2話『裂姫』
「っふが!」
ゴンッと頭に強い衝撃を受け、少年が目を覚ます。どうやら、自分の寝ていたベットから落ちたことだけは、理解した。
しばらく、もぞもぞと体のあちこちを動かし、目を覚ましていく。
「ああ、憂鬱だ」
先ほど見ていた夢を思い出し、そう呟く。
気だるげな体を起こし、首を回す。その時、体中から汗が出ていた事に気付く。先ほどの夢のせいだけではない。
部屋に熱気が篭り切っていた。
窓を開けているのに、全く風が入ってこない。
「相変わらず暑いな。全く」
少年、黒城進九は、ギラギラと輝き、部屋に差し込む太陽の光を見て、そんな独り言を漏らした。
彼こそ、一度滅亡したロスト、憂鬱王、『ヴリトラ』である。
《〇》
ここは太平洋の赤道直下に作られた人工島都市国家郡『トライデント』通称、三角島。
総面積約一二〇〇平方キロメートルを誇る巨大な人工島である。大きさにして淡路島、約二個分である。埋め立てて作られたこの島は元々、滅亡寸前の人外種など、何かしらの理由で行き場を失った者達の隔離施設として開発された。
日本が管理していたが、いつの間にか、国として存在が認めらた。大統領や首相がいるわけでもなく、中立国であり、貿易の中間地また観光地としても栄え、人外種も、人も、居心地のいい場所になっていると言えるだろう。
もっとも、立場が弱く、流通が激しいだけに、テロリストやマフィア、他国の工作員など物騒な人間が数多く出入りしている要所でもあるわけだが。
数年前、ロストの一人が復活し『トライデント』にいると、都市伝説が囁かれ出した。
以降、不穏な動きは、なりを潜めている……はずだった。
《〇》
深夜……三角島、二重倉庫
「よお、どうやら上手くいったみたいだな」
スーツを着た男がトランクを持ち、チンピラに接触する。
「ああ、問題ありませんよ。ガートの奴らも撒いてきました」
トランクを持った金髪の男は、自慢げに話す。
「早くブツをよこせよ!」
「まあ、落ち着いて。これが例の『ブレイク』です」
男がトランクを開けて中を見せる。中には試験管のように細い、ガラス容器に針が付いたものが入っていた。そのガラス容器の中には赤い液体が詰まっている。
「おお、これが!」
チンピラがそれを一つ手に取り、確認する。
「ええ、一度使えば、人外種の能力を飛躍的に上げる危険なシロモノです」
「試してみてえな」
すると突然、男達は光が照らされる。
「おい、そこで何してる!」
振り返るとそこには白い制服を着た一団がいた。彼らは『三守徒』、通称ガートと呼ばれる、『トライデント』における警察組織だ。
「ちっ! つけられてるじゃねぇか!」
「落ち着きましょう。いい機会です。試してみてはいかがです?」
チンピラに男が囁く。
「い、いいのか?」
男の言葉に驚くチンピラだが、新しいおもちゃを手に入れたチンパラは遊びたくて仕方ないようだった。
「ええ、かまいません。好きにするといいですよ」
「へへへ。どうなってもしらねぇぞ」
チンピラの顔に満足したのか男は頷く。
「なにをコソコソしている!」
ガートの職員が近づいてくる。しかし男は口角を上げ、振り返り、まるで役者のように道化として告げる。
「いやぁ、ガートの皆さん。お勤めご苦労様です。安心してくれていいです。私達は何も悪い事はしていません。ただ、おもちゃは売ってしまいましたが」
男の言葉にガートの職員達は反応する。
「おもちゃ?」
その時、プシュッと何かを注射する音が聞こえる。
「ええ、おもちゃです。おもちゃはおもちゃでもブレイクと呼ばれる劇薬ですがね!」
