70階層ー1
71階層、人魚姫の恋物語の世界を抜けた二人は、ヤシの木が生える砂浜に、転移していた。
夜の防波堤から転移してきたルーラは、光に慣れない目で、眩しそうに辺りを見渡しながら「誰もいないね?」とフレアに話しかける。
「ああ……」と気の無い返事を返すフレア。その理由は、他の事に意識を奪われていたからだ。フレアの耳は、遠くから響く爆発音や、何か重い物が落下したような音が、するのを捉えていたのだ。
「何か気になる事があるのかい?」そう聞かれたフレアは、音の事を伝えて、発生源を確認するべく、二人揃って歩き始めた。
日で焼かれた砂浜を抜けると林があり、更に進むと、ゾンビの世界で見たのと似た、倉庫が並んでいる様子が見えた。
「また、ゾンビかな?」「どうだろうな?」ルーラの問いに答えたフレアは、直後ハッとした顔で斜め上を向いた。
フレアの目は捉えていた。常人では視認が難しい速度で、空から降ってくる銀色の物体。その形は、ゾンビの世界で兵士が使っていた銃の弾丸に近い。その大きさは桁外れに大きいが。
それを視認した直後、銀色の物体が、落ちたと思われる方角から、爆発音が鳴り響き、大地が揺れる。
「ルーラ、戦闘が行われている可能性が高い。下手にかかわるより、ゲートに向かうのが得策だと思うぞ」
「そうだね。ボクも賛成だよ。じゃあ、ゲートの位置だけ調べるから少し待ってね!」
フレアは、流れ弾に備えて、空をねめつけながら調べ終るのを待つ。二人の方にこそ飛んでこないが、その間も、空からの攻撃は継続しているようだ。遠くから、重低音が響き渡り、その度に大地が揺れる。
しかし、不思議な事に、空を見上げても、魔物一匹見当たらない。よく晴れ渡った空には、遥か彼方に分厚い雲が見えるだけで、大陸の上空には雲一つない。
「……フレア君、この島? 大陸? は、地図に載ってないよ!? 地図上では、この位置は、海になってるんだ」
「どういう事だ……確かに地面は有るよな? 見間違いようも無い」
セディーラの書が表示した地図には、そもそも大陸という物が存在しなかった。ポツポツと、小さな島が描かれているだけで、人が住めそうな大きさの大地は、存在しない様に見える。
「そして、ゲートは直ぐそこなんだ。……ちょうど、戦闘が行われている方向だね」
「じゃあ、どこかに隠れて、戦闘が終わるのを待つか」
階層を上る為のゲートは、目に見える物でも触れられる物でも無いので、戦場のど真ん中にあったとしても破壊される心配はない。結局二人は、遮蔽物を探して、その裏側で時間を潰す事にした。
少し歩いた所で塹壕を見つけた二人は、丁度良いとばかりに、その中に入り込む。
すぐに上層へ向かうつもりとはいえ、念のため、この世界の事も調べておこうと、ルーラが、セディーラの書を開いた瞬間、耳をつんざく爆音が轟く。
「うわっ!? 今のなに?」「ルーラ!! 伏せていろ!!」
フレアが、ルーラに覆いかぶさり、上方を見ると、爆風で飛ばされた建造物の残骸や岩などが、塹壕の上を飛び越えていくさまが見える。
飛来する物が無くなった後、ゆっくりと塹壕から顔を出して、空を見ると、巨大なキノコ雲が浮かんでいた。
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………」
そして、揺れ始める。不気味な音を立てて、大地が揺れる。先程までの爆発が起きた後に来る、揺れなどとは比較にならない。
「ルーラ!! ここに居たら何が起こるか分からない! 海に逃げるぞ! リーリヤは、着けているか?」
「当然さ! じゃあ、いつもの!!」
フレアは、当たり前のように、ルーラを背負って走り出した。そうしている間にも徐々に揺れは大きくなる。
