異形の神
◎今回登場の敵:
☆邪教団メサイア
★大神官ハーデス
★神官(内通者)ロイド
★メサイアの信者
大神官ハーデス。
その者が現れた瞬間、メサイアの信者達は劣勢の状況により失いかけていた士気を取り戻した。
方やスター・ブレイズは新たに現れた敵を見て眉を細めた。
「何なんだあいつ? いきなり現れた!」
「転送魔法ですわ、あれが使えるとなると相当な使い手ですけど……」
アレンが言うとこの中で1番魔法に詳しいリリーナは顔を顰めながら説明する。
転送魔法は空間と空間を繋げる事で別の所に瞬時に移動できると言う魔法である。
しかしその為には強力なイメージと莫大な魔力を消費する為に気軽に使えると言う物では無かった。
勿論リリーナも使えない訳では無い、しかしリリーナでもこの魔法を使って移動できる距離はホンの20~30メートル程度…… 目の前にいるハーデスと言う者が何処からやって来たのかは定かでは無いが、メサイアの信者達の反応を見れば誰でも分かる。
ハーデスにはまだ余裕があると言う事だ。
「舐められたモンだぜ」
「だがようやくボスのお出ましって訳だな、こいつを捕まえればデーモスの居場所が分かる」
アレンは剣を構えながら言う。
他の者達も身構えて臨戦体制を取った。
だが……
「皆、気を付けて!」
アイファが言って来た。
仲間達が振り向くとアイファは顔を青ざめて震えていた。
「こいつ…… 変な気配がする!」
「変な気配?」
アレンは眉間に皺を寄せた。
一同は再びハーデスを見た。
信者達が左右に別れるとハーデスは間をかき分けながら前に出るとフードを脱いで仮面を外した。
年は20後半から30前半ばだろう、前髪を真ん中でかき分けて後ろ髪はうなじで縛った金の髪、整った顔立ちと白い肌に青い両目の青年だった。
「なんですの? 意外と普通…… って言うかイケメンですわね」
「リリーナ、そんな事言ってる場合じゃ……」
ルイスはリリーナに言う。
しかしアイファの方を見ると顔を顰めた。
相手が美系ならばアイファも食い付く所だが、アイファはまるで得体の知れない怪物を見ているかのように怯えていた。
一方ロイドはハーデスの横に立つとスター・ブレイズに向かって言って来た。
「ハハハハハッ! 神は我等を見捨ててはいなかった。ハーデス様が来てくれた以上お前等はお終いだ!」
虎の威を借る狐と言う奴だろう。
まるで仕掛けた喧嘩で負けそうになった時に偶然親が通りかかった親に泣きつくような感じだった。
だがその様子にハーデスは激昂した。
「黙れ、この愚か者っ!」
「ハ、ハーデス様ッ?」
ハーデスはロイドを見下すと目を吊り上げて叫んだ。
「我々の計画はまだ実験段階なのだぞ、それを子供とは言え敵に気付かれ、あまつさえ無様な醜態をさらすとは…… 貴様は我等メサイアの顔に泥を塗ったのだぞッ!」
「も、申し訳ございません、どうかアビス様にだけは御内密にぃ!」
「……フン、まぁいい、問題は奴らだ」
ハーデスはスター・ブレイズ達を見た。
「貴様達の能力は認める、だが我等の浄化を邪魔した事は万死に値する」
「ふざけるな! 人々を苦しめて置いて何が浄化だ!」
アレンは叫んだ。
アレンの脳裏に第7支部で苦しむ人達の顔が浮かんだ。
戦乱の時代から終わり、やっと訪れた平和の中で人々は生きていた。それを踏みにじったメサイアを許しては置けなかった。
その気持ちは仲間達も同じだった。
「隊長の言う通りよ、貴方達のした事はテロ行為以外の何物でもないわ!」
「それをテロリストが偉そうに…… 反吐が出ますわ!」
「テメェらこそ今ここで降伏しやがれ! テメェの仲間だって殆ど戦えねぇんだ」
ユウトは切っ先を向けた。
しかしそれで降伏するメサイアではなかった。
確かに降伏しろと言われて降伏するくらいなら初めからテロリストにはならないだろう。
するとハーデスは吐き捨てながら言って来た。
「おろかな、若い命をここで散らすとは…… 銀星系連合軍等と言う低俗な物に属していた事を後悔するのだな」
「ハッ、テメェこそ馬鹿か? どれだけスゲェ奴か知らねぇが、要するに魔法使う前に倒しちまえば良いだけだろ」
ユウトは言った。
ハーデスの得物は杖、先ほどの転送魔法からして魔法攻撃が主体となるだろう。
魔法にはデメリットが存在する、それは威力がある分発動には時間がかかると言う事だった。