男の背後から巨大化した猿人系獣人が現れ吠える。この獣人の化け物は先ほどのチンピラだ。あのチンピラは獣人種であり、ブレイクを投与したため巨大化したのだ。
『グオオオオオォォォォォ!』
「なっ!」
「さあ、存分に壊せ! その名のままに!」
その光景を見たガート職員の一人が、スーツの男の正体に気付く。
「お、お前は第一級犯罪者、戦争商人ログス=プシル!」
「おやおや、ばれてしまいましたか。しかし私は止まったとしても彼は止まりませんよ? まあ、私も止まる気はありませんが」
呆れたように、スーツの男ログスはそう忠告する。
「くっ! 隊列を組め。射撃開始!」
ガート職員が隊列を組み、巨大化した獣人に装備していたマシンガンで攻撃をしかけるが。
『フッ』
鼻でガート職員を笑う。ブレイクを投与し、潜在能力が極限まで上がっているチンピラには全く効いていなかった。
「なに!」
驚くガート職員に対し、もはや化け物と化した獣人は、その強化された身体能力で、一瞬で接近し、その強力な豪腕を躊躇無く振り下ろした。
『ぐぁぁぁぁぁ!』
ガート職員は、まるでボウリングのピンのように吹き飛ばされた。
「やれやれ、まるで歯ごたえがありませんね」
詰まらなさそうにログスは呟く。
すると、空から何かが降ってくる。
「目覚めよ、我が剣!」
その振ってきたものが、何かを振り下ろす。次の瞬間、今まで敵無しだった獣人の豪腕が、空を舞っていた。つまり、肩から腕がばっさり切られていた。
『ぐぅぅおおおおおおおお!』
突然の傷みに、訳が分からず、獣人が苦悶の雄たけびを上げる。
「まず一つ!」
「ほぉ」
先ほど振ってきたのは少女だった。短い青髪に髪留めをしている。服はモノクロカラーのセーラー服を着ている。腕には、所々に歯車を散りばめた変わった形をした剣を持っていた。
その少女にようやく気がついた獣人が残った腕で襲い掛かる。
『グガァァァァ!』
しかし少女はその攻撃を剣の腹で受け流す。
「進み廻せ! 駆鋼剣!」
攻撃を受け流している最中に、少女はそう叫ぶ。すると、剣はその刀身を伸ばし、受け流した反動でそのまま、もう一本の腕を切り落とす。
「二つ!」
切った後、容赦なく後頭部に、剣の柄を叩きつける。
『ゴガァッ』
獣人は元のチンピラの姿を戻し、気を失って倒れる。
「お見事です。いやぁ、それにしても驚きました。まさか、こんなに早く、日本の有名な巫女の系譜、裂姫に会えるとは。流石はトライデントです」
パチパチと、手を叩きログスは、目の前に現れた少女を賞賛する。
「僕も驚いたよ。入国初日に第一級犯罪者に会うなんてね」
少女は裂姫と呼ばれる、陰陽と巫女の系譜を持った魔術師の役職を持っている。証拠はその手に歯車を模した武器を持っていることである。
「あはははははは。それはそうだ! 私も度台珍しい存在だったな。ここにいると良く忘れてしまいます」
その直球過ぎる言葉に、ログスは笑う。
「さて、あなたには来てもらうよ。こっちも仕事だからね」
少女は手に持った剣、駆鋼剣を構える。
「なるほど、では、その格好も仕事ということかな」
「好きで、こんな格好してるわけ無いでしょ!」
少女が切りかかるが、ログスは煙のように消える。
『中々面白い裂姫だ。しかし、私がここに来た目的は別にあるのでね。これで失礼するよ』
そんな声を残し、ログスは去った。
「そうだ。僕もそんなあんなキチガイ相手にするためにここに来たんじゃなかった」
少女、宮木千尋はそう呟き、胸ポケットから、フードを被った一人の少年が写った写真と、赤い長い髪をした幼い少女の写真を出してそう言った。