70階層ー3
敵が光波エンジンを直接狙う攻撃を始めてから、僅か3発で、対空砲の1門を潰された事に、砲手たちは強い動揺を抱いていた。
そんな最中、再びフレアの目が飛来する砲弾を捉える。
……また誘導弾か……さっきは早すぎだった……もう少し引き付けてからだ。――――今だ!!
『ドンッ!!』と、発砲音が上がり、砲身から砲弾と炎が吹き上がる。――フレアは、左手で時間遡行のサインを作り、祈るような気持ちで黒の砲弾を見つめる。――しかし、今度は遅すぎた。誘導弾が通り過ぎた直後、射線に入り込んだ対空砲が交差してしまう。
――――『ガシャン!!』と、ガラスの割れるような音が響き渡り、よりにもよって剥き出しの光波エンジンに突き刺さる。エンジンに空いた大穴から、光が溢れだし、間も無く爆発するという所で。
……くそっ!! よりにもよって直撃か!! 『戻れ!!』
フレアが時間遡行を使った事で、命中したはずの誘導弾が空中に戻される。だが、放っておけば3秒も待たずに再び直撃するのは確定してしまっている。もう当てるしか道は残されていない。
しかし、徹甲弾より弾速が遅いとはいえ、フレアの動体視力と思考速度をもってしても、誘導弾を撃ち落とすのは相当に難度が高い。――だが、どれほど絶望的であろうと、諦めるという選択肢は存在しない。
戻った瞬間、フレアは叫ぶ「撃てえぇぇ!」その言葉に合わせて、わけもわからぬまま、残りの砲手がレバーを引いて砲弾を発射する。他の砲手に撃たせたのは、あくまで保険で当たるとは思っていない。だからこそ、自分で撃ち落とすしかないのだ。
フレアもレバーを引いた。最大限に加速された思考速度で、体感時間が一気に遅くなる。他の砲手たちが放った砲弾は、掠る事も無く虚空に消えていく。
フレアが放った砲弾は――――50センチほど届かず、空中でクロスする。そして、再びガラスが破壊されるような着弾音。
……くそ!! 『戻れ!!』 他の砲手に撃たせるのは、無駄か……。
フレアは、他の砲手に発砲の合図を送らず、自らの砲弾を当てる事のみに集中する。――息を殺しながら、先程の誤差を修正して、発射用のレバーに手を乗せる。
「当たれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
叫びと共に、レバーを引き絞る。再度撃ちだされた銀の砲弾が、誘導弾に向かって突き進み――――――20センチほど距離を空けて再びクロスする。
……さっきよりは、近い。次こそ当てる! 『戻れ!!』
フレアには、悔しがっているような時間は無い。再び時間遡行を使い即座に誤差を修正する。
――これが5度目の迎撃。これ以上外す事は許されない。見比べても分らぬ程、前回よりも遅いタイミングで発射された砲弾は……。
『ドオォォォォン!!』爆発音を上げて、色気の欠片も無い花火が上がる。――その無機質な花火は、どんなに美しい花火よりも兵士たちの心を震わせることになる。
「――うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
兵士たちが、雄叫びを上げた。誰一人として、本当に撃ち落とせるなどとは思っていなかったのだ。だからこそ叫んだ。同時に、士気も飛躍的に向上する。
すかさず次の砲弾を装填しながらラリアが、フレアに声をかける。
「あの言葉、やっぱり伊達じゃ無かったみたいね! あと2時間で日が沈むわ。エンジンの出力が下がり切る前に、互いに距離をとって戦闘は終了する。それまで、何としても持ちこたえましょう!」
「ああ、そうだな……」
周りの兵士達とは対照的にフレアの気分は冴えなかった。噛み締めた奥歯がギリっと音を立てる。
……最悪だ……。たった一発の砲弾に、時間遡行を3回も使ってしまった。こんな事で、最後まで持つのか……。
