二人は、これまでの経緯を話す事になる。全ての説明を終えた後、ルーラはこう言って締めくくる。


「……こんな感じだけど、ボクは、作者君を連れてはいけないよ。鍵は自分で何とかしてね」


 その言葉を聞いた作者は、落ち込むでもなく、机の引き出しから紙束を取り出すと、ペンを片手に一心不乱に物語を綴り始めた。


 恐らく、新しい鍵を自分の創り出したクリエに、持ってこさせるつもりなだろう。


 そんな作者に、フレアが感情のこもらぬ声で問いかける。


「鍵が手に入れば良いだけだろ。次は、誰も死なない物語にしてみたらどうだ?」


 作者は、ペンを止める事も無く、一言だけ答えた。


「つまらん」


 この作者こそ、物語世界のイレギュラー。願いを叶える女神どころではない。――それは、分かってはいるのだが、この作者を排除するという選択を、ルーラは選ぶことができない。


 頭を抱えるルーラに、フレアが剣を鞘ごと差し出し、こう告げる。


「ルーラ、これを暫く預かってくれ」


「えっ!? あ……うん」ルーラは、わけも分らず、剣を受け取ると、言われるがままに魔法のポケットにしまい込んだ。




 その直後『――――トンッ!』と、木製の床が響く。ルーラがそちらに目を向けると、先程部屋から逃げ出したはずのデセナが佇んでいた。


 デセナは、フレアの方を一瞥すると「感謝します」と一言だけ述べる。


「ひっ! ……で、デセナ……な、なぜ戻って来た!」


 デセナの存在に気付いた作者の顔から、血の気が一気に引いて行く。


「血の涙を流しながら死んでいった同胞が、少しでも安らかに眠れるよう。その命、差し出してもらうためよ……」


「……ま、待て、よく考えろ! お、俺は、お前等を生み出した存在だ!! 親だ! 俺はお前等の親なんだ! こ、殺して言い訳がないだろ? ……だから、待てって! 待ってくれよ……」


 フレアは、ルーラを脇に抱えると、何も言わずに部屋の外へと歩いて行った。




 抱えられたまま、首だけ動かして、フレアの顔を見ながらルーラが慌てて問いかける。


「ふ、フレア君! どういうつもりだい!」


「あの作者は、人を不幸にし過ぎた。――私利私欲のために、物語世界の住民を使い潰すあいつは、何も知らずにバッドエンドを描く作者とは、わけが違う。――俺は、デセナを止められないし、止めたくもない」


「……間違ってはいないと思う。――でも、復讐は空しいだけだって、言うよね……」


「それを言ったやつの中に、復讐で人を殺めた人間が、どれほど居たんだろうな。――空しいかどうかなんて、人それぞれさ……」


 作者は、触れもしなかったが、フレアは気付いていた。最初に眼を受け取った時、物語世界のルールを知らぬ作者が、自分の書いた物語のセリフと状況を一字一句、違える事無く再現しただろうか?


 恐らく、フレア達が通らなかった、もう一つの70階層は、その時点で崩壊している。――フレアが気付くのだ。作者が気付かぬわけがない。そして作者が、それを罪とも思っていないのは明白だった。





 それから少し時間が経過し、作者の家を出て、街を歩く二人の前に、近隣の住居の屋根から飛び降りた人物が立ち塞がった。


 ルーラは、驚きでビクッと肩を跳ねさせたが、フレアは、気付いていたとばかりに、その人物に話しかける。


「俺達に、用でもあるのか?」


 フレア達の前に立ちふさがったデセナは、一歩進んで、フレアの右手を掴むと、黄金色に輝く鋏を握らせながら話す。


「もう、預言書を書いていた造物主は討ち果たされました。これは、あたしには、必要ない物だから、貴方達にあげるわ」


 その様子を見たルーラは、自分より背の高いデセナを見上げながら、問いかける。


「デセナ君は、これから、どうするつもりなんだい?」


 その問いかけに、デセナは片目を閉じて手の甲で数回擦る。そして、瞼を開き、眼球の代わりに存在する黄色い宝石を見せながら答えた。


「もう、戻れないみたいだから。――この世界で、物語でも書いてみるわ。誰も不幸にならない、優しい世界の物語を」


 フレアは軽く肩をすくめた後に、デセナに話しかける。


「それは、滅びかけの世界を救うより、きっと難しいぞ。――まあ、だからこそ、やりがいがあるよな。何としても完成させてみせろ!」


「……ええ、必ず………」




 それから三日後の11時45分。フレアは、宿泊先で、『運命の書を断ち切る鋏』に指を通していた。ルーラは、その横で、セディーラの書の文字が赤くなった部分を見つめている。


 この日の12時丁度に、主人公の父親が天空神殿の防衛装置に撃ち落とされる事になっている。そして、その文章を最後に段落が変わり、子供の物語が始まるのだ。


 フレアは、ルーラと顔を見合わせた後、無言で頷くと、鋏を開きセディーラの書の1ページに鋏を入れた。鋏は、紙をすり抜けて、実際に紙が切断される事は無かったが、すり抜けた部分に黄金のラインが描かれる。