倉庫の間を走り抜けて、林を縫い…………そこには、海があった。林の次が、海なのだ。――ヤシの木の生えた砂浜が無くなっている。
しかし、それを考えている時間はない、おかしいと思いつつも、そのまま海に飛び込む。――――少し泳いだところで、大陸を振り返った時、疑問が解消される事になる。
「ルーラ……大陸が……沈んでいく………」
「浮島……だったんだね………フレア君! これ、まずいよ!!」
二人の体が沈む島の方に引き寄せられていく。沈む島に向かって海水が流れ込んでいるのだ。
「リーリヤを水上モードに変えるぞ!!」
リーリヤは、水上モードに切り替える時、水中から出なくてはならないという、問題点を抱えていた。
ルーラを再び背負ったフレアは、勢いよく潜ると「デュアルブースト!!」漲る力で、海水を蹴り、イルカの如く海面から飛び出す。そして、二人は、空中で水上モードに切り替えた。
水上モードは、足でしか立てないというわけでは無い。水上に飛び出していたフレア達は、飛び出した勢いのまま海面をしばし転がってから、立ち上がる。
「フレア君?」「悪い、ダメだな……」
それだけ言うと、二人は海面を走る。水中に居ようが、水上に居ようが、水が引き寄せられている事に変わりはなかったのだ。黙って立っていると、どんどん引き寄せられてしまう。
それでも、泳ぐよりは数段マシだった。しばらく走ると、徐々に引き寄せられる事も無くなり、もう大丈夫だという所で、二人は、海面に座って、沈む大陸を眺めていた。
「フレア君、ゲートの発光が薄くなったよ」
「もう一度、あの島に行く事になりそうだな。……次は海底だが」
大陸が完全に海の底へと沈んだのを見届けた二人は、そのまま海の底に沈み、一夜を明かす事にした。沈んだばかりの大陸に近付く気には、どうにも、なれなかったのだ。
流されないように体を固定できる地形を探していたフレアとルーラは、偶然難破船を発見する事になる。船の側面に空いた穴から船内に入り込んだ二人は、比較的損傷の少ない船室に入り込むとプカプカ浮きながら一息ついていた。
船室に迷い込んできた小魚を、フレアが、つついていると、セディーラの書に一通り目を通したルーラが、フレアの横まで泳ぎ寄ってから、この世界について語り始めた。
「この物語世界は、海面の水位が上がって、全ての大陸が海に沈んでしまった後の物語だね」
フレアは、そこまで聞いて首を捻る。さっき見た、光景と今の説明が噛み合わない気がするのだ。だから問いかける。
「さっきの大陸は、水位が上がったというか、撃沈された船のように沈んでいかなかったか?」
「その通りだよ。さっきのは、大陸じゃなくて船だったのさ! 世界が沈む前に、人々は、全長45Km、幅30Kmの巨大な島に見立てた船を作って避難したらしいんだ。その数は全300隻。乗っているのは、1隻辺り平均130万人って書いているよ」
フレアは、開いた口が塞がらなかった。その巨大な船は、フレアの知る船の常識を大きく逸脱している。
「そんな馬鹿デカい船をどうやって動かしているんだ? 浮いている事すら奇跡に思えて仕方ないぞ」
ルーラは、その問いかけに、セディーラの書のページを少しめくり、描かれた文章を指でなぞりながら答える。
「光波エンジンって言うので動いてるらしいんだ。その燃料は、海底に埋まっている光波結晶。太陽の光に当てると、凄い量のエネルギーを生み出すんだって。……そして、限りある資源を奪い合い、東部連合、西部連合、帝国艦隊が三つ巴の戦いを繰り広げているらしいよ」
「で、この世界の主人公は、一体何をしているんだ?」
