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71階層ー3

「フレア君、人魚姫の悲恋は、止められないけど、リーリヤ君の思いは遂げさせてあげられるかもしれない」

 


 そこで区切ったルーラが、フレアを真っ直ぐ見つめから、続きを話す。


「ただし、それは、ボク達の身と、この階層に連なる、全ての物語世界を危険に晒す行為。……それでも、挑戦するかい?」


 フレアは、ニヤッと笑うと、片手剣を腰から抜いて、こう言った。


「そういう時は、こう言うんだろ? ――――当然さ!」


 その言葉に、満面の笑みを浮かべた後、ルーラは、やるべき事を伝える。それが、済むと二人は、窪みを上り鋼刃鮫が待ち構える場所へ向かった。



 まずはフレアが、窪みから飛び出し。ルーラは、窪みを出るギリギリの所で待機する。


 フレアがまずした事は、手近な岩を掴んで体を固定する事だった。掴んだ岩に足を当てて、いつでも蹴り飛ばせるように準備しつつ、鋼刃鮫の動きを待つ。


 鋼刃鮫が、くるりと旋回した後、口を大きく開き、突撃の意志を伝えてくる。それを確認したフレアは叫ぶ「デュアルブースト!!」その声は足に付けられたアンクレットから発せられ、静まり返っていた海底に響き渡った。


 海底スレスレを、一直線に向かってくる鋼刃鮫に対して、フレアは岩を蹴り飛ばした反動で突撃する。避ける処か、鮫の顔目掛けて突っ込んだ。それに合わせて、ルーラも窪みから飛び出す。




 魚雷の如き勢いで、発射されたフレアは、鮫の鼻っ面を脇で挟み込み、突進の勢いを相殺する。『ズンッ!』と鈍い音が海底に響いた。


 突進の速度が0に近付いたのを確認すると、今度は、足を下顎にかけて、右手は上顎に添えて、口を無理やりこじ開ける。


 しかし、このままではフレアを口に挟んだまま、再び泳ぎだすのも、そう遠くない。――だから、ルーラは必死に泳ぐ。――ルーラが伸ばした手がフレアの空いた左手に触れた時、身体が強く引き寄せられた。


 掴んだ手をフレアは引き上げる。そして、鋼刃鮫の口の中にルーラを降ろすと、後は全力で口を開けさせ続ける。それと、ほぼ同時に鮫が再び泳ぎ始めた。




「フレア君、少しだけ、頑張ってね。すぐ終わらせるから! ヒール!!」


 ルーラが鋼刃鮫の口の中でヒールを唱えた。その対象は、フレアでもルーラでもない。――少し後、ルーラが叫ぶ「よし! 終わったよ!!」


「よくやった!! デュアルブースト!!」再びフレアはデュアルブーストを発動して、口の中のルーラを片手で抱える。次に、鋼刃鮫が旋回する瞬間を狙って、顔を蹴飛ばし、反動で一度離れる。




 ――――二人が離れた時、紫色に怪しく光る鋼刃鮫の両目が、二人を見据えていた。――――



 フレアはそれを一瞥した後、全力で泳いだ。ルーラを窪みに戻すために。――窪みの上に辿り着いたのと同時に、鋼刃鮫が二人に迫る。


「すぐ終わらせてくる。そこで待っていてくれ」


 腕に抱いたルーラを解放して、下に降ろした後、空いた手で再び鮫の鼻っ面を掴み、鋼刃鮫の泳ぎに身を任せる。



 ルーラはゆっくりと窪みに落ちていきながら、フレアを眺めて呟く。


「この世界の人に出来た事を、フレア君が出来ないわけが無いんだ。がんばってね」



 煩わしそうに頭を振りながら泳ぐ鋼刃鮫に、フレアは必死にしがみついていた。


 ……あんまり、気持ちの良い作業じゃないが、剣だと傷つけかねないしな。


 覚悟を決めたフレアは、片手を鋼刃鮫の眼球の隙間に差し込み、握りしめた後、一思いに引き抜いた。フレアの手にブチッと、身も毛もよだつような感触が伝わってくる。


 鋼刃鮫は突如戻った視界を再び奪われ、さらに強烈な痛みまで走り、パニック状態に陥った。気が緩んでいたフレアがその動きに対応できずに、手を放してしまう。


 水中に投げ出されたフレアに、暴れまわる鋼刃鮫の最大の武器、刃上の背びれが、偶然、振りかざされる。


 ……『戻』……いや、「絶対障壁!!」


 再び、あの眼球を抜き取る感触を味わう事を嫌ったフレアは、完全障壁で凌ぐ事にしたようだ。若干迷ったせいで、時間をロスしたが何とか間に合った。――身体に触れた刃は、フレアの身を切り裂く事は出来ず、錐揉みの回転を加えるにとどまった。


