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探偵倶楽部

 学園に救急車が到着したのは、皆川発見から十分後の事だった。大勢の野次馬が見守る中、半狂乱で泣き叫ぶ小野寺雪乃を、野球部主将の皆川学が必死で抑えている。


「どうして? どうして私が一緒に行っちゃいけないのよ!?」


「ここは滝田先生に任せよう」


「滝田先生なんて、普段練習にも顔を出さないくせに! こんな時だけ顧問面づらして! 私が一緒の方が翔太は喜ぶわ!」


「やめろ小野寺!」


 雪乃を抑えていた皆川は、困り果てる救急隊員に目くばせする。すると近くに居た野球部顧問の滝田が、タンカーごと運ばれる田所と共に、苦い顔で救急車に乗り込んだ。


「いやよ! 離して皆川! あんただって、あんな顧問いらないって思ってるでしょ!?」


「そんな事思っちゃいない。滝田先生は書道部を兼任してる」


「だからって、先週の練習試合だって来なかったのよ!」


「監督は俺がやれる。野球部が見捨てられないだけまだましだ」


「そんな……」


 髪を振り乱し抵抗していた雪乃は、救急車のサイレンが遠ざかるにつれ、力を無くしたように膝を付いた。雪乃を抑えていた田所は彼女からゆっくり手を放すと、他の生徒同様静かにその場を離れて行く。しかし、ベクトルに反するように、雪乃に黒髪ロングの女生徒が近づいた。


「これを、使って下さい」


 ピンクのハンカチを目の前に差し出され、雪乃は振り返ると同時に口を開いた。


「……かごめちゃん」


「ご無沙汰してます。小野寺先輩」


 そう言うと沢村かごめは、にっこりと微笑んだ。雪乃はありがとうとお礼を言うと、かごめからハンカチを受け取った。ため息をつくと、目頭をハンカチで抑える。


「翔太のヤツ、ツイてないよね。あんなに頑張ってきたのに……。ほんとツイてない」


「ですね……。でも、田所さんの傷は浅い。すぐに意識を取り戻すだろうと、救急隊の方が言っていました。少し待てば、田所さんの容体に関する情報が、病院に行った先生から入るはずです」


 元気づけようとかごめは返すが、目の前にしゃがみ込む雪乃には、何を言おうが慰めにはならないだろう。


 かごめはグラウンドの丘の上から、よく野球部の練習風景を眺めていた。雪乃もまた、グラウンドの片隅で野球部を応援していたこともあり、どちらかともなく近づき、今ではいろんな話をする仲になっていた。雪乃が田所に告白しようとした時も、かごめは相談に乗っていた。


 かごめは話題を変えようと言葉を探す。


「お二人が付き合って、もう一か月にもなるんですね」


「そうね……。何も持っていなかった私が、初めて夢中になれるものを見つけた。それが翔太だった」


 雪乃はゆっくり立ち上がると、何処か懐かしそうに目を細めた。


「翔太に憧れて、只々追いかけたあの頃が、一番楽しかった気がする」


「え? 今は、楽しくないんですか?」


 雪乃の意外な言葉に、かごめは首を傾げた。雪乃はフッと笑うと、少し寂しそうに答えた。


「翔太は野球の事ばっかりで、実際付き合い始めたらすれ違いの連続。自分の思い通りには、なかなかいかないわ」


「そういう、ものですか?」


「理想と現実って、そういうものじゃない? お互いあっての事だし。かごめちゃんはどうなの? そういう人、いないの?」


「わ、私は、いると言えば、いるような」


 かごめは雪乃の質問に、あたふたと狼狽えた。雪乃はかごめの様子を見て思わず吹き出す。


「自分の事となると、相変わらずね」


 雪乃はそう言うと、また救急車が出て行った方向に目を向けた。


「だから、こんな時くらいは、翔太と一緒に居たかった……」


 高かった日が西に傾き、学園の鐘音が四時を知らせた。雪乃から漂う香水の香りが、風に乗ってかごめの鼻に届く。普段なら涼しげで優しい香りが、鐘音と共に、かごめにはかえってもの悲しく感じられたのだった―――。


 

 野球部の部室は縦長で二十畳ほどあり、左右を林に囲まれている。グラウンドから続く歩道がある南側にドア、その右隣りに若林達が覗いた三十センチ四方の窓がある。外の光は南窓一ヵ所からしか入らないため、昼でも暗ければ蛍光灯を点けていた。


 生徒副会長、板橋一樹いたばしかずきは、部室中央に逆さになったテーブルの横で、唸りながら顎に手を当てた。部室の北には部員のロッカーがあり、手前に丸椅子が一つ転がっている。コンクリートの床には、テーブルの上にあった物なのか、飲みかけのペットボトルやタオルなどが散らばっていた。部室自体はよく整理整頓されており、スコアー帳などがある本棚には、傾いた本ひとつない。


 板橋は腕組みをすると、大きく首を傾げた。と、そこに、沢村かごめがドアを開け入ってきた。


「探偵倶楽部、只今到着しました」


 腕に調査と書かれた腕章を付けたかごめは、大きめのバッグを肩から降ろす。


「待ってたよ! 沢村ちゃん!」


 板橋は安堵したように、一年下の後輩に駆け寄った。


「これはこれはお久しぶりです。生徒会に入るため、探偵倶楽部をそうそうに辞めた板橋副会長」


 淡々とした、かごめの嫌味口調を身に受け、板橋は苦笑いする。


「その言い方傷つくなあ。おれっちだって、いろいろ考えた挙句の決断だよ」


 かごめは、どうだかといった具合に、現場を見渡した。板橋は何か足りないといった様子でかごめの背後を気に掛けた。


「ところで、レイの姿が見えないが?」


「部長は忘れ物を取りに教室に行きました。直ぐに来るとは思いますが……。私だけでは心元ないとでも?」


「そんな事はないよ」


 かごめに軽く睨まれ、板橋は焦ったように手を振った。


「事故調査くらい、私一人で十分です」


 かごめは憤慨すると、バックから取り出した白い手袋に、力強く手を通したのだった。


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