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72階層ー2

 ショッピングモールを抜け出したフレアとルーラは、シェルターが存在するという大陸の南部を目指していた。現在地が大陸の北端なので、ざっと2000キロメートルほどの旅路になる。


 最初は、未知の存在に囲まれている感覚だったが、もう大抵のものは理解できる。見渡せば、ビルが立ち並び、所々崩壊している箇所も見受けられる。


 道路には、乗り捨てられた車が大量にならんでおり、万が一車を運転する事に成功しても、すぐに進めなくなる。そんな状態だった。




 遮蔽物のない道路の中央に立った二人を発見して、ゾロゾロと集まってくるゾンビを見ながらルーラが提案する。


「ゾンビに構わないで先に進もう。街から離れるとゾンビの数が減るって、物語に書かれていたから、早めに抜けだすのが得策だと思うよ」


 数えきれないほど集まるゾンビを目の前に、その提案を断るという選択肢はフレアに存在しない。やれやれと、深い溜息をついた後に、ルーラに問いかける。


「その方がありがたいな。この数じゃな……。じゃあ、乗っていくか?」


 その提案を聞くなり、目の前に向けられた背中に飛びつきながら、ルーラが答える「当然さ!!」



 フレアは、駆け出した。壁のように連なるゾンビの群れを、車の天井を足場にして飛び越える。追いかけてくるゾンビをあっという間に全て置き去りにして。


 ――それからも、ゾンビは四方八方から、集まって来るが、ある時は壁を蹴って頭上を飛び越え、ある時は、頭部を飛び蹴りで粉砕しながら、ひたすらに南を目指し進み続けた。




 街を抜けて暫く進むと、建物の数が一気に減り、辺りには、雑草が生え放題の、畑が広がっている。その様子を見たルーラが、フレアに問いかける。


「フレア君、街を抜けると、生存している人が、あちこちに潜んでいるらしいんだ。この世界で剣を持ち歩くと悪目立ちするから、もし素手で問題ないなら、ボクが預かっておきたいんだけど、どうかな?」


 ルーラの言う通り、この世界では、実戦用の武器として剣を使う人間はいない。そもそも、一般人は武器として作られたものを、所持する事が許されていなかった。


 フレアは「問題ない」と言って、腰から鞘ごと剣を外すと、ルーラに手渡した。それをルーラは魔法のポケットにしまい込む。




 それから1日ほど歩いた所で、雨に降られた二人は、近くを通っていた高架橋の下を歩いていた。何気ない会話をしながら歩いていた二人の足が急にとまる。そして、顔をしかめながら、向き合った。


「とまったな?」「とまったね?」


 フレアもルーラも自分で足を止めたのではなかった。二人には、この現象の理由がわかる。セディーラの警告だ。


 この先にクリエが居て、知らずに近付けば、物語と矛盾が発生して、この世界の下に連なる世界を巻き添えに崩壊しかねないという警告。


「警告を無視して進むにしても、道を逸れるにしても、止められた理由は調べておいた方がいいよね。……ちょっと待ってね」


 ルーラが赤文字で書かれている現在の時間軸の部分を読み始め、その内容に納得し、フレアに説明をしようかと思った時だった。





「えっ!! ちょっと! フレア君!!」


 フレアが、突然ルーラを抱き上げて走り出そうとする。当然セディーラに止められるが、「セディーラ! 邪魔をするな!」その言葉に反応して、見えない足の拘束が解かれる。


 ルーラは、フレアに抱かれたまま、目指す先を見た。そこには、高架から落ちそうになっている女と、それを必死で引き揚げようとする男の姿。それだけでも一大事だが、女が落下するであろう場所には、2体のゾンビが待ち構えている。


 ルーラは、その先が分かっていた。『次は、女性を引き上げようとしている男性が、後ろからゾンビに噛まれる……そして、二人揃って落下……女性も噛みつかれて……』文章には、明確な死とゾンビ化が記載されていた。だから止める。助けてはいけないのだ。あの二人を助ける事は、72階層の崩壊を意味している。


「フレア君、ダメだよ! ダメなんだ! あの二人を助けちゃいけない! ねえ、お願いだから……お願いだから……止まってよ……」


 言い終わるのと同時に、ルーラに強烈な加速感を与えていたフレアが、徐々に速度を落としていく。――――最後に力なく2歩3歩と、歩いた所で、その動きは完全に停止した。


 ――後50メートルというところで、高架の男女が落下した。いっそ頭から落ちてしまえば楽だったものを、女性は足から着地してしまう。そして、襲われる、待ち構えていたゾンビたちに。


「…………や……やだっ、やめて!! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!………………」


 距離があるというのに女性の悲鳴が二人の元まで鮮明に届いてくる。しかし、男性は全く声を発する事は無い。


 男性は頭から落下していた。彼は、ゾンビになる事はないだろう。すでに頭部が歪んでしまっているのだから。




「……すまない、俺が余計な事をしたばっかりに、ルーラに、辛い事を言わせてしまった……」


 うつむいたフレアの、少し濡れた髪をクシャクシャと撫でながら、ルーラが明るい声を作って話しかけた。


「謝らないでよ! あそこで駆けださなかったらフレア君じゃないよ! それにね。ボクはとっくに覚悟できているんだ。倒さなきゃいけない相手は倒す。救えない相手は救わない。……でもね、救える相手だけは絶対に見捨てないって!!」


