70階層ー2
フレアが発見した島に向かった一行は、丁度朝日が昇る頃、海岸線に辿り着いた。
フレアの予想通り、船に近付く段階で、銃を持った警備の兵士に発見されて、そのまま軍の施設へと連れて行かれる事になる。
兵士に連れられながら歩くと、まずは林が見えてきた。これは、海風を遮るための防風林だと、ラリアが教えてくれる。続いて、倉庫が密集する地帯、それを抜けると近代的な木造住宅が立ち並び、さらに進むと大小さまざまなビルが立ち並んでいる。
3人が連れて来られた軍の施設は、ビル街を抜けた先、船の丁度中央に位置していた。この場所は、司令部であると同時に、敷地内に設置されている光波エンジンを防衛するための役割もあると兵士が話す。
フレア達が通された先には、複数の勲章を軍服に付けた男が待ち構えていた。その見るから階級が高そうな男は、三人が沈没した船の住民で、救助を求めて辿り着いたという話を聞くと――当然ルーラとフレアは、作り話だが――自分が、この軍用艦ガルガレラの艦長だと話した後に、こう続けた。
「諸君らがこの船に乗船する事を認めよう。――だが、客人として迎える事は、出来ない。適性をみて、何かしらの仕事を与える事になる。――以前の船では、どういった仕事をこなしていたか各自答えよ」
この質問にフレアとルーラは、慌てる事になる。下調べが足りずに、当たり障りのない答えが思いつかないのだ。やむなく、こう答える事になる。
フレアは「俺は、もと兵士だ。採用された直後に船が沈んだせいで、実務経験はゼロだが」
ルーラは「ボクは治療師見習いさ! ボクも見習いになってすぐ、船が沈んじゃったから、実務経験は無いに等しいけどね」
ラリアは、嘘をつく必要などない「光波結晶の採掘業務を行っていたわ」
その答えを聞いた艦長は、若干渋い顔をしながら話し始める。
「まだ、正式に軍所属になったわけではないから煩く言わんが、後で言葉遣いも習っておけ。――フレアは、中央司令部で光波エンジン防衛部隊に配属する。――ルーラは、中央司令部で衛生兵見習いとして配属。――ラリアは、近々行われる艦隊決戦が終わるまでは、軍で雑用に従事してもらい、その後は光波結晶の採掘の業務に就いてもらう。――以上だ」
宿舎に案内されたフレアとルーラは「翌日から業務に従事してもらう」と、伝えられて解放された。――その後、軍の食堂に集まり密談をしている。
フレアは、辺りを見渡し二人の会話を盗み聞きできる者が居ない事を確認した後、小声で話しかける。
「どうする? 今晩あたり、ゲートに向かうか?」
フレアは『当然さ!』と返事が返ってくると予想していたが、ルーラから、まったく違う答えが返ってくる。
「うーん。――時系列的に、船長が言っていた艦隊決戦って『デレンメシラ海戦』だと思うんだ。――そして、ガルガレラって艦は、物語にこう書かれているんだよ」
決戦から一夜あけて、東部連合艦隊旗艦を務めていたサリエマギナの艦長と副官との会話の一節。
――「他に生き残った戦闘艦は、存在しないのか!! ガルガレラは、どうなった!」「海に沈む姿を目撃したと報告を受けております」――
それを聞いたフレアは、眉間を摘まみながら、しばし悩む事になる。やがて、ルーラを見つめながら「艦隊決戦が行われるのは、いつだ?」と問いかけた。
その問いかけに、ルーラは、肩をすくめながら「たぶん明後日かな?」こう答える。
出来る、出来ないは別に、係わってしまった以上、何とかしてやりたいとフレアは思うのだが、助けたいだけで助ける事が出来ないのは、ゾンビの世界で重々理解している。だから、ルーラに問いかける。
「この艦は、クリエだよな? もし助けたら……」
「たぶん作者の意志から外れてしまうね。――なにか方法が無いか、考えるから少し待ってね」
ルーラは、そう言ってセディーラの書に目を落とす。ルーラにとって、未来じみた世界観の物語を理解するのは、通常の物語よりも数段難しい。
何度も何度も読み返しながら、使えそうな情報を抜き出していく。そうして、やっとの思いで、見つけ出した情報をフレアに提示した。
・この物語のクリエは、船自体と、主人公の船に乗る乗員がメインで、人間のクリエの数は極めて少ない。敵であれば、精々敵の船長や艦長程度。
・帝国艦隊は、自分達だけが持つ光波エンジンを補足するレーダーを使い、直接エンジンを狙う戦法を得意とする。その際使われる兵器は2種類ある。
『徹甲弾』貫通力重視、直撃しても爆発はしない。コストが安く大量生産できるので、撃ちだされる砲弾の殆どがこれ。
『誘導ミサイル(光波榴弾弾頭)』小さな光波結晶を搭載したミサイルで、もし光波エンジン内で爆発した場合、エンジンが暴走して、さらなる大爆発を引き起こす。コストが高いので、大量に撃ち込まれる事は無い。――フレア達が最初に乗った船は、このミサイルが直撃して轟沈した可能性が高い。
