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夢を視たあたし。(1)


夢を見た。これがどうして夢だとわかるのかといえば、二度と会えない人が目の前に立っているからだ。

あたしはその人の名前を呼ぶことができなかった。

呼んだ瞬間に消え去ってしまいそうで、それがただただ恐ろしかったのだ。

彼の目は真っ黒で、彼の髪は周りの闇と同化してしまいそうなほど黒い。

あたしは、足元を見た。

蒼白く輝いている玉砂利と水が、一面に敷き詰められているらしい。

そしてまるで星のない夜のように、あたりは真っ暗なのだ。

それでも相手が見える。

だから余計に夢だと思った。

こんな非現実的な物が夢でなくてどうするというのだろう。

あたしはただ彼を見つめていた。

彼の名前はイリアス。それが本名なのかほかの物なのかすら、あたしは結局知らなかった。

それでも、彼を信じていたのは事実で。

彼と一緒に生きていたかったのも真実なのだ。

あたしはもどかしかった。夢で彼を何度も見てきている。

それはいつも、あたしが彼を失ったあの瞬間の夢で。

今回みたいな夢じゃなかった。

ここはいったいどこなのだろう。

それともここが三途の川とかそういう場所なんだろうか。

あたしは一歩踏み出そうとした。

「来るんじゃねえ」

踏み出そうとしたら彼が、脅すような調子で言った。ずいぶんと久しぶりにその声を聴いた気がする。

なんて懐かしいんだろう。

あたしの胸はまた痛くなる。

「こっちには来ちゃいけないぜ、お姫さん。でも、伝言はさせてくれよ」

何が言いたいの。イリアスさん。

あたしに何を伝えたいの。

イリアスさんを見つめていたら、彼は口を再び開いた。

「常若の鏡を、探してくれ」

それは何。常若の鏡。

それは七つの瞳と呼ばれた、人知を超えた力を持ったものと、同種の物なのかしら。

「あれは、目覚めてはいけない力だった。なあお姫さん、あれがよみがえると世界は混沌に導かれてしまう」

あなたのいない世界で、混沌なんてどうでもいいわよ。

あたしはそう言いかけて、やっぱり何も言えない。言ったら終わる気がした。

「常若の鏡が、発掘されちまった。三種の悪神器がこの世にそろっちまった。やつが目覚める」

何が言いたいの。

あたしはまた問いかけられない。イリアスさんは続ける。

「王魚も花の王もいない世界で、やつが目覚めたら、もうどうしようもない。世界ってもんが終わっちまう。壊してくれ、神の最後の生き残り」

あたしが神の生き残りなんて事が、あるわけないじゃない。

それなのにイリアスさんは真剣で、あたしは彼を見つめていた。

「頼んだぜ、俺はあんたをいつまでも見守ってるからな」

酷い人だ。見守られたらあたしは、あたしという生き方から逃げ出せなくなるじゃないか。

それでこそ、イリアスさんだとも思うのだけれども。

「お願いだからな、頼んだからな、俺の愛しい愛しい、……」

あなたの愛しい人は、死んでしまっているという年上の女性だったんでしょう?

いまさらそんな風に甘い言葉をかけないで。

立ち上がれなくなりそうだから。

イリアスさんが、指を二つそろえて立てて、三角形をなぞった。

そして息をそこに吹きかける。

世界がでたらめに明滅して、あたしは水の中に落ちて行った。

溺れる、と思った矢先。

「……」

あたしは目を覚ましていた。

やっぱり夢だったんだろう。鮮明な夢だ。

きっと意味がある夢だ。

あたしはまだばくばくと脈打つ心臓を抑え込んで、あたりを見回した。

そこは木の中の空間だった。

そうだ、あたしは牢屋から逃げ出して、一緒に逃げてきた人が倒れたから、ここに助けを求めたんだっけ。

あたしは立ち上がった。

いい匂いがする。

床に直接敷かれた毛布をたたんで、匂いの方を見れば、そこにはサブナクさんがいて、何かを煮込んでいた。

「おや、おはよう、お姫様」

「今は、バーティとでも呼んでちょうだい、あたしはもう王女でも何でもないの」

「ふうん。そう。そこの椅子に座りなよ」

あたしは言われたままに、卓の前の椅子に座った。

サブナクさんはかき回していた鍋から、何かをよそって差し出してきた。

「おかゆ。木の実とお乳が入れてあるから、結構いけるよ」

あたしはお椀を受け取った。香ばしい香り。差し出されたのは、はちみつのツボで、垂らして食べるらしい。

あたしはちょっとだけ垂らしてそれを食べた。

途端に吐き出したくなった。ものすごく気持ち悪くなったのだ。

なにこれ、毒じゃないはずなのに。

あたしは口の中の物を気合で飲み込んで、残りを差し出した。

「ごめんなさい」

「……君は植物の特徴を持っているから、もしかして普通の食べ物は受け付けないのかな?

