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69階層ー1

 全ての大陸が沈んだ世界を抜け出した二人は、69階層にある民家の中に転移していた。


 部屋の中に有るのは、粗末なベッドと、木製の机と椅子くらいのもので、床には、丸めて放り投げたと思われる、大量の紙切れが散乱している。


 そんな部屋の中で、二人が視線を向けているのは、ベッドの上で眠りについている男だ。


 男は毛布を被るでもなく、ベッドの上にごろ寝している。服装は、ゾンビの世界で見た事がある。ジーンズとTシャツ姿だった。


 眠る男を起こさぬよう気を付けながら、ルーラが小声で囁く。


「フレア君、この人が70階層の作者だと思うよ。ゾンビや海戦の世界みたいに、未来的な物語を描く作者は、決まって奇抜な恰好をしているよね」


「確かに、系統が近いな。髪は黒髪で、薄い黄色味を帯びる肌の色も共通している。――なんにしても、起きて騒がれると厄介だ、さっさと退散しよう……」


 その言葉を最後に、二人は駆け足で家から飛び出した。




 作者の家を抜け出した二人は、驚きを隠す事も無く辺りを見渡す。立ち並ぶのは、石造りの家だが、家の壁には金属製のパイプが無数に張り巡らされている。壁を這いまわったパイプは、屋根でその口を開き、そこから、灰色の煙がもくもくと立ち上っていた。


 そんな、少し変わった住宅よりも二人を驚かせるのは、『ギュイイン』と、エンジンを唸らせながら、空を飛びまわる乗り物だ。二人が現在認識している物で例えるなら、流線型ボディーの大型スクーターに、2枚の翼を付けたような、そんな見た目の乗り物だった。




 頭上を煩く飛び回る乗り物のせいで、落ち着く事が出来ない二人は、宿を探し出し、その部屋に入ってから69階層の物語を確認しはじめる。


 読み始めは、ニコニコしていたルーラだが、物語が進むにつれて、徐々に表情に影が差し始める。――物語を確認し終わった時、ルーラは悲嘆に暮れていた。


「フレア君……ボク達、詰んじゃったかもしれないよ……」



 ルーラは、そう告げた後、この物語について語り始める。


 ――この世界には、神が住まうと言い伝えられている『天空神殿』という物が実在する。その神殿は、雲より少し高い位置に浮かび、世界中を飛び回っていた。


 天空神殿の下部は、半球状になっており、そこに空色のクリスタルが4個とりつけられている。ある日、そのクリスタルが血の色に変色してしまう。


 それと同時に世界に異変が起こった。植物が次々と枯れ始め、世界が砂漠化していく。


 空を飛ぶ乗り物『グリフォン』の技師を生業にする男が、砂漠化の原因を突き止めるべく、天空神殿に向かう。――しかし、天空神殿の防衛装置に阻まれて、辿り着く事ができぬまま、墜落してしまう。


