69階層ー2
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暫く、その場で休んだ二人は、どちらからともなく、グリフォンから降りて、魔法のポケットにしまい込んだ後、神殿の門を目掛けて歩き始めた。
一体誰が手入れをしているのか、綺麗に刈り揃えられた芝生の絨毯を、二人は歩いて行く。
神殿は探すまでも無かった。広大かつ平らな敷地の真ん中に、高々と建てられた神殿が目に入らないわけが無いのだから。
白い石材で作られたと思しき神殿は、窓の一つも見当たらない。その代わりと言うか、無駄としか思えない石柱が神殿を囲むように均等に立ち並んでいた。
二人が降り立ったのは、神殿の側面側だった。近付くにつれて、正面の様子が見えてくる。神殿には高さ4メートルほどある観音開きの巨大な扉があり、その横には、扉と同じ高さの石像が佇んでいる。――その石像は鎧を着た兵士を象った物であり、今にも動き出しそうな雰囲気だ。――なお、物語を読む限り、実際に動く。
「やっぱり、ゲートは扉の向こうだね。――どうしようか?」
セディーラの書で、ゲートの位置を確認したルーラが、肩を落としながら問いかける。
「もし、扉の向こうが階段になっていて、上層に上がれる作りなら、指輪で開錠できないか?」
「物語世界のゲートすら開く指輪だからね。そうであれば開くと思うよ。――でも、物語を読んだ限り、そういう構造にはなって無いと思うなあ……」
話し合った結果、どんなに低い可能性でも、試すべき状況だという事で結論が出て、フレアは、石像と戦い始めた。――戦うと言っても壊すわけには、いかないので、逃げの一手だ。
振り下ろされる巨大な剣を、右へ左へ、出来る限り、石像から離れないように躱し続ける。
そうしている間にもルーラは、門の前に駆け寄り、物語世界のゲートを開くときと同様に、指輪を額に当てて、光が溢れだすのを待っているのだが……。
「デュアルブースト!」自らを強化して、振り下ろされる剣を、両手で挟んで受け止めながら、フレアは叫んだ。
「どうだ! 開きそうか!!」「ゴメン! 無理っぽい!!」
返事は、予想通りのものだった。フレアは、右手に力を入れて、剣を左に逸らし、地面に叩きつけさせた後、デュアルブーストの残り時間を使って、ルーラの元へ駆ける。
「出直すぞ!」フレアはそう言って、ルーラの前にしゃがんだ。すぐさまルーラは背中に飛び乗り「仕方ないよね……」と呟く。
フレアは、追いかけてくる石像を置き去りにして、神殿の周りを一周して、侵入経路が無い事を確認したあと、天空神殿から海上に向かって飛び降りた。
『ゴオォォォォォォォォォ!!』
風を切りながら落下する二人の体が、防衛ラインに触れる「「絶対障壁」」障壁を張った二人に、天空神殿の防衛装置といえどもダメージを与える事は出来ない。直撃した光弾は、粉々に砕けて四方八方に散らばっていく。
神殿から目測で3キロ離れた所で、魔法のポケットからグリフォンを取り出す。空中で、乗り込んだ二人は、海面ギリギリでグリフォンを始動させて、元居た街に向かい飛び去って行った。
街に戻った二人は、グリフォンをしまい、トボトボと宿を目指して歩き続ける。もう少しで、宿が見えそうだという所で、突如男の声で呼びかけられた。
「お前等、俺に渡すものがあるんじゃないか?」
……賊の類か? こんな時に面倒だ……
そう思いながら、振り向いたフレアは、男の顔を見て息を飲んだ。
二人に話しかけてきた男。それは、二人がこの世界に降り立った時に出会った70階層の作者だった。
「一体、何の事だい? ボク達は、君の事なんて知らないよ」
ルーラも気付いては居たが、あえて知らないふりをして相手の様子を窺った。それを聞いて放たれた男の言葉に、二人は隠しきれない程の衝撃を受ける事になる。
「お前等、70階層から来たんだろ? 俺の部屋に居たのは見ている。……起きた瞬間に部屋を出ちまったから、声を掛けられなかったけどな」
フレアとルーラは、顔を見合わせてしまった。それもとびきり動揺した表情で。今更、70階層って何ですか? と、聞いた所で白々しい事この上ない。やむなくルーラが口を開く。