サブナクさんは首をかしげて、あたしにお湯だけくれた。

……ただのお湯のはずなのに、ものすごく甘くっておいしく感じた。

あたしやっぱり、植物寄りになってる?

それじゃあ鱗は何を意味しているのやら。

「彼は?」

あたしは二杯目のお湯を飲みながら問いかけた。

「ものすごい再生力だね、人間とは思えない。山は越えたし、明後日にでもここを出発できるくらいには回復しそうだね」

「よかった」

死なれるのは嫌だった。助かってよかったと本当に思う。

あたしはそれから、今まで脱がなかった靴下を脱いだ。そして言葉を失った。

「おやおや」

言葉を失ったあたしの足に触れて、サブナクさんも目を軽く開いた。

あたしの足は、人間の足の形ですらなかったのだ。

指があった場所には蹄が三つ。かかとのあたりにも蹄らしきもの。

それは薄いベージュで、まさに蹄としか言いようがない。

歩きにくいわけだ。そんな事を思ってしまった。

「なにこれ」

神罰はあたしをそこまで、人からかけ離れさせたかったのか。

そんな思いが胸をよぎった。

「人間の足じゃあないのは確かだね。でもよかったじゃん。靴がいらないよ」

「それは……そうだけど」

「きっと君は、走れば人間なんて追いつけない速度で走れるようになっているよ」

「あなたはそんな事もわかるの?」

「うーん、まあね、色々な人を見てきたから」

サブナクさんの言う言葉に微妙な気持ちになりながらも、あたしはおかゆを食べてから、彼の状態を見るために椅子から立ち上がった。

蹄は悔しい位に安定していて、裸足よりもずっと歩きやすかった。

彼は布で仕切られた場所に寝かされていた。

たぶん、明かりなどの強い刺激を遮断するためね。病人や怪我人は安静にしなくちゃいけないから。

あたしは彼の呼吸が落ち着いているから、ちょっと安心した。

でも、気になる。

彼はいったいどうして、どんな罪状で、手足が腐るような拷問を受けたのかしら。

ラジャラウトスでもそれは普通の拷問じゃ、ないはずだ。

あたしは聞いた事がない。

極刑中の極刑みたいだ。

でも、彼は普通で、あたしに対する態度も普通の人で、とても悪い事をした人には思えないのよね。

人なんてどうだかわからないけれど。

それとも。

「また、神が介入しているのか」

その可能性はゼロじゃないと、あたしはどこかで思っている。

あたしは彼の包帯に覆われた左側の腕に唇を落とした。

そして、彼の額に触って、熱がないか確認した。

傷から感染症になる可能性は、十分にあったから。

ありがたい事に、熱はなさそうだった。

彼は見れば見るほど爬虫類顔で、とても美形ではない。

でも、あたしはなんだかほっとする。

日の光の下で見れば、彼の髪が光を受けると青く輝く暗すぎる青色だという事が分かった。

そして彼は、健康的とは言えない蒼白い肌をしていた。

牢獄の中に、長い事いたんだろう。

日の光に当たらない生活をしていれば、こうなる可能性は十分にあるわけだ。

枕に広がるのは、長い牢獄生活で伸びたんだろう髪。ばさばさで、艶なんてものは一切ない。

目を閉じて、無機質に見えるほど静かな呼吸で、彼は眠っている。

あたしは彼を見つめた後、立ち上がった。

「サブナクさん、何かやってほしい事はない? ドレスだけじゃお礼にならない気がして」

「ん、そんな事はないよ。そのドレスは、超高級品だ。町で質屋に入れれば高く高く買い取ってもらえる」

「……着替えた方がいいかしら」

「女ものの着替えはないけど、ちょっとそこに立ってくれる?」

言われたままに立てば、サブナクさんも立ち上がってあたしに近付いた。

背丈が同じくらいだった。

「よし、これなら僕の服がちょうどよさそうだ」

言いつつ渡されたのは、丸襟で、襟の所に紐があってそれを調整して頭からかぶるタイプのチュニックと、裾がだぼっとしたズボンだった。

あたしはドレスを脱いでそれに着替える。

お風呂なんて贅沢は言えなくて、そりゃ当然だ、こんな環境でお風呂を要求はできない。

着替えてから、髪をもう一回結いなおした。

その時だ。

家の中で、鈴の音が響いた。

「ああ、森の誰か迷っている子が来たみたいだ」

「わかるの?」

「まあね、僕はこれでも感知の力が強いんだ。この森の半分には、感知を巡らせている」



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