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毒薬短編集  作者: 悪霊
3/3

自殺

注意事項。


読むことは完全に自己責任です。もう言いません。

現在の時刻は11:45。



 人にとっては一日が明ける前のほんの少し前の時間という感覚でしかないだろう。



 だが私にとっては違う。



 覚悟を決めるべき時間の少し前なのだ。



 五分たった。あと半分。



 四分、三分、二分、一分、残り十秒。



 私は気が付いたら自分の寝室ではない場所にいる。



 握るはずのないものどころか、持っていないものを持っている。



 見たことぐらいはある。テレビか本ぐらいでは。



 振り下ろせば、人の骨ぐらいは簡単に斬れる刃。



 私はいつもこの時間になると、この刀を振るうのだ。



 振るわなければ、私に明日は来ない。



 誰に振るうのか。



 私だ。



 いや、厳密には違う。



 ”昨日までの”私だ。



 鏡を見るかのように、同じ私が立っている。



 私は相対する。そして、何度か刃を重ねた。



 ほんのわずかな隙に刃を振り下ろす。



 バッサリ。感覚でいえばそんな感じだろうが。。



 ただ傷口から赤い粒子のようなものだけが散っていく。



 そして私は気が付いたら見慣れた自分の部屋にいる。



 時刻はちょうど0時。






 仕事に出かける。



 仕事をする。何気ない日々。



 でも、昨日とは別人だねとよく言われる。



 当たり前だ。別人なんだから。



 いや、厳密には昨日の自分とは違う。



 立派な意味とか、成長の証とかそういう意味ではない。



 昨日の自分は私が殺したのだから。



 そして昨日までの自分の欠点が消えているのだ。



 もともと私はどうしようもないダメ人間だった。



 何か娯楽にはまると抜け出せなくなる。それも競馬やパチンコといった負のものばかりだった。



 そして娯楽にあきると眠ってしまう。それはただ怠け者のそれだった。



 仕事にも身が入らず、自分の失敗を他人や家族ばかりを責めていた。



 そんなある日。



 23時55分になったとき、それは突然訪れた。



 真っ白な空間に入り、昨日までの自分がいる。



 なぜ、そんなことがわかったか。そもそも自分は本当に自分なのか。



 当時の私にも今の私にもおそらくそれはわからない。



 記憶が抜けるわけではない。ほかに抜けるものがあるわけではない。



 ただ、間違いなく、それは昨日の私で今の私は私なのだ。



 昨日の私はためらいなく私に剣を向けてきた。



 私は直情的に、剣を振るった。そしてたった数分で。



 目の前に助かりようのない斬り傷を負った私が倒れていた。



 そして私は元の場所に帰っていた。



 あれは夢だったのだろうか。握られていた剣も、命絶えていた私もどこにもいない。



 そのまま眠ったが、次の日。



 私は奇妙な違和感を覚えていた。



 パチンコがしたくなくなったのだ。



 いや、昨日の自分は覚えていた。



 確かに大負けに負けてもう二度とやるもんかと。



 ただ、そういって実行できたことは一度もないのに。



 そして、私は趣味の一つを失った。不思議と喪失感はなかった。



 もともと頭ではわかっていたのだ。何の生産性もないことに。



 そして、またその日の晩。私は向かい合っていた。昨日の私に。


 

 やはり、激情にかられて剣を振る。その激情が何かうすうすわかっていた。



 昨日とは違い、今度は突き刺して……殺した。



 競馬にも興味がなくなっていた。



 数日後、私は本を読むのが趣味になっていた。



 前までは、読もう読もうと思いながらも、読まなかったのだ。



 そんな自分が嫌だったのに。



 斬り殺した。そんな自分は。



 疲れるとついついうとうとするようになった。



 突き殺した。そんな怠け者の自分は。



 仕事でミスをして、それを他人のせいにした。



 殺した。そんな自分勝手な自分は。



 もう何か月がたっただろうか。



 何回も何回も殺した。



 それによって結果的に自分がいい方向につながるのならばそれでもいいのだろうか。そんなことを考えていた。



 しかし、そうではなかった。



 友人が私を裏切った。



 しかし、友人は許してほしいと願っていた。



 私は迷っていた。



 朝も昼も夜も迷っていて……。



 そして、迷う自分を殺した。



 友人とは何のためらいもなく絶交した。



 それが今でも正しかったのかはわからない。



 でも私は一度裏切りにひどい目にあったのだ。



 それを繰り返したくなかったのだろう。



 そしていつしか私はわかっていた。



 これは私の望みなのだ。


 

 何かを得たい。何かをやめたい。



 そんな思いを消す自分を殺す。そういうことだと。



 それがいいものだとは限らない。もしかしたら悪いものかもしれない。



 そしてもうひとつわかったことがある。



 もし、昨日の自分に負けたら私は”それまで”だと。



 今日が明日につながることはあっても昨日は明日につながることは決してない。



 今日がなければ昨日と明日はつながらないのだ。



 だから殺し続けた。自分を。



 そしてなぜこうなったのかもうすうすわかっていた。



 私は自分が嫌いだった。殺したくなるほどに。



 だが、そんな度胸もない私はただ自分がだめになっていくのをどこかで楽しんでいたのだ。



 どこかで傷つきながら。



 そしていつからか、昨日までの嫌いだった自分が現れるようになったのだ。



 それを斬ることで何かが満たされる。



 しかし斬っても斬っても自分は現れる。



 もうそろそろ疲れた。斬られてしまおうか。



 そう思っても自分を前にすると斬っているのだ。



 あふれかえるほどの憎しみとともに。



 そして私は真人間になった。



 仕事も効率よくこなし、運動もそこそこでき、人との付き合いも建前ならそれなりにできるようになった。



 しかし。



 自分が嫌いなことは終わらない。



 いつだって自分が嫌いだった。



 何度殺しても何度殺しても憎しみが途絶えることはなかった。



 やがて私を好きだという女性が現れた。



 結婚を前提にして付き合ってほしいと。



 私は人を信じることができなくなっていた。



 信じる自分があまりにも愚かで学ぶことがなく、何度も同じ失敗を繰り返したからだ。



 もう斬る前から分かっていた。



 私は断るだろう。



 そして次の日。



 私は彼女を激しく拒絶した。



 彼女は泣きながら立ち去っていった。



 それに少しも罪悪心を抱かない自分にもほんのわずかに罪悪心を抱く自分にも嫌悪感を示していた。



 人を殺すこと。



 それは自分の魂を削る行為だという話をどこかで聞いた。



 ならば自分を殺しても魂は削られるのだろうか。



 私は自分に価値がないのは、自分に力が、立場がないからだと思っていた。



 でももしかしたら、今はもう削られすぎた魂によって価値がなくなっているのかもしれない。



 私はもうだれも愛せず、誰も導けない。



 私にとってそれはあまりにも邪魔だったのだ。



 しかし、本当にそれは失ってよいものだったのだろうか。



 自分が刃に貫かれてでもそれは守り抜くべきものだったのではないだろうか。



 私はいつものように剣を構えた後。



 その剣を自分の胸に刺した。



 しかし、引き抜いても自分の胸に剣の傷はなかった。



 そして、目の前の男が倒れた。胸に傷を残しながら。



 ああ、そうか。



 私は、自分が自分で決めて、自分を殺していると思っていた。



 しかし、本当は逃れられなかったのだ。



 何をしようとも大切だとわかっているものを失うことから。



 自分を殺して、自分が生きる。



 ただこれからもそれを繰り返すだけなのだろう。



 それは世界の望みに塗装された私の望みなのだから。



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