光波エンジンの光波結晶が取り付けられた受光部分は、約10メートル四方の正方形。砲撃開始早々に着弾した事から、この先、命中する砲弾が無いとは、フレアには到底思えなかった。
その後、フレアは飛来する攻撃を20発見送った。20発中4発が誘導弾。残りは銀色の徹甲弾。全て、光波エンジンに直撃こそしなかったが、着弾地点は極めて近い。徐々に精度が上がっている感じすらあった。
間も無く、21発目と22発目が同時に飛来した。それは、銀の徹甲弾と黒の誘導弾。――黒は、光波エンジンを捉え、銀はフレアの方へ向かってくる。
――ガシャンと光波エンジンに取り付けられた結晶が悲鳴を上げたの同時に、フレアの頬に生暖かい液体が降り注いだ。フレアの横では、体の半分を失ったラリアが、ゆっくりと倒れていく。
……最低最悪の状況じゃないか! 『戻れえぇ!!』――クソッ! 何か方法は。
ラリアを救えば迎撃が間に合わず、迎撃を優先すればラリアは救えない。そう考えているうちにも、再び結晶の破壊音と血の雨が降り注ぐ。
……『戻れ!』……もう、見捨てるしかないのか? 『戻れ!』考える為だけに、これ以上、時間遡行は使えない……。
6回目の時間遡行を行った後、諦める決心をしたフレアに、ルーラの言葉が過る。
――――『ボクはとっくに覚悟できているんだ。倒さなきゃいけない相手は倒す。救えない相手は救わない。……でもね、救える相手だけは絶対に見捨てないって!!』――――
……ラリアは、救えない命なのか……いや、違う! 絶対に救えない命じゃない! 作者の意志は、それを否定しない!! 『戻れ!!!!』
「デュアルブースト!!」叫んだフレアは、ラリアを優しく突き飛ばす。ラリアを壊す事が無いように加減しながら、その動作を行った時点で、1秒以上経過している。――もう、照準を合わせる時間など残っていない。
だから、黒い砲弾の射線上に自ら飛び出し叫ぶ「絶対障壁!!」極限まで加速した思考速度で、フレアは近付く黒の砲弾をはっきりと視認する。――硬く握った拳で誘導弾の先端目掛けて、全力で殴り飛ばした。
『ドオォォォォォォォン!!』低空で、単色の花火が上がる。これには、兵士達も歓声を上げる余裕が無かった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
砲弾の破片から頭部を守りながら、兵士たちが悲鳴を上げている。誘導弾を破壊したフレアは、勢いそのままに一度兵士たちの視界から外れて着地した後、大きく回って、誰にも気付かれぬまま、対空砲の位置まで戻っていた。
いや、誰にも気付かれずに、では無かった。二人だけフレアの行動を察知した人間が居た。それは、ルーラとラリアだ。
ラリアは、突き飛ばされた後、目の前に上がった砂煙の隙間から、誘導弾を偶然視認していた。そして、その眼が一瞬捉えた。空中で砲弾を撃墜するフレアの姿を。
「フレア……ありがとう。助けてくれたんだね。……でも、さっきのは、一体何をしたの……」
「詳しく話す時間は無いし、そのつもりも無い。……もし、感謝していると言うなら、この先、何が起こっても俺とルーラを信じてくれ」
フレアは、そう言いながら、倒れたラリアに手を差し伸べる。ラリアは、力強く頷いた後、その手を取って立ち上がった。
その後もフレアの戦いは続く、残された時間遡行は3回。――直撃ラインの誘導弾を防いでから10分ほど経過した時に、銀色の砲弾が、光波エンジンの受光部を捉える。
『ガシャンッ!!』と、光波結晶の破壊音を響かせながら、受光部の中央を貫き、エンジンの機能を大きく低下させる。
だがフレアは、それを防ぐことなく見送った。煙を上げる光波エンジンを一瞥すると再び、上空に視線を戻す。
それから少しの時間が経過して、戦闘終了まで残り15分という所で、暗くなり始めた空に溶け込む誘導弾が、直撃ラインで飛来する。この時、残された時間遡行は1回。
……ここまで来て、失敗しましたとか、笑い話にもならんからな。絶対に当てて見せる!
