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「いいの、フレイア?」

「いいもなにも、レンが人の敵になってしまうことは何としても避けなければならない事です。ただでさえ魔王が率いた魔族との戦いで疲弊した世界で、『勇者』が怒りと憎しみを撒き散らして暴れるなど。甚大な被害が出るだけではありません。『勇者』を始めとする英雄の存在で保っていた人々の希望が砕かれ、人々の心が乱れます」

 人々の味方として祭り上げていた『勇者』が破壊者に変わるという事態は、未来への希望を砕き、未来を信じて秩序に守られた日常を歩み続けていた人々の心を大きく乱すことになる。そうなってしまえば、秩序も治安も乱れてしまう。魔族による破壊からの復興も大きく遅れる、または出来ずに終わってしまうかも知れない。

 それはまだ想像、可能性でしかない事だったが、英雄の一人として、神殿の者として、フレイアには見過ごすことの出来ないものだった。


「神殿としては、聖遺物さえ戻れば次代の英雄へと向けて再び受け継ぎ続けることが出来ます。レン、『勇者の剣』は返してもらえますね?」


 差し出されたフレイアの手に、レンは迷うことなく長き戦いと旅を共にしてきた『勇者の剣』を受け渡した。それは聖遺物と言われるだけあって、確かにそれ自体に強い力を持つ剣だった。だが、魔王達を倒し続けてこれたのは、レンに確かな実力を持っていたからこそだというのも真実だった。

「頼もしい相棒だったが、これに頼らなくても今の俺なら母さんや皆を護れることが出来るだろう」


 今まで、ありがとう。

 フレイアの手に受け渡し、剣の柄から手を離そうとした瞬間、レンは小さく『勇者の剣』に向かって礼を言った。すると、それに返事をしたのだろうか、ただフレイアの手の中に収まっただけの『勇者の剣』からキンッという甲高い音が鳴ったのだった。


「さて、ではこの『勇者の剣』に私の『杖』を一緒にして、」


 はい、と事無げにフレイアから『剣』と『杖』を突然渡されることになったロベルトが、「はぁ?」と目と口を大きく見開き、驚きのあまり呆けることとなった。

「なっなっ…はぁ?」

「私もレンと共に、戦いの末に力尽きてしまったということにして下さい。ロベルトは待っている家族がいらっしゃるから、ちゃんと生きて帰らねばなりませんでしょう?ですから、その二つを届けて下さいね?」

 ニコニコと笑って、フレイアは迷いの無い様子でロベルトに頭を下げた。

「フレイア?」

 フレイアの突然の申し出に、ロベルト達だけでなく、レンさえも驚いていた。


「実は私、今まで口にするのもおぞましく黙っておりましたが、戦いが終わって神殿に帰った暁には結婚することになっていましたの」


 そう告白したフレイアは、ほら、と鳥肌が立った腕を見せ、彼女にとってその事実がどれだけおぞましいことなのかを身をもって証明してみせた。

「えっ、誰と?」

「一族の男です。私よりも十も年上の、確かに力や知識、あらゆる能力において一族の上に立つ者として相応しいものを持った男です。ですが…」

 語るのも嫌だと鳥肌の立った肌を擦りながら、それでもフレイアは説明するべきだという考えから、口を閉ざすことはしなかった。

「顔が醜い?」

 女が男を嫌う理由はこれだろう、と必死に語ろうとするフレイアの声を遮る形で、バーンが理由を予想してみせた。

「ハゲで、デブで、匂いがキツイ?」

 バーンにつれる形で、エリーナは年上の男だと聞いた上で想像出来た予想を口に出してみた。

「性格が悪い?」

 ヨハンナまで、その予想当てに参加する。

「そう!そうなのです!」

 まだまだ鳥肌が引く様子を見せないフレイアが、ヨハンナの予想に大きく反応した。

「美醜の判断でいえば整った顔立ちでしょう。あれを目当てに寄付を持ち寄る貴婦人も居るくらいですから。能力も一族内で派閥を築く程度には有能です。神殿に訪れる人々からの人気を得る程度に、外面も完璧です!でも、あの男は信じられない程に性格が悪いのです!人は自分の思い通りに動くと信じて疑わない態度に、それに気づいてしまった私に対して隠そうという気も加減もしないで嫌がらせばかり!レンの言う、王やアーガス候と結託した神官というのも、あの男の事に違いありません!…あの男と夫婦にならねばならないなんて…」

 それまで溜め込んできた全てを、フレイアは決壊したダムのように吐き出していった。

「レンの考えは私に、天啓を与えてくれました。そう、死んでしまえば、あの男と夫婦と成らずに済むのです!」

 神官一族の次期長という役目など、実を言えば変わりなど幾らでも居る。なんだったなら、自分がもう関わりが無くなるのだから、あの男が就いたとしても文句も嫌悪も何も感じない。