 技師は、奇跡的に死を免れたが、右足を失ってしまう。そして、天空神殿に向かう役割は、その後生まれる技師の息子に託される事になる。――――



「ゲートのマーカーが薄い上に、移動しているみたいなんだ。これって、天空神殿にゲートが有るって事だよね……」


「それなら、グリフォンを手に入れて向かえば良いだけじゃないのか?」


「天空神殿の門を開くには、門番の石像を倒さなきゃいけないんだ。――もう、分かったと思うけど、石像も門もクリエだよ」


「……それなら、主人公が門を開くのを待つとかどうだ?」


「時系列的に、今頃、主人公の父親が、天空神殿に向かっていると思うんだ。息子が生まれて、天空神殿に向かうまで待つとなると、20年くらい掛かると……思う」


「………………………………………」


 その話を聞いたフレアは、無言でベッドに潜り込んだ。その様子をみた、ルーラもフレアとは逆の方向を頭にして、同じベッドに潜り込み。会話も無いまま眠りについた。




「慣れるまで、絶対無理すんじゃねえぞ!」


 翌日、落ち込んでいても始まらないと、思い直した二人は、空を飛ぶ乗り物『グリフォン』を買いに来ていた。


 二人が買ったのは、真っ赤なボディーに稲妻がペイントされた、二人乗りのグリフォン。金にものを言わせて、一番高い機体を購入していた。


「フレア君、街中で試運転して、人身事故を起こしたら一大事だから、海まで行こうか?」


 フレアには、トラックを暴走させた前科があるので、ルーラも慎重にならざるを得ないのだ。フレアもその事は分かっているので、それに対して異論は唱えない。


「じゃあ、しまうから、準備してくれ」そう言うと、フレアは、重量200kgのグリフォンをルーラの目線の高さまで持ち上げた。


 フレアが持ち上げたグリフォンに、ルーラが手を触れると、魔法のポケットに収納されて、一瞬で姿が掻き消える。




 そして、少し時間は流れ、フレアとルーラは海岸線に辿り着いていた。


「なんだか、治療師見習いだった頃を思い出すよ……」


 ルーラは、空でフラフラと蛇行するフレアを眺めながら、空きペットボトルに海水を汲んでは、魔法のポケットに放り込んでいた。


 グリフォンは、海水を燃料にして動く。ここで大量に汲んでおけば、後々ガス欠で動けなくなるという事態は、避けられるという寸法だ。


 保存しておいた空きペットボトル全てに海水を補充し終えて、怠くなった右肩を自分で揉んでいると、空からフレアが降りてくる。――砂を舞い上げながら、ゆっくりと着地したフレアに、ルーラが労いの言葉をかける。


「フレア君、お疲れ様! 大分、上達したみたいじゃないか! もう行けそうかい?」


 乗り始めの頃は、突然急降下したり、急旋回した勢いで振り落とされそうになったりと、ルーラを冷や冷やさせていたが、徐々に上達して、障害物の無い上空を飛ぶ前提においては、問題無さそうな程度に上達していた。


「ああ、天空神殿の防衛装置ってのが、どの程度の脅威かは分からないが、海面に落ちる直前に、防壁を使えば良いだけだからな。――行かない理由はないさ」 


「フレア君……、堕ちる前提で考えてないかい?」


 フレアの言葉に若干の不安を抱きながらも、ルーラは、翌日、天空神殿を目指す事を決意する。




 海岸沿いの宿で、一夜を過ごした二人は、午前11頃に再び海岸線に来ていた。住民に聞いた話だと、天空神殿は1週間かけて世界を一周しているらしく、次にこの街の上空を通るのは、この日の12時頃だった。それを目掛けて、集まった次第である。


 天空神殿が飛来するという北の方角を見つめていたフレアが声を発する「どうやら来たみたいだぞ」そう言った後に、額に掛けていたゴーグルを目元まで下げた。


 後部座先に座ったルーラも、ゴーグルを下げながら答える。


「もう一度だけ確認するよ。天空神殿の周りには、目に見えない線が何本も走っていて、それに触れると、光の弾丸を発射してくるんだ。――攻撃を受けたら時間を巻き戻す。そして、時間遡行の残り回数が4回を切ったら離脱する。――フレア君、頼んだよ……」


 フレアは、頷く事でルーラに答えると、スロットルを開ける。砂煙を巻き上げながら、グリフォンが垂直に上昇しはじめた。――その高さが、地上3メートルを越えた時、フレアは左足でペダルを踏み込む。それに合わせて、グリフォンが天空神殿を目掛け一気に加速し始めた。



 ――二人は、瞬く間に雲の上まで上昇していた。前方には、巨大な神殿を乗せた銀色の半球が、真っ直ぐ迫ってくる様子が見える。二人の存在を察知した天空神殿は、徐々に速度を落として、その場に静止した。