勿論銃や刀剣類を隠し持っていないと言う確証は無いが、もしそうだとしてもスター・ブレイズの方に分がある。
するとハーデスは静かに目を閉じながら言い返した。
「フン、ならば見せてやろう、我が偉大なる大司教アビス様より頂いた。この偉大な神の力をなッ!」
ハーデスはカッと目を見開いた。
するとどうだろう、今まで青かった瞳がドス黒く変色すると、飛び出すなんてレベルを超えて大きく膨張した。
それだけでは無い、ハーデスが大きく体を折り曲げると次第に肩や腕がゴキゴキと不快な音を立てながら膨張し、着ていたローブをビリビリに引き千切った。
「なっ……」
アレンは息を飲んだ。
いや、他の者達も現在起こっている状況に指1本動かす事が出来なかった。
全長5~6メートルはあるだろう、両肩から3本の鉤爪のような突起が生え全身光沢を放つ黒い鉄板を幾つも繋いだようなムカデの様な胴体、頭上にはクワガタの様な2本の角と額に櫛歯状の2本の触角と巨大な2つの複眼の頭部、鋭い爪が生えた5本の指と無数の毒針が生えた腕と二又に別れた爪先の足…… そして1番の特徴は背中に生えた巨大な無数の髑髏模様の蛾の翅だった。
その触角と目と翅には見覚えがある、デーモスの物だった。
「な、何? こいつ? 人間っ?」
「……とんでもねぇ奴が出て来たぜ」
ルイスは冷や汗をかきながら銃を構え、ユウトは眉間をヒクつかせながら舌打ちをした。
メサイア側も見慣れているのだろうが、異形化した姿に少々慄いていた。
そんな敵味方お構いなしにハーデスは言って来た。
『見たか? これぞ我等が主、大教祖アビス様より頂いた神の力だっ!』
巨大化した為か、それとも変身して声帯が変化を起こしたのだろうか、先ほどまで美系の顔に似合っていた透き通っていた声がまるで野太い野獣の雄叫びの様に変わっていた。
「何が神ですの? ただの怪物ではありませんか!」
「こんなモノを…… 狂ってる!」
アレンは剣を構えながら吐き捨てた。
何故入口の怪獣避けの結界が破壊されて無かったか、深夜にして何故村人全員が感染したのか…… それは目の前にいるハーデスが元凶だった。
まずは人間の姿で旅人の姿をして村に入り、寝静まった頃に表に出て変身し、空を飛んで燐粉を飛ばせば村全体に行き届く、後は朝を待って住人が窓や扉を開ければ燐粉が室内に入り込んでデーモス病に感染すると言う筋書きだった。
アレンはデーモスを使ってどうやって村人達を感染させたのかとずっと考えていた。
1番可能性が高いのは大量にクローン再生させたデーモスからかき集めた鱗粉を手下を使ってばら撒いた物だと思っていたのだが、現実はアレンの予想を遥かに上回っていた。
するとハーデスは右手の指を全て伸ばすと掌の中に紅蓮の炎が灯った。
「皆気を付けて、こいつは魔法を使いますわ!」
リリーナはアレン達に叫んだ。
だがその瞬間、ハーデスは右手を突き出して魔法を唱えた。
『ファイザッ!』
ハーデスの異形の手から尾を引いた炎が渦を巻きながら飛んで行った。
「か、回避っ!」
アレンは仲間達に命令する。
スター・ブレイズ隊は左右に跳ぶとハーデスの魔法を交わした。
ハーデスの火炎魔法はアレン達の今までいた場所で爆発すると数メートルが紅蓮の炎に包まれた。
「……何て威力だ」
アレンは爆ぜた地面を見ながら眉間に皺を寄せた。
この中で1番魔法を得意とするリリーナも固唾を飲んで忌々しそうに顔を顰めた。
魔道士としてなら彼女も負けない自信はある、だがそれは年相応の相手か並みの魔道士ならばだ。
魔法の威力は使い手に寄って異なる、『ファイザ』は火炎魔法の中でも初歩の初歩で、訓練すれば誰でも使う事が出来る。
さらに魔力の消費も少ない為に使い勝手が良い、だが使い手によっては上級魔法を上回る威力を持っている。
恐らくアレン達の反応を見る為に撃ったのだろうが、威力はリリーナが使うよりケタ違いだった。
しかし魔法は魔法、どれだけ威力があろうとやられる前にやればいいのは皆も分かっていた。
「このっ!」
ルイスはレーザー銃をハーデスに向けて発砲した。
圧縮されたレーザーが銃口から放たれてハーデスを襲った。
『フンッ!』
ハーデスは両手を構えて防御した。
するとルイスのレーザーは鏡の様に光沢のある外殻に弾かれて四散してしまった。
「くっ!」
ルイスは舌打ちする。
するとユウトは刀を構えて走り出した。
