三話
「意外に美味しかったな」
「うん、そうだね」
並んで歩きながら、二人が呟く。
次の計画を思い出そうとして、悠一郎の声に遮られる。
「ごめん姉さん。今日買いたいものがあるの忘れてたから、ちょっと買ってくるよ」
「私もついていこうか?」
「大丈夫。ちょっとだけだから、姉さんはここで待ってて」
「あ、ちょっと」
桃華が言う前に、悠一郎は足早に来た道を戻っていく。
一人残された桃華は、人混みを避けるために壁際まで移動する。壁に背中を預けながら、しばらく待ってみるが、中々戻ってこない。
腕を組んで苛立たしげに何度も指を叩く。
いつまでたっても帰ってこないので、携帯で連絡を取ろうとすると、
「あれ、桃華じゃん」
声の方に顔を向けると、人混みの中から抜け出してきた見知った顔がちらほらと現れた。
「なんであんたたちがいんの?」
「今日、皆で買い物するって昨日言ったじゃん。あんたは断ったけど」
確かに、昨日電話でそんなことを言われたような気がする。けれど、今日の計画や服装に集中していたため、あまり覚えていない。
「桃華はなんでここにいるの?」
「えっとー」
弟と待ち合わせしていたとは言えず、必死に考える。
すると、もう一人が桃華の服を上から下まで眺めている。
「桃華めっちゃ気合い入ってんじゃん、その服装」
「いや、そんなことないけど」
「もしかして、彼氏とか?」
「い、いるわけでしょ! 彼氏なんて」
咄嗟に大声で否定したことで、全員がニヤニヤとした顔で桃華を取り囲む。
「だったら、なんでそんな服着てるのよ?」
「あんたらには関係ないでしょ」
「ほら、やっぱり彼氏じゃん」
「違うから、本当に」
絶え間なく浴びせられる質問に、徐々に尾ひれがつき、桃華には抑えきれなくなった。
このままだと学校で変な噂が立ってしまう。そうなる前に、ここで否定しなければ。
苦渋の決断をした桃華が、口を開く。
「そんなに言うなら、買い物に付き合ってあげるわよ」
「いいの? 彼氏さんとのデート中なのに」
既に断言していることに多少は腹が立つが、なんとか堪える。
「だから、私は一人で買い物してただけだし」
「ふーん、なら、一緒にいこう」
そう言って動き出した友人たちの後ろについていきながら、桃華は携帯で悠一郎にメッセージを送る。
(一体なんなのよ、今日は!)
そう心の中で叫びながら、桃華はぎこちない笑顔で集団についていった。
「それじゃあ、また学校でねー」
「うん、また」
笑顔で手を振る。友人たちと道の途中で別れると、肩を落として一人家路へと向かう。
辺りは既に暗くなっていた。携帯で時間を確認すると、八時を過ぎていた。
メッセージを送った後、悠一郎が用事で帰ることになり、デートの続きをすることができなかったのだ。
結局、悠一郎と仲良くなれたかは微妙だった。桃華の勝手な事情で付き合わせた悠一郎を一人にしてしまった。
これでは、姉としては最悪だった。
自分自身に心中で罵倒しながらゆっくりと歩いて、家の前まで着く。
扉の取っ手に手をかけると、一度深呼吸する。
悠一郎に会ったら真っ先に謝ろうと決めて、重い扉を開けると、玄関の先は真っ暗で、しんと静まり返っていた。
見慣れているはずの家が、まるで他人の家のように感じる。
「まだ帰ってないの」
大声で叫んでみるが、返事は来なかった。
悠一郎が先に帰ってると思っていたのだが。もしかして、まだ用事で帰っていないのだろうか。
ひとまず家に入って、リビングへと向かう。
リビングに入ると、中が見えないほど真っ暗なので手探りで電気のスイッチを押して、リビングの中を照らすと、
ーー何かの炸裂音が響いた。
「誕生日、おめでとう!」
悠一郎がクラッカーの紐を引っ張り終えた姿で、立っていた。後ろの机には、ろうそくが立てられた大きなホールケーキが存在を主張していた。
あまりに予想外な事に、何も言えずに立ち尽くす。
「……今日だよね、誕生日?」
悠一郎に首を傾けながら言われて、やっと口を開く。
「それって、来月なんだけど」
今度は悠一郎が固まる。
「てっきり、今日かと思って」
えへへと照れ笑いを浮かべながら、クラッカーの残骸を背中に隠す。
居心地が悪そうにする悠一郎を見て、笑いがこみ上げてくる。
なんだか頑張っていた自分が馬鹿らしくなった。
義弟と仲良くなろうとして無理に頑張る義姉と、義姉のために誕生日をやろうとして失敗する義弟。
ここまで似ている姉弟は中々いないだろう。
「なんだ、別に頑張らなくても良かったんだ」
「え、なんて?」
「こっちの話。あ、そのケーキ今食べるから」
机の上を片付け始める義弟の背中を見て、桃華は似た者姉弟だと思った。