フレアは、息を止めながら、仰角を最大に上げる。そして、左に3°砲身を傾けて「堕ちろおぉぉぉぉぉぉぉ!!」叫ぶと同時にトリガーを引き絞る。対空砲から、この日最後の砲弾が射出された。
――夕焼けに赤く色付き始めていた司令部の敷地が、爆発の閃光でより赤く染められる。――数舜遅れて、上空から爆発音が、兵士たちの腹に響く。
「デュアルブースト」フレアは、爆発音に合わせて小さな声で唱える。その声が聞こえたのは、恐らくラリアだけだろう。
その後、フレアは、身を低くして駆け出していた。その両手には、対空砲の榴弾が握られている。――光波エンジンの上に辿り着いたフレアは、被弾を免れ無傷だった一角に、その砲弾を全力で叩きつけた。
不意を衝く爆発音に、兵士たちが光波エンジンの方を振り向いた時、すでにフレアは、走り去った後だった。
兵士たちが、驚きに固まっていると、地面が揺れ始める。最後にフレアが叩き込んだ榴弾で、エンジン出力が低下して艦を浮上させる為のラインを下回った。――そして、軍用艦ガルガレラが、ゆっくりと沈み始める。
それから1分後、船の全域で警報が鳴り響く『軍用艦ガルガレラは、6時間後に沈没します。乗員は直ちに避難を開始してください。繰り返します。軍用艦ガルガレラは、6時間後に……』
フレアは、ルーラの元に走った。ルーラの目前で立ち止まると、無言で姿勢を低くする。自分の背にルーラが飛び乗ったのを確認したフレアは、次にラリアの方へ足を向けた。
走るフレアの背中から、ルーラの声が聞こえてくる。
「フレア君、最初の誘導弾が直撃していたら、この艦は瞬く間に轟沈して、殆どの乗組員が死んでいたはずだよ。――だから、ボク達がした事に意味は、あったんだ……」
「わかっているさ。俺のした事に多少の意味は有った……救ったなんて、とても言えないけどな……」
ラリアは、近付いてきたフレアに困惑の表情を向けて、問いかける。
「……フレア、さっきのは……なぜ、貴方の手で守り切った艦を……」
その問いに口ごもるフレアを見て、ルーラが代わりに答える。
「この艦は沈む運命だったんだ。それを変える事は、決して許されない。……少しでも、人的被害を減らすために、ボク達は、この戦いに参加したんだ。……けどね、信じてくれとは言わないよ」
その答えを聞いたラリアの目に、避難の色は無かった。うつむき加減のフレアの目を真っ直ぐ見つめて、話しかける。
「信じるわ。……貴方たちは、漂流する私を助ける為に小舟に近付いた。そして、二人なら逃げ出せるにも係わらず、あえてこの船に残って戦った。……そうでしょう? ……でも、答えは要らないわ。さあ、早く逃げましょう!!」
「ありがとうラリア君! 感謝の気持ちを込めて、ボクの特等席を譲ってあげるよ! 今回だけだからね!!」
フレアは、ラリアを背負ってルーラを片腕に抱え、海岸線目指して走り続ける。その間も、けたたましい警報が鳴り続け、人々は海岸線に存在する救命艇へ向かい足を進めていた。
全ての人を追い抜いて、砂浜に辿り着いたフレアは、リーリヤを水上モードにして、海上へ駆け出した。
――その日、戦争を行う人間達と対照的に、海は静かに凪いでいた。ゆっくりと揺れる海面に空の星が映り込んでいて「まるで宇宙を駆けているようだわ」とラリアは呟いた。
20分ほど進んだ所で、無事にデレンメシラ海戦を戦い抜いた、南部連合の船が見えた。フレアは、その船に向かって走る速度を上げる。
警備兵の目を盗んで、乗船を果たしたフレアは、背負っていたラリアと、小脇に抱えていたルーラを砂浜に降ろした。
「それじゃ、ここでお別れだ。まだ戦争は続く、死ぬんじゃないぞ」
ラリアは、海風で乱れた髪をかき上げながら、物憂げな表情で、口を開く。
「フレアと、ルーラはやっぱり、普通の人じゃ無かったんだね。……これから二人はどこへ向かうの?」
ルーラは、フレアの背中に飛びつきながら、その問いに答える。
「ボク達は、物語の裏側を旅する旅人なんだ。次の物語が僕達を待ってる。……だからね、そこへ向かって駆け上がるだけさ!」
「そう、なんだね……二人が進む物語が、素敵な物であるよう、祈っているわ。……二人とも元気で! あなた達の事は、絶対に忘れないわ!!」
ラリアは、二人から詳しい話を聞き出そうとはしなかった。そんなラリアの別れの言葉に、フレアとルーラは、手を上げる事で答え、再び、凪いだ海へと駆け出して行った。
夜通し進み続けた二人は、翌朝、沈んだ船の内部に存在するゲートの位置まで辿り着いていた。
ルーラはゲートを開く準備をしながら、後ろから肩に回された手に触れる。そして、昨日から口数の少ないフレアに問いかけた。
「フレア君、もしかして、自分の手で艦を沈めた事に罪の意識を感じているのかい?」
「どんな理由が有っても、それは揺るがない事実だからな……」
「昨日、君は『俺がやった事は』って言ったよね? 徹甲弾で船が沈まなかった場合、自らの手で沈めるって決めたのはボクなんだからね? 罪を独り占めしないでよ。――それは、二人で背負うべき罪だよ」
ルーラの肩に回された手に、少しだけ力が入った。ルーラが心地よい圧迫感を感じていると、指輪から溢れた光が二人を包み込み、ゲートが開いた事を知らせてくる。
こうして、二人は70階層を抜けて、新しい物語のページを開いた。