・光波エンジンに徹甲弾が直撃した場合、出力が大幅に落ちる。エンジンの出力の5割は浮上装置に使われている。
・ガルガレラが沈んだ時の様子は一切描かれていない。
情報を提示してから、ルーラは自分の考えを述べた後、フレアに問いかける。
「ボク達が、やろうとしている事は、徒労に終わるかもしれない。仮に、徒労でなかったとしても、救ったとは到底言えないような結末になるよ。……それでも、挑戦」
フレアは、ルーラの言葉に被せて、続きを遮り話し始める。
「俺がやると決めた。ルーラは、その俺を手伝ってくれ」
「よいしょっ! お、重いよこれ! ……これは、キノコ集めの方が楽かもしれないよ……」
翌日、ルーラは、衛生兵の仕事で、納品された医薬品を倉庫に運び込む仕事をしていた。倉庫に向かうルーラの目には、屋外で訓練を受けているフレアの様子が見えている。
フレアは、明日始まるであろう艦隊決戦の際の、持ち場を決める為に適正を検査されている所だった。
フレアが志願したのは、光波エンジンを狙う砲弾の迎撃を行う、対空砲の砲手だった。この役目は、つい先日、新設されたばかりで、軍の中ではかなり不人気な部類らしい。
何故かと言えば、敵の砲弾が降り注ぐ中、光波エンジンの近くに待機して、降り注ぐ砲弾を目視で迎撃するのである。
その効果たるや、気休め以下で、1度の海戦で一発でも迎撃に成功すれば御の字といった感じだ。正直、居ても居なくても変わらないが、連合上層部が決めた作戦なので拒否できず、やむなく配置されているといった次第だ。
帝国の誘導ミサイルに対して、まともに対策がとれるようになるのは、主人公が東部連合を率いた後に、海中を移動する観測用潜水艇の存在に気付き、破壊する事を提案した時である。
ルーラの耳に、フレアに付いている兵士の声が聞こえてくる。
――おっ! 丁度良いタイミングだ! がんばってねフレア君!!
「では、これから試験を行う。上空に円盤状の的が発射されるので、それを撃ち落とせ。的10枚の内、一発でも当てれば合格だ」
不人気で、ほぼ役立たずな役目だとは言っても、まともに対空砲を扱えない者には、その役目を任せられないというのが軍の判断だ。
フレアは、車輪が4個ついた対空砲の後ろに立ち、仰角を最大にして、砲身を空へ向ける。
ヒュン! と上空で風切り音がしたと思うと、赤く塗られた円盤が、空を飛ぶ様子が見えた。――次に、ドンッ! と重低音をならして、対空砲が火を噴く。――――空を飛んでいた赤い的が粉々に砕け散った。
ルーラの耳にまた、兵士の声が聞こえてくる。
「……一発目で当てただと!? いや、偶然か? ……当たった以上合格だが、ちょっともう一度だけやってみせろ!」
フレアは、頷くと、再度対空砲の後ろで、的が飛び出す瞬間を待つ。
再度的が発射された。――そして、発射音――砕け散る的。
「また当たった……お前、妙な才能があるな! これをまともに当てられる奴なんて、そう居ないんだが」
「……いや、運が良かっただけだ。毎回は当てられないさ」
頭を掻いているフレアの姿を眺めながら、ルーラは、心の中で笑いつつ、こう思っていた。
――さすがのフレア君も使った事のない、飛び道具を一発で当てたりできないさ。手が時間遡行のサインを作ってるし、撃った後に誤差を確認して、再度撃ち直してるよね。まあ、時間遡行があれば、誰でも当てれるかって言われると、そうでもないと思うけど。
こうして、フレアは狙った役目を獲得する事に成功した。
更にもう一日経過した。この日行われるのは、東部連合と帝国艦隊が、互いの存亡をかけた艦隊決戦『デレンメシラ海戦』
セディーラの書を読んだ二人は、結果を既に知っている。戦闘が始まるのが、12:00で、日が沈み光波エンジンが機能を停止する18までの間に、東部連合の船のうち4割が撃沈されるという最悪の事態が起こる。
そして、それを止める手立てが二人にはない。仮に、あったとしても、決して止めてはいけないのだが。
フレアは、剥き出しの光波結晶から20メートルほど離れた所で、対空砲の後ろに立ち戦闘が始まるのを待っている。その横にはラリアが立ち、同じく戦闘の開始を待っていた。
緊張した面持ちでラリアが口を開く。
「フレアは、当てる事だけに集中して。装填作業は私が全力で行うから。……絶対に、生き残るわよ」
ラリアが与えられた雑用と言うのは、対空砲の砲手を手伝う助手だった。危険の度合いは砲手と大差ないが、砲弾を装填する間は、空を見上げる事すら許されず、ただ被弾しない事を祈るのみ。