 そのラインが広がり、ページ全てを覆いつくした時、セディーラの書に記された物語が、赤字から前の部分だけを残して、幻のように滲んで消えていく。


「消えたよフレア君」「後は、待つだけだな」


 二人は、消えてしまったページの上に懐中時計を乗せて、12時を待ち続ける。


 ――――――3本の針が、完全に重なった時。


「…………浮かび上がらないな」


「物語世界の1段落は、1階層って事みたいだね」




 二人は、こうして新たな異能を手に入れた。


 今居る世界の物語を強制的に切断して、強引に完結させてしまう異能。


 完結した物語は、作者の意志も世界の意志も、一切の力を持たない。その後をどう変えてしまっても世界の崩壊は起こらないのだ。


 この異能の制限は、2回使うと、次の階層を上るまで再使用できない。


 例えば、50階層と47階層で使えば、46階層では使用できなくなる。下手に使うと、本当に必要な時に、使用できなくなるため、乱用は出来ない。




 更に数日経過して、二人は、天空神殿が飛来する時間に合わせて、再び海岸線に来ていた。


 天空神殿を待つフレアが、ふと思いついた事をルーラに問いかける。


「あの作者と同じことをすれば、目的に有った異能を作り出す事ができると思うか?」


 ルーラは、顎に手を当てて、少し考えた後、自分の考えを述べた。


「もし出来たとしても、物語を書きあげて、本当に来るかも分からないクリエを待ち続けるのは、現実的じゃないよね。一歩間違えれば、そうしているうちに原初の世界が幕を下ろしちゃうよ」


 初めから期待していなかったフレアは「まあ、そうだよな」と言いながら、再び空を見上げる。そのフレアの視界に、こちらへ向かい飛来する天空神殿の姿が見えた。




「来たぞ。準備は良いか?」フレアの問いかけに、女性の声が答える。


「ええ、任せておいて! 無事に二人を神殿まで送り届けて見せるわ!!」


 デセナは、そういうと、後部座席に大きな布の袋を乗せた、青いグリフォンのエンジンを吹け上がらせる。


 デセナが乗るグリフォンは、二日前にルーラが購入して、デセナに渡した物で、速度を犠牲にして、最大到達高度を向上させたモデルだ。


 フレア達を残して、デセナが空へと舞いあがる。ブロンドをなびかせながら、ぐんぐんと高度を上げて、瞬く間に豆粒のように小さくなった。


「よし、ボク達も行こうか!」「ああ、しっかり、つかまっていろ!」


 フレアとルーラが乗る深紅のグリフォンも遅れて空へと舞いあがる。


 液体のように纏わりつく風を掻き分けて、天空神殿と同じ高度に達した時、更に4km程上空に、太陽光を反射する青の機体が見えた。




 天空神殿は、周囲3kmに防衛ラインを構築している。デセナが、今居る高度は、防衛ラインの上限より更に上だった。その位置から、後部座席に積んだ小石をフレアの機体と天空神殿の間を狙い、無数にばらまく。


 小石が防衛ラインに触り、最初の光弾が発射されたのを確認したフレアが叫ぶ「始まったぞ!」それと同時に、天空神殿に向けて、深紅のグリフォンがフル加速を開始する。


 この作戦は、運任せで、発射の直前にグリフォンがラインに引っ掛かれば、当然の如く、光弾は二人に向かって飛んでくる。それでも、なにもしないより被弾率は数段低い。


 この時、運は二人に味方した。全ての光弾が、あらぬ方向へ撃ちだされては、落下する小石を粉々に撃ち砕いている。




 ――赤いグリフォンが、神殿に近付いたのを確認したデセナは、逆噴射で機体を下げて、二人の後方に小石を撒き始める。


 ――やがて、デセナの目に天空神殿に飛び込む二人の姿が映った。


 デセナは、乱れた髪をかき上げながら、一人呟く。


「――頑張って幸福な世界を創るから、物語世界を守ってね……」




 神殿に辿り着いたフレアは、門に向かわず「デュアルブースト!」ルーラを背負って、高く飛び上がった。


 斜めになった屋根に着地すると、全力で屋根を殴り飛ばす。そうすると『ボゴォ!』と音を立てて、屋根に人が通り抜けられるほどの穴が開き、そこから内部に侵入を果たした。


「このくらいの損傷なら、主人公の行動に与える影響は最小限ですむよな?」


「うん! きっと大丈夫だよ! ちゃんとハッピーエンドを迎えられるさ!」


 二人は、本来主人公が倒す門番を、排除するのを避けていた。この階層の物語は、鋏を使わなければハッピーエンドで終わる事が確定していたのだ。


 幾ら作者の意志から解放されたとは言っても、おかしな干渉さえしなければ、本来の物語通りに事が運ぶと予想した二人は、影響を最小限に抑えるべく行動していた。




 セディーラの書に導かれて、辿り着いたゲートの前には、巨大な水晶に閉じ込められた少女の姿があった。――この少女は、神殿に入った主人公に目覚めさせられて、一緒に冒険をする事になる。


 ルーラは、少女が眠る、冷たい水晶に額を押し付けながら声を掛ける。


「ごめんね。ボク達のせいで、作者に約束されていた成功は、不確実なものになってしまった。――ここからは、君達が創り出す物語だよ。主人公を支えて、幸福な未来を勝ち取ってね」


 フレアは、少女が眠る水晶に手を添えながら、決意を述べた。


「ルーラ、俺達は物語世界を救う事で、全ての人に報いよう」


「そうだね。ボク達には、それしか出来ないから。――だから、それだけは、全力で成し遂げようね」


 指輪の光に照らされて、辺りが明るく輝く。――光が消え去った時、そこには、運命の出会いを待つ、少女が一人、静かに眠り続けていた。


 物語世界を守るために、物語世界の秩序を破壊するという、皮肉な異能を手に入れた二人は、69階層を抜けて新たな物語のページを開いた。



――――この時二人は気付く事が出来なかった。ゲートを示すマーカーに影を描くかのごとく、薄い光が重なっていた事に。

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