「……行ったか…………」


 フレアの回転する視界が、ようやく静止した時には、混乱の極みに達していた鋼刃鮫は、彼方へ泳ぎ去っていた。



 フレアが、手に握った紫色の球体を眺めていると、ルーラが泳いで近付いてくる。――それを見たフレアは右の手のひらを上げた。――その手にルーラはハイタッチした後、少し困った顔で問いかけた。


「勢いでやっちゃったけど、セディーラ怒ってるかな?」


 そう言いながら自分の右手の指輪を眺める。


「誰もルーラを縛ったりしないさ。ルーラは自由に生きて良い。そうだろ?」


「…………うん、当然さ!」


 そして二人はシャチが待っている海上目掛けて泳いでいったのだった。




 二人が、海底の工房に辿り着いた時、リーリヤは、地上に出かけて留守だった。


 カウンターに居たリーリヤの母に、回収してきた『珊瑚の珠玉』を3個手渡すと、光に透かして確認した後、フレアとルーラに問いかける。


「……あんたらが、アンクレットを欲しがってたのは聞いてるよ。これでアンクレットを作ればいいんだね? 2個アンクレットを作って、1個は代金代わりでどうだい?」


 その問いかけに、フレアは、首を左右に振って「3個、作ってくれ」と答える。


 リーリヤの母は、訝しげな顔をしながら、それに答える。


「土台のリングだけでも結構な値段だよ。払えんのかい?」


 ルーラは、自分の黄金と宝石が詰まった袋から、宝石と黄金を鷲掴みにしてカウンターに乗せた後、話しかける。


「そこから、必要なだけ持っていってよ! もし、足りなければ、追加で払うよ」


 リーリヤの母は、そこから幾つかの宝石を選別して、横に避けた後、残りをルーラに返す。


「時間的に一日一個しか作れないからね。今日一個作ったとしても、渡せんのは、二日後だ。それでいいかい?」


 その問いかけに再びフレアは、首を左右に振って「2個完成した頃に、受け取りに来る。残りの一個はリーリヤに渡してくれ」こう答えた。


「………………どういう事だい? 大金を払ってまで、人魚のリーリヤにアンクレットを渡す意味が、アタシにゃ分らないんだが」


 その問いかけにルーラは、ポケットから『鋼刃鮫の瞳』を取り出して、リーリヤの母親に手渡しながら答える。


「もし、リーリヤ君が、望んだら、これで作った『人化の宝玉』とアンクレットを渡してあげて欲しいんだ。……必要ないと言った時は、粉々にして人の手に渡らないように廃棄してほしい」 




 その言葉を聞いたリーリヤの母は、露骨に眉を顰めながら話す。


「ふんっ、地上の男か……、行きたいって言ったら、止める気はないけどね。地上に行く娘にも、地上の男にも、来てもらわなくて結構だ。アンクレットは、あんた達が持っていきな」


 ルーラが、口を半開きにして、何を言っていいか分からない、と言った様子なのを見たフレアが、代わりに答えた。


「もし、アンクレットが無ければ、5年後、リーリヤは海辺でしか子供に会えなくなってしまう。…………頼む、受け取って欲しい」


 深く腰を折って、頭を上げようとしないフレアに、リーリヤの母は、困惑しながら、問いかける。


「アンタ……何で昨日今日あった人魚のために………そこまで…………。――――ああ! もう、わかったよ! 作ってリーリヤに渡せばいいんだね! 作業が有るから、さっさと出ていきな!」




「感謝する」「ありがとう!」二人はそう言って、工房を出ようとしたが、後ろを振り向いた時、そこにリーリヤの姿を見つける。


 いつから、居たのか二人には分からなかったが、既に、鋼刃鮫の瞳が手に入った事は、理解しているようだった。


「……………………本当に………持ってきてくれたんだ……………」


 喜びよりも驚きが強く、呆然としているリーリヤに対して、フレアは空気を読まずに偽装工作を行う。


「噂の個体とは、別の奴に襲われたんだ。隻眼の鋼刃鮫は、まだあの海域にいるから、近付かない方がいい」


 そんなフレアを見て、やれやれと少し苦笑いしながらルーラが答えた。


「その様子だと、受け取ってくれそうだね! 嬉しいよ! まあ、お母さんには、寂しい思いをさせて申し訳ないけどさ」


 ルーラの言った、お母さんという言葉に反応したリーリヤは、ゆっくりと母親の方を向くと、途切れ途切れに問いかける。


「かあさん……私、5年間……地上に行っても…………いいかな?」


 その問いかけに、リーリヤの母は鼻を鳴らしたあと、相変わらず、ぶっきらぼうに答える。


「……いいよ、行っておいで。……相手が、そこの男みたいのなら、もっと気持ちよく送り出せるんだけどね」


 ルーラは軽口だと分かっていたが、あえて両手を広げてフレアとリーリヤの間に立ちふさがって見せた。当然、その表情には、笑みがたたえられていたが。


「かあさん、フレアには、ルーラがいるから。……フレア、ルーラ、本当に、本当に、ありがとう。……私も手伝って………最高のアンクレットを作るから……」


 

