宿場街3
「そうさなぁ……金貨3枚といったところか。」
晴彦が"宰相の妾宅"亭に着き、併設された鍛冶工房に手帳を見せて手頃な武器の値段を聞いたところ、そのような値段が返ってきた。手作りの石斧では心もとなかったし、確りとした技術を持った人の武器を持ちたかったのだ。
(職人になるのにもスキルが必要だ。)
鍛冶についても甲冑についても、専用のスキル・魔術が必要になる。汎用的なモノは魔道具で代用できるが、専門的な部類になると魔術の習得が必須になってくる。鍛冶魔術や甲冑魔術などがそれにあたる。そういたことを覚えるのは、
(とてもではないが覚えきれない……。)
のである。
槌をふるい、槍剣を作り、鎧を形成するのではなく、魔法により槍剣を鍛え、鎧を整えるのだ。それらに必要な魔術は数百を軽く超え、覚えるのにも30年は費やすのが普通だ。さらにそこから各々流派の極意と呼ばれるものが入ってくる。独り立ちして超一流と呼ばれるには50年をかけて、
「さて、どうか……。」
と言われるような世界なのだ。ポッと出の異世界人ごときがしゃしゃり出るような世界ではない。
(それらの技術の塊が金貨3枚か。……安い。と思えるのはきっとそういった商売に僕は向いていないのだろう。)
安く買える分には確かにうれしいが、それを売る立場になると考えると途端に微妙になる。やはり技術を盛り込んだものはそれなりに高く売れてほしいと思うし、売れるべきだと思ってしまう。適当な値段に見えない。そういったところが、
(こりゃ、無理だ。)
と思う原因でもある。
「どうするね?」
ドワーフだという禿頭だが豊かな髭を蓄えた、えらくマッシブな老人はそう尋ねる。この場合は、買うか買わないか。だ。柄頭がズラリと並べられたカウンターの前で
「なに、槌鉾なら簡単なものよ。鍛えながら調整する必要がある剣と違い、槌鉾は柄頭を柄に取り付けるだけだからな。引き渡しまでそう時間はとらせんさ。」
そういったものだ。
「じゃあ、これがいいかな。」
晴彦は並べられた柄頭の中から羽根状の鉄片が放射状に取り付けられた物を選ぶと、手に取りドワーフに渡す。いろいろな形があったが選んだのはゴシックメイスと呼ばれる様な槌頭だ。トゲの付いた鉄球や、チェーンでつなげて振り回すもの、装飾が華美なものなど、多数あったが、最もシンプルなものにした。と、いうのも、
(手入れとか必要だろうしなぁ……複雑な形状だとちょっとわからなさそう。それにフレイルで自打とかシャレにもならん。)
といった理由だ。
(金貨3枚なら手頃……だと思うしな。何かしら鎧とか防具もほしいし。)
あまり高すぎると防具を買うことができなくなる。魔法で癒せるとはいえ、痛いものは痛い。ソレを防げるのならそれに越したことはないだろう。
「ついでに鎧も買っていくかね?丁度いいのがあったはずだ。……おーい!」
工房の奥に向かって声をかけると、元気な声とともにドワーフの女性が出てきた。鍛冶師の妻だというドワーフの女は背こそ男のドワーフとあまり変わらないが、男は老人に見えるのに対し、女はやけに若い。というか、幼女にしか見えなかった。
「どうしたんだい?お前さん。」
「あぁ、こいつに何か鎧を見繕ってやってくれないか? ……ほら、丁度いいのもあったろう?」
「あぁ、アレかね。あいあい。わかったよぅ。」
そう言って奥に引っ込んでいった。それを見送ったドワーフはまだ驚きから覚めない晴彦に
「今から持ち出してくるのは破片鎧と言われるものでな。使えなくなった鎧でも使える部分……そういった鎧片をつなぎ合わせたものよ。チェーンメイルに似ているが、所謂鎧の下着として着用することは出来ない。厚さがそれなりにあるからな。そしてこれが重要だが、何よりも安い。駆け出しにはお勧めさ。」
簡素でそれほど防御力に期待はできないが、何もつけないよりは大分マシだ。
「金貨5枚。槌鉾と合わせて8枚……いや、6枚でいい。」
気の変わらないうちに、と金貨をカウンターに置くと、丁度破片鎧をもって奥からドワーフの奥さんが出てくるところだった。
鎧の造りは複雑ではなく、貫頭衣のような造りをしている。鎧片をつなぎ合わせてできた物の中央に頭を通す穴が開いていて、それをかぶりベルトで締める。そんな造りだ。首周りや腕周りはよく考えられているようで擦れて傷になったりしないような造りになっている。
「ほぅ。こうみりゃ立派な男振りじゃないか。」
「そうだねぇ。似会っていますよぅ。」
リップサービスだとはわかっているものの、似合っていると言われて悪い気はしないものだ。
(我ながら単純なことだ……。)
そうは思うものの、喜んでしまうのだから仕方がない。日本では服を進めてくれるような高級衣料品店に行ったことがなかったため、初めての経験なのだ。仕方が無いともいえる。また、ドワーフの見た目も相まって、見目を褒められるのは祖父に褒められているようで異様に面はゆかった。
「そうだ。魔道具なんかは取り扱ってますか?」
通常の詠唱を必要としない晴彦の魔法を隠すのに魔道具は最適に見えた。一つでは難しいだろうが複数身に着けていれば、
(それなりに魔法の使用をごまかせるのでは。)
そう思ったのだ。
「魔道具か。彫金師が今出払っていてな。魔導士が使うような本格的なものは置いてないが、そこまでの物でなければ……なぁ。何があったかな?」
すべては把握して無いのだろう、隣のドワーフの奥さんにそう聞く。すると奥さんは少し考えた後にポンッと手を叩いた。
「そうですねぇ……。あ! 転送の魔道具ならあるよぅ。野営具とかそういったのを探しているのなら細工師とか彫金師のお店に行った方がそろうと思うよぅ。」
「そうだな。ある程度の装備品であれば拵えることもできるが、魔導士が扱うものであるのなら魔道具屋に。野営具とか日用品で魔道具を求めるのなら細工師や彫金師の店に行くといいだろう。」
そう言うと奥から一つブレスレットを引っ張り出してきた。転送の魔道具らしく、表面と裏にびっしりと細かい文字が刻まれている。この文字が詠唱の代わりをするのだ。
「それも一つ売っていただけますか?」
渡りに船という程ではないが、早く手に入れられるのならばそれに越したことはない。
「あぁ、デザインも古いしな。まぁ、オマケということで良かろうよ。」
魔道具という存在はそれほど貴重なものではなく、生活に浸透しているものだ。魔法を使えるというアドバンテージよりも、ファッションとしての側面のほうが強い。そのため、季節ごとにデザインが増えて市場に物があふれているのだ。
「有難うございます。助かります!」
ブレスレットを渡してもらいさっそく身に着けると、再び礼を言って宿のカウンターへと向かっていった。