自己紹介をしたあたし。
「その子は安全かしら?」
「ただ子供っぽいから大丈夫じゃないかなぁ。どうでもいいけど」
「助けてあげたりしないの?」
あたしたちを助けてくれるのに、子供は助けないのかしら。
ちょっと疑問になって問いかければ、サブナクさんはそれがどうしたの、と言いたげな顔つきになった。
「だって、君たちは僕の所に導かれた。助けないわけにはいかないけれど、迷っている子は導かれていない。助ける意味がどこにあるの? 僕はやっとここまで逃げ出してきたのに」
「……」
何も言えないあたしに、サブナクさんは続ける。
「ここに、僕がいるとなったらそれこそ病を治していほしいやつが群がるよ、それでこの森の獣たちを刺激しちゃダメでしょ? それで人間を襲えばやれ討伐だやれ退治だって、理不尽な目にあうんだから」
「……そういうもの?」
「うんうん。それと、目立ちたくないならその子の道案内もしない方がいいよ。君みたいな姿をしている人間はいない。どうせ森の化け物だとか言われて、退治するために人間が入る」
あたしが、その子供を助けに行こうと思っているのまで、サブナクさんに見透かされてしまった。
そっか……そうなのか、目立ってしまうのか。
あたしたちは逃亡者、目立つ事をしては命取り。
「わかってるんだけれど……」
「君は優しいねえ。知ってる」
くすくす笑って、サブナクさんはふっと視線をやった。
やった先はあの人の寝ている方だ。
「おやおや、起きたらしい。何か食べられるか聞いてみないと。あれだけ体力を使ったんだから、消耗は激しいはず」
言いつつ立ち上がるサブナクさんは、彼を寝かせている場所まで近づいて。
「わっ!」
彼の悲鳴と同時に、何といったらいいのかわからない獣の声が響いた。
「え?」
あたしも近付けば、サブナクさんが転がり出てくる。
「下がって!」
「なんで?」
「危ないから!」
ぼう、と臨港で何か模様が描かれて、彼の寝ている場所を仕切っていた布が燃え上がる。
燃え上がって灰になったそこには。
「……魔法が使えるのね」
「いや突っ込むところそこじゃないと思う」
蒼白い炎を周りに散らす、彼がいた。
彼の眼は焦点があっていない。
なんだろ、本能だけが目を覚ましているかのような感じがする。
「……寝ぼけてる?」
「近いかもしれない」
サブナクさんはそういって、どう近付こうか考えあぐねている。
あたしは、なんだろう、大丈夫な気がする。
……どうせ化け物の姿だ、再生能力も高いはず。
「君!」
サブナクさんが止めようとするけれど、はっきり言ってこのまま寝ぼけた状態にしておく方が危険だ。
あたしは一歩踏み出して、彼に近付く。
一瞬だけ熱波があたしを包み、霧散した。炎も霧散する。
まるで受け入れているみたいに。
あたしを傷つけないと言わんばかりに。
本能でも、恩人だとわかっているのかしら。
まあいい。
あたしは勢い良く手を振りかぶって。
彼の頬をひっぱたいた。
「起きなさい!」
首が勢いよく振られるほどのひっぱたき方。
彼はそのまま静止した。
そして。
「あぁ……なんだぁ? なんかすげえ嫌な夢を視ていた気がするぜ」
目を覚ました。ぼんやりと寝ぼけた声で言う彼。
その声がどうしようもなく、あたしの記憶を揺さぶってくる。
まだ、痛い。
それでもいいと、決めたのだからいい。
「おはよう、お寝坊さん。体の調子はどうかしら?」
「あー……へえ、おれの腐った部分を切除したのか、あんたそんな事も……ってここはどこでぇ?」
「おはよう、患者君。ここはサブナクの治療院だよ。いやあ、久しぶりの大手術だったけど、勘は鈍っていないらしい」
サブナクさんが顔をのぞかせて、ひらひらと手を振る。
「サブナク? って、サブナクといやぁ黄泉返りのサブナクかい」
「おや、僕の異名をまだ覚えている御仁がいるとは驚きだ、そうだよ、元黄泉返りのサブナクさ」
ニコニコと笑うサブナクさんは、彼に視線を向けて状態を確認している。
あたしは……ここで気付いた。
「ごめん」
「あ?」
「せめて下着をつけてちょうだい!!」
