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その後。

 世界の北の辺境に存在する森は、何時の頃からは"名無しの森"と呼ばれるようになっていた。

 馬や馬車、人の足で陸路を辿った最果てが、その"名無しの森"。森の北側には、只人の身では到底越えることの出来ない山脈がそびえ、古竜が多く生息しているその山脈を越えた先には、また数々の国が築かれていると言われているが、それを実際に一生涯の内に目にすることの出来る人など一握りしかいなかった。

 "名無しの森"は広大で深い。多種多様の動植物が、森の外では拝むことの出来ない生態系を築いている。それだけではなく、力の強い魔族・魔物が好む魔力溜りという場所が森の奥深くには存在し、それを目当てとした魔族・魔物が多く生息していた。


 鬱蒼として危険に満ちた"名無しの森"。

 だが、その森の中にも極当たり前のように暮らしている人も居る。


 様々な訳があって故郷を、人の多く住む国、街や村を捨てざるを得なかった人々が最後の最後で辿り着くのが、この"名無しの森"だった。



「いやぁ悪かったな、ヨハンナ」

 "名無しの森"の中。太い幹の木々の間に建てられた小さな家から少し離れた場所で一瞬、薄暗い森の中では一際に眩い閃光が生まれて消えた。光が消えた瞬間、誰もいなかった筈のその場に、数人の人影が生まれていた。

 その内の一人、帰還を果たした英雄の一人として今や世界に知らぬ者はいないとされる男、ニクスが腕を頭上に伸ばし、肩を動かしたり首を鳴らしたりと動きを見せた後、隣に立つ少女へとにこやかに礼を言った。

「ううん、いいの。なんて事無いことだから」

「本当に助かりました。私達からも御礼を言わせて下さい、ヨハンナ様」

「「「「ありがとうございます!!」」」」

 ニクスへ笑い返しながら首を横に振ったのは、ニクスと共に英雄として崇められてもいる魔術師の少女ヨハンナ。世間的には死んだものとして他の仲間達と共に"名無しの森"に隠遁していた彼女にとって、人を引き連れて術を用いて移動するなど、何の困難も感じない些細な事だった。

 ヨハンナのそれは謙遜でもなんでもない事実をただ口にしただけだったが、それが通じるのは長く旅を共にした仲間のニクスにだけ。ニクス以外の、ニクスの両親、妻、子供達から満面の笑顔と嘘偽りも、妬みや恐怖も感じない純粋な御礼の言葉がかけられた。




「お久しぶりね、と言うにはまだ早いかしら?」

 純粋な歓びそのものをぶつけられて真っ赤になったヨハンナに案内されてニクス達家族は、降り立った場所のすぐ近くに建っていた小さな家に足を踏み入れた。

 小さな、といっても森の何百年と立ち続けていると思われる圧倒的な存在感を放つ太い幹の木々の間にあるからこそそう思うのであって、それは小さな村にあったのならば十分に大きな家として認識される規模のある家だった。鬱蒼とした森の中にそれが建っていることには驚くしかない。 

 家の中には、ニクスの頼もしい仲間達が待っていた。

 旅をしている時のような動きやすい戦闘に適した装いや、もしくは出会ったばかりのような身分や立場を示す装いなどはしておらず、ただの平民でしか無いニクスの家族達とそう変わることのない服装を身に纏い、各々が気楽な様子で寛いだ様子を見せていた。

 緊張しているニクスの家族達に優しく笑いかけ、席を勧め、お茶、お菓子を勧めていたフレイアとエリーナだったが、ニクスには少し意地の悪い笑みを向ける。


一月ひとつき…か。まぁ持った方か?」


 あからさまにニヤニヤと口元を歪めて、彼らが別れた時点からの日数を指折りで数えるのはバーン。


 魔王を倒し、世界に平和を取り戻し、そして英雄の生き残りが凱旋してから一月ひとつき。その歓びの声は大きく、今や疎かに扱う者など誰一人存在しないと言っても差し障りの無い神殿が存在する国から遠く離れた、この“名無しの森”にまで聞こえていた。

 レン達、自分達を死んだことにして、個へと戻った英雄達はこの一月、たどり着いた者達を決して拒むことの無いこの森に居を構え、新しい生活にようやく馴れ、そして今までは出来なかった事や考えた事も無かった経験を積む日々を送っていた。慌ただしい日々の中でも、伝わる話から集める事の出来た二人の仲間達の安否を気にかけていた。


 その中でつい先日、ニクスから助けを求める連絡が届く。

 やっぱりという残念そうに嘆息する声が、どうしてという声と思いを押しやった。

 だが、大切な仲間の願い、無下にするなど考え付きもしない。エリーナが空間を繋ぎ、何があってもすぐに対処出来る魔術師のヨハンナが迎えにいった。

 ニクスの願いとは、家族と共に俺も“名無しの森”に移り住みたい、というものだった。

 ヨハンナとニクスでも対処出来ない事態となれば、すぐに出向けるよう。エリーナは道を繋いだまま、レンの家に彼等は集まり、何時でも動けるようにと待機していたのだ。


「魔王との戦いが褪せるくらいに、濃い一月だった」


 バーンからの言葉に苦笑をもって答えたニクスだったが、その表情はすぐに変化し、何とも言えない、最も適した表現でいえば苦痛に満ちた表情を浮かべた。そして、くいっと声を潜めて顎で示してのは、自分達が今潜ってきた家の玄関の、外だった。


「あいつも、そうだったのか?」


「あいつが来たのは、数日も経たない内だったよ」


 ニクスに合わせ、バーンの声も潜めたものになった。だが、その後に続く筈の説明などはニクスがどれだけ待ってもバーンの口からも、レンやフレイア、エリーナ、ヨハンナからも聞こえなかった。


「連絡があってすぐに家を用意したんだ。案内しよう。込み入った話はそれからにしよう」

 重たい空気さえも流れ始めた時、この森で生まれ育ったレンが口火を切った。それは期待していた説明では無かったが、レンが向けた視線の先では落ち着き無く、大人達の緊張を含んだ話を邪魔しないように物音を立てないようにしていたが、キョロキョロと好奇心一杯に目を走らせている子供達の姿があった。

「す、すみません!」

 夫であり息子であるニクスがその一員であろうと、偉業を成し遂げた英雄達の邪魔をしてしまったという状況に、ニクスの妻とリョウシン達は「こらっ」と子供達を叱りつけた。

「いいえ。子供達に聞かせるような話ではありませんでしたもの。それよりと皆さんの新しい生活についてお話する方が先でしたわね」

 配慮が足りませんでした、と。さすがに神官の一族として神殿を詣でる人々と接し続けてきたフレイアは手慣れた様子で、子供達の前に目線を合わせるようにしゃがむとにっこりと微笑み、叱られて落ち込む子供達を和ませた。


「狩人が使っていた空き家が丁度あったんだ。空き家になったのは最近の事だし、一通り掃除や修復は済ませたから住むのには別に問題は無いと思う。この家より広さはあるから、充分だと思う」


「そりゃすげぇな。この家でも元の家よりも広そうなのに。ありがたい、がいいのか?」


 元の持ち主は?と聞きにくそうにニクスは尋ねる。

「あぁ、大丈夫。ただ近くに新しい家を造って引っ越しただけだ。小さいが畑もあるから、なんだったら広げるのも手伝うが?」

 まずは家を見てみないことにはな、と。

 レンのその誘いに、退屈していた子供達は歓声をあげた。


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