 強い向かい風で、声が届かない事を懸念したルーラが、フレアの耳元に口を近づけて話しかける。


「もうすぐ、防衛ラインが引かれた3km圏内に入るよ。気を付けて!」


 フレアは、耳元にあるルーラの頭を左手でポンと叩いて答える。


「危ないと思ったら飛び降りて、障壁使用。その後、海面で待っていていくれ!」


「フレア君……やっぱり、堕ちる事ばっかり考えているんだね……」




 フレアは、 目測で距離4kmまで近づいた時点で、旋回性を上げるためスロットを緩めて、速度を若干落とす。


 目の前に迫る高度が高い雲に飛び込む事を嫌い、左上方に移動して躱した刹那、グリフォンの鼻っ面を中心に、長さ5メートル、斜め45度の赤いラインが浮かび上がる。


「チッ! ラインに触れたっ!」「来るよフレア君!!」


 天空神殿の下部にある半球の一部が開き、砲台が顔を覗かせると同時に、深紅の光弾が発射される。


 光弾は、雲の少し上を二人目掛けて直進している。――通り過ぎる余波だけで、雲を切り裂く様子が、どれほどの威力を持つかを嫌と言うほど伝えてくる。


 フレアは、強引にグリフォンの頭を上方に向けて、スロットを全開にして急上昇する事で回避を狙う。


『――――――ヒュゥンッ!!――――――――――――』


 フレア達が乗るグリフォンの1メートル程下を、光弾が風を切りながら通り抜けていった。


「あ、危なかったねフレア君。ボクはもう泣いちゃいそうだよ!!」


「もう少しの辛抱だ、あと2分と掛からず辿り着く」


 グリフォンは最大で時速200kmの速度が出せる。回避のために多少速度を緩めても、3kmなら1分強で辿り着ける距離だ。――これは、作者が突破させるために設置した関門。絶対に突破できないような、極悪な設定にはなっていない。


 光弾を躱し、体勢を立て直した所で、再度目の前に赤いラインが浮かび上がる。


「くそっ! また触った!」「もう砲台が開いているから、さっきより早いよ!」


 今度は、右に回避すべく、グリフォンを右に大きく傾ける。それに合わせて急旋回し始めるが……。


 ……読まれているだと!! 


 二人が動き出すのを待って放たれた光弾は、タイミング、角度、速度、全てが絶妙に調整されて、どうあがいても直撃は免れない。


 ……『戻れ!!』―――右がダメなら、左だ!!


 戻った先は、ラインに触れた後、今度はグリフォンが真横になるほど、左に傾けて旋回する。


 フレアの目に、グリフォンを追尾する砲台の姿が映った。


 ……どっちに逃げても、変わらないって事か、それなら!!


 ――――砲台から光弾が発射された。それと同時に、フレアはスロットルを全開にして、右足のペダルを踏みこみ、エンジンを逆噴射させた。――後部座席のルーラがフレアにめり込む勢いで、一気に減速する。


『――――――ヒュゥンッ!!――――――――――――』


 今度は、二人の目の前スレスレを光弾が通りすぎていった。止まりそうな速度まで減速してしまったが、砲台は次の砲弾を発射してこなかった。


「あの砲台は、ラインに触れた時しか撃ってこないみたいだな。しかも、こちらを捉えられるのは一門しかない」


「何か考えがあるのかい? 主人公は、普通に回避しながら進んだみたいだけど」


 フレアは、ルーラに指示して、魔法のポケットから果物の缶詰を一個取り出させると、それを手に持ち、横に向かって全力で放り投げる。


 放り投げられてから100メートル程のところで、缶詰を中心とした赤いラインが浮かび上がる。


「行くぞおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 それを確認するのと同時に、スロットルを全開、天空神殿に向かって一気に距離を詰める。速度が時速100kmを越えようかという所で、缶詰に向けて光弾が発射された。――同時に、グリフォンの先端にも赤いラインが浮かび上がる。


 フレアは、予想していた。恐らく最後に浮かんだラインに攻撃してくる。だから、次弾が発射される前に、再び缶詰を放り投げる。


 次弾の前に、缶詰がラインに触れなければ、撃たれるのはフレアだ。祈るような気持ちで、缶詰の軌跡を見つめ続ける―――――砲台がグリフォンを捉えようとした時、缶詰が赤いラインを生み出した。


 砲台は、グリフォンから外れて、缶詰に向かって方向を変え始めた。


「ルーラ! このまま神殿に飛び込むぞ!!」


 もう、旋回も減速も一切しない。エンジンを限界まで回して神殿を目指す。――二人の視界に撃ち落とされる缶詰が映った。――だが、神殿はもう目の前だ。


 もう数秒で辿り着くという所で、最後のラインにグリフォンが掛かる。――砲台が、慌てたように仰角を上げて、グリフォンを捉える。


 すぐさま発射された光弾は――――――グリフォンの後部を掠めて、虚空へ消え去った。




 神殿の敷地に入る事に成功したフレアは、計器盤に突っ伏していた。そのフレアの背中にルーラが突っ伏している。 


「……本気で、死ぬかと思ったぞ……」


「ボクも死を覚悟していたよ。まあ、死んでも生き返るんだけど……」


 これで、全て終わりでゲートを潜れるのであれば、二人の気分も違っただろうが、今回は何の策もなく、ただ見学に来ただけなのだ。


 高確率で、もう一度、同じ道程を辿らなくては、いけないと考えると、更に気分が重くなる。


 暫く、その場で休んだ二人は、どちらからともなく、グリフォンから降りて、魔法のポケットにしまい込んだ後、神殿の門を目掛けて歩き始めた。

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