この役目ほど死を近くに感じる物は、そうないだろう。緊張しない方がどうにかしている。
「生きる事を望むなら、俺から絶対に離れるな」
フレアは、空を見つめたまま普段と変わらぬ口調でそう述べる。それを聞いたラリアは、自分を励ますための大言壮語だと思い、笑いながら返答した。
「あははっ! 凄い自信ね」
その様子を見たフレアは、冗談半分、決意半分で、ラリアに告げる。
「任せておけ、俺は今まで一度も死んだことがないんだ。……そして、今日も必ず生き残る」
その言葉に、強い意思を感じ取ったラリアは、フレアの肩に手を置いて力強く言い放つ。
「うん、私の命はフレアに預けた」
光波エンジンとは、少し離れた所に設置されている医療用のテントの前でルーラは、その様子を眺めていた。
……フレア君! ラリア君に触れられて、鼻の下を伸ばしてたりしないだろうね! ああ、もう! 何でボクだけ、離れた所に配置されちゃったんだろう……。
そんな事は、無いと確信しつつも、気になって仕方ないルーラの耳に、風に乗って運ばれてきた砲撃の音が響いた。
「ついに、始まってしまったね。――フレア君、全てを君に託すしかない、非力な自分が、ボクは情けなくて仕方ないよ……」
徐々に戦闘音は大きくなり、船に住む全ての住民が、戦いが始まったのだと理解し身を固くした。
一般的な艦隊戦の流れは、海岸線の近くに存在する砲台の破壊を狙って砲撃戦を開始するところから始まる。敵の砲台を破壊した後は、揚陸艇で敵の船に乗り込み、光波エンジンの破壊を狙う。
だが、それは、帝国艦隊には当てはまらない。現時間軸の東部連合には知る由もないが、今頃、光波エンジンの位置を知らせる為の潜水艇が船の下を移動している事だろう。
そして、光波エンジンの真下に辿り着いた時、その場所を知らせる信号を帝国艦隊に送信する。
その信号を受け取り、帝国の曲射砲と対艦誘導ミサイルが火を噴くとき、フレアの戦いが始まる事になる。
――――最初の砲撃音から4時間後。
ズシンと鈍い音を立てて、フレアの前方100メートルの地点に砂煙が上がった。最初に着弾したの徹甲弾で、爆発は起きない。
それを確認した指揮官が怒号をあげる。
「始まったぞおぉぉ!! 対空要員! なんとしても光波エンジンを守り抜け! 一発として着弾させるな!!」
言った本人ですら、出来るとも思っていない命令が、対空砲の砲手に下された。
この時、光波エンジンの近くに居るのは、対空砲の砲手10名と、その助手が10名。指揮を執る上官が1名。
それ以外は、基地の周辺に散会して、敵の歩兵の侵入を阻む役目を負う。――という名目で、エンジンから遠ざかっている。『ここに居ても危険なだけで、どうせ何もできない。運悪くエンジンに直撃すればそれまで』と、全員が理解しているからだ。
空を睨みつけるフレアの目に、遠方より迫る、光を強く反射する銀色の物体と、光を吸収する黒の物体が映る。
しかし、周りの砲手たちは、それについて一切言及しない。その理由は明白だった。フレア以外は、視認できていないのだ。
フレアは、銀の砲弾を無視して、砲身を黒いミサイルに向ける。息を止め、発砲用のレバーを握りしめ「当たれ!」言うと同時にレバーを引いた。
他の砲手が、飛来する砲弾に気付いて、対空砲の後部にある発砲用のレバーに力を入れた時、フレアの前方30メートルの地点に銀色の砲弾が着弾して、土煙と小石を撒き散らす。
――ほぼ同時に、フレアの放った砲弾と1メートルの距離をおいてクロスした誘導弾が、一門の対空砲から少し離れた所に着弾。閃光を上げながら爆風を撒き散らした。
「二人やられたぞ!! 衛生兵、急げ!!」
爆風で吹き飛ばされた、一人の砲手を見ながらフレアは考える。
……クソッ! 外したか……しかし、砲手が視認してから発射する前に着弾だと……。この役割が、無意味だと言われる理由が良く分かる光景だ……。
フレア以外は、誰一人として対空砲を放つことが出来なかったのだ。こんな作戦を考えた上層部の無能さが、嫌になるほど伝わってくる。
フレアが苦虫を噛みつぶすような顔で、黙考している間に、ルーラを含む衛生兵が駆け寄ってくる。吹き飛ばされた砲手を担架に乗せると、すぐに光波エンジンから距離をとるべく駆け出していく。
担架に乗せられた砲手を見ながら、聞こえぬほど小さな声でルーラが呟く「ごめんよ……」
ここからは、ルーラにとっても辛い時間が続く。魔法の無い世界でヒールを乱発する事は、混乱を招きかねない。
それ以外にも、ヒールは一度使うと10分間の待機時間を要する。だからこそ、本当に瀕死でもない限りは、使うわけにはいかないのだ。
治す力がありながら、それをする事が出来ない。悔しい思いがルーラの胸を掻きむしっていた。