 フレイアは晴れ晴れとした顔で笑みを生み出し、お願いしますね、とニクスにもう一度頼んだ。


「あっ、じゃあ…私も、はいっ」


 唖然として晴れ晴れと開放感に浸っているフレイアを見ていたニクスの腕に、『剣』と『杖』に続いて『指輪』が乗せられた。それは、エリーナが所持していた聖遺物だ。

「えっ、エリーナ?」

 また増えたそれにうろたえたニクスを余所に、まぁ貴女も、とフレイアが何故か嬉しそうにエリーナに声をかけた。


 「うちって前に言った通り、貴族の端にぶら下がってる程度の貧乏貴族なのよ。爵位も男爵で、領地も猫の額くらいしか無いし。貧乏子沢山に兄弟も多いしね。きっと帰っても、英雄を取り込みたい人達から縁談ばっかよ。しかも、うちの爵位から考えて断るに断れないやつばっか。私みたいな女が、そんな高位の方々に大切に奥方として扱って貰える期待も出来ないし。あと、これだけ言った後に言うとついでみたいに聞こえるだろうけど。レンに魔術や勉強を教えたっていう、森の住人の人達に興味が湧いたのよね」


 ということで私はレンに着いて"名無しの森"に行くことにする。

 堂々たるエリーナの宣言に、きょとんと瞬きをしたレンは思わず頷いていた。

「あら、それなら私も。レンの法術の師という御老女とお会いしてみたいですから」

 よろしくお願いしますわね、と申し出たフレイアに対しても、レンは断れはしなかった。


「あ~、じゃあ。俺も死んどくか」

 ほらよ、とバーンが自身が身に付けていた聖遺物『毒針』を放り投げるように渡したのは、ニクスと同じように帰りを待つ婚約者や主君のある、ロベルト。

「裏家業に戻ろうにも、こんだけ顔と名前が売れちゃあ商売上がったりだからな。それに、フレイアの話を聞く限りだと、英雄が裏家業に戻るのは許されそうに無いし」

「わ、私も!」

 バーンに続いてヨハンナも、ロベルトに自身の聖遺物、フレイアのものとは意匠が異なる『杖』を手渡した。

「戻っても、皆と旅をした時みたいな楽しさも発見も、何も無いですから。それに、私もレンに魔術を教えたという方にお会いして、お話をしたいです!」

「ヨハンナまで行くんなら、俺も着いていくか」

「本当ですか、バーンさん!」

 バーンとの別れはどの道避けられないだろうと思っていたらしいヨハンナは、兄のように慕うバーンが自分の宣言の後に"名無しの森"への動向を口にした事を、本当に喜んだ。喜びのあまり、バーンの胸に勢いよく飛び込んでいた。


「…随分と大人数になったな」


 口元に手を当て、想像もしていなかった展開に、レンは零れ出す笑いを抑えきれずにいた。

「御迷惑でしょうか?」

「…いや、母さんはきっと歓迎してくれる」

 文句を言いながらも賑やかなのが好きな人だから。

 もう間近となった、夢にまでみた再会の時を思い浮かべ、レンの表情は自然に解け緩んでいた。


「あぁ~。じゃあ、この聖遺物達は神殿に渡せばいいんだな?」

 こうなっては仕方無い。止めることも出来ないし、それぞれの事情を考慮すれば止めようという気も起こらないのだから、聖遺物を託されたニクスとロベルトは腹を括るしかない。

「えぇ、私達は魔王の戦いで相打ちに持ち込み、無念にも力尽きたと伝えて下さいな。なんでしたら、個人の遺品になる何かを…」

 この耳飾りなんてどうかしら、と遺品という物を思いついたフレイアが自身の右耳から小さな宝石が輝く耳飾を外す。それに妙案だと同意したエリーナが腕輪を外し始めた。ヨハンナ、バーンはそれを遺品だと証明する相手もいないし、とフレイアとエリーナの動きを見ているだけだった。


「いや、その前に俺達も頼みがあるんだ」

 なぁ、とロベルトに同意を求めたニクスは苦笑を浮かべ、レンとバーンを指名する。

「頼み?」

「そう。このまんま戻ったんじゃあ、いらぬ憶測を呼ぶだろ?適度に俺達を、ぼこぼこにしてくれると嬉しい」

 ロベルトとニクス、いや二人だけではなく全員が、魔王との戦いの後に簡単な法術によって大きな怪我などを治療されていた。確かにニクスが言う通りだ。仲間達を見捨てた?などのいらぬ噂が生まれ、ニクスとロベルトの尊厳が穢される可能性がある。

「だが…いいのか?」

「大丈夫、大丈夫。向こうに着いたら、神殿で法術使って貰えばいいことだし」

「んじゃぁ、遠慮なく」

 レンは躊躇いを示したが、ニクスは両手を「さぁやってくれ」と大きく広げていた。同じ様に「さぁやれ」と目を閉ざしたロベルトには、バーンが向かう。その手には彼の武器の一つである、手の平に隠れる大きさの小刀。