「ならこれでどうだ!」
ユウトはあっという間に間合いを詰めるとハーデスに向かって刀を振り下ろした。
だがハーデスは手を伸ばすとユウトの刀を鷲づかみで止めてしまった。
幾らキレ味の鋭い剣でも刃は立てなければ斬る事は出来ない。
「何っ?」
『フンッ!』
ハーデスは体を捻ると渾身の力でユウトを放り投げた。
「うわああっ!」
ユウトはボールの様に飛んで行くと民家の窓に叩きつけられ、ガラスが音を立てて崩れた。
「ユウトッ!」
「このぉ!」
続けて飛び出したのはアイファだった。
『おろか者め、ファイザッ!』
ハーデスは両手を伸ばすと無数の火球が発射された。
アイファは軽いフットワークで交わして行き、身を屈めると引いた棍を突き出した。
『チッ! ゾーブッ!』
ハーデスは舌打ちをすると別の魔法を唱えた。
するとハーデスの背後に黒い渦の様な物が出来ると後ろに軽く跳んでその中に飛び込んだ。
これは先ほどリリーナが言った転送魔法だった。この渦は空間と空間を繋げて別の場所に移動する事ができる。
「えっ?」
アイファは目を見開いた。
するとアイファの背後に黒い渦が出来るとハーデスが飛び出した。
『死ねぇ!』
ハーデスは背中の翅を大きく広げて羽ばたいた。
すると強力な突風と供に黒い粉が噴き出した。
背筋に悪寒の走ったアイファは顔を強張らせると瞬時に大地を蹴って回避して攻撃を交わした。
しかしハーデスの攻撃は留まらずに直ぐ後ろにいたメサイアの信者達を襲った。
「ま、まずい、逃げろ!」
「「「「「ぎゃああああっ!」」」」」
無事だったメサイアの信者だった者の内、何人かはハーデスの攻撃を回避できたが、そうでなかった者達は巻き添えを食らって吹き飛ばされた。
だがそれだけではなかった。
大地に倒れたメサイアの信者達は呻き声を立てながら苦しみ出した。
「ううっ……」
「がああっ」
仮面越しでも分かる、これはデーモス病だ。
先ほどの黒い粉はデーモスの鱗粉だった。
『チッ、外したか!』
「ハ、ハーデス…… 様ぁ」
デーモス病に侵されたメサイアの信者達はハーデスに向かって手を伸ばして助けを請う、しかしハーデスはお構いなしに背を向けた。
それを見たアレンは眉間に皺を寄せて両肩を震わせた。
「貴様、自分の仲間を……」
『仲間? 何だそれは?』
「何っ?」
ハーデスはまるで汚ない物でも見るかのように目を細めると後ろを見た。
『奴等は所詮私とアビス様の理想を叶える為の道具、代わりなど幾らでもいる!』
「何だとっ!」
ハーデスの非情な言葉にアレンは目を吊り上げた。
だがそれはアレンだけでは無かった。
眉間に皺を寄せ、少々歯並びの悪い歯を軋ませたジンは右拳を強く握りしめると目をカッと見開いた。
「うおおおおーーーっ!」
ジンは目の前で交差させた太い腕を左右に大きく解き放って叫んだ。
すると周りの空気が振動するかのようにざわめき始め、民家のガラスがビシビシと音を立て、アレン達の全身もビリビリと痺れだした。
「ジ、ジンっ?」
アレンはジンを見る。
ジンは目を鋭く吊り上げると自分の上着を脱ぎ捨ててハーデス目かけて走り出した。
ハーデスはそんなジンを見るとその複眼を細めて笑った。
一直線に進んで来るジンは格好の的でしか無かったからだ。
『バカめ、貴様も死ねぇぇ―――っ!』
ハーデスは大きく翅を広げて羽ばたいた。
黒い毒鱗粉が突風に交じりジンを襲うが、当のジンは避けるどころか拳を構えると姿を消してしまった。
『な、何っ? ……ハッ!』
ハーデスは下を見る、するとジンはいつの間にか自分のすぐ側まで移動していて、右手を強引くと渾身の突きを繰り出した。
「ウラァアーーっ!」
ジンの雄叫びと供に拳が腹部にめり込んだ。
『グガァァ!』
ハーデスは体をくの字に曲げながら顔を歪め、口から紫色の体液を吐きだした。
だがジンの攻撃は終わらなかった
右手をハーデスの腹から引き抜くと今度は両拳の連続ラッシュを浴びせた。
「オラァァアアーーーっ!」
『ガァアアッ!』
ハーデスの巨体が揺らいだ。
ユウトの言う通り、ジンは魔法を使わせるつもりは無い、しかも転送魔法はある程度の距離を開いていなければ使う事は出来ない。
状況はジンの優勢になった。
一方、その様子をアレン達は目を丸くしながら見ているとアイファが戻って来た。
「す、凄い……」
「強すぎですわ」
「ああ、そうだな」