 早速作業に取り掛かるリーリヤと母の様子をみた二人は、揃って工房を後にした。




 翌日、アンクレットが完成するまでの時間を使って、フレアとルーラは、地上に上がっていた。


 ルーラの魔法のポケットの中に入っている飲み物は、甘いペットボトル飲料や、お茶ばかりなので、真水を補給するのが目的だった。


 探し物の水が直ぐ手に入り、時間を持て余した二人は、近くの喫茶店に入り、異様な光景を目にする事になる。




 ルーラとフレアが入店する前から店内に居た男の様子が、どうにもおかしい。二人の隣の席に居るから、なお気になってしまう。


 どうおかしいかと言えば、まずは服装だ。といっても、服自体がおかしいのではない。着ている場所がおかしいのだ。


 男性は、青いジャージの上下を着ていた。72階層なら兎も角、中世の香り漂うこの街で、ジャージの異物感といったら、凄まじいものがある。


 ルーラはジャージの存在を72階層で知っている。それどころか、世界を渡った時に、その世界観に合った服装に変える目的で、魔法のポケットに、しまってすらいる。知っているからこそ、変わった服だな、では、終われない。




 服以外に行動もおかしい。男のテーブルの上には大量の紙束が置かれており、その紙に一心不乱で、文字を書き続けているのだ。その顔は、まさに鬼の形相だ。


 ルーラはフレアに小声で話しかける「たぶん、あの人が72階層の作者だよ」


 フレアはそれに対して「あんな奇抜な世界を考える人間だからな。この位変わった奴の方が、むしろ納得できる」こう答えた。




 黙って文字を書いていた男は、ピタリと停止して原稿を暫く見つめた後、声を発し始める。――最初は、聞き取れないほど小声だったが、その声が徐々に大きくなり、二人の耳にも内容が理解できる大きさになった。


「またダメだ、またダメだ、またダメだ、またダメだあぁぁぁぁ!! もう……何も……思いつかねえんだよ……。何を書いたら……帰してくれるんだよ………」




 次第に声は悲痛なものに変わり、しまいには男の顔から水滴が零れ落ち、机の上の原稿を濡らし始めた。


 見ていられなくなったルーラとフレアは、そっと席を立ち、会計を済ませて店を出て行った。 




 妙な男に出会った後、二人は真っすぐ海に向かい、そのまま海底の工房へ向かった。


 工房に着くと、アンクレットの準備が終わったリーリヤと、その母が二人を出向かた。


「じゃあ、着けるからね、ジッとしてるんだよ!」そう言いながら、リーリヤは、二人の足に新しいアンクレットを取り付けて、借りていたアンクレットを取り外す。


 新たに取り付けられたアンクレットを見ながら、ルーラが感嘆の声を上げた後、問いかけた。


「これ、デザインが違うね! うん、こっちの方が可愛いよ!」


 ルーラの言う通り、デザインが変わっていた。借り受けていた物は、銀のリングに1個だけ珠玉が取り付けられていたが、今回の物は、珠玉以外に、もう一つクリーム色の宝玉が取り付けられていた。


 ルーラの言葉を聞いた、リーリヤの母が、リングの説明を始めた。


「それは、ワンランク上のアンクレットさ。水中で自由に動き回れる以外に、水上を歩行できる機能もある」


 その後、使い方の説明を受けたが、内容は、クリーム色の宝玉に手で触れる事で起動して、再度触れれば効果が切れる。一日合計1時間まで使用できるという事だった。なお、水上で触らなければ、効果は発動しないらしい。――その説明が終わった後、リーリヤが、二人に話しかける。


「追加機能の料金は、もちろんサービスだからね。それで、そのアンクレットの正式名称は」


 そこで、ルーラが言葉を遮って「アンクレットの名前は『リーリヤ』でいいよ。ボクは、そう呼ぶことにする!」微笑みながらそう言った。


 フレアは、足首に付けられたアンクレットを摘まんで、クルクルと回転させながら「ああ、いい名前だ」そう言ったのだった。




 その日の深夜、二人は防波堤の上に立っていた。そこは、19歳になった人魚姫が、男と離れて、一人海へ戻っていく防波堤。


 セディーラが宿る指輪を、額に当てたルーラに、フレアが問いかけた。


「どうして、人魚ってのは、地上の男に恋をするんだろうな……」


 目を閉じたまま、少し考えていたルーラは、指輪の光が臨界に達する直前に、答えを返した。


「……理由は分からないや。……でも、何の打算もない、純粋な恋だよね」



 夜の帳に覆われていた防波堤が、優しい光に照らされて、ぼんやりと明るくなる。――その明かりが消えた時、二人の姿は既になく、打ち寄せる波の音だけが優しく響いていた。



 こうして二人は、71階層を抜けて、新しい物語のページを開いた。

  

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