「そうだよ。ボク達は、70階層から来たんだ。……もし良ければ、情報交換をしたいんだけど、どうかな?」
作者は、その提案を飲んで、話しをするべく二人を連れていく。目的地は、最初に出会った作者の家だった。
男の部屋に入った二人は、促されるままにベッドに並んで座り、作者は執筆用の椅子をベッドに向けた後、そこに座る。
まず口を開いたのは作者だった。ルーラの顔を見つめながらこう問いかける。
「『運命の書を断ち切る鋏』を持ってきたんだろう?」
ルーラがポカンとした顔で、考え込んでいる様子を見て、作者が更に問いかける。
「お前は、デセナだよな? ……少し俺が描画したより小さいが……」
「それって誰の事だい? ボクの名前はルーラ・セイアムさ。デセナって人は聞いた事も無いよ。それと、小さいって何の事かな? 答えによってはボクだって怒るんだからね!」
今度は、作者が困惑する番だった。ルーラの最後の問いなど聞いても居ないという様子で「なぜ、デセナ以外が上がってくる……そんなわけがない……」と、一人呟いている。
このままでは、埒が明かないと、フレアが口を開こうとした時、部屋の隅に光が溢れ始める。それと同時にルーラが叫んだ。
「フレア君!! 体が動かないよ! セディーラの警告だ。きっと、その光の中からクリエが出てくる! 早く離れないと」
「チッ! 役に立たないな! ここに居たら出会ってしまうのに、動きを止めてどうするんだ! セディーラ解除しろ!」
その言葉と同時に二人の体が解放される。光の中に人影が見えるのと同時に二人は部屋の外に飛び出した。
部屋から出た二人は、いつでも逃げ出せる体勢を整えながら、ドアを押さえて、聞き耳を立てていた。ルーラが手に持つセディーラの書が、扉に向かって赤く輝き、クリエの存在を知らせ続けている。
少しして、中から会話が聞こえてくる。――最初に聞こえたのは女性の声だった。
「貴方が作者ですね。あたしは、この『運命の書を断ち切る鋏』を渡す為、世界を渡ってきました。この力でどうか私の世界をお救い下さい」
女性の言葉が終わった時、ルーラがフレアの袖を引いて、視線を向けさせた後、小声で囁く。
「女性の言葉が終わった瞬間に、クリエの反応が薄くなったよ。今のセリフが彼女の最後の役目だったみたいだ」
フレアがそれに答える前に、部屋の中から男の声が聞こえてきた。
「ご苦労だったな。後はこっちでやっておくから、お前は、ここの世界で好きに生きるがいい」
「……あたしは、帰れないのですか!? そんな話は聞いていない!」
「俺は、一言も帰れるなんて書いていないぞ。まあ、今思えば書いておいても良かったな。……だが、完結した物語に今更書き足したって無意味だからな。諦めて、この世界で生きる事を考えろ」
「……貴方、今、書き足しても無意味だと言いましたね? それは、世界を救えないという事では無いですか? ……そうですか、貴方は、あたしを騙しましたね!!」
この時、フレアの耳が『シャリーン』と、剣を鞘から引き抜く音を捉えた。とっさに、扉を開けると、自らも剣を引き抜き、作者とデセナの間に割り込む。
『――――――――――ガッ!!』
間一髪だった。すでに細身の剣は作者に向けて振り下ろされていた。それをフレアは、ギリギリの所で受け止める。
「……あ、あ……ま、まて……悪気があったわけじゃ……俺も必死だったんだ……」
後ろで作者が、何か話しているが、それに構わずフレアは、デセナに告げる。
「まともに話も聞かず剣を向けるってのは、どういう了見だ! 止めなければ、その男は、確実に死んでいたぞ……どうしても、やるって言うなら、俺が相手をしてやる」
フレアは、デセナを見て、戦士だと判断していた。体幹を守る金属鎧に、細いながらも、しっかりと筋肉が付いた手足、ブロンドの隙間から見える目は、人を殺そうとしているというのに、躊躇いの色は一切なく、ただ冷徹に獲物を見据えている。
「邪魔をするなら、容赦はしない!!」そう叫ぶと、フレアの顔面目掛けて殺気を帯びた突きを放つ。
