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一話


 ドンという音とともに、扉が勢いよく開かれる。


 フローリングの床に横になっていた悠一郎が入ってきた人物を見上げる。


 すらっとした細い足は、程よく筋肉が付いていて、全く不健康さを感じさせない。色白の両腕を組んで見下ろす姿は、未だに一歳年上だとは思えない。綺麗に整っている顔は、まるで子供が癇癪を起こす前のように顰めている。


 佐藤桃華。それが彼女の名だ。


 前までは突然部屋に来ることは多かったが、最近はめっきり無くなったため、悠一郎は今日はなんだろうと不思議に思う。


 悠一郎と視線が合った桃華が、一文字に結んでいた口をゆっくりと開く。


「日曜日、空いてる?」


「……え?」


「だから、日曜日は空いてるのかって聞いてるの!」


 早口で怒鳴られ、悠一郎が桃華を刺激しないように言葉を選ぶ。


「多分、空いてると思うけど」


 そう答えると、桃華は安心したように息を吐く。


「姉さん、日曜日がどうかしたの?」


「えっと、その」


 悠一郎の疑問に、桃華が珍しく言い淀む。その後も何度か言おうとはして、口を閉じる。


「あの、そんなに言いづらいことなら別にいいけど」


「別にそうじゃなくて」


 意を決したように顔を引き締めると、桃華がゆっくりと口を開く。


「日曜日、買い物に付き合ってほしいんだけど」


「いいよ、それぐらい」


「なら、十時に駅前のショッピングモールにいくから」


 そう言い残すと、桃華は足早に部屋を立ち去る。後には、嵐が過ぎ去ったような静けさが部屋の中にこだました。


 いつもとは違う義姉の行動に疑問を持ちつつ、スマホのカレンダーに予定を書き込もうとする。そして、日曜日に予定があることに気づく。


「この日って……」


 悠一郎は予定を書き込むことを止めた。




『ごめん、今なんて?』


「だから、弟と仲良くなりたいんだけど、なにか方法ない?」


 自分の部屋のベッドの上で、桃華が壁に背を預けて足を伸ばしていた。


 しばらくの沈黙の後、あからさまなため息が電話越しに聞こえる。


『あのね、そんなのわかるわけないでしょ。私、一人っ子よ』


「私だって一人っ子だし……最近までだけど」


『だったら、他の友達に聞いたら?』


「無理よ無理。だって、みんなには弟のこと内緒にしてるし」


 最近伸びた前髪をいじりながら言うと、呆れたような沈黙が返ってくる。


「何よ、なんか言いなさいよ」


『別に、あんたの猫かぶりは今に始まったことじゃ無いから、何も言う気は無いけどさ』


「だったらさっさと教えてよ。仲良くなる方法」


『あんだけ弟君のこと嫌ってたのに、どういう風の吹き回し?』


 からかうような口調に、桃華が言葉に詰まる。


 弟と停電で動けなくなったのを助けてもらったからだとは口が裂けても言えない。それに、あの日のことは自分にとっては誰にも言いたくない思い出なのだ。


「別に。このままなのも姉としてはダメだなって、思っただけよ」


『あんたから、姉なんて言葉が聞けるなんてね』


「いいから! なんか考えてよ」


 苦し紛れに吐き捨てると、はいはいと適当な言葉が返る。


『まあ弟と関係無いかもだけど、一つ考えはあるわよ』


 電話越しに楽しげに言うその言葉に、桃華は長年の付き合いで嫌な予感を感じる。


「一応聞くけど、その考えって」


『えー、ただで教えるのもなー』


 芝居掛かったその口調に、相手に聞こえないように舌打ちをする。


「今度は何を奢らせようっての」


『駅前の越後屋のプレミアムチョコケーキ1200円』


「高すぎでしょ! ていうか、それ私も欲しかったやつじゃん!」


『別にいいよ。だったら教えないだけだし』


 ふざけた口調に思わず電話を握りつぶしたい衝動にかられるが、わずかに残っていた理性が強引に抑える。


「分かったわよ。買えばいいんでしょ、買えば」


『取引成立。それなら教えてあげるから、よーく聞きなさいよ』


 僅かな沈黙の後、



『デートに誘えばいいのよ』



 思わず、携帯を落としそうになった。


「そ、そんなのできるわけないでしょ! 何考えてるのよ!」


 勢いよく立ち上がり、電話に怒鳴りつける。


『ちょっと、声でかい。鼓膜破れるじゃない』


「だ、だだだだだって、それって恋人的なやつがするやつじゃん」


『別にデートって言っても擬似的なやつよ』


 真剣な親友の声に、幾分か冷静さを取り戻す。


 ベッドにあぐらをかいて座り直すと、親友の言葉は続く。


『男と女がどっかに出かけて楽しむ、それも一般的にはデートって言うの』


「な、なるほど」


『それだったら、もっと仲良くなれるんじゃないの?』


 そう言われると、だんだんとその気になってくる。


「わかった。頑張ってみる」


『ま、頑張りなさい。お姉ちゃん』


 そう言い残すと、ツーツーと機械的な音しか聞こえなくなった。


 携帯の電源を消すと、ベッドから立ち上がる。


「いっちょ、やってやろうじゃないの」


 桃華が早歩きで扉を開けて、悠一郎の部屋に一直線に向かった。



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