「言っておくが、毒はつけるなよ?」

武器に毒を塗りつけているバーンの習慣を嫌と言う程知っているロベルトは、目を閉じたまま忠告を突き刺していた。




「それじゃあ、これでお別れだ」

 レンに殴られて腫れたり、剣による浅いとはいえ切り傷を負った頬では喋り難いだろうに、ニクスとロベルトは律儀にも別れの挨拶を口にする。

「まぁ、これがあるから今生の別れにはならないと信じてるがな」

 ニクスが持ち上げたのは、小さな石がはめ込まれた古びた指輪。それはロベルトの手の中でも、その存在を主張している。

 それぞれが国に戻った後、何か助けが必要なら。そんな思いでヨハンナから二人へと渡された魔道具が、その指輪だった。

「遠慮など要らないからな?」

「そうそう。死んだ英雄が助けにきた、っていう怪談の一つや二つ、別になんてことは無いんだから」

 誰の目にも、二人が助けを求めたのならば全力で助けに行くという覚悟が浮かんでいる。

「分かってるよ。お前達こそ、何かあれば言ってくれよ?俺達だって出来る限りは協力するからよ」

 護るべき家族があるからこそ、主君があるからこそ、死ぬことなく戻る二人には「絶対に」「助ける」などと言いきることは出来ない。それが分かっているからこそ、最大限の表現で覚悟を示す二人に、レン達は満面の笑みを浮かべて「分かっている」と頷いたのだった。


「それじゃあな」

「あぁ。元気で。我侭を言って、本当にすまない」

「ニクスさん、あまりお酒を飲みすぎないように」

「ロベルトさん、あんまり真面目すぎると奥さんに逃げられるから気をつけてね?」

「忠告は真摯に受け止めよう。この旅の中で、それは十分に理解出来たからな」

「今まで色々と気にかけて下さって、ありがとうございました。ニクスさんは何だか、お父さんみたいでした」

「まぁ、よろしく頑張ってくれ」


 別れに時間はあまりかからなかった。 

 何れはまた再会出来る、という思いがあったからだろう。何処に居ようときっと大丈夫だという、これまで苦楽を共にしてきたという信頼が、別れを惜しむ時間を長引かせはしなかった。


魔王の居城の存在していたこの場所から、旅の始まりの地である神殿の存在するシェイク王国の王都の外れには、空間の魔術を用いて一瞬だ。天才であるヨハンナよりも、空間魔術だけは上をいくエリーナの、魔王を倒すに至るまでの経験と努力の日々によって、ようやく可能となった力。もしもエリーナが生きて戻り、彼女を落ちこぼれと評価した学園で披露したなら、エリーナの評価はまるで初めから無かったかのように覆されたことだろう。だが、エリーナにはそんな事をするつもりも、必要も無い。これからはただ、純粋な好奇心をもって自分の力を突き進めていくだけだ。もしも使うのであれば、それは仲間達の為だけ。

「適当に時間が経ったら、この術を使って会いに行くね。その時は、存分におもてなしさせてあげるから」

「分かった。そん時は俺の家族を紹介するな」

「出来れば、手加減して欲しいが。私もその時には妻になっている彼女を紹介しよう」


それじゃあ。


ニクスとロベルトの姿が、明るい翡翠色の光に包まれて、一瞬にして消え去った。

「では俺達も」

「楽しみですわね、“名無しの森”。一体、どんな場所なのかしら」

王都から出るのさえ、この討伐の旅が初めてだったのだと言っていたフレイアは、わくわくと高鳴る胸を抑えきれず、興奮を露にしていた。

「レン、分かってるだろけど、ちゃんと“名無しの森”を頭に思い浮かべていてね?」

「分かってる。彼処を忘れた事はないから、思い浮かべることは難しくない」


「では、いきます!」


手を繋ぎ合った五人の輪が翡翠色の光の陣に囲われる。

そして、一際輝く閃光を周囲に放ったかと思えば、その中に居た筈の五人の姿は跡形もなく消えていた。








歴史上にして二度目の、魔王討伐という事態。

これを制したのは、七人の英雄達だった。二年にも及ぶ旅の果てに魔王を倒した英雄達。その旅は、たった二人しか帰還者を数えることが出来なかった。その数、そして彼等二人がやっとの体で帰還した様子から、魔王との戦いが何れだけの壮絶を極めたものかを、人々に言葉少なく示したのだった。

人々は英雄達の尊き犠牲に涙を流し、魔王という脅威の消失に歓喜の声をあげた。

中には、魔王との戦いの中で犠牲となってしまった英雄達について、あれやこれやと憶測する者達も居たが、それらの声が仲間を失い憔悴する二人の英雄達に直接届く事態にはならず、私大にその声は聞こえなくなっていったのだった。

それから一年、二年。人々は力強く、魔族による被害を復興させていった。その中で、犠牲となった英雄達への哀しみは癒え、彼らのもたらした平和を甘受して、笑顔に溢れる日常が世界中で当たり前のように見られるようになっていく。

その日常の中に、犠牲となった英雄達と瓜二つの顔をした存在が何気なく交ざり混んでいても、英雄達の活躍の最期を信じてやまない彼等の誰一人として、気づく様子は見られなかった。

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