「えっとね。まず東部連合なんだけど、デレンメシラ海戦と呼ばれる艦隊決戦で、帝国に敗れて4割近い船が沈んだ上に、残った船も散り散りになってしまうんだ。――どこにも属さず、自由に船旅をしていた主人公が、東部連合の生き残った船を集めて再編成し、西部連合と帝国艦隊を相手に戦いを挑むってストーリーだね――――結末は、東部連合が勝つんだけど……色々と酷すぎるから、話したくないかも」
そこまで、聞いたフレアは、腕を組んだまま難しい顔で黙考していたが、やがて眼を開くと、ルーラに話しかけた。
「俺達の出番は、無さそうだな。艦隊戦に個人が出張って、どうなるってもんでもないし、どの勢力にも味方する理由が無い。――明日、ゲートを潜るか?」
「うん、ボクも同じ考えだよ! 下手に干渉して、物語の表記から外れたら、大変だからね」
話が終わった後、二人は眠りについた。人魚の世界で、浮かびながら眠る事にすっかり慣れていた二人は、間も無く眠りに落ちていく。
翌日、二人は海面付近を泳いで、昨日の船が沈んだ海域へ向かっていた。空を見上げると、遠くに分厚い雨雲があり、それが遠ざかっていくのが確認できた。
海中で過ごした二人には、気付きようも無かったが、昨夜この海域は大雨に見舞われたようだ。
「フレア君。ボクは、そろそろ海中を進んだ方が、良い気がするよ」
ルーラの提案は尤もで、進めば進むほど、沈んだ船から流れ出たと思しき漂流物が増えていくのだ。それは、ドラム缶であったり、破壊された木造建築の残骸であったり様々だ。
「確かに、躱すのも面倒になって……」そこまで言ってフレアの言葉が止まる。フレアの視線は、彼方に浮かぶ一艘の小舟に縫い付けれられていた。
「ルーラ、小舟だ。生き残った奴が居たみたいだ」フレアの言葉を聞いたルーラは、セディーラの書を取り出して、閉じたまま小舟の方角に向ける。セディーラの書の表紙は、何の反応も示す事は無かった。
「セディーラの書が反応しないから、あそこに居る人は、脇役だね」
「行くぞ!」フレアの、その一言で、二人は小舟に向かって泳ぎ始めた。
小舟に近付くにつれて、船に乗っている人間の様子が見えてくる。人数は一人。20代前半の女性で、肌は日焼けで褐色に染まっている。女性は二人を発見すると頭上で大きく手を振りはじめ、大きな声で叫んでいるようだ。
さらに近付くと女性の声が聞こえてきた「もう少しだよ! 頑張って!!」どうやら女性は、フレアとルーラアが助けを求めて、小舟に向かって泳いでいると勘違いしているようだ。
小船の元に辿り着いた二人は、手を差し伸べられて、船上に引き上げられる。船の上を見渡した二人は、助けに来て正解だったと、確信する事になる。
その船には動力になるような物は、見当たらなかった。オールすら見当たらない。――いや、船上に有った物を説明した方が早いだろう。船の上に有ったのは女性の身一つと、昨晩の雨水をためたと思われるバケツが一個だけだった。
「よく頑張ったね」と、二人に話しかける女性に、フレアは、呆れた顔で話しかけた。
「お前は、人が良すぎじゃないか? バケツ一杯の水しかないのに、人を増やしたら死ぬのが近付くだけだろ」
それを聞いたルーラは、笑いながらフレアに話しかける。
「あははっ! フレア君だって同じ状況なら、きっと同じ事をするじゃないか! 人の事は言えないよ」
遭難者とは思えない態度で、笑いながら話す二人を見た女性は、つられて笑顔になり、楽し気に話しかける。
「君等は、肝が据わってるわね。――まあ、海で困っている人を見たら助けるのは当たり前だから、気にしないで。みんなで水を分け合えば、数日は生き残れるわ。その間に、近くを船が通る事を祈りましょう」
