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これまでのあたし。

……勇者姫という人間を知っているだろうか。

この世界の生き物という生き物を、植物に変えようとした存在、花の王。通称では魔王と呼ばれている存在を、打ち滅ぼした少女だ。

大国の王子たちと魔王に立ち向かい、王子たちが倒れてもあきらめずに魔王に打ち掛かり、捨て身の攻撃で勝利したといわれている女の子だ。

彼女は小国バスチアの出身の……王女で、訳あって王宮を追い出されて放浪を重ねていたと認識されている。もっとも、魔王を倒したという功績から彼女の罪はなくなった。

しかし彼女は故郷から姿を消し、以来行方が知れていないと吟遊詩人たちは歌う。


笑っちゃうかもしれないが、それがこのあたしなのだ。


この大国、ラジャラウトスでは公然の秘密で、この国が割とそういう情報を他国に流さないから他国があまり知らないというだけで、あたしがいるという事はこの国では秘密じゃないのだ。

そう、あたしは故郷から出て行ったのだ。なんでかって言われたら答えようがない。

ただ、大事な人を自分の無知から失って、空っぽになっていたあたしの手を掴んで、打算まみれの求婚騒ぎから連れ出してくれた人がいたからだ。

幸せになる覚悟があるか、と彼は言った。

その言葉で覚悟が決まった。同類の言葉は、誰よりも頭にしみ込んだのだ。

彼はあたしと同じように、大事な相棒を失った人だった。

あたしよりもひどい離別を経験した人だった。

あたしと違って、相手に無理やり生かされた人だった。

だからあたしを、引きこもり泣き暮らす生活からさらってくれたのだ。

それでも彼は、あたしと生きるという事を選んだわけじゃなった。

あたしを導いただけだった。

彼はあたしを、信頼できる弟の所まで連れて行って、手を放したのだ。

たぶん、この国ならあたしが幸せになれると思ったんじゃないかしら。

この国では、あたしは勇者姫という称号を持つ前から、皆に大事にされていた。

とある怪物を捨て身で倒したあたしを、この国の人たちは英雄姫と呼んで好意的に接してくれていたのだ。

それはあたしを蔑み、都合がよくなれば利用しようとする故郷とは大違いで。

あたしはいつでも歓迎された。

そういう色んな事実を踏まえて、彼はこの大国、ラジャラウトスを選んだのだろう。

安全で、あたしを好きでいてくれて、愛してくれる人達がいる。

ここなら、あたしが心の傷を癒して幸せになれると、考えたんだろう。

あたしがこの国で歓迎されるのを見届けた後、彼は姿をくらました。

彼は自分が争いの火種になる事実を知っていた。

だから、とどまる事をしなかったんだろう。彼は彼なりにこの国を愛していたんだろうと今なら思える。

さようならも、何も言わないで彼はどこかへ旅立ってしまった。

そして、今日まであたしは、このラジャラウトスで暮らしていた。

彼の弟の名前は、エンデール。

そう、皇太子エンデールその人が、彼の双子の弟の名前なのだ。

そしてエンデール様は、あたしに何度も求婚を繰り返しているその人でもある。

ちなみにあたしは求婚を断り続けた。

だって夫よりも、信頼できる友達のほうが、あたしには素晴らしいものに思えたのだ。

夫がほかの人を愛してしまったら妻は笑えないけれど、友達だったら、『何、また惚れた人いるわけ?』って笑い飛ばしてもかまわないじゃない。

あたしはそういう相手でいたかったのだ。女嫌いの皇太子の、珍しい友人。

その立場の居心地が良くて、そこに執着したのだ。

そこに居続ける限り、幸せでいられる気がして。


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