暗黒神の遺伝子を受け継ぐ者
ダン・カーティンはある街に暮らす新聞記者だ。
主に事故や事件などの社会面を担当している。
はっきり言って仕事はキツい。
そして、悲しい。
何の罪もない人が不幸になった事を伝えなければならないのだから。
今日は珍しく大きな事件などは起こらず、公園で昼食を取っていた。
すると、木の陰からこちらをジッと見つめている少年を見つけた。この時間に少年がこんな所にいるのは不思議だ。何故なら、普通はこの時間は学校に行ってるはずだからだ。
しかし、少年はサンドイッチを食べてるダンを羨ましそうに、見ていた。ダンは思った。あの少年はお腹が空いてるのかもしれない。試しに話しかけてみた。
「こんにちは。どうしたんだい?学校は?」
すると少年は悲しそうな顔をして言った。
「お父さんも、お母さんも事故で死んだの…。今はお祖母さんと暮らしてるんだ。」
少年は悲しそうな顔をして言った。
ダンはなんて事だろうと思った。こんな小さな子供を残して天国に旅立った両親はさぞかし、無念だったろうと。ダンは悪い事を聞いてしまったなと思った。ダンは少年に近づいた。
「お腹は減ってないかい?サンドイッチで良ければ一緒に食べないかい?」
すると少年は嬉しそうな顔をして、ダンに近づいてきた。どうやらお腹が空いているらしい。
「ありがとう。」
「構わないよ。好きなだけ食べるといいよ。」
少年は美味しそうな顔をしてサンドイッチを頬張った。
「僕はダンだよ。君の名前は?」
「初めまして、ダン。僕はグインだよ。」
ダンは変わった名前だなと思った。もしかしたら、この国のお祖母さんに引き取られてきたのかもしれない、そう思った。
「グイン。君は何歳なんだい?」
「八歳だよ。もう一つ食べてもいい?」
「勿論だよ。学校は?」
「今、お祖母さんが手続きしてるんだって。だから、まだ、行ってないよ。」
「そうかい。学校に早く行けるといいね。」
「どうして?」
グインは意外な事を聞いてきた。
普通はこの年の子供なら、学校に行って友達を作りたいと思うものじゃないだろうか?
将来の夢を叶える為に、勉強したいものじゃないんだろうか?
ダンはグインに尋ねた。
「学校に行きたくないのかい?」
「勉強はしたいけど…。友達が僕に出来るかな?」
「勿論だよ。たくさん友達が出来るさ!楽しいよ!」
「ふーん。そうなんだ。友達が僕に出来るかな?」
「大丈夫だよ。きっと出来るさ!将来は何になりたいの?」
「うーん。まだ、決めてないよ。前はサッカー選手になりたかったけど…。体が弱いから、あまり激しい運動はしたら駄目なんだ。」
「そうかぁ…。でもね、グイン。夢は必ず叶うよ!そのために努力をすればね。きっと君にも素敵な夢が見つかるよ!だから、諦めないで!夢を持つんだよ!」
「ダンは何の仕事をしてるの?」
「私は新聞記者だよ。あまり、優秀じゃないけどね。」
「へぇー!そうなんだ!格好いいね!」
「そうかい?格好いいかい?」
「格好いいよ!そっかぁ、ダンは新聞記者なんだぁ。」
グインは美味しそうにサンドイッチを頬張ると、にっこりと笑った。ダンは少し安心した。この子にも子供らしい笑顔があることに。
「ねぇ!ダン!僕も取材がしてみたいな!連れてって?」
「駄目だよ!危ないからね。グインの家はどこだい?家まで送るよ。」
グインは少し、残念そうな顔をした。
「家は遠いのかい?」
「ううん。この近くだよ。」
「一人で帰れるかい?」
「ダンと一緒に帰りたいな。だめ?」
「分かった。家まで送るよ。」
そう言うとダンは立ち上がった。
するとグインが手を握ってきた。
ダンはハッとした。もしかして、この子は自分に父親の影を重ねているのかもしれない。それに、子供一人では事件に巻き込まれないとも、限らない。ダンはグインを送っていく事にした。
グインはダンの手を握りながら、楽しそうに歩いていた。
しかし、突然、表情が変わった。グインは道路の遠くを見つめていた。
「どうしたんだい?」
「ダンは新聞記者なんだよね?」
「そうだけど?」
「もうすぐ車が暴走してきて大きな事故が、あの交差点で起こるよ!」
ダンはまさかと思った。いくら子供が想像力が豊かでも、それはあり得ない。現に普通に車は行き来している。とても、事故が起こりそうな雰囲気はない。ダンはなぜグインがそんな事を言うのか分からなかった。
しかし!
