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その後。2

 移り住みたいという急な連絡を受けて用意したというには綺麗で立派な家は、そこに暮らすことになるニクスの家族達に感動を持って受け入れられた。

 腰が曲がり始めている両親は家の横に申し訳なさそに作られていた小さな畑に、家族の為に開墾して畑を広げたという若い頃を思い出して、これからのやりがいを見つけていた。長年住み慣れた我が家、そして故郷を離れざるを得なかった事への寂しさを忘れる事は出来ないが、と言いながらも新しい暮らしへの希望をその目に浮かばせている。

 家事の一切を担っているニクスの妻も不安に溢れた表情を隠せずに居たのだが、新しい家の綺麗に整えられた水回りなどを見て目を輝かせ、しかもエリーナやヨハンナ、フレイアによって使い勝手の良いように魔道具が仕込まれているのだという説明に、感動の声を上げていた。


「それで何があったんだ?」

「まぁ大体、取り込もうとする奴等の争奪戦に嫌がらせってところか?」


 ニクスの家族達が家の中や外回り、そして生活に必要な説明を受けている中、それを眺めていたニクスにレンが近づき尋ねた。


 家族の元に戻ると帰還していったニクスが一月で、家族を連れて生まれ育った故郷を捨てた。

 連絡を受けた時点である程度の予想はついていたレン達だったが、その真相がどうなのかと聞いたのだった。

「バーンの言う通りだよ。貴族に王族に商人、ベッタベタと媚売るみたいな事をしてきてな。その上、暫くしたら、頭に乗っているなんて言って嫌がらせだのなんだの。いい付き合いをしてきた筈の近所の奴らまで、ちょっとな…」


 英雄を召抱えよう、英雄を懇意にありたい。

 ニクスが一般の兵でしか無かったのも問題だった。貴族でもなく、誰かに仕えていた騎士でもなく、ただ選ばれ使命に燃えたから旅立った。

 フレイアのように神官一族の後継者でも、レン達のように貴族、または将来を有望された魔術師でもなく、バーンのように裏社会でのしがらみを持つ訳でもない。元が何も無いからこそ、人々はニクスに期待を寄せたのだ。自分を英雄の伝説に加えてくれるかも知れないという無謀な望みという期待を。

 そして、それはニクス本人だけではなく、家族にも向かった。

 ニクスは子沢山と聞けば、その子の一人を自分の下に取り込もうと考えた。それが成功すれば、英雄ニクスは親族であると堂々と言える立場になれるからだ。説得、懐柔、時にはニクスの英雄という血筋だけが欲しいと誘拐まで。

 慌しいなんてものではない周囲の謙遜に疲れ果てていたニクスたち家族をもう一つの、大きな災難が絶望へと突き落としさえした。

 世界を救った英雄であるニクスには、それに確かに見合うとは思えないまでも、各国の王族や神殿から目を向くような報酬が与えられた。王侯貴族だけが利用することを許された店を使うなどの特権も許されたし、ニクスが何も言わない内から貢物を送り届けられた。

 それがニクスが生まれる前からの付き合いのある近隣の住人達の妬みを生んでしまったのだ。声をかけられることが無くなり、声をかけても避けられることも多くなり、そして遂には遠くからチラチラと見る視線に、決して勘違いなどではない悪口。

 ニクスの帰還を喜んでいた家族達は一月も経たない内に、暗い顔をすることが多くなり、笑い声が減り、ついには苦しむようになっていた。


「まったく、本気で疲れた。俺だけなら大丈夫だとでも言ってられたかも知れないがな、親父やお袋、母ちゃんに子供らまで苦しむ姿を見ちまったら、もう駄目だな」


「ここは不便ではあるが、魔獣は滅多な事では悪さはしないし、外の身分とかを持ち込むのを嫌う人ばかりだからな。ここではそういうことは無い」

 "名無しの森"に住むのは隠遁者ばかり。魔獣など危険を感じさせる存在も生息しているが、森の住人には襲い掛からぬよう仕掛けが施されている為、滅多なことは殆ど無い。

 何か欲しい物があれば住人達の間で物々交換などでやり取りするのが基本で、それ以外は時々外に出る者が居るから頼めばいい。

「フレイアは今、法術も得意な元薬師の婆の所で世話になってる。ヨハンナと俺は古い魔術の研究してるっ学者の家。あの旅の時ほどのスリルはないが、中々楽しい毎日送ってるよ。これからもよろしくな、ニクス」

