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二話


 洗面所にある鏡で、桃華は自分の姿を確認する。

 服装の後ろにはシワが無いか、寝癖が無いか、化粧が濃くないか。

 これでもかというほど念入りに、何度も確認する。

「めぐちゃんに言われた通りの服にしたけど、大丈夫なの? これ」

「姉さん、こっちは準備できたよー」

 のんびりとした義弟の声に、慌てて床に置いたカバンを持って、玄関に向かう。

 急いでお気に入りのスニーカーを靴箱から取り出す。

 玄関に座ると、欠伸をかみ殺す悠一郎が目に入った。

「昨日、寝不足だったの?」

「うん、ちょっと、やることがあって」

 疲れた笑みを浮かべる悠一郎を尻目に履き終えると、つま先を何度もトントンと蹴る。

「それじゃ、行くわよ」

「うん」

 先に出た悠一郎を追って桃華が出ると、悠一郎がすぐに鍵を閉める。きちんと閉めたか確認した後、鍵をポケットの中に入れる。

 一連の動作の後、悠一郎が先を歩く。

「で、何を買いに行くの?」

「ついてから、考えるわよ」

 突き当たりまで歩くと、エレベーターのボタンを押す。エレベーターが徐々に上がっていく駆動音が聞こえる。

 その間、何気なくスマホを操作するふりをして、メモを開く。

 メモには、昨日様々な友人たちに電話で聞いた、デートの計画が書かれている。

 それらに何度も目を通していると、無人のエレベーターが二人のいる階で止まる。

 エレベーターの扉が開いて、悠一郎が入る。

 僅かに息を吐いて、悠然とエレベーターへと入った。




 久しぶりに来たショッピングモールには、たくさんの人がいた。

「結構、人がいるね」

「日曜日だから当たり前でしょ」

 目前に行き交う人達を見ながら、二人は壁際に立つ。

「何処に行く?」

 悠一郎が遠くを見つめながら言う。

「服とか買いに行きたいのよねー」

「なら、ひとまず服屋の方に歩こっか」

 先に歩き始めた悠一郎が、人混みの中を突っ切る。桃華は、その後に続いていく。

 スマホのメモには、服屋に行ってお互いに似合う服を合わすと書いてある。

 悠一郎の大きな背中を見つめる。いつもの頼りない悠一郎には似つかない、頼もしい背中に見えた。

 やっぱり、まだ弟というよりは男の子のようにしか思えなかった。

 しばらく歩いて人混みを抜けると、様々な音が耳に入る。

 桃華が視線を音の方に向けると、ゲームセンターがあった。

 ゲームの筐体からの色とりどりの光や熱心にやりこむ人の声。それらを初めて見る光景に、目が釘付けになる。

 桃華が立ち止まったことに気づき、悠一郎もゲームセンターに視線を向ける。

「もしかして、姉さんってゲーセン初めて?」

「うん。部活が忙しくてあんまり行ってなかったし」

「だったら、行ってみる?」

「え?」

 悠一郎と視線が合うと、鼻の頭をかく。

「服は後でも買いにいけるし、まだ時間もあるでしょ」

「いや、でも」

 ゲームセンターからの楽しげな声を聞くと、ついつい行きたくなるが、デートの計画が頭に浮かんび、足を止める。

「それにさ、中にはバスケのゲームがあったはずだよ」

「バスケの、ゲーム?」

「確か、何本ゴールにシュート入れられるかのゲームだったはずなんだけど」

 そこで区切ると、悠一郎が挑発的な笑みを浮かべる。

「いくら姉さんでも、さすがにランキング一位は取れないよね」

 舐められているかのような弟の発言に、プチンと何かが切れる音。

「やってやろうじゃないの」

 桃華が腕をまくって、ゲーセンの中に入っていく。

 悠一郎が苦笑しながら、後に続いていった。




「さっきの、本当にすごかったね、姉さん」

「まあね」

 キラキラした目で言う悠一郎に、桃華は苦笑いで返した。

 あの後、ゲーセンに入った桃華は、バスケットボールのゲームをひたすらやり続けた。おかげで一位は取れたのだが、二時間も費やしてしまっていた。

 計画通りに行かない自分に、呆れる。

 急に、体が重くなった。

「もう昼頃だし、何か食べようか、姉さん」

「そうね。私もちょうど腹が減ってるし」

 そう言うと、悠一郎は飲食店が連なる場所へと歩いていく。

 後ろを追いつつ、桃華は頭の中で携帯のメモを開く。

 確か、オシャレなお店に入れって書いていたはず。

 飲食店がある所まで来ると、悠一郎が立ち止まり、振り返る。

「何食べよっか」

「そうね~」

 何気なく飲食店を見渡しながら、目当ての店を必死に探す。すると、一つの店を見つける。

 店の外装には、木目で作られていた。温かみが感じられる暖かな光が、上から降り注いでいる。

「あそこのレストランとかは?」

 桃華が指差すと、悠一郎が振り返る。

「じゃあ、あそこにしよっか」

 そう言って、悠一郎が入り口に置いてある紙に名前を書いて、すぐに戻ってくる。

「しばらく待つみたいだから、姉さんは別の場所に行ってもいいよ」

「なんでよ。この辺ブラブラしたらいいでしょ」

「でも、姉さん順番が抜かされたりすると怒らない? イライラしない?」

「……私をなんだと思ってるのよ」

 桃華が半目で睨むと、悠一郎が乾いた笑みを浮かべる。

「せっかくの姉弟で来てるんだから、一緒に回るわよ」

 桃華がそう言うと、悠一郎が真顔になる。

「な、なによ。なんか変なこと言った?」

 悠一郎の口元が一瞬笑った後、すぐに桃華の前に出る。

「ううん。そうだね、一緒に回ろっか」

 笑われたことに不服を感じながら、先に歩いた悠一郎を追いかける。

 しばらく二人で歩いていると、アクセサリーがある店が目に入る。

 思わず足を止めて、桃華はある商品に見とれていた。

 それは煌びやかな銀の腕輪だった。

 連なった鎖の部分には、余計な装飾がなく、磨き抜かれたかのように銀色に輝いている。

 周りには他にも色とりどりの腕輪があるが、桃華はこういったシンプルなものが好きだった。

 止まった桃華の視線を追って、悠一郎が腕輪を見る。

「欲しいの? 姉さん」

「欲しいけど、これ五万もするじゃん」

 桃華は腕輪の下に置いてある値札を指さす。

「意外に高いね」

「ま、別にいいの。こんなに綺麗な腕輪は私には合わないし」

 そう言うと、桃華は腕輪から去る。

 しばらく歩いても悠一郎が来ていないことに気づいて振り返ると、悠一郎が腕輪に視線が注がれていた。

「何してんの、早く行くわよ」

「うん、今行く」

 なぜか真剣な顔して悠一郎は立ち上がって、桃華の後を追う。それから、二人が様々な場所に行った後、携帯で時間を確認する。

「どうする? そろそろ戻る」

「うん、そうだね。もうそろそろ呼ばれてるかもだし」

 そう言って、二人は戻っていた。


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