その後、女性から昨日の話を聞くことが出来た。沈んだ船は、東部連合所属の船で、帝国艦隊の船と交戦していたらしい。太陽光を受けるために露出せざるを得ない光波エンジンに、帝国の新兵器である対艦ミサイルが直撃して、大爆発の後、沈没したという事だった。
なお、現在の時間軸では東部連合に知れ渡っていないだけで、対艦ミサイルではなく、対艦誘導ミサイルだ。
それ以外に、女性自身の情報も話して聞かせてくれた。名前はラリアで、年齢は24歳。頭部連合の船で、光波結晶の採掘を行う仕事をしていたらしい。
話を聞き終わった頃、ラリアの方から『グゥー』と、腹の鳴る音が聞こえた。恥ずかしそうに、腹を押さえるラリアを見た二人は、ここぞとばかりに、宣言した。
「俺達は泳ぎが得意だから、潜って魚でも採ってこよう」
「なにか見つけてくるから、待っていてね!」
何をしに海中に潜ったのかと言えば、二人だけで話し合いする為だった。まずは困った顔のフレアが話す。
「助けに来たのは良いけど、どう助けるかは、全く考えていなかったな……」
「ボクもだよ。陸に連れて行こうにも、地図にも載って無いし。困っちゃったね」
時折、海面に顔を出して呼吸するふりをしながら、今後の事を話し合った二人は、最後の潜水で、魔法のポケットから、飲料用のペットボトルと、缶詰を取り出し小舟に戻った。
「えっ!? 君等、魚を採りに行ってたんだよね? どこからそんな物見つけてきたの!?……いや、凄い助かるんだけど」
当然の疑問であり、その質問に対する完璧な答えを、二人は準備していた。
「モグッタラネ、木箱ガアッタカラ、アケタラ、ハイッテタノサ」
「アア、幸運ニ、メグマレタモノダナ」
演技は全く完ぺきでは無かったが……深く追及される事も無く、食事を終えて、夜を迎える事になる。
その日の夜、ラリアが寝静まったのを確認したフレアは、小舟を降りて、月を写す海上を全力で走っていた。
光波結晶は、ガラスも何も通さない直射日光でしか、エネルギーを発揮しないので、夜間は昼に蓄えたエネルギーでエンジンを回して、船を浮かす事だけに専念しているらしいのだ。
だから、夜間に船は一切移動しない。よって見張りも必要ない。ラリアは不測の事態が起きない限り、朝までは起きないはずだ。
間も無く、リーリヤの水上モードが切れそうだ、というところで、フレアは発見する。海に浮かぶ、大陸にしか見えない人工の船を。
上陸して、砂間浜の海岸線を少し歩くと、遠くに一定間隔で点滅する明かりが見える。近付いて光の正体を確認すると、それは灯台の灯りだった。
灯台は、一面真っ赤に塗られていて、上部の灯りは、3秒灯って、1秒休み、1秒灯って、1秒休むを繰り返している。
フレアは、この意味を、ラリアから聞いていた。海岸線には、灯台が等間隔に建てられていて、灯台の色と、明かりの点灯パターンで敵味方を識別する。そして、この船は東部連合所属の船で間違いない。
――辺りには、見張りと思しき人間の姿もチラホラと見えたが、単身で乗り込んで来た人間よりは、小舟に乗って上陸した漂流者の方が、不審がられないと判断したフレアは、元来た道を引き返していった。
星の位置を頼りに、小舟に戻ったフレアは、ラリアを起こし、遠くに光が見えたと、話すと、小舟の後に手をかけて、自らが原動機の代わりになり、南部連合所属の船を目指す事になる。
これで、ラリアの安全を確保して、ゲートを潜れると思っていた二人だが、実際にそう上手くは、いかなかった。
まるで、世界が『救える相手だけは絶対に見捨てない』と言い放ったルーラを、試しているかのように、新たな問題に巻き込まれていく。