一台の赤い乗用車が、パトカーに追われながら暴走してきた。
そして、交差点を無理に突っ切ろうとして複数の車と衝突した。
ダンは咄嗟にカメラを構えると、写真を撮った。かなり大きな事故だ。そして運転席から出てきた柄の悪い男が警察に捕まった。
ダンは咄嗟にシャッターを切った。何枚も何枚も撮影した。
そして、ハッと気がついてグインの方を見た。
グインは冷静に、その様子を見つめていた。
「グイン…。」
「だから言ったでしょ?いい写真が撮影出来て良かったね!」
「グイン…君は…一体…。」
「誤解しないでね!向こうから不幸がやって来ただけだよ。僕が呼び寄せた訳じゃないよ。」
ダンは新聞記者として、咄嗟に反応したもののグインの予言とも言うべき言葉に驚いていた。まさか、この子には未来が見えているのか?
そんなはずはない。ダンは頭の中が混乱していた。
「本当だよ。僕が呼び寄せた訳じゃないよ。いつも不幸が向こうからやって来るんだ。」
ダンはグインの肩を掴むと屈んで言った。
「君の周りではよく、こういう事が起きるのかい?」
「そうなんだ。だから、友達が出来なくて…。ダンは僕の事が嫌いになった?」
グインはダンを見つめると、寂しげな顔で言った。
ダンはグインににっこりと微笑むと、優しく語りかけるように言った。
「そんな事ないさ!君のお陰で仕事が出来たよ。ありがとう!」
「ダン!こちらこそありがとう。僕の事、嫌いにならないでね!友達になってくれる?」
「勿論だよ!もう友達だよ!」
ダンはにっこりとグインに微笑んだ。
すると、グインがまた、ダンの手を握ってきた。
ダンは優しく包むように、グインの手を握った。
しばらく歩くと、一軒の古びた家の前に着いた。
すると中から老齢の女性が出てきた。
「グイン!どこに行ってたの?心配したのよ!」
「ごめんなさい。お祖母さん。紹介するね。ダンだよ!」
「初めまして。ダンです。この子が一人で居たので何かあってはと思い、送ってきました。」
「まぁ!そうですか!親切に、どうもありがとう!」
「ダン!家に入って!いいでしょ?お祖母さん!サンドイッチをご馳走になったから、紅茶を入れてあげて。ダン、入って!」
「まぁ!この子がサンドイッチをご馳走になったんですか?其れでしたら、ご都合がよければ紅茶でもいかがですか?」
「いえ。今日はこれで失礼します。グイン!お祖母さんに心配をかけたら駄目だよ!またね!」
「そんな事を仰らず、お茶をいかがですか?あの子が人になつくなんて珍しいので。」
「はぁ…。では、お茶を一杯だけで失礼しますね。」
ダンはお祖母さんに招かれて部屋の中に入った。
中はそれほど広くはないが、綺麗に掃除がしてあり、木目調の内装が落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
お祖母さんは紅茶を入れてくるとダンの前に置いた。
「あの子は不憫な子供でして…。あの年で両親を事故で亡くしましてね。それからは、ずっと暗い顔をしていたんです。私も心配をしてまして…。」
「そうですか…。」
「でも、今日は珍しくあの子が貴方を連れてきて…。正直、驚きました。」
「そうなんですか?珍しいんですか?私といる時は子供らしかったですが…。」
「あの子の笑顔を見たのは久しぶりです。良かったら、時々でいいので家に来てくださいませんか?私とではあの子も退屈みたいで…。」
「あっ…はい。私で良ければ。」
「ありがとう。」
お祖母さんはほっとした顔をして、ダンを見つめた。
きっとグインの心には両親のいない事が大きくのしかかっているに違いない。ダンは胸が熱くなるのを感じた。
世の中には、色々な人がいる。しかし、自分が少しでもこの少年の役に立つならとダンは思った。
薫りの良い紅茶がダンの心を落ち着けた。
ダンは会社に戻るとすぐに、さっき撮影した写真を確かめた。