「そうか、ルーラは、強」「褒めないでよ?」




 ルーラを降ろしたフレアは、既に何か所もゾンビに噛みつかれ、意識を手放した女性に歩み寄ると、女性に圧し掛かっているゾンビの頭部を次々と蹴り飛ばして、動きを止めた。


 何の役にも立たない自己満足で、女性を襲ったゾンビを屠った後、二人は高架下に戻り進み始めた。


 ――――この後、幼馴染である主人公に、出会う役目をおわされている、ゾンビ化した女性を残して。




 それから数日、胸に刺さった棘の痛みが、少し和らいできた頃、二人はシェルター付近まで辿り着いた。シェルターは都市の中央にある公園の地下に存在する事は、セディーラの書で確認済みだ。



「いやぁぁぁぁぁぁ!!」「きゃぁぁぁぁぁ!!」


「アア……ウアァァァ…………アア……」


 もう少しで到着と言うところで、二人の耳朶を甲高い悲鳴と、不気味な声が叩く。


 そちらを見れば、6人の幼い子供と、それに食らいつかんとする3体のゾンビの姿があった。


「ルーラ、行っても大丈夫か?」すでに姿勢を低くして、走り出す構えをとった、フレアが問いかける。


「うん、あの子たちは脇役だよ! 助けよう! 救える命だ!!」


 そう言いながら、すぐに行けとばかりにフレアの背中を叩く。


「なにかあったら障壁を使え! 必ず10秒で助けに戻る!」



 それだけ告げると、ルーラを残して、子供たちの元へ向けて道路を蹴り飛ばす。その衝撃でアスファルトがめくれ上がった。


 子供の元へ辿り着いたフレアは、今にも子供に噛みつかんとするゾンビの首を、後ろから掴み、地面に頭部を叩きつける。『ズンッ!!』地面が陥没した以上に頭がめり込んでいる。頭蓋骨を破壊したのは、疑いようも無い。……まずは、一体!


「ウオアアアアアァァァァァァ!!」


 フレアを獲物と認識した2体目が、しゃがんだフレアに覆いかぶさろうと、一歩前に進んだ。フレアは立ち上がる勢いそのままにフック気味のアッパーを顎目掛けて叩きこむ。『グシャ!!』その一撃は首を折るどころか、頭を粉々に粉砕した。……くそっ、加減を誤った、子供に見せて良いもんじゃない!!


「あっ………あぁ………」


 フレアの心配した通り、口をあんぐり開けた子供が、ぺたりと床に座り込んでしまった。その様子に苦笑いしながらフレアは、最後の敵に向かって行く。


 ゾンビに恐怖心は無い。仲間の悲惨な姿などお構いなしに、両手を伸ばしてフレアに掴みかかる。


「お前の最終回は、とっくに終わっている……もう眠れ」


 フレアは、一歩踏み込むと、指先を軽く曲げた手をゾンビの頭部に押し当てる。直後、身体を捻り腕を押し出す。


『ゴッ!!――――――――――――――――ガシャァン!!!!』


 最後のゾンビは、フレアの掌打を食らって、道路の向こう側にあった、衣料品店のショウウィンドウを突き破って、建物の闇に消えた。……今回は上手くいった。もう手遅れかもしれないけどな…………。



 子供たちが、何が起こったのか分からないといった表情で固まっている。その前に立ち、困り果てていたフレアに、救いの手が差し伸べられる。


「君達、大丈夫かい? ビックリしちゃったかな? このお兄さんは、ゾンビの襲来が後3日遅ければ、確実にボクシングの世界チャンプになっていたと噂される凄い人なんだよ!」


 ……助けに来てくれたのはいいが、その言い訳は、幾らなんでも苦しくないか……。


「ボクシングすげー!! お兄ちゃん、シュッシュって、やって見せてよ!!」


「お、お兄ちゃん……ありがとう……怖かった……怖かったよ……」 


 ……そうでも、ないだとっ!?




 すっかり懐いた子供たちに、フレアは、しゃがんで目線を合わせてから質問する。


「お前達、何でシェルターに行かないんだ? こんなところを子供だけで歩いてたら危ないだろう?」


 その質問をした途端、明るかった子供たちの顔に影が差してしまった。そして、一人の少女が代表して、か細い声で話し始める。


「入れて……もらえなかった…………ダメだって……噛まれてるかもしれないから、入っちゃダメだって……」


 フレアは一瞬目の前が真っ白になった。だが、ここで冷静さを失ってはいけないと自分に言い聞かせて、再度問いかける。


「噛まれたのか?」「噛まれてない……誰も噛まれてない……」


 ルーラは、フレアが拳を強く握ったのを見逃さなかった。怒りのままに突撃されては、相手に断る為の大義名分を与えてしまう。だから、すかさず話に割ってはいる。


「フレア君、この子たちを連れて、シェルターに行ってみよう。ボク達が話せば入れてもらえるかもしれないよ!」


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