「デュアルブースト」フレアは、首を傾ける事で突きを躱すと、人差し指と親指で、剣の腹を摘まみ動きを止める。
「クッ!」デセナは、必死に剣を引こうとするが、デュアルブースト中のフレアの握力で掴まれた剣はビクともせず、表情に焦りが見え始めた。
フレアが、わざわざ、本日2度目のデュアルブーストを使ってまで、突きを止めたのは、実力を誤認させるのが目的だった。初撃を圧倒的な力量差を感じさせる方法で止める事で、戦意を削ぐ作戦だ。
いつまでも握っていると、15秒が経過してしまうので、フレアは、力を抜いて剣を解放する。デセナは一歩飛びのくと、剣を持った手をワナワナと震わせながら、口を開く。
「どうやら、あたしじゃ、その戦士には勝て無さそうね。……今日は引くわ。でも、諦めたわけじゃない事だけは、忘れないで」
『―――ガシャン!!』
そう言い終わると、部屋の窓を突き破り、街の雑踏へ消えていった。
剣を鞘に戻しながら、いまだ震えている作者にフレアが問いかける。
「助けてやったんだ。話ぐらいは聞かせてくれるんだろ?」
作者は、コクコクと頷くが、開いた口からは言葉が発せられない。――落ち着くまでは無理そうだと判断したフレアは、ルーラを呼ぶと二人でベッドに腰かけて、作者が冷静さを取り戻すのを待った。
暫くして、作者が足元を見つめたまま、突然語り始めた。
「俺は、机の上に転がっていた見知らぬペンで、文字を書いた時、この世界に飛ばされたんだ。――その時、声が聞こえた。『辿り着いた先で、近代の物語を綴れ。物語が認められた時、帰還の扉が開く』ってな……」
フレアが、目を見つめると、ルーラは黙って、首を左右に振る。まずは聞こうという事だと判断したフレアは、黙って続きを待った。
「最初は、沈んだ世界で繰り広げられる海戦の物語を書いた、次は、ガンアクション、その次は、柄でもねえ恋愛ものも書いた。何作も何作も書き続けたんだ。――でもな、扉ってやつは、一向に現れなかった」
そこまで話すと、男は、机の引き出しから一束の原稿を取り出して、パラパラとめくりながら、再び話し始める。
「原稿を売りに言った時、空に浮かぶ島を見てふと思ったんだ。物語みたいだなってな。――そして、俺は、この物語を書いた。もちろん、何の期待もしていなかった」
男が描いた物語の概要はこうだ。
――ある日、世界の法則が乱れる。魚が空を飛び、死者は墓から這いだし街中を歩く、水は温めると凍り付き、枝から外れたリンゴは、下ではなく、空に向かって落ちていく。
この現象は、造物主が目を失い、手探りで世界を構築しているのが原因だと、地上を守る神に、知らされた主人公は、造物主の新たな目となる『世界の原理を見通す瞳』を受け取り、造物主の世界を目指す。
主人公は、幾多の苦難の乗り越えて、神の世界へ続く扉に辿り着く。既に、瀕死だった主人公は、最後の力を振り絞り『造物主の世界へ向かう鍵』を使い扉を開いた。
そこには、人間にしか見えぬ一人の男が居た。主人公は、その男に『世界の原理を見通す瞳』を渡す。使命を果たした主人公は、そのまま安らかな眠りについた。――――
「俺の前に、実際に現れたんだ。俺が描いた主人公が。そして、これを渡して死んでいった」
そう言いながら、男は右目を瞑り、手の甲で数回擦る。再び目を開いた時、その目は、黄色の宝石に変わっていた。
「この目は、世界の原理を知る事が出来る。――そして、知ったんだ。物語世界の仕組みとルールを。それで、俺がこの世界に飛ばされた理由も察しがついた」
ルーラは、その理由に強い興味を抱く。放っておいても人は物語を綴るのに、なぜ、こんな異分子を送り込んで物語を書かせる必要があるのかと。黙って聞いておくつもりが、思わず口にでる。
「その理由ってのを、教えてくれないかな?」
「例えば俺が、石器を持って戦う古代の物語を書いた時、その物語世界の住民は、どんな物語を書くか分かるか? その答えは、石器時代に生きる人間の想像力が許す限りの物語だ。――下の階層に進むほど、原始的な物語になってしまうんだよ。それを嫌った何者かが、高度な文明を知る作者を所々に送り込んでいる。――俺はそう予想しているんだ」