間違いなく犯人の顔まで撮影出来ている。ダンは上司に事情を説明しながら写真を見せた。
「やったな!ダン!スクープだ!おい!紙面を変えるぞ!みんな集まれ!」
ダンはその日、ちょっとしたヒーローになった。
ダンは家に帰ると、恋人のマーガレットに電話した。
マーガレットはとても喜んでくれた。ダンはマーガレットに週末に会う約束をすると電話を切った。
翌日、会社に出勤すると編集長から呼ばれ、随分と褒められた。
ダンは嬉しさを隠せなかったが、何とか平静さを保っていた。
ダンは昼休みになると、昨日、グインと会った公園に向かった。
するとグインがダンを待っていたかのように、公園のベンチに座ってた。
「やぁ!グイン!」
「あ!ダン!」
グインは満面の笑みを浮かべてダンを迎えた。
ダンにはそれが嬉しかった。
「グイン。また、家を抜け出したのかい?お祖母さんが心配をしてるぞ!」
「大丈夫だよ。今日はちゃんと言ってから出て来たから。」
ダンは今朝の新聞をグインに見せた。
「どうだい?昨日の写真だよ!凄いだろ?」
「良かったね!ダン!」
「グインのお蔭だよ。」
「ダンは事故とかの記事を書いてるの?」
「うん。そうだよ。どうして?」
「だったら一緒にきて!」
そう言うとグインはダンの腕を引っ張った。
「どうしたんだい?グイン?何かあるのかい?」
「もうすぐ火事が起きるよ!早く来て!」
「え?」
ダンは半信半疑でグインと一緒に歩いた。
すると、一軒のマンションから火が出ているのが見えた。
ダンは消防に通報すると、マンションの中に入ろうとした。
するとグインがそれを止めた。
「危ないよ!ダン!それより写真を撮らないと!もうすぐ消防車が来るから!」
グインに促され、ダンはカメラのシャッターを切った。
まだ、警察が来る前だったのでかなり迫力のある写真が撮影出来た。
しばらくすると、何台もの消防車が到着し、警察も野次馬を整理する為に到着した。
ダンは呆気にとられていた。グインの言う通りに火事が起こったからだ。
「グイン…。君は…一体。どうして?」
「誤解しないでね!火事を起こしたんじゃないよ。不幸が向こうからやって来ただけだよ。いつもそうなんだ。不幸が向こうからやって来るんだ。」
「グイン…。」
「ダン…。僕の事が嫌いになった?」
「ならないさ!また、大スクープだよ!ありがとう。」
ダンはグインを抱き締めた。
「痛いよ!ダン!」
「ありがとう!また、大スクープだよ!ありがとう!」
その日は、それで終わった。
ダンはグインを家まで送って行った。
お祖母さんに紅茶を誘われたが、断ってこのスクープを会社に届けた。
ダンはまた、ちょっとしたヒーローになった。
ダンは思った。もしかしたらグインは他の人には不幸を呼ぶ子供に思えるのかもしれないが、新聞記者の自分にはむしろ逆にありがたい存在だと。ダンは渾身の力を込めて記事を書き、会社を後にした。
週末になった。
週末の昼下がり、ダンは恋人のマーガレットと会っていた。
マーガレットは新聞を取り出すと、嬉しそうにダンに見せた。
「凄いわ。ダン!スクープね!おめでとう!」
「ありがとう。」
「最近、ついてるのかしらね?」
「いや…。実は…。」
ダンはグインの事を話そうとした。
しかし、急に体の動きがとまり、出来なくなった。
「どうしたの?ダン?ダン!」
「あ…。いや…。何でもないよ!」
ダンは何故か、頭の中にグインが睨んでる映像が浮かんだ。その途端にグインの事を話せなくなった。
「どうしたの?ダン。仕事で疲れてるの?」
「あぁ。多分そうだよ。ちょっと疲れてるみたいだ。」
「体は大事にしてね!」
「ありがとう。大丈夫だよ。」
ダンは何故か、冷や汗が出て来てグインの事を話せなかった。
その日、二人は普通にデートをして、一日が終わった。