 レンが森の暮らしについて説明し、バーンが歓迎の言葉を吐く。

 それだけで、人の世界で荒れすさんでいたニクスの心は解されていく感覚を覚えた。


「ロベルトも早く、吹っ切ればいいんだけどな」


「そうだ、あいつ本当にどうしちまったんだ?」

 バーンが口にした仲間の名に、ニクスは「もういい加減に教えてくれ」と眉を顰めながら詰め寄った。



 ヨハンナによって森へと連れてきて貰ったニクスが家族と共に皆が待つ家へと入ろうとした時。その玄関の扉の横には、大きな酒瓶を抱え込むようにして、ニクス達が近くに居ることにも気づかない程に酔っ払ったロベルトの姿があった。

 ニクスと共に故郷に帰った筈のロベルト。真面目で、旅の最中でもそんな醜態を見せることのなかった、貴族の誇りを絶対に忘れずにいた男が何をしているのか。

 ロベルトは故郷たる国に、受け継ぐ家に家族、帰還後すぐに結婚する婚約者、そして敬愛する主君が待っていた。待っているのだと嬉しそうに笑っていたのだ。

 そして何より、後ろ盾が無い身分の為にこうなってしまったニクスとは違って、ロベルトはしっかりと整った居場所があった。ニクスのように逃げ出す羽目になる事は無い、と思っていたのだ。

 だというのに、これでもかという醜態を見せて、ロベルトは"名無しの森"にニクスより先に居た。



「あいつが国に帰ったら、婚約者は王の後宮に納まって大きな腹をしていて、家は異母弟が継ぐ感じで大体の段取りが決まってた、んだと」


「はっ!?」

 なんで!とニクスは説明してくれたバーンの顔に唾を飛ばし、叫んでいた。

「『本当に帰ってくるなんて思ってもみなかった』『二年は長過ぎた』と言われたんだそうだ」

 まるで自分の事のように、レンはロベルトが信じた人々から投げ捨てられた言葉を苦渋に満ちた表情で伝える。

「いや、二年って。うちの母ちゃんは待ってたぞ?絶対に帰ってくるって思ってたって可愛く泣いて抱きついてきたぞ?」 

「『二年なんて貴族の甘ったれた女に待てる訳無いじゃない』」

「は?えっ、どうしたよ、バーン?」

「母が話を聞いた時にそう言ったんだ」

 友を思って怒りに震えたニクスに、何故か女のように声を高らめ、女言葉を口にしたバーン。そのあまりにも唐突で想像もしていなかったバーンの行いに驚き、沸騰寸前だった頭を少しだけ冷やしたニクスは目を丸めてバーンを見下ろした。そして、バーンが口にした言葉に深く関係があるレンは溜息を吐きながら、その意味をニクスに説明し始めた。

「レンの母ってぇと、貴族の娘だったっていう…」

「なかなか強烈な御人だぜ?さすがは、国を追い出されてこんな辺境まで辿り着いた貴族のお嬢様なだけあった。『よくある、在り来たりでつまらない話でしょ?どうして待っていて貰えるなんて思ったのかしら、馬鹿ねぇ。今頃消えた貴方の心配なんて微塵もせずに、ハッピーエンドを後世に残す作業に勤しんでるわよ』って高笑い」


「…」


「悪い人では無いんだ。ただ、口が悪いだけで…」

 幼い頃に別れてしまった母の言動は、レンが覚えているそれと全く変わりのないものだった。それがどんな印象を仲間達に与えるかは理解出来ても、それに対してフォローを入れて庇わずにはいられない程、それはレンにとって懐かしく否定しづらいものだった。



 

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