彼は手術をしていたせいで、丸裸に包帯姿だった。
彼の傷の経過を見るために、それから一週間は費やしてしまった。
そしてサブナクさんの手伝いをしている間に、あたしはまた特殊な物を持っている事実を発見してしまった。
それというのも……
「へえ、この葉っぱにそんな効果があるかもしれないんだね」
一枚の葉っぱを火の光に透かして眺める、サブナクさんにあたしは微妙な返事をする。
「証明できないけれど……」
「いいよ、いい暇つぶしになる。君には不思議な力があるんだね」
「そうとしか言いようがないのが癪に障るわ」
「あはははは」
あたしは、植物を見るだけで、その植物がどんな効能を持っていたり、毒性を持っていたりするのかが分かるようになっていたのだ。
そしてそれの有効な使い方も。
どれとどれを合わせれば、いい薬になるかもどうしてかわかるのだ。
……やっぱりあれかしら、半分植物になったからその結果かしら。
変な神罰だわ。
それでも見た目はひどいからやっぱり神罰なのだろう。
太陽の下ではとくに、あたしは自分のおっかない姿を気にしてしまう。
「しっかし、お嬢ちゃんはほんとに、呪いを受けちまったのか? おれからしてみりゃ祝福みてぇだ」
「この見た目で?」
「何度も言って見せるけどな、お嬢ちゃんはそりゃあ綺麗だぜ」
「……」
あたしは顔を背けた。どうして、この人はあたしにそう言う事を言うんだろう。
日の光の下であたしを見た彼の第一声は、あたしの予想を超えていた。
超えてるわよ、だって。
『女神……?』
あたしは知らないわよ、こんな見た目の女神なんて。
大概の女神は、そりゃもう美しい女性だわ。こんな風に植物なのか魚なのか人間なのか、いまいちわからない微妙な見た目の神じゃあない。
それ以降、彼はあたし相手に、きれいだとかかわいいとか、大盤振る舞いしている。
「冗談は後で。傷は痛まない?」
「あんたの塗り薬のおかげでな」
「それはよかったわ」
そこであたしは思い出した。
「あたしたち、お互いの名前も知らないわね。自己紹介しましょ。あたしはアリアよ」
「アリア? ってことはアリアノーラっていうのかい」
「そうよ。縮めてアリア。姓は面倒くさいわ、どうせ捨てる事になった姓なんて言っても意味がないでしょ。あなたの名前は? 偽名でも構わないわよ、名前なんていくらでも変えられるんだからね。呼びかけるための名称を教えてちょうだい」
「……」
あたしの言い分に、彼はしばし目を丸くした。
「何?」
「いやぁ……偽名でいいとか素面で言う豪気な相手に、一遍も出会ったことがなくってなぁ……お嬢ちゃん、どっかの武人かい」
「この細腕で武人だとか嘘はつけないわ」
「そりゃそうだ。きれいな腕してるもんなぁ」
鱗と樹木の肌のような腕がきれいなんて、ちょっと彼の基準は変だ。
彼の評価に笑ってから、あたしは促す。
「それで、なんて呼んでほしいかしら?」
「……アズラク」
「アズラク?」
「アズでいい。というか、それで呼んでくれよ」
その言い方からなんだか、彼は本名を語っているような気がした。
あたしをそこまで信頼しているんだろうか。
分かんないけど。
「それで、サブナクさんは何て言ったかしら?」
「傷はふさがったし、もうここを出発しても問題ねえって言ってたぜ」
「そう、じゃあどこまで逃げましょうかしら?」
「……なあ、おれの国に行かねぇか?」
「あなたの故郷?」
「ああ。おれの故郷はそりゃあ美しいんだ」
あたしは考えるまでもなく頷いた。
だってそうだ。
あたしに、この姿のあたしに行く当てなんてどこにもない。
なら、誘いに乗った方がいいと決まっている。
「あなたの故郷はそんなに素晴らしい?」
あたしの問いかけに、彼はこれ以上ない位笑顔で頷いた。
その笑顔が、あの人と同じくらい素敵な笑顔に見えたあたしは、重症なんだろうな、と思った。
それ位、もう、アズに心を許しているのかもしれない。
きっと裏切られたら、また悲しいでしょうね。
ほんと、ろくでもないあたしだ。
それでも、彼は裏切らないとどこかで思っているあたしがいた。