それから、一ヶ月経った。
ダンはその間、忙しく働いていて、グインと会う事はなかった。
ある日、久しぶりにダンはグインと会ったあの公園に向かった。
すると、グインが寂しげな顔をして、公園のベンチに座っいた。
「やぁ!グイン!久しぶり!」
「ダン!」
グインはダンに飛び付いてきた。とても子供らしい笑顔が印象的だった。
「久しぶり!グイン!元気だったかい?」
「うん。元気だよ!良かった。」
「何が?」
「ダンに嫌われたのかと思ってた。」
「そんな訳ないじゃないか?どうして、そう、思ったの?」
「だって…。僕は不幸を呼ぶ子供だから…。」
「とんでもないよ!グイン!君のお陰でスクープが物に出来たんだから!」
「そう?それなら良かった!」
「サンドイッチ食べるかい?」
ダンはグインにサンドイッチを差し出した。
グインは頷くと、美味しそうな顔をしてサンドイッチを食べた。
その後、ダンはグインを家まで送ろうと一緒に歩いた。
「ダン!ここでいいよ!ありがとう!またね!」
そう言うとグインは前を見ずに駆け出した。
すると、一台のトラックが交差点の左から凄いスピードで出てきた。
ダンは思わず叫んだ。
「危ない!グイン!」
無情にもトラックはグインの小さな体を撥ね飛ばした。
ダンは慌てて、グインに駆け寄った。
「グイン!しっかりしろ!グイン!」
運転手が慌てて降りてきた。
ダンは直ぐに救急車を呼ぶように、運転手に指示をした。
「しっかりしろ!グイン!しっかりしろ!グイン!」
それからグインは救急車で病院に運ばれた。
ダンは急いでグインのお祖母さんに電話した。
病室にグインが戻って来るのが、あまりに早かった。
医師の話では、もう、手の施しようがないとの事だった。
ダンはグインの手を握りながら、必死に神に祈った。
両親を事故で亡くし、今、また、グインまでもが事故で亡くなろうとしている…。そんな馬鹿な話はない。ダンは必死に神に祈った。
グインの目が少しだけ空いた。
「グイン!私がわかるかい?グイン!しっかりしろ!」
「ダン…。僕の最後の願いを聞いてね!」
「何を言ってるんだ!グイン!しっかりしろ!」
グインは虚ろな目でダンの手を握りながら、何か、呪文のような物を唱え始めた。
「カイザード・アルザード・アルハザード・メフィラザード・キース・ストゥルク・ハンセ・ここに集え冥界の賢者。来たりて我の最後の願いを叶えたまえ。クトゥルフル・フタグン。」
「グイン!しっかりしろ!グイン!」
「大好きだよ、ダン。僕の事を忘れないでね。きっと帰って来るからね!」
「グイン!何を言ってるんだ!しっかりしろ!グイン!」
グインのお祖母さんが到着した時にはグインは亡くなっていた。
二人は、グインの手を握りながら泣いた。
グインのお葬式には、ダンとマーガレット、それから神父とグインのお祖母さんだけが出席した。とても寂しいお葬式だった。
それから三年の月日が流れた。
ダンとマーガレットは結婚し、二人の間に男の子が産まれた。
今日はマーガレットとダン、そして息子のデビットを連れて家に三人で初めて入った。
ダンとマーガレットは息子のデビットを抱っこするとソファーに座った。
「どう?デビット?ここがあなたの家よ!」
「デビット?お父さんがんかるかい?」
二人は幸せの絶頂にいた。
すると、デビットが笑った。
「あら?デビットが笑ってるわ!」
「デビット?お父さんが分かるかな?」
「ダン。まだ、わからないわよ!」
「そうだよね!」
二人は笑いあった。
その時だ。
誰かの声がした。
「ただいま!ダン!」
「え?ダン!今、あなた何か言った?」
「いや…。君こそ何か言った?」
二人は顔を見合わせてデビットを見た。
すると!
デビットは赤ん坊とは思えない顔で言った。
「ただいま、ダン!帰ってきたよ!大好きなダンの所に!」
その声はグインの声だった。