息を飲むアイファとリリーナにアレンは賛同する。
そしてアレンはフェニックスのコンピューターで調べたオーガ族のデータを思い出していた。
オーガ族は魔法…… ジンの故郷グラムではかつて『波動』と呼ばれていたのだが、それに必要な魔力こと『波力』はベルシエールとは使い方が異なっていた。
無論一般の魔法同様、自然界のエネルギーと融合させて解き放つ事は出来るしグラムにもいる…… だがオーガ族はあえて魔力を体内の細胞や筋肉繊維1つ1つに沁みわたせ、震撼させる事で戦闘力や身体能力を強化して使っていた。
それが最強の戦闘傭兵民族オーガの戦い方だった。
勿論ジンはこの戦い方を教わった訳ではない、ジンはいつしか自然に使えるようになっていたのだった。
それはオーガ族の血が成せる業、遺伝子に刻まれた戦いの記憶が成せる物だった。
しかし波動には欠陥もあった。アレンはその欠陥を知っていた。
「くっ、サリーはまだか?」
アレンは舌打ちをする。
ジンは両足を曲げて跳躍するとハーデスの顔面に拳を突き立てた。
『ガアアアァァーーーッ!』
ハーデスは地面に叩きつけられるとそのまま地面を砕いて吹き飛んだ。
『こ、小僧…… ムッ?』
ハーデスは何かに気付き空を見上げた。
そこには1つの戦闘機が飛んでいた。
白銀の装甲に左右に4つのミサイルが取り付けられた2枚翼、尾翼に銀星系連合軍の紋章が刻まれたその機体は軍の戦闘機『イーグル』だった。
その操縦席にはサリーが乗っていた。
勿論それを見ているのはハーデスだけでは無かった。
アレンはライセンス・ギアを手に取るとイーグルの中のサリーに連絡を入れた。
「少し遅いよ。サリー」
『ごめん隊長…… って言うかあの怪獣は何?』
「話は後だ。早く『例の物』を!」
『了解』
サリーは通信を切った。
するとイーグルの機体の底が左右に開くとパラシュートに繋がれた『ある物体』が落下して来た。
それはアレン達の近くに落下してきた。
「これは……」
ルイスはそれを見ると目を見開いた。
するとアレンはパラシュートを外しながらルイス達に言った。
「皆、少し悪いんだけど時間を稼いでくれるか?」
「アレン様?」
「何するの?」
リリーナとアイファは首を傾げた。
『舐めるな小僧っ!』
ハーデスは右手で手刀を作るとジンを振り払った。
ジンはアイファほど身軽ではないが、寸の所で後ろに跳んで回避した。
そこをすかさずハーデスは魔法を唱えた。
『ファイザーーッ!』
ハーデスは左手から火炎弾を放った。
無論それも交わされてしまい、ジンのいた場所が爆音立てて砕けた。
少し余裕のできたハーデスは今度は右手も使って両手で同時に魔法を放った。
だがこれもジンは寸の所で回避しながら後ろに跳んだ。
しかしただ下がっていた訳ではない、ハーデスの背中の毒鱗粉が飛んで来ない様に風上に逃げていた。
毒鱗粉は魔法と違い破壊力も殺傷力も無い、だがデーモス病に感染させればひとたまりも無い、しかしその毒鱗粉も当たらなければ意味が無い。
だがそれは魔法も同じだった。
『チッ!!』
分が悪い戦況にハーデスは舌打ちをする、しかしそれはジンも同じだった。
「はぁ…… はぁ……」
ジンは激しく両肩を上下させながら息を荒くした。
それどころか両足もガクガクと痙攣し、顔が汗びっしょりとなっていた。
これが波動の欠点だった。
無理やり身体能力を上げている為に体中にかかる負荷が大きく、体力の消費も激しかった。
それはジン自身が良く知っている、速攻で決着を付けなければならなかった。
「クッ!」
ジンの二の腕に痛みが走った。
自分に明日があれば筋肉痛になるのは間違い無いだろう、だがここで倒れる訳には行かなかった。
ジンはブーツが地面を踏みしめると最後の一撃を決めようと痛みを我慢しながら右拳に力を入れた。
しかしそれよりも早くハーデスが動いた。
ハーデスの特技は火炎魔法と毒鱗粉だけでは無い、間合いが開いた事で転送魔法が可能となった。
右手をジンに向かって広げると掌の中に黒い渦が出来た。
「ワーポスッ!」
転送魔法は大きく分けて2種類存在する。
1つは先ほどから使っていた空間を繋げて移動するゾーブの魔法。
そしてもう1つは離れた場所にある物や遠くにいる人間を手元に呼びだす事を可能にするワーポスの魔法だった。
ハーデスとジンから少し離れていた場所にいたメサイアの信者達が一斉に消えるとジンの周囲に現れた。
メサイアの信者達はこの刹那に何が起こったのか分からず、周囲を見回した。
するとロイドがハーデスに向かって尋ねた。
「ハ、ハーデス様っ? 何をっ?」
『貴様等は奴を抑えろ! そのまま私の炎で消し炭にしてくれる!』
「そ、そんな!」
「それでは我々が……」
『黙れ! 神に選ばれた私に命を捧げるのが貴様達の使命、出来ぬのであれば私が殺す!』
「くッ!」
ロイドを含めたメサイアの信者達はハーデスの恐ろしさに両肩をビク突かせた。
勿論彼等は頭の中では嫌なのは分かっている、しかし断れば殺される恐怖に諦めざるおえなかった。
ロイドは歯を食いしばると意を決して一斉にジンの腕や足を抑えつけた。
「テ、テメェ等!」
ジンは顎を引いて身を震わせた。
それは体力の限界が近いだけでは無い、ハーデスの配下に対する非道な所業に対しての怒りだった。
しかし当のハーデスはすっかり有頂天になっていた。
『クハハハッ! それで良い、煉獄の牙にて消し隅となれ!』
ハーデスは大きく高笑いをしながら右手を広げると先ほどまでとは比べ物にならないくらい圧縮された高密度の火球…… いや、最早小さな太陽と思うくらいの光の球が出来あがった。
「ギガ・ファイザッ!」
火球から先端が3つの火柱が飛び出すと先端が狼の顔を形作って尾を引きながら飛んで行った。
だがその瞬間だった。
「ギガ・アクアスッ!」
突然ジンとハーデスの間に割って入ったリリーナは左手を大地に叩きつけた。
途端大地が大きく裂けると大量の水が噴き出して壁を作るとハーデスの魔法を防いだ。
『何っ?』
「私を忘れて貰っては困りますわ!」
「私達を忘れないで!」
リリーナの隣にルイスが立ち、さらにその隣にアイファが立った。
3人の少女達は昆虫の融合怪獣に向かうと得物を構えた。
その隙にアレンがジンを抑えつけているメサイアの信者達を攻撃した。
勿論相手は人間なので脳天に剣を叩きつけたり蹴り飛ばしたりしてジンからメサイアの信者達を引き剥がしていた。
「うぎゃあっ!」
「がああっ!」
「ぎゃあっ!」
メサイアの信者達は悲鳴を上げながら倒れて行く、すると最後に残ったロイドはアレンに向かって手を振った。
「ま、待て……」
「うるさい!」
アレンは渾身の力でロイドを殴り飛ばした。
「ギャアアッ!」
吹き飛ばされたロイドは大地に叩きつけられると白目を剥いて気を失った。
だがジンは顔を顰めながらその場に膝を着いた。
「大丈夫か? ジン!」
アレンはジンに膝を着いた。
するとジンはアレンに向かって叫んだ。
「……本当におせっかいが好きな奴だな、俺よりあいつを倒せば良かっただろ」
ジンの事は忌々しそうに言う。
しかしアレンは鼻で笑いながら立ち上がってジンに言い返した。
「オレも言ったはずだ。君の力を貸してほしいって…… 簡単に倒れられたらこっちが困る」
「ハッ、言ってくれるぜ」
ジンは目を背けて吐き捨てた。
するとアレンは白くて並びの良い歯を見せると後ろを見た。
「まだ行けるよな?」
アレンは後ろにある物に向かって親指を付き立てた。
その先にあったのはサリーが運んで来た物体、それはジンのナイトだった。
するとジンは吐き捨てながら立ち上がった。
「当たり前だ!」
ジンはナイトに向かって走って行った。
それを見届けたアレンはライセンス・ギアを手に取ってナイト召喚のアプリを押した。
スター・ブレイズ隊の隊員達は問題は多いが実力は折り紙つきだった。
ルイスの射撃、リリーナの魔法、アイファの体術は同世代の者達と比べると群を抜いている。
しかしそれはあくまで相手が人間や並みの怪獣相手ならばの話だった。
「このっ!」
「エアードッ!」
ルイスはレーザー銃を連射しまり、リリーナはルーン・アローを媒介に無数の風の弾丸を解き放った。
しかしいずれにしろ2人の攻撃は跳ね返されてしまった。
しかしそれは計算の内だった。防御している間はハーデスは仕掛けては来れなかった。
その間アイファが棍を構えて突進するとハーデスの体中を叩きつけた。
「ホァチャアーーーッ!」
ガンガンガン! と金属でも叩くかのような音が響く、やはりアイファではパワー不足だった。
『この小娘どもが!』
ハーデスは右手を振るうとアイファがルイス達の側まで吹き飛ばされた。
「きゃああっ!」
「アイファ!」
ルイスはアイファの側に寄って膝を曲げた。
するとハーデスは左手を前に出して火炎魔法を解き放った。
『貴様等もだ! ファイザッ!』
渾身の魔力を込めた魔法はリリーナの風魔法を突き破り、ルイス達の手前で爆発した。
「「きゃあああーーっ!」」
ルイス達は爆煙に包まれながら吹き飛ばされて地面に転がった。
すると元々ルイス達のいた焼け焦げてくだかれた地面を踏み締めながらハーデスがやって来た。
『小娘どもが! 貴様等もデーモス病にしてくれる!』
「くっ……」
ルイス達は身を竦めて顔を強張らせた。
ハーデスが翅を大きく広げた瞬間。
「させるかぁーーーッ!」
そこへ個人型ナイトを装着したアレンが空を裂きながら飛びかかった。
そして下半身を折り曲げて頭と足が逆位置になると右足を突き出した。
アレンの飛び蹴りがハーデスの腹部に炸裂するとハーデスは体をくの字に曲げながら吹き飛んだ。
『グギャアアッ!』
ハーデスの巨体が地面に転がった。
アレンはその場に降りるとルイス達を見た。
「皆、大丈夫か?」
「アレン様!」
「隊ちょ~、遅い~っ!」
「2人供落ちついて、隊長には時間が無いのよ!」
「大丈夫だよ、今回は相方がいる」
アレンの見た先にはジンがいた。
ジンはルイス達の横を通ってアレンの隣に立って肩を並べた。
するとその様子を見ていたハーデスは憎しみに顔を歪ませて紫色の鮮血を吐きながら腹部を抑えて立ち上がった。
『お、おのれぇ…… 次から次へとぉ……』
ハーデスは頭に血が昇っていた。
しかし腹に走る痛みとジンから受けたダメージを考えると顔を顰めるとこれ以上の戦闘は不利と判断した。
するとハーデスは身を屈めると翅を大きく広げて羽ばたいた。
翅から発せられる毒鱗粉と土煙が巻き上がるとハーデスの巨体がフワリと浮かび上がった。
アレンとジンはナイトを装着している為に毒鱗粉は効かないだろう、しかし後ろにいるルイス達は別だ。
そうでなくともこんな台風でも来たかのような風圧ではロクに動く事すらできなかった。
「くっ、逃げるのかっ?」
アレンは叫んだ。
ゴーグルに映るタイム・リミットが40秒を切るとアレンは舌打ちした。
するとハーデスは皮肉交じりに言い返した。
『クハハハッ! バカめ! 地を這うゴミ供の相手などしていられるか! この神の力さえあればこの星は我々の物、その辺の人間達を皆殺しにしてくれるわ!』
ハーデスが勝ちを確信して高笑いを擦る。
だがハーデスは忘れていた。アレンが飛べると言う事を……
アレンは背中のブースターを発動させるとハーデス目がけて飛び出そうとした。
ところがその時、ハーデスの近くの民家の屋根から1つの黒い影が飛びあがった。
『何っ?』
「俺を、忘れるんじゃねぇーーーっ!」
影の正体はユウトだった。
ユウトは刀を上段に構えると驚きに顔を歪めていたハーデスの背中目がけて振り下ろした。
『ギャアアアーーーーッ!!!』
ハーデスは大きな翅を1枚切り落とされるとバランスを崩すと地面に落下して叩きつけられた。
「ユウト!」
「ぐっ!」
ユウトはその場に片膝を着いた。
恐らく今まで頭を打って気を失っていたんだろう、頭から血を流していた。
だがユウトは切っ先を地面に突き刺して立ち上がるとアレン達に向かって叫んだ。
「隊長! 今だぁーーっ!」
「分かった!」
アレンはユウトに頷くとジンを見た。
するとアレンを見ていたジンは目を反らすと顎を引くとヘビィ・ナックルを構えた。
アレンもオーラ・ブレードを召喚して両手で握りしめた。途端鍔部分が左右に開くと鍔元から黄金の光が包み込んだ。
すると2人は同時に大地を蹴るとハーデスに向かって最後の勝負を挑んだ。
「「うぉぉおおおーーーっ!」」
2人の咆哮が轟く。
ハーデスが立ちあがると同時にアレン達は両足を揃えて大ジャンプ、アレンは大きく振り上げたオーラ・ブレードを、そしてジンは上半身を捻ると右拳をハーデスに解き放った。
強力な斬撃と拳打が悪しき邪教徒に炸裂した。
『ギャアァアア―――ッ!!』
ハーデスは巨体を仰け反らせると断末魔を上げた。
そしてグラリと体が揺らぐと地響きを立てながら仰向けに倒れた。それと同時にアレンのナイトが強制解除された。
するとハーデスの体がしぼみ出し、元の人間の姿に戻ると青空に浮かぶ太陽を見ながら手を伸ばした。
「か、神よ…… 何故…… ガハァ!」
ハーデスは血を吐いて事切れた。
アレンは深く息を吐きながら言った。
「自分の胸に聞いてみろ」
その後日。
ハーデスと犯行に加担したロイドを含めたメサイアの信者達は連合軍に身柄を拘束された。
デーモス病に侵された人々もハーデスの血液から作られた血清のおかげで死の運命から逃れる事が出来た。
勿論不正を行っていた第7支部も全ての事実を暴かれ、クラウスとジンに暴行を受けた隊員達も逮捕された。
要件が済んだスター・ブレイズ隊はフェニックスの給油と補給を済ませると再び宇宙へ舞い上がった。
それから3日後の事だった。
司令室ではアイファが自分のデスクでうつぶせになっていた。
「納得いかな~い、何でアタシ達が手柄をあげなきゃいけないのよ~?」
「まだ言ってるの? いい加減に諦めなさい」
「だってぇ~~、何でアタシ達が評価されないのよ~? 明らかにあいつ等の連中の責じゃな~い」
「ベルシエール支部の人達が全員悪い訳じゃないでしょう、それに第7支部の関係の無い人達も謝ってたんだし」
「そうだけど~~……」
しかしアイファが不満を言うのも無理は無かった。
スター・ブレイズ隊の任務はあくまでも苦情処理、依頼を要請した第7支部が不正を行っていたとしても、それはあくまで末端の不祥事であり、ベルシエール支部その物に落ち度は無い。
つまり手柄は全てベルシエール支部本部の物になる。
ただ何も無い訳ではない、多少の問題は起こったが本来の目的であるデーモス病の血清を作って多くの人々を救い、メサイアの幹部の1人を拘束した功績は明らかに大きい、上層部も高く評価してくれるだろう。
ただ1つの例外を除いて……
するとサリーが自分のデスクでため息を零しながら言って来た。
「ジンには悪い事をした。それを見抜けなかった私達は偏見」
「全くだ。まさか俺達の為だったなんてな…… その失態もその日の内に始末書書いてたなんてな」
続いてユウトも言った。
ジンはマーカーから1週間の謹慎処分を与えられた。
如何に相手が不正を犯していたとはいえジンのした事も明らかな不正行為、ケジメは必要だった。
「ま、まぁ…… 仕方ありませんわね、単に謝るのが下手なだけでしたし、こんな事で一々怒る程私は子供ではありませんわ」
「ハッ、良く言うわよ、ムカツクとか言ってたクセに」
「それは貴女もでしょう、彼はちゃんと誠意を込めて謝っていましたのよ! 気付かなかったのは認めますけど……」
リリーナは目を反らした。
実はリリーナの机の上を密かに掃除し、手作りのクッキーを置いていたのは誰であろうジンだった。
謝ろうにもどう言って良いのか分からずに自分の部屋のネットで焼き菓子の作り方を調べ、備え付けのキッチンで作ったのだと言う、スター・ブレイズ隊の私室は簡単な料理なら作れるキッチンがあるので材料さえ手に入れればそれは可能だ。
ただ不器用過ぎる為に何回も失敗したらしく、ゴミ置き場には失敗したクッキーの山が積まれていたと言う。
ちなみに何故アイファだけ何も無かったのかと言うと、アイファのデスクの上が漫画や玩具だらけで、どう片付けて良いのか分からなかったらしい…… 下手に手を付けて読みかけの漫画やまだ見て無い漫画をごちゃ混ぜにしてしまったら混乱すると思ったらしい。
「過ぎた事を言っても仕方ないわ、開き直る訳じゃないけど…… 帰って来たら皆でもう一度謝りましょう、それしかないわ」
ルイスが言うと皆頷いた。
「そう言えば隊長はどこだ?」
「またジンの所、さっき会った」
「って言うか、どうして毎日毎日ジンの所にいくんですの? 未来の妻がこんなに心配していると言うのに……」
「誰が未来の妻よ、誰が!」
「そうね、隊長はそんな人じゃないわね」
ルイスの声が裏返った。
皆ルイスを見ると下目蓋をヒクつかせた。
その頃、アレンは食堂で買った缶ジュースを2つ手に持ちながらジンのいる留置所へ向かった。
フェニックスの内部にも捕えたテロリストや犯罪者を投獄して置くスペースが存在する、それはどの部隊でもある。
規律を違反をしたり不正を犯した者も一時的に収容して置く反省室も兼ねているのだが、ジンの場合は1年の内3分の1はそこに押し込められていた。
ただ戦艦内には非戦闘員もいる為に独房の警戒や警備は厳重で、居住区や食堂等とは遠く離れた場所に造られている。
さらに入口と内部では武装した係員が待機しており、部屋に入ってからも武装した係員が待機しており必ずボディチェックを受け、さらに差し入れ等も徹底的に調べられると電子ロック式の20センチはあるだろう分厚い扉を潜る事が許される。
そこから先は左右に無数の扉が開きっぱなしになったベットと手洗い付きのトイレしかない独房が現れ、アレンはそこを歩いて行くと唯一分厚い扉が閉じている独房の前へやって来た。
ちなみに牢屋の扉も電子ロックで、パスワードと専用のカードキーが無ければ開ける事はできない。
「ジ~ン、いるな~」
アレンは扉をノックするとドアの下部分にある食事を差しこむ部分に持って来た缶ジュースの2本の内の1本差し入れた。
そして自分も扉に背を開けるとしゃがみこみ、缶ジュースの蓋を開けて口を付けた。
すると扉の内側で物音が聞こえた。ジンも内側で同じようにジュースを受け取り扉に背を当てて座ったんだろう。
するとジンの声が聞こえて来た。
「……何のつもりだ?」
「ん?」
「誤解を解いてくれた事は礼を言う、だが何でお前はオレに関わるんだ?」
ジンは尋ねた。
この3日間ジンはジンなりに考えていた。
自分はこのフェニックスの中でも嫌われ者…… とは行かなくても自分をここまで信じてくれる者はいなかった。
ハーデスと戦った時のナイトにしてもそうだ。
まるで自分が供に戦ってくれる事を見抜いていた上で運んだかのようだった。
そうでないにしろ事は一刻を争う、デーモス病の人達を治すのなら自分を見捨てて戦った方が効率は良かっだ。
ましてアレンの個人型ナイトなら自分が戦っている隙を狙ってハーデスを倒す事くらいできたはずだった。
だがアレンはあえてそれをやらなかった。下手をすれば自分が責任問題になりかねなかった物を……
すると一間置くとアレンは言い返した。
「やっと話したかと思ったらそれか……」
するとアレンはジュースを一口飲むとため息を零しながら目を細めた。
「……辛いだろ? 周りと違うってさ」
「あっ?」
「昔な、1人の子供がいたんだ。その子供は両親を亡くして、一時期は幼馴染の家に預けられた」
アレンは続けた。
その子供は幼馴染と兄妹同然になった。
学校の友達とも遊び毎日が楽しかった。
しかしある日、その子供を父の上司だった者が引き取りたいと言って来た。
幼馴染の家が裕福ではないと言う事を知っていた子供は父の上司の養子になり、住んでいた町を離れる事になった。
子供の生活は凄く裕福な物となった。
好きな事をやらせてもらえたし、望む物は手に入った。
新しい学校でも自分に話してくれたり優しくしてくれる者達は沢山いた。しかし彼等には幼馴染やかつての友人達の様な親しみを込めた眼差しは無かった。
恐らく親に言われたのだろう、全ては少年の養父に取り入ろう、もしくは養父の息子と仲良くしておけば将来自慢が出来る、それを真に受けた子供達は少年に取り入ろうとした。
家でもそうだった。使用人達は必要以上の事は話して来ず、ただ機械の様に仕事をしているだけだった。
まるで自分は養父のおまけ…… 客寄せの動物の様な存在だった。
決して彼らは悪意があった訳ではない、ただそんな中で育った為に少年はいつしか他人を第1印象で信用できなくなっていた。
「最低だろ? 人を一々疑わなきゃやっていけないなんてさ…… 折角再会した幼馴染や兄貴分だった人にだって『本当に信用できるのか?』って思ったくらいだよ」
アレンは悲しそうな顔をしながら俯いた。
その会話を聞いたジンは気付いた。アレンは自分と同じだった。
その場の環境や人間関係は違えど、自分をまともに見てくれなかったという時点ではまるで同じだ。
そう思うとジンの心の中で引っかかっていた物が外れた様な気がした。
刹那の間沈黙が走るとアレンはため息を零すと胸の内を話した。
「ジン、改めて頼む、君の力を貸してくれないか? オレの為に」
待つ事数秒。
「1つ条件がある」
「何だ?」
「……一緒に、特訓してくれ」
ジンは照れ臭そうに言った。
するとアレンは右手を握りしめ、ジンも左手を握りしめると頭の横の後ろ扉を軽く小突いた。
それは分厚い扉越しの誓いだった。
最早2人に言葉はいらない、似た者同士が欲しがった物が手に入った瞬間だった。
8話目です。
長らく投稿出来ずにすみませんでしたが、お楽